食料はチョコ数枚とワイン数本だけ…飛行機事故に遭った16人が雪山で72日間生存するためにやったこと
プレジデントオンライン / 2023年9月15日 10時15分
■楽しいラグビー遠征が突然、悲劇のどん底に
1972年の冬、ある凄絶な事件が起きました。南米のアンデス山脈で、学生のラグビー選手団とその家族や知人を乗せた飛行機が墜落したのです。
この旅行はチリのサンティアゴで親善試合を行うためのものでした。しかし悪天候のため航路を誤り、予定のルートを大きく外れて雪山に衝突したのです。
友人や家族を乗せた楽しいフライトのはずが、墜落の際に45名中12名が死亡、その後も負傷者と体力を失った者から次々に死が訪れる悲劇に変わりました。
事故当時、アンデスは天候が非常に悪い時期だったため、多くの若者が遭難した大事故にもかかわらず、救助隊はついに墜落機を発見できませんでした(副操縦士は墜落の直前、管制との通信でクリコを通過したと報告したが、実際はまったく違う場所だった)。
乗務員はほぼ全員が墜落時に死亡、ラグビーチームの若者たちは厳寒の雪山に取り残され、食料の一切ない地獄のような状況下でサバイバルを強いられていきます。
■富士山頂とほぼ同じ環境で寒さに苛まれる
翼をもがれて墜落した飛行機は、かろうじてシェルターのような役割を果たし、生き残った若者たちは、床に寝そべって夜を過ごしました。しかし、高山の恐ろしいほどの寒さに苛まれます。飛行機の高度計から、彼らは海抜2100メートルほどにいると考えていましたが、高度計は壊れており、実際は3700メートルもの高さにいたのです。日本でいえば、富士山の頂上近くにいたようなものです。
■ワイシャツ姿、食料はチョコレートとワインだけ
南米でも暖かな地域から来ているチームの学生たちは、多くが雪を見たことがなく、遭難したときの服装はワイシャツ程度。雪山は人間の生存可能性を超える条件で、食料も機内のチョコレート数枚と、ワインボトル数本しかありませんでした。
寒さのため、生きる気力を失った者は眠るように亡くなり、生存の意欲はあっても体調がそれを許さない者は、錯乱状態になり、やがて死んでいきました。
生存者で『アンデスの奇蹟』の著者の一人ナンド・パラードは、次のように書いています。
この遭難ではのちに世界中でニュースになる、仲間の遺体から肉を切り取って食べることまで行われました。一日生きるだけで、極限の精神力を要求する極寒の世界。雪と氷に閉ざされた高山には、動物や草などの食べ物は一切なかったからです。
■リーダーの言葉が学生たちの支えだったが…
事故直後のリーダーシップは、ラグビーチームのキャプテンであるマルセロ・ペレスが取りました。ペレスは機内を住む場所に整備し、負傷者を暖かい場所に集め、みんなを懸命に励ましたのです。彼の英雄的な行動は学生たちをパニックから救います。
しかし、ペレスの予想は裏切られます。遭難から11日目の朝、無線通信機からラジオ放送を聞いていた彼らは、チリ当局が捜索活動を終了するというニュースを聞きます。冬のアンデスは悪天候が続き、10日を過ぎて生存者の存在は絶望視されたのです。
■「過度の堅実主義は人を殺しかねない」
キャプテンのペレスは、救助隊が来るという自分の信念が裏切られ、精神のバランスを失っていきます。一方で、自力で脱出をしなければと考えていたココやナンドは、自分の気持ちを切り替えて、状況を打破するための模索を始めます。
『アンデスの奇蹟』でナンドは、次のようにペレスの姿を描写しています。
「私は自分に誓った――この山々に対して、知ったかぶりはやめる、自分の体験という罠にはまらない、次の展開を下手に予想しない。(中略)一瞬一瞬、一歩一歩を、絶えざる不安の内に生きていこう。もう失うものは何もない、何も私を驚かせることはできない」
(ともに同書より)
ラグビーという決められたルールの上で行うゲームでは、その「堅実」な人柄がペレスを優秀なキャプテン(リーダー)にしていました。しかし雪山にはルールを超えた予測できない過酷さがありました。ペレスは異なる現実に直面したとき、新たな現実が求めるリーダーとして豹変すべきだったのです。
結局ペレスは自分を変化させられず、皆に「救助が来る」と信じさせた負い目もあり、自信を失い、リーダーの役割を放棄。彼はその後、雪崩に巻き込まれて死亡します。
■極限状態では強権的なリーダーはいらない
救助隊が来ないことをラジオで知り、ペレスが絶望してリーダーの役割を放棄したあと、自力脱出を主張していたナンドがなんとなくリーダーとして期待を集めていきます。
しかし、彼はもともとリーダーとは程遠い資質と性格の持ち主でした。
安易な楽観主義や、期待を過度に高めることは死につながると彼は理解していました。同時に、仲間もすでに極限状態だったことで、強権的なリーダーになろうとはせず、協調的に接しながら相手に動いてもらうことを心がけます。
■楽観主義の罠から自分も仲間も遠ざけた
「『あんまり楽観的にならないほうがいい』私は言った。『グスタボが言ったことを、覚えているだろう─斜面の高みから見ると、フェアチャイルド機は、氷河上のちっぽけな点だったと』」
(ともに同書より)
彼は一貫して仲間の淡い期待を退け、自分自身も安易な楽観主義に陥るのを懸命に防ぎました。「あと少しで助かる!」と思い込めば、現実がその期待を打ち砕いたとき、自分の心も死に引き寄せられてしまうからです。
ナンドは、相手がこちらの意見を否定すると、「それなら、私たちはどうしたらいいのか?」と率直に聞きました。このような会話からも、ナンドが相手に思いつかせる形で人を動かすことを狙っていることが見えます。
彼は仲間の期待にも、色よい返事を一切しませんでした。自らの心を楽観主義の罠に落とさず、歩き続けることだけを貫徹し、ついに村に辿り着いて救助を求めることに成功したのです。
■安易な楽観主義者ほど、苦難のときには早く死ぬ
ナンドは、自著の中でも一貫して自分は典型的なリーダーではなかったことを描いています。では、ナンドのリーダーシップはどんなものだったのでしょうか。
○八方塞ふさがりの中で絶望せず、打開策として新たな目標を掲げた
○相手に思いつかせるように会話して、相手を目標と一体化させた
○安易な期待を持たせず、落胆により絶命するのを防いだ
○ただ一つ、目的地に向かって歩み続けることに集中した
「安易な楽観主義者が苦難では早く死ぬ」とナンドは言っています。厳しい指摘ですが、現実は私たちの期待通りに動かないことも多く、空想の世界よりも冷徹な現実に合わせる精神を持つ者のほうが、生き残る力を失わずに済むのです。
ナンドは、「他力つまり、救助隊が来ることを祈り続ける」愚かさを悟っていました。だからこそ自らの力で脱出口を切り拓き、黙々とひたすら行動し続けたのです。
極限の状況に打ち勝つリーダーシップは、このような行動ができる人のものなのです。
遭難した45名のうち、生還した16名の一人。この事故で母と妹を失った。食料が尽きかけ、自力脱出を敢行した二人のうちの一人。のちに『アンデスの奇蹟』を書いた。
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ビジネス戦略コンサルタント
1972年生まれ。慶應義塾大学、京都大学経営管理大学院(修士)卒。貿易商社、国内コンサルティング会社を経て独立。戦略史や企業史を分析し、負ける組織と勝てる組織の違いを追求しながら、失敗の構造から新たなイノベーションのヒントを探ることをライフワークとしている。日本的組織論の名著『失敗の本質』を現代ビジネスマン向けにエッセンス化し、ベストセラーとなった『「超」入門 失敗の本質』ほか、著書多数。
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(ビジネス戦略コンサルタント 鈴木 博毅)
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