これから百貨店は「ヨドバシとドラッグストア」にかわる…「そごう・西武の売却」は業界崩壊の始まりだ
プレジデントオンライン / 2023年9月11日 9時15分
■米ファンド傘下に入っても、先行きは厳しい
9月1日、セブン&アイ・ホールディングスは、米投資ファンドであるフォートレス・インベストメント・グループへの“そごう・西武”の売却が完了したと発表した。当初、セブン&アイは、2023年2月1日の売却完了を目指した。しかし、そごう・西武の労働組合、近隣地域(豊島区)など利害関係者との調整は難航し、売却の完了は7カ月遅れた。
売却が遅れる間、“物言う株主(アクティビスト投資家)”として知られる米国のバリューアクト・キャピタルは、セブン&アイにコンビニ事業への集中や経営陣の一部交代を求めた。セブン&アイを取り巻く状況は厳しさを増し、一部債権を放棄してまで売却を完了する事態に追い込まれた。
注目すべきポイントの一つは、わが国で百貨店というビジネスモデルの維持が難しくなっていることだろう。今後、そごう・西武はフォートレス、ヨドバシホールディングスの下で再建を目指すことになるが、専門家の間では「先行きは楽観できない」との見方が多い。
セブン&アイも同じような問題を抱える。同社は、総合スーパー事業とコンビニ事業の運営方針について主要株主の理解を得なければならない。今後の状況次第で、セブン&アイが追加的なリストラを実行することも想定される。わが国の小売業界も、重要な変革期を迎えているということだ。
■「スーパー、コンビニ、百貨店」という多角経営の失敗
2022年11月、セブン&アイは“そごう・西武”の売却を発表した。その後、同社は一部株主からの改革要求の高まりに直面した。“そごう・西武”の労働組合などとの利害調整を円滑に進めることも一段と難しくなった。
百貨店事業の売却は遅れた。主要株主などからは、コンビニ事業の成長力を強化するための取り組みが後ずれするとの懸念も高まった。その結果、セブン&アイは“そごう・西武”に対する債権のうち約900億円を放棄し、売却の完了を急がざるを得ない状況に追い込まれた。
今から17年前の2006年6月、セブン&アイはミレニアムリテイリング(現そごう・西武)を買収した。狙いは、総合スーパー、コンビニ、百貨店という、わが国の小売・流通業界を代表する業態を傘下に収めて収益を拡大することだった。
しかし、セブン&アイは、百貨店事業の成長を当初の想定通りに実現できなかった。近年、コロナ禍が発生したことを境に、“そごう・西武”の収益力の低下は鮮明化した。2023年2月期、そごう・西武は4期連続の最終赤字に陥り、有利子負債は約3000億円に達した。セブン&アイにとって、百貨店事業を抱え続ける負担は増し売却を決定した。
■約60年ぶりのストライキに発展
また、「セブン&アイは、成長を加速するためにコンビニ事業に集中すべき」という、“物言う株主”の要求の高まりにも直面した。2023年3月、バリューアクトはセブン&アイに対して4人の取締役の退任を求める株主提案も行った。セブン&アイは、提案に反対した。
一方、そごう・西武の労働組合は、「売却後の雇用をどう維持するか、具体策が示されていない」と反対姿勢を強めた。西武池袋本店のある豊島区の首長も、「西武百貨店の池袋本店は街づくりに不可欠」と反対意見を示した。
セブン&アイは労働組合と交渉を重ねたが、妥協点を見いだすことは難しかった。8月31日、そごう・西武の労働組合は百貨店業界で約60年ぶりとなるストライキを実施し、西武池袋本店を全館休業とした。売却のさらなる遅延を避けるために、セブン&アイは一部の債権を放棄し売却を完了せざるを得なかった。
■百貨店の売上高は30年で半分以下に
セブン&アイによるそごう・西武売却から見えてくるのは、わが国で百貨店というビジネスモデルの有効性が低下し、その維持が困難になりつつあることだ。2021年に経済産業省が主催した“百貨店研究会”の資料からそれが確認できる。
1991年時点で、わが国の百貨店業界の売上高は9.7兆円だった。1990年代は、9兆円を挟んで売り上げは横ばい圏で推移した。2000年以降、売上高は右肩下がりの傾向をたどった。2020年の売上高は4.2兆円、30年前の半分以下の水準だ。衣料品、雑貨、食料品、商品券など主要な品目の売り上げは減少した。
百貨店の売り上げ減少と対照的に、わが国の小売業界ではネット通販、コンビニ、ドラッグストアの存在感が高まった。特に、アマゾンなどの登場によって消費者は、百貨店に行かなくても必要なモノを手に入れられることに気づいた。コロナ禍は、主要駅前などにまで足を運ぶよりも、ネットや近場のドラッグストアなどで買い物をする人の増加を勢いづけた。
■セブン&アイの力をもってしても難しかった
地方では人口の減少、少子化、高齢化の進行によって過疎化が進み、個人消費がしりすぼみになった。そのため、閉店に追い込まれる百貨店は増えた。2006年時点、277あったわが国の百貨店店舗数は、2019年に208に減少した。この間、西武百貨店では筑波店や八尾店などが閉店した。東京都内を見渡しても、大手百貨店の跡地に家電量販店が大型店舗を構えるケースは増えた。
わが国の百貨店が得意としてきた、“外商”の社会的な役割も低下した。特に、法人顧客との取引は減少した。バブル崩壊後、多くの国内企業はコストの削減を優先した。その中、得意先などに送る“お中元”や“お歳暮”関連の支出が削減され、外商ビジネスの厳しさは増した。
![人がいない家具店の入るフロア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/1200wm/img_7aac2ca1b3956702aef797328b069a85441823.jpg)
厳しさ増す事業環境に対して、そごう・西武は能動的に業態を変革することが難しかった。セブン&アイの商品開発や流通体制をもってしても縮小均衡から脱却することはできなかった。
■地方店舗の削減はさらに加速する恐れ
今後の展開を、そごう・西武、セブン&アイ、わが国小売業界の点から考察すると、そごう・西武の収益力が上向くか、楽観できない。ヨドバシは西武の池袋本店と渋谷店、そごう千葉店の建物や土地などを取得し出店する方針だ。これまでのヨドバシの事業運営を見る限り、相応の成果を実現する可能性はある。
一方、福井、秋田などの地方店舗は、フォートレスの傘下で再建を目指すことになる。これまでの収益力の低下を見る限り、再建の道のりは険しいものにならざるを得ないだろう。収益性が高まらない場合、投資ファンドが大がかりなリストラを実施する可能性は高まる。
次に、セブン&アイは“イトーヨーカ堂”などのスーパー事業をどうするか、方針を明確にしなければならない。それは、アクティビスト投資家の理解を取り付け、国内外でのコンビニエンスストア事業の成長力を高めるために必要な要素の一つになるだろう。
■小売業界全体に変革をもたらす可能性がある
セブン&アイは国内コンビニ店舗の24時間、年中無休の営業をどうするかという問題にも直面している。無人店舗の運営、地域ごとに実情に合った営業時間を認めるなど、明確な方針を示すことはセブン‐イレブンのオーナーとの関係を強化し、収益力を高めるために欠かせない。
収益増加のために、ASEAN地域、インド、米国など相対的に成長期待の高い市場におけるコンビニ事業の強化の重要性も高まる。海外で買収を行うケースも増えるだろう。反対に、スーパー、コンビニ両分野での事業運営の方針を早期に明確化し、成果を上げることが難しい場合、一部の株主がリストラや経営陣の交代などをより強く要求することも想定される。
今後のそごう・西武、セブン&アイの事業運営は、わが国の小売業界にも変革をもたらす可能性がある。展開次第で、百貨店や総合スーパーなどの分野に、家電量販店やドラッグストアなどの企業が参入し、新しいビジネスモデルの確立が目指されるケースは増えるかもしれない。セブン&アイによる百貨店事業売却は、そうした変化を勢いづけるきっかけの一つになりそうだ。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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