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Googleマップで「味は普通だが、接客に難あり」と辛口コメントをせっせと投稿する人に共通すること

プレジデントオンライン / 2023年9月19日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/puwadol

Googleマップで「接客に難あり」と辛口コメントをつける人には、どんな共通点があるのか。飲食店プロデューサーの稲田俊輔さんは「警戒心が強いので、『自分は歓迎されていないのではないか』という不安から、ありもしない悪意を受け取ってしまうのではないか」という――。(第1回)

※本稿は、稲田俊輔『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(新潮社)の一部を再編集したものです。

■レビューサイトに辛口コメントを投稿する人の正体

グーグルマップなんかで飲食店レビューを眺めていると、「接客に難あり」みたいなことが書かれている店がちょいちょいあります。しかしそういう店に実際行ってみると、気になるようなことは何もなかった、なんてのもよくあること。

逆に、接客に対して不満を表明している人のレビューを辿ってみると、他のいろんなお店でも接客のまずさを指摘しているケースもまたよくあります。概ね接客に対する不満は、無愛想、つっけんどん、といった語句で表現されています。

こういったお客さんは常に一定数存在しますが、僕はこういう人々を、ある種の「心配性」であると解釈しています。常に警戒心を緩めない、いや、緩めることができない人々です。

どこに行っても、「自分は歓迎されていないのではないか」「ないがしろにされているのではないか」「それによって不利益を被るのではないか」と不安になってしまう。そうなると、暗い夜道で恐怖心に苛まれたら何もかもが幽霊や物の怪に見えてしまうのと同じで、お店の人の態度からついつい有りもしない悪意まで読み取ってしまう。

■日本人と欧米人の違い

なので、そこでお店の側がなすべきことがあるとするならば……それはこの種の不安を可能な限り取り除いてあげることでしょう。

そのための接客技術として、最も基本的かつ効果的なのが「笑顔」です。「決して敵意なんかありませんよ、あなたをないがしろになんてしませんよ」という態度をなるべくわかりやすく表明するための、最もベーシックな技術。それはもしかしたら「処世術」と言い換えられるのかもしれません。

欧米だと、この種の処世術は、むしろお客さんの側に課せられた責務と感じられることがあります。自分たちのお店を訪れる欧米人のお客さんたちも、やっぱりこうした本国での慣習を保ち続けていることが多いようです。

特に欧米人のおひとり様に多いのですが、何か真剣な考え事でもしているのか、クールというよりむしろ仏頂面で座っているお客さんも、料理をサーブした瞬間だけ満面の笑顔で(?)、「Thank you!」と言ってくれます。しかもその時、彼らは必ずしっかり目を合わせます。そしてまたすぐに元の仏頂面に戻り、淡々と目の前の料理を食べ始めます。

日本人でも「ありがとう」と言ってくれる人はそれなりにいますが、目を合わせることまでするお客さんは滅多にいません。欧米人のお客さんたちの、この反射的と言ってもいい振る舞いは、文化的にしっかり染み付いたものという印象を受けます。

■ネット上でバズったある張り紙

ネット上で、スコットランドのあるパブに掲示された張り紙が話題になったことがあります。そこにはこんなことが書かれていました。

「お前が受けるサービスの質は、お前の態度と俺の気分次第だ」

これは、日本における飲食店側のへりくだり過ぎる接客にむしろ違和感を覚えているのであろう、今どきの多くの人々からの快哉(かいさい)を呼びました。

ただしこれは、欧米のお店に張られているか、あるいは日本のお店に張られているかで、伝わり方に微妙なニュアンスの違いはあるのではないかと思います。スコットランドのそれは、(誰もがついつい素になってしまう酒場という場においても)普段通りの社会的態度を要求する、言わば常識の再確認なのでしょう。

しかし少なくともこの張り紙が多くの人々の共感を得たくらいには、日本の飲食店においては、お店側が極端なまでに一方的なコミュニケーション・コストを背負っているのは確かだと思います。

お客様は神様だと言わんばかりにふんぞりかえるお客さんとひたすら下手に出るしかないお店の人、という構図は、それが度々批判の対象となる程度には世に蔓延しています。

■「お客さまは神様」になった理由

冒頭に、お店がなすべきことはお客さんの不安を取り除くことだ、と書きましたが、実際はそれを通り越して、一片の不快感も与えてはならないという使命すら課せられていることは少なくありません。

あえて刺激的な言い回しを用いますが、そういうふうにある種のお客さんをつけあがらせてしまったのは、日本の飲食業界の激しい過当競争ゆえなのかもしれません。それは生き残るための術なのです。

接客というのは、突き詰めて言えば技術です。そしてその技術の精度は、もちろん個人の技量に負う部分が大きいのは確かですが、日本ではそれが高度に、そして徹底的にマニュアル化されてもいます。

こういったマニュアル化は、まさにチェーン店の得意とするところであり、今やそれが日本中で最低限の基準となっているわけです。そしてそれは野に下り、多くの個人店のお手本にもなっているという構図。

ビールを注ぐ女性従業員
写真=iStock.com/amasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/amasan

居酒屋さんなどで、何か注文すると「はいよろこんで!」と返されることがあります。いかにもマニュアル的な「接客用語」であり、どこか滑稽でもありますが、これもまた優れた技術。「こんな忙しそうな中、追加注文をする自分は迷惑がられるのではないだろうか?」という、ありもしない(とも言い切れない面もありますが)「心配」を、少しでも払拭して売上に繋げようという、優しさとビジネス魂が詰まった物言いです。

■「孤独のグルメ」のアンリアル

『孤独のグルメ』は、実在する飲食店におけるとてもリアルな情景が描かれるのが大きな魅力ですが、そこには一点だけ、アンリアルに感じられる点があります。

お店の方々が、妙に愛想が良すぎる。モブの常連客たちも然(しか)り。地域に根ざした個人店は、実際はもっと淡々としていることがほとんどだと思います。あんなに常に満面の笑みをたたえ、覗き込まんばかりに目と目を合わせ、フレンドリーかつざっくばらんに、そしてやたら饒舌に接客するなんて、現実にはそうそうありません。

もちろんそういうシナリオや演出無しにはドラマがドラマとして成立しないのかもしれませんが、同時にそこでは、人々が心中憧れるファンタジックな世界が描かれているのではないでしょうか。

実際の街場の個人店、特に老舗は、もっと淡々としているものです。どうかするとツンツンしているように感じられることも少なくありません。そういう店の多くは、高度な技術が集約された今日的なマニュアル接客とは無縁な時代に始まり、そのまま歴史を紡いで来たからです。

■ツンツン女将が考えていること

そんな店のツンツン女将に言わせれば、

「そもそもあたしが町内のご近所さんたちを、迷惑がったりないがしろにしたりするわけがないじゃないか」

稲田 俊輔『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音 』(新潮新書)
稲田 俊輔『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(新潮社)

ということになるのではないでしょうか。

それがわかっている常連の爺さんも、広げた新聞から目を離すこともなく「熱燗もう一本」なんて、ぶっきらぼうにオーダーします。そこで女将さんが「はいよろこんで!」なんて返す必要は全くありません。黙って燗をつけて、「はいお待たせ」と、(あるいは無言で)徳利を新聞の端がかすめない位置を注意深く見定めて、ことり、と置きます。そこでは暗黙の了解と信頼関係が、既に醸成されています。

そこにたまさか、グルメサイトで「地元で人気の安ウマ食堂」などと紹介する記事に触発された「食べ歩きの達人」氏が来訪します。女将さんはプロ中のプロですから、その地域コミュニティ外からの異邦人に対しても、分け隔てなくいつものように淡々と接します。達人氏は少し不安になります。

■世間ではそれを「被害妄想」と呼ぶ

そんな傍で、女将さんは馴染みの客と世間話に興じたりもしています。実はその間も、女将さんは見慣れない新規客への目配りは決して怠ってはいないのですが、注文のタイミングを推しはかる達人氏は更に不安になります。

意を決して「鯖味噌定食いただけますか」とスマートに声をかけますが、女将さんは即座に「鯖味噌今日売り切れ」と、事実のみを簡潔に伝えます。

代わりにから揚げ定食で手を打ち、写真を撮りながらそそくさと食べ終えた氏は、帰り道の地下鉄でグーグルマップを開き、星を二つ付けながらこんなことを書きつけます。

「ホールを取り仕切る年配女性の接客に難あり。常連客以外は冷遇されるようなので、来店を検討されている方はお気を付けられたし。料理はごく普通で、特筆すべき点は無し」

世間ではそれを「被害妄想」と呼びます。

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稲田 俊輔(いなだ・しゅんすけ)
料理人、南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役であり、近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。近著に『食いしん坊のお悩み相談』(リトル・モア)、『ミニマル料理』(柴田書店)など。

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(料理人、南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長 稲田 俊輔)

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