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なぜ幼児は「アンパンマン」が大好きなのか…両親がおかしくなりそうなほど子供が連呼する言語学的理由

プレジデントオンライン / 2023年9月24日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dusanpetkovic

赤ちゃんはどうやって言語を習得していくのか。慶應義塾大学環境情報学部の今井むつみ教授は「赤ちゃんの時から聴覚は発達していて、リズムや音の高低を聞き分けることができる。だから、音の響きが良く、発音しやすいことばから話すようになる」という。元陸上選手・為末大さんとの共著『ことば、身体、学び』(扶桑社)より、一部を紹介する――。

■赤ちゃんが最初に学習するのはリズム

【為末】本書の1章で、オノマトペは身体により近く、オノマトペを使うことで、子どもの動詞学習がより容易になるということをお聞きしました。実際、スポーツの世界では、音の高低やリズムは、人の身体の動きを誘導します。では、ことばと身体には、関係があるのでしょうか?

【今井】まず、リズムというところからお話しすると、言語にいろいろな要素がある中で、赤ちゃんがお母さんのおなかの中で、最初に学習するのは、リズムなのです。

【為末】へえ!

【今井】赤ちゃんはお母さんの羊水の中にいて、細かい音の区別はできないのですが、リズムと音の高低、つまり韻律はわかるわけです。だから生まれてすぐに、自分の母語のリズムと、そうではない言語の韻律を区別することができると言われています。

■文字も単語も分からないので韻律が手掛かりに

これは、言語を学習する時に、とても大事な第一歩なのです。大人は文字ベースで外国語を習いますが、赤ちゃんは文字もわからないし、そもそも単語の意味もわかりません。

だからどのように、文を大まかな構造に分けていくかというと、そこで韻律が大事な要素となるのです。例えば「ここで下がった」「息継ぎをした」「ちょっと間が開いた」というリズムや音の上がり下がりは、赤ちゃんにとって、「ここが文の切れ目なんだ」ということを知る大事な手がかりになっているのではないかと思います。

【為末】今のお話で思ったのですが、リズムは大人が文章を読んで理解するうえでも影響しますよね。言葉が印象に残る時には、論理的にわかることと、言葉の響きが残ることがあると思います。詩なんかは後者をとても意識している感じがしますよね。

僕も文章を書く時は、読み上げた時に、音として入ってきやすいことばかどうかを気にする癖があります。

■なぜ子供たちはアンパンマンが大好きなのか

【今井】響きがよいということは非常に大事だと思いますね。以前、特急列車に乗っていた時、前の席の2、3歳の男の子が、ずっと「アンパンマン!」と言い続けていたことがありました。ご両親は、それはもう気がおかしくなりそうな感じでしたが、私はその時、啓示を受けたのです。アンパンマンというのは、すごいことばなのだと。

2歳くらいの子どもは、アンパンマンが本当に大好きなのですが、あれはアンパンマンのキャラクターが好きという以前に、アンパンマンということばの響きがよいからだと思いました。

【為末】なるほど、ことばの響きですね!

【今井】2歳くらいの子どもには、発音しにくいことばというのがたくさんあって、「たちつてと」「さしすせそ」「らりるれろ」などは、うまく言えません。でも、聴覚は赤ちゃんの時から発達しているので、音の聞き分けはできるのです。それで、自分で言えない音でも、これは違うということがわかってしまう。

音波のカラフルなシルエット
写真=iStock.com/Sandipkumar Patel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sandipkumar Patel

■オノマトペ的なことばは外国選手にも通じる

だから大人が、子どもの真似をして、例えば「ライオン」を「ダイオン」と言うなど、間違った発音をすると、子どもはすごく怒るわけです。そうじゃないでしょ、と。自分は言えないというもどかしさがあるわけです。そうした子どもたちにとって、アンパンマンということばは、口を開けて閉じればいいので、あれほど言いやすいことばはありません。

先ほど、私たちはお母さんのおなかの中にいる頃から、リズムや音の上がり下がりによって、ことばを認識しているとお話ししましたが、そういう意味で、韻律は、ことばの要素としてはいちばん原初的です。ですから、為末さんがおっしゃった「タタタタ・ズッ・ターン」のような表現は、外国の選手にも通じるのではないでしょうか。

【為末】ええ、英語を話せない時、外国の選手に、ハードルのことをそうやって教えていました。あと、リズムの表現として、ゴルフでは「チャーシューメン」という言い方をするそうです。僕の動きは、「タンタンメン」になっている、「チャー」で待てと言われました。

【今井】あ、そうなの!(笑)

【為末】そういうのもオノマトペに入るのでしょうか。

【今井】はい、入ると思います(笑)。実は、オノマトペに決まった定義があるわけではないのです。ただ、いくつか特徴はあります。

■一般のことばとオノマトペの決定的違い

【今井】まず、音そのものが意味をもつというところです。一般のことば、例えば「うさぎ」という音から意味は連想できないですよね、でも「ふわふわ」というオノマトペはいかにもふっくらやわらかい印象を与えます。でも、音と意味にすぐわかるつながりがない場合でも、ことばの形から「オノマトペ」と捉えられることもあります。

例えば音を重ねる。「皺」はオノマトペではないですが、「しわしわ」と重ねるとオノマトペのように聞こえます。特に幼児ではよく音を重ねます。「拭く」という動詞も、「ふきふき」と言うとオノマトペらしくなる。だから重ねるリズムで動きの連続性を表現する、ということはありますね。

あと、オノマトペだと、特定の音を伸ばして言ったり、短く言ったりして、言いたいことを強調することもしやすいです。例えば「道路がつるつるしている」というのを「道路がつーるつるだ」と言ったり、「ずずっとすべった」というのを「ずずーっとすべった」と言ったり。オノマトペでないことばではしにくいですね。「やわらかい」を強調するのに「やーわらかい」とはあまり言いませんよね。

■赤ちゃんことば扱いから重要な研究対象に

【為末】オノマトペはそれ自体が意味をもたないことも大事ですか? チャーシューメンというとそれ自体意味をもってしまう。それは関係ないですか?

【今井】オノマトペに意味がないかといえば、意味はあると思います。ただ、チャーシューメンは物理的な対象がありますよね。オノマトペは物理的な対象自体を指すというより、その属性を引っ張ってきて、音で表したものといえると思います。

オノマトペについて、おすすめの本がありますよ。山口仲美先生というオノマトペ研究の大家が書かれた『オノマトペの歴史』(風間書房)。ベストセラーになった『犬は「びよ」と鳴いていた』(光文社未来ライブラリー)をはじめ、過去に発表された論文などを集めたもので、1巻と2巻があります。これは本当に面白いし、示唆深いですね。

【為末】へえ、面白そうですね。

【今井】為末さん、けっこう夢中になるんじゃないかな。古典を紐解きながら、オノマトペがどういうふうに発展してきたのかなどが書かれていて、学術的ですけれど読みやすいです。

言語学ではかつて、オノマトペは単なる赤ちゃんことばのような扱いでした。でも、今は言語学でも、心理学でも、多くの研究者が取り組む大きなテーマになりました。

オノマトペは日本語だけでなく、世界中にあるのですが、私は、それが言語の進化にとって重要な鍵になっていると考えています。

【為末】言語の進化ですか?

■音が聞こえなくても、視覚や触覚で音を理解する

【今井】私たちの研究分野で、言語のはじまりは、音の模倣だろうという仮説があります。音で、世界を模倣するところからはじまったのだろうと。

これに関連して、近年、私が行った実験で、面白い結果が出ました。聴覚に障がいをもつ方々にご協力いただき、対象物に触っていただいて、その触感と提示されたオノマトペが一致するかという実験をしました。

びっくりしたのは、みなさん、聴力がなくても、音と対象のつながりの良し悪しを、健常者とほぼ同じように判断できるのです。実験前、聾者にとってオノマトペというのは、普通の副詞と変わらないだろうと思っていました。でも、実はそうではなかった。非常に身体に根ざしたものなのだろうということがわかりました。

【為末】つまり、オノマトペは視覚的、触覚的な感覚とのつながりが強く、みんなが同じようなイメージをもっているということなのでしょうか?

【今井】オノマトペが、というより、音象徴が、ということなのですが、聴力がなくても、口の運動や、ものを触った時の感覚で、音と意味のつながりがわかるというのは、つまり、視覚や触覚の属性を、口で模倣することによって、音象徴が生まれるのではないかという推論の証拠と考えられるのではないかと思っています。

【為末】なるほど、面白いですね!

木製の文字で単語のアルファベット
写真=iStock.com/patpitchaya
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/patpitchaya

■音の模倣に「記号性」が加わり、ことばになった

【今井】言語の進化について少しお話をすると、最初は単なる音の模倣で、ジェスチャーとあまり変わらないようなものですが、ことばとジェスチャーのいちばんの違いは記号性にあります。

記号というのは、システムの中ではじめて意味をなすわけです。つまり、ジェスチャーは単体でわかりやすいのですが、一方、記号は、記号A、記号B、記号Cをどのように区別するかということによって、A、B、Cの意味が生まれます。

そのようにシステムが生まれ、記号の弁別、つまり差異というものが、それぞれの意味にとって、とても大事なものになっていくと、ことばの抽象度が上がります。でも、そうした過程について、言語全体を真正面から受け止めて分析しようとすると、対象が大きすぎて、つかみどころがありません。その点、オノマトペというのは、言語を理解するうえで、こじんまりしていて、切り取りやすいのです。オノマトペもことばであり、日本語では、オノマトペ語彙のシステムがあるからです。

■犬の鳴き声を日本人は「ワンワン」と表すが…

例えば、1章でお話しした「ゴロゴロ」ということば。もとは「雷がゴロゴロ鳴る」とか、「岩がゴロゴロ転がる」というように、音を模したことばだったと思うのですが、比喩的に転用されるようになると、例えば「おなかがゴロゴロする」「日曜日に家でゴロゴロしていた」などと使われるようになります。

【為末】確かにわかりやすいですね。

【今井】オノマトペの音というのは、環境の音の単なる模倣ではなく、それぞれの言語の音の特徴を使ったものなので、その音と感覚で、オノマトペの形態も変化します。犬やニワトリの鳴き声の表し方は、言語によって驚くほど異なるのですが、それはひとつに、音自体が、言語によって異なる音のシステムに依拠しているためでしょう。

為末大、今井むつみ『ことば、身体、学び』(扶桑社)
為末大、今井むつみ『ことば、身体、学び』(扶桑社)

また、もとは音の模倣であったものが、言語の記号として、文法の中に統合されると、それによって使われ方が制限されるということが起こります。

例えば「よろよろ」はオノマトペで音と意味のつながりを感じますが、「よろよろ」から派生した「よろめく」という動詞はオノマトペという感じがあまりしません。逆に、先ほどの「しわしわ」のように、もとは「皺」というものの名前であったものに、オノマトペの形式をあてはめることで、新たな視覚的感覚が生まれることもある。

オノマトペの歴史には、言語の抽象性やシステム性といったエッセンスが詰まっていて、面白いですよ。

【為末】『オノマトペの歴史』、読んでみます。

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今井 むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学環境情報学部教授
1987年慶応義塾大学大学院社会学研究科に在学中、奨学金を得て渡米。1994年ノースウェスタン大学心理学部博士課程を修了、博士号(Ph.D)を得る。専門は、認知・言語発達心理学、言語心理学。2007年より現職。著書に『ことばと思考』『学びとは何か 〈探求人〉になるために』『英語独習法』(すべて岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)など。共著に『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)など。最新刊で秋田喜美氏との共著『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)は大きな話題となった。

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為末 大(ためすえ・だい)
元陸上選手・Deportare Partners代表
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダルを獲得。五輪はシドニー、アテネ、北京の3大会に連続出場。2012年に現役を引退。男子400メートルハードルの日本記録保持者(47秒89/2023年9月現在)。現在は執筆活動、身体に関わるプロジェクトを行う。著書に『諦める力』(プレジデント社)、『為末式かけっこメソッド 子どもの足を速くする!』(扶桑社)、『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(日本図書センター)、『ウィニング・アローン 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)など多数。最新刊は半生の学びをまとめた集大成『熟達論 人はいつまでも学び、成長できる』(新潮社)

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(慶應義塾大学環境情報学部教授 今井 むつみ、元陸上選手・Deportare Partners代表 為末 大)

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