「60代は人生の楽園だが、70代以降は一転」多くの日本人が天国から地獄へ"メンタルの急降下"が不可避のワケ
プレジデントオンライン / 2023年9月12日 11時15分
■60代は現役の時よりのん気、でも70代は急速に…
年齢を経ることで次第に移り変わっていく日本人の精神状態を明らかにする厚生労働省の統計調査が3年ごとに行われているのだが、マスコミで報道されないので結果がほとんど知られていない。今回は、このほど公表された最新データから歳を重ねると生じる日本人の心の変化を探ってみよう。
厚労省の国民生活基礎調査は、毎年の簡易調査の他に3年ごとに大規模調査が行われ、この際には例年の世帯票、所得票とともに健康票、介護票による調査が実施される。また世帯票、健康票については、サンプル数が30万世帯、67万人まで例年の5倍に拡大された調査が行われる。この健康票では、こころの状態を「絶望的だと感じましたか」「そわそわ、落ち着かなく感じましたか」など6つの設問できいており、それらの集計結果の総合点で「精神状態が良好かどうか」が、男女別に、かなり細かい年齢区分で分かる。
図表1に結果を掲げたが、精神状態が良好な人の割合(以下、「のんき度」と呼ぶことにする)は、5歳刻みのいずれの年齢でも、女性は男性を下回っている点が目立っている〔設問の内容や判定方法については図の(注)を参照〕。しかも、男女差は各年齢ともにほぼ一定である。
これは、うつ症状に陥るケースが男性より女性に多いことと整合的な結果であり、女性の方が男性より悩みやストレスが多いことを物語っている。女性はどの年代でも、のん気でいることが男性より難しいのである。
のんき度について、年齢ごとの移り変わりを見ると、まず、10代では男女ともに8割前後だったのんき度が大学に進学したり社会に出たりする20代以上になると7割前後に一気に低下する。両親や周囲の大人に守られ悩みも少なかった子どもが、成人して、大人の世界の風雨にさらされることになるからだといえよう。
その後、青壮年期を通じてのんき度にあまり大きな変化がなく、次の転機として、男女ともに、50代後半から60代前半にかけてのんき度がかなり高まる。子どもが独立し、自分や配偶者が定年を迎えることにより、子育てなど生活上の問題や仕事上の問題に関する悩みやストレスから、かなり解放されるからだと思われる。
ところが、男女ともに65~69歳をピークにのんき度は下降に転じるというのが、次なるもう1つの目立った特徴である。75歳を境に前期高齢者と後期高齢者とに分ける場合があるが、両者には、のんき度に関して50代までの人生とは異なる大きな落差が生じるといってよい。
その理由が健康上の問題であることはまず間違いがない。この点を同じ調査の別項目である「悩みやストレスの原因」を聞いた設問の結果から明らかにしてみよう。
■悩みから解放される60代、健康の悩みが深刻化の70代
国民生活基礎調査の健康票においては「悩みやストレスの原因」を複数回答で聞いている。この項目の年齢別集計結果から日本人が人生をたどる各段階で経験する悩みやストレスの状況をうかがうことができる(図表2参照)。
特定の年齢層で大きく膨らむ悩みとして、男女ともに、学齢期には「自分の学業・受験・進学」が大きな関心事となるし、また、高齢になればなるほど身体が衰えるため「自分の病気や介護」が重大な関心事となることがよく分かる。そして、この2つの重大関心事にはさまれた働き盛りの時期に「自分の仕事」と「収入・家計・借金等」が大きくなっている。これが人生の基本線だといえる。
図表1で見たように、60代が現役の時よりのん気なのは、仕事や家計、子育ての悩みから解放されるからであり、逆に70代には急速にのん気でいられなくなるのは健康の悩みからであることが明白であろう。
男女を比べると、各年齢における悩みの大きさをあらわす黒い部分の大きさが全体として女性の方が大きいことが図から見て取れる。
これは、「収入・家計・借金等」で女性の方が男性より面積が大きいことに示されているように、男性より女性の方が何かと気苦労が絶えないという理由が第一。
第二には、「家事」「育児」「妊娠・出産」、あるいは「自分の仕事」でなく「家族の仕事」「自分の病気や介護」でなく「家族の病気や介護」という女性に片寄って課せられているタスクによる悩みやストレスが大きいからである。
さらに、これに伴うものであろうが、家族あるいは家族以外との人間関係による悩みやストレスも男性より女性の方がずっと大きくなっている。
こうした悩みとストレスの総量の違いが、男性の方が女性よりのん気である原因であり、また結果であると言えよう。
高齢期には、男女ともに健康上の悩みが深くなることは確かであるが、作家の永井荷風は、高齢となると悩ませられる疾病や老衰がむしろ、深刻な精神的危機に陥るのを救っている面もあると、「生活の落伍者」「敗残の東京人」だという批評に対して反論している。
「さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるまい。数年来わたくしは宿痾に苦しめられて筆硯(ひつけん)を廃することもたびたびである。そして疾病と耄碌とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断なき者を救う道はこの二者より外はない。老と病とは人生に倦みつかれた卑怯者を徐々に死の門に至らしめる平坦な道であろう。天地自然の理法は頗(すこぶる)妙である」(「正宗谷崎両氏の批評に答う」(昭和7年)、『荷風随筆集(下)』岩波文庫 p.207~208)。
■日本人全体としてのん気度が増す中、例外なのは…
最後に、最初に掲げた性・年齢別のんき度の時系列変化を見ておこう(図表3参照)。
2013~19年について、全体としては、働き盛りの年齢では、のんき度は低迷しているのに対して、10代、あるいは高齢層では改善が見られる。
2019~22年にはコロナ禍で世の中が大揺れした時期であるが、各年齢層を通じてのんき度はかえって上昇している点が非常に興味深い。2022年調査はこのデータが属する健康票については6月に実施されているが、6波と7波の間で感染者数が大きく減り、コロナ禍への慣れもあって感染不安はかなり低下した時期にあたる。感染症大流行の最悪の事態を何とかやり過ごしてほっとした感情がのんき度の上昇にむすびついたとも解されよう。
長期推移を探るため、2013年から2022年にかけての9年間の男女・年齢別の変化を見ると、男女ともに、10代~20代前半と45~54歳と70代の3つの山で上昇幅が大きく。それらをはさむ2つの谷と80歳以上とで上昇幅が小さくなっている。
中でも、小さな子どもがいる女性の30代前半と、心身の衰えがもっとも顕著な男性の85歳以上では変化幅がほぼゼロという点で他の階層と比べた時に、その精神状態の厳しさが目立っている。
逆に、大いに「のんき度」が増した層として目立っているのは、20代前半までの若年層男性と70代男女である。70代男女の「のんき度」アップは、体力アップ(若返り)や健康上の改善が理由と考えられるが、若年層男性の「のんき度」アップは、あくまで仮説であるが、男子はこうあらねばならないという精神的呪縛から若者男子が解放されつつあるからではなかろうか。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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