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「格下の日本」に負けてもなぜ相手を称えられるのか…ラグビー選手が「勝敗」以上に大事にしていること

プレジデントオンライン / 2023年9月10日 17時15分

元ラグビー日本代表で神戸親和大学教授の平尾剛さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ラグビーとほかのスポーツには大きな違いがある。元ラグビー日本代表で神戸親和大学教授の平尾剛さんは「ラグビーに関わる人は皆『ノーサイドの精神』を持っている。そのため、ファンも選手も悔しい敗戦をしても相手を称えることができる」という。『国境を越えたスクラム』(中央公論新社)の著者でノンフィクションライターの山川徹さんが聞いた――。(第1回/全3回)

■「選手の主体性」が「ブライトンの奇跡」を起こした

――9月8日にラグビーW杯フランス大会が開幕しました。見どころを教えてください。

試合の勝敗以上に、ラグビーというスポーツの本質を知ってもらえる機会になればと考えています。

そのひとつが、選手たちの選択と決断です。

2015年W杯で日本が格上の南アフリカを破った「ブライトンの奇跡」では、試合終了直前まで3点差で負けていました。ロスタイムに南アフリカがペナルティを犯し、日本に2つの選択が与えられました。安全にペナルティキックで3点を取るか、それともリスクを冒してスクラムからゲームを再開してトライ(5点)を狙いに行くか。

ヘッドコーチだったエディー・ジョーンズはペナルティキックで3点を追加し、同点で試合を終えようと考えていたそうです。でもキャプテンのリーチ・マイケル選手はスクラムを選択し、逆転勝利につなげました。

監督がピッチ上に立って指示を出すサッカーやベンチからサインを送る野球とは違って、ラグビーのヘッドコーチは客席から試合を眺めています。選択は選手に委ねられている。試合が始まれば、キャプテン以下、選手たちが自分たちで考えてプレーやゲームプランを決めていく。選手の主体性が試されるのがラグビーの面白さです。

■今も色濃く残るアマチュアイズム

レフェリーに対する敬意もラグビーならではでしょう。

ラグビーの試合では選手がレフェリーとよく話す。レフェリーにカードを出されると選手たちはシュンと肩を落としてグラウンドから退場する。その姿がかわいいと話してくれた友人がいました。一方で、なんでラグビー選手はレフェリー文句を言わないのか、と疑問を持った人もいたようでした。野球やサッカーではレフェリーに抗議したり、異議を申し立てたりするのが当たり前なので新鮮に見えたのでしょう。

これは、ラグビーが元々アマチュアスポーツだったことが大きいです。アマチュア時代は、選手もレフェリーも手弁当で試合を作り上げていたので、その頃のリスペクト精神が今も色濃く受け継がれているのだと思います。

19年のW杯日本大会を観戦し、ラグビーはほかのスポーツとひと味違うぞ、と感じた人が多かったのかもしれません。

■悔しいはずのアイルランドファンが「コングラッチュレーション!」

――4年前の日本大会を平尾さんはどんなふうに見ましたか?

ぼく自身は選手として1999年のW杯ウェールズ大会に出場しましたが、生で観戦したのは日本大会が初めてでした。実は、それまで意識しなかったラグビーの魅力に気づけたんです。

静岡県袋井市の小笠山総合運動公園エコパスタジアムで、日本対アイルランド戦を観戦したときのことです。最寄りの駅で電車を降りてスタジアムに向かいました。日本代表のチームカラーである赤と白の法被を着た日本人と、アイルランド代表のグリーンのユニホームを着た外国人が肩を組んで記念撮影をしていた。いまから戦う相手チームのファンと、ですよ。ほかのスポーツにはない風景だなと感じました。

1次リーグ・日本-アイルランド。試合前に整列する日本代表。左から2人目がチーム最小の流大選手=2019年9月28日、静岡・エコパスタジアム
写真=時事通信フォト
1次リーグ・日本-アイルランド。試合前に整列する日本代表。=2019年9月28日、静岡・エコパスタジアム - 写真=時事通信フォト

試合は19対12で優勝候補アイルランドに日本が歴史的勝利を収めました。それ以上に驚いたのが、試合後、楽器を打ち鳴らしていたアイルランド人に「コングラッチュレーション!」と声をかけられたこと。当時、アイルランドは世界ランキング1位で日本戦は落とせなかった。ファンだって勝利を信じて応援していたはずなんです。それなのに、勝者を素直にたたえてくれる。

これが、ラグビーが育んだノーサイド精神なのかと思いました。勝ち負け以上に、ファンたちはラグビーというスポーツ自体を、素晴らしいゲームを楽しんでいた。

ラグビーにはサッカーや野球のようにチームごとの応援席がありません。敵味方のファンが入り乱れて観戦します。互いにいいプレーにはチームにかかわらず賞賛して拍手を送る。それもラクビーの特徴のひとつです。

■不必要に勝利やナショナリズムを煽らない

「スポーツの国際大会は、ナショナリズムを高揚するから好きじゃない」と話す知人がラグビーW杯の試合を観戦したあとこんな感想を漏らしました。

「ラグビーは違うんですね。敵味方のファン同士がいがみ合うわけでもなく、一緒になってビールを飲んでいる。ほかのスポーツにはない雰囲気ですね」

プロ野球にしてもJリーグにしてもファンは贔屓のチームを応援するでしょう。オリンピックでは、メディアもファンも日本選手のメダルの数ばかり気にしている。

もちろんラグビーもファンは応援するチームに声援を送ります。でも、ノーサイドの笛が鳴ったあとは、ファン同士がビールを飲みながら健闘をたたえ合う。その風景こそが、ラグビーならではの魅力を象徴しているのではないでしょうか。

■勝利至上主義に毒されそうになったら

――誰もが聞いたことがあるノーサイド精神という言葉が19年W杯では可視化されたわけですね。

オールブラックスが試合後、客席に向かってお辞儀するパフォーマンスが話題になりました。それもノーサイド精神のあらわれだのひとつといえるかもしれません。

南アフリカとカナダの試合もそう。前半36分にカナダのジョシュ・ラーセンという選手が危険なプレーでレッドカードを受け、退場になりました。試合後、彼は南アフリカ代表のロッカールームを訪ねて謝罪しました。そのあと、反則をした選手と反則を受けた選手が一緒に記念撮影した写真がSNSに投稿されましたよね。

――カナダ代表といえば、台風19号の影響で試合が中止になったあと、被災地となった岩手県釜石市で路上に溜まった土砂をスコップでかき出すボランティアを行って、日本中から感謝の声が送られました。

彼らは勝ち負け以上に大切な価値を示してくれました。現役時代にまったく意識しなかったのですが、ラグビーというスポーツが持つ5つの価値があります。それが、ラグビー憲章で示された「尊重」「規律」「品位」「情熱」「結束」です。

商業主義に飲み込まれそうになったり、勝利至上主義に毒されそうになったりしたときに立ち戻るべきラグビーの原点だとぼくは理解しています。

■チームメイトの信頼が一つひとつのプレーにつながっている

ぼく自身の経験を振り返ってみても、ラグビーが持つ価値は特別でした。

山川 徹『国境を越えたスクラム 日本代表になった外国人選手たち』(中公文庫)
山川徹『国境を越えたスクラム 日本代表になった外国人選手たち』(中公文庫)

たとえば、スクラムは8人で組みます。誰か1人が力を抜いたらスクラムが崩れて大ケガにつながるかもしれない。フォワードの選手はスクラムを組むたびに、自分がベストを尽くさないと仲間を傷つけてしまう危険性があると常に意識しているはずです。

スクラムを組まないバックスの選手も同じです。フォワードが身体を張ってボールを奪ってくれるから、パスが回ってくる。パスをもらえなければ、トライはできません。

あるいはパスのタイミング次第では味方が相手のタックルをもろに食らって病院送りになる場合もある。危険だと察知したら、パスを放らずに自分から相手にぶつかって味方を守らなければなりません。それこそがチームメイトへの「尊重」や「信頼」であり、選手が守るべき「規律」です。そうしたプレーの積み重ねがチームの「結束」につながっていく。もちろんベースには「情熱」が不可欠です。

■能力が高くても協調性がなければできないスポーツ

現役だった頃はこうして言葉で説明できませんでしたが、感覚的には理解していた気がします。高校時代、ぼくは線が細いながらも、高校日本代表候補に選んでもらいました。ぼくのポジションのウイングには、ぼくよりも明らかに身体能力が高い選手もいた。

撮影=プレジデントオンライン編集部

代表を絞り込む最後の合宿で、候補選手がA、B、Cの3チームに分かれて試合をしました。即席チームだからミーティングを行って作戦を考えたり、チームメイトに自分の強みやプレースタイルを伝えて要望を言ったりとコミュニケーションを取る。でもぼくよりも能力が高かった選手は「オレ、パスをくれたら走るから」としか言わずにチーム全体について考えようともしなかった。結局、彼は代表には選ばれなかった。能力が高かったにもかかわらず、です。

思い返せば、代表に選ばれたのは、ミーティングに主体的に参加した協調性がある選手ばかりでした。

ラグビーは、15人のチームスポーツです。協調性がなければ、どんなに能力が高くても力を発揮できない。上のレベルでは戦えないんです。いかに仲間と協調するか。大げさに言えば、それをラグビーを通して細胞レベルにたたき込まれました。現役を退いて20年近く経って思うのです。ラグビーのおかげで、人間関係の築き方を学べたし、社会性を身につけられたんだな、と。

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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521

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平尾 剛(ひらお・つよし)
神戸親和大教授
1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。現在は、京都新聞、みんなのミシマガジンにてコラムを連載し、WOWOWで欧州6カ国対抗(シックス・ネーションズ)の解説者を務める。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)がある。

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(ノンフィクションライター 山川 徹、神戸親和大教授 平尾 剛)

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