「OSO18」の肉をネット通販で買った人は要注意…熊肉を食べる前に絶対に知っておくべき寄生虫のリスク
プレジデントオンライン / 2023年9月14日 17時15分
■忍者ヒグマ「OSO18」がついに駆除された
「忍者ヒグマ」ともいわれた「OSO18」がついに駆除された。
2019年より、北海道の標茶(しべちゃ)、厚岸(あっけし)両町において、実に66頭ものウシがこのヒグマに襲われ、そのうち32頭が犠牲になったという。
66頭ものウシを襲いながら、人間に目撃されたのはたった1度だけ。写真など画像に収められたのも、夜間に自動撮影された3回と、昼間に1回のみという神出鬼没ぶりで、まさに忍者のように用心深い熊だった。
OSO18と命名された理由は、被害が多発した「標茶町下オソツベツ」の地名と、足跡の幅が18センチもあったことによる。ちなみに、「OSO」とはスペイン語で熊の意味であるが、これは偶然の一致である。
推定年齢は10歳以上、体長2.1メートル、捕獲時の体重は330キロだったという。
■OSO18の肉が都内のジビエ料理店で炭火焼きに
熊は越冬のため、夏から秋にかけて貪欲にエサを喰らい、太る。
OSO18が駆除されたのは7月末。その時点で330キロもあったとなると、冬眠前の12月ごろには500キロ近くに達していた可能性がある。それほど巨大なオスのヒグマだった。
OSO18は7月30日に釧路町役場の職員によって駆除され、加工会社に持ち込まれた。OSO18の死体は解体され、肉は業者によって販売された。インターネット通販ではたちまち売り切れ、一部は都内のジビエ料理店などで炭火焼きにして提供されたという。
■熊の肉は「食べた食物によって味が変わる」
このように、OSO18の肉の大半は、すでにジビエ愛好家の胃袋に消えてしまっていると思われる。
熊の肉はどんな味がするのだろうか。
犬飼哲夫・門崎允昭による『ヒグマ(新版)』(北海道新聞社刊)には、「ヒグマのように個体によって肉の味が違う動物は珍しい。(中略)肉の味はヒグマが食べた食物によってひどく変わることを知った」という記述がある。
OSO18は66頭ものウシを襲っている。散々牛肉を喰らったOSO18だが、その肉は、一体どんな味がしただろうか。ただ、実際に食べた人以外にはもはや知るすべもない。
■OSO18の肉を食べて問題はないのか
だが、本当にOSO18の肉を食べてしまって問題はなかったのだろうか。
そもそも研究用にサンプルを残しておくべきだった、という意見もあるだろう。
OSO18を駆除したハンターは、駆除したヒグマが世間を騒がせている「忍者ヒグマ」の「OSO18」とは知らなかったという。そのため、サンプルを確保するという考えには至らず、加工業者に持ち込んでしまった模様だ。
貴重なサンプルが失われたことは残念ではあるが、事情が事情だけに、これ以上の対応は難しかっただろう。
それ以外にも、OSO18の肉を食べる上で気を付けたい点が寄生虫の問題だ。
ヒグマの肉には「トリヒナ(別名、旋毛虫)」という危険な寄生虫が巣くっている。
■熊の肉を絶対に生で食べてはいけない
札幌市のHPでは、「旋毛虫の幼虫が寄生した肉を、生、乾燥、不完全加熱の状態で喫食した場合に感染します」と注意喚起している。
また、日本国内でこれまでに発生した、冷凍された熊肉を刺身で喫食、あるいはローストした熊肉の加熱が甘かった、といった原因による食中毒についても警告している。
トリヒナの予防方法としては、「熊の肉を生で食べないこと、十分に加熱すること」が鉄則だ。
小樽市は、「中心部の温度が摂氏75度で1分間以上又はこれと同等以上の効力を有する方法により、十分加熱して喫食すること」としている。
さらに、「まな板、包丁等使用する器具を使い分けること。また、処理終了ごとに洗浄、消毒し、衛生的に保管すること」も注意している。
■最悪の場合死亡することも
トリヒナに感染するとどうなるのか。
まず、下痢、腹痛、発熱などの症状が段階的に現れたのち、脳炎、髄膜炎などに重篤化、最終的には全身浮腫、肺炎、心不全などによって死亡する場合もある。
筋肉痛や眼窩の腫れなど、一般的な食中毒にはない症状が特徴だという(札幌市HPより)。
トリヒナによる食中毒はかなり頻繫に発生している。
昭和46年には、青森県で15名もの感染者が発生。昭和54年には札幌市で12名、昭和56年には三重県で172名もの大量感染が発生している。
近年では、令和元年に札幌市で、「羆(ひぐま)のいろいろな部位の盛り合せ(推定)」を喫食した9名がトリヒナに感染している。
このように、報告されているトリヒナ被害の多くが、ヒグマあるいはツキノワグマの肉の刺身を喫食したことが原因だという。
■熊の肉を刺身で食べ、172名が集団食中毒
昭和56年の末から翌年の正月にかけて、三重県で発生した熊肉の集団食中毒は、172名がトリヒナに感染するという重大事件となった。
昭和56年12月12日、三重県四日市市の旅館で、提供されたツキノワグマの冷凍肉を、利用客5名が生食した。そのうち4名が痒み、発疹、顔面浮腫、筋肉痛、倦怠(けんたい)感等のトリヒナ症の症状を訴えた。
保健所が調査したところ、この旅館では同年12月から翌年1月にかけて熊肉を提供していた。喫食したのは最初に被害を届け出た5名を含め、計413名にも及んだ。このうち172名に同様のトリヒナ症の症状が認められたという。
しかも、同旅館に残っていたツキノワグマの肉から、トリヒナ線虫が検出されたという。
提供されたツキノワグマは、昭和56年秋ごろに京都府と兵庫県の山中で捕獲された計8頭の肉だった。同旅館はこのうちの約20キロほどの肉を刺身で提供したという。
■戦前には5人が死亡した事件も
昭和56年の事件では幸い軽症者のみで済んだが、戦前にはトリヒナ感染で死者が出た事例も記録されている。
「昭和8年の秋は、熊の出没が激しく、住民は作物の被害に頭を抱えた。これはいかんと相談して、米沢・佐藤の両人に熊射ちを依頼した。首尾よく北七線の沢と米沢農場との境界付近で大クマが射止められたので、みんな大喜びであった。
早速、馬橇(ばそり)にクマを積んで、熊野神社の祠前(しぜん)の川岸で解体された。熊の毛皮と胆はハンター両人に与え、頭は熊野神社に供え、肉は地元の全員で食べることになり、賑やかな酒宴が催された。
しかし、二、三日後になって、クマの肉を食べた者やその家族らが、猛烈な下痢にかかり、地元に蔓延して遂に五人の死者が出るなどと、大変な騒ぎになった。この原因は、クマのチフス菌によるものと言われた。やがて騒ぎも治まり、だれ言うともなく、一度、神宮にお祓いをしてもらおうという話がまとまった」(『郷土史 ふるさと東川I 創世編』)
■「チフス菌」ではなく「トリヒナ症」
記事では「チフス菌によるもの」となっているが、おそらくトリヒナ症だろう。
筆者は戦前約70年分の北海道の地元紙を通読したが、この事件についてはほかに以下の記事が見つかった。
「巨熊を射止む」
旭川近文町十四丁目旧土人阿部ヌサッカ(五九)は数日前、東川村大雪山麓ピウケナイ沢で体重百五十貫の巨熊を射止めた(「北海タイムス」昭和8年10月17日)
ちなみに、別の地方紙によれば、「熊は身長一丈二尺、体重百五十貫、年齢十歳以上の牡で近年珍しい巨熊」(「小樽新聞」昭和8年10月17日)という。かなり巨大な熊である。
(捕獲場所とハンターの名前が異なるが、記録者の記憶違いの可能性もあるため、同一事件と判断した)
■自宅で調理する場合は要注意
冬が近い時期でもあり、おそらく相当な量の肉がとれたのだろうが、そのせいで5人もの犠牲者が出てしまったのは皮肉だ。
ジビエブームといわれて久しいが、ほとんどの愛好家は生食の危険性を知っているだろう。
しかし本人に自覚があっても、加熱が甘かったり、調理具の消毒の不備などで感染することはある。
実際、本稿で紹介した集団食中毒事件の多くは、そうした処理に精通したプロが起こしている。
今回ネット通販でOSO18の肉を買い、自宅で調理する人たちは、少なくともトリヒナという寄生虫の存在と、最悪の場合は死に至ること、そして予防方法について十分理解した上で食してもらいたい。
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ノンフィクション作家・人力社代表
明治初期から戦中戦後にかけて、約70年間の地方紙を通読、市町村史・郷土史・各地の民話なども参照し、ヒグマ事件を抽出・データベース化している。主な著書に『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』(講談社)など。
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(ノンフィクション作家・人力社代表 中山 茂大)
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