「全国1位の小学生」を決めても誰も幸せにならない…「柔道の全国大会廃止」の大英断をもっと評価すべきワケ
プレジデントオンライン / 2023年9月17日 14時15分
■勝利至上主義はスポーツの可能性を置き去りにする
――平尾さんはスポーツの行き過ぎた勝利至上主義に警鐘を鳴らしていますね。一方でスポーツには勝敗がつきものという考え方もあります。
勝利至上主義が行き過ぎるのではなく、過剰な競争主義の結果、勝利至上主義に陥ってしまうという点が問題だと考えています。
そもそも勝利至上主義とは、スポーツに取り組む価値のなかで、勝利がもっとも優先される考え方です。でも、スポーツに取り組んで得られることは無数にありますよね。礼儀や社会性が身につく、体力がつく、メンタルが鍛えられる、友だちができる――。
そうした価値よりも、勝利を第一に考えてしまうと、本来スポーツを通して得られる有形無形のさまざまなものが置き去りにされてしまいます。その問題についてたくさんの人に知ってもらいたいと思っているのです。
■「勝ったら偉い、負けたら劣っている」のか
――「競争主義の行き過ぎ」についてもう少し詳しく教えてください。
スポーツの競争主義とは、競争を通して選手の成長を促す考え方や指導法です。試合をせずに1年中練習だけだと選手はつまらないし、やる気も起きません。そこで、練習で培った実力を試すために試合をしたり、大会に出場したりする。当然、勝った、負けたという結果が出る。
試合や大会には、競技レベルが上がっていることを確認したり、対戦相手とともに実力を高め合ったりする目的があります。それが競争主義を取り入れる意義です。
しかし競争主義が行き過ぎると選手も指導者も、勝った方が偉い、負けた方が劣っていると受け止めてしまう。競争主義がさらに進めば、勝つためには手段を選ばなくなる。レフェリーが見ていないところで反則をしたり、相手の裏をかこうとしたりするようになる。そんな試合をしたら、互いに遺恨が残る。互いを高めようとしていたはずの試合なのに、目的が変わってしまう。
■「手をつないで横一列でゴールしろ」と言いたいわけではない
勝利至上主義について批判すると「だったら、みんなで手をつないで一緒にゴールするのが、正しいスポーツのあり方なのか」と反論される。そうではないんです。健全な競争主義は選手を成長させて、競技レベルを上げます。競争は、スポーツに不可欠な要素です。ただ、勝利至上主義になると話が変わってくる。極端な勝利至上主義がスポーツで得られるはずの選手の成長を奪っている現実を知ってほしいのです。
![小学校運動会](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/3/1200wm/img_73202b8ff8bb0ffd1e3e52590fdedaae1037807.jpg)
――昨年、日本柔道連盟が小学生の個人戦の全国大会を廃止しました。これも勝利至上主義に対するアンチテーゼなのですか?
柔道では、以前から親や指導者が負けた子どもを怒鳴りつけたり、審判の判定に対して文句を言ったりする問題が起きていたようです。さらには小学生に減量を強いる親や指導者もいた。勝つために大人が必死になりすぎていたのが、全国大会廃止のきっかけとなったと聞きました。日本柔道連盟には、たくさんの苦情が寄せられたそうです。「子どもが目標にしていたのに、なんで廃止したんだ」と。
■「中高生の全国1位」を決める必要があるのか
でも、全国大会の廃止は英断でした。ぼく自身は、高校生、いえ、せめて中学生までは全国1位を決めなくてもいいのではないかと考えています。子どもの頃から全国1位を決める意味があるのか、と。
勝利至上主義に疑問を抱いたのは柔道だけではありません。ミニバスケットボールの全国大会では優勝チームを決めません。トーナメント方式ではなく、参加チームの交流戦を行います。しかもゾーンディフェンスが禁止なんです。
――どういうことでしょう。
ゾーンディフェンスは、組織的なディフェンスのシステムです。小学生でも比較的簡単に身につけられます。ゾーンディフェンスを徹底すれば、勝利には近づく。目先の勝利にとらわれた指導者はゾーンディフェンスを教え込もうとするでしょう。
しかし、長い目で見たらどうなのか。小学生は個人的な動きや技術を吸収していく年代です。幼いうちから、組織的なゾーンディフェンスを教え込まれたら伸び代がなくなってしまう。全国大会ではマンツーマンディフェンスをすることが決まっています。
選手たちは1対1で工夫して相手を抜こうとしたり、必死で止めようとしたりする。全国の選手を相手に、自分の技術や実力を試す機会になるんです。そこからたくさんの気づきや学びがあるはずです。柔道やミニバスケットボールに代表されるように、各スポーツが勝利至上主義からの転換をはかっているのです。
■野球やミニバスケで進む脱・勝利至上主義
――明治時代にイングランドから日本に伝わったラグビーは大学同士の交流戦から発展しました。また87年に第1回W杯が開催されるまでは、基本的には国同士のテストマッチで腕試しをしていました。理想的なスポーツのあり方だったと言えるのではないですか?
そう思います。ぼくの大学時代も、同志社大は明治大と定期戦を毎年組んでいました。全盛期だった明治大にどれだけ戦えるか。毎年同じ時期に腕試しができる。定期戦をひとつの目標にして1年間、練習に取り組みました。負けたら悔しいし、勝ったらうれしい。でもいま振り返ると試合後のアフターマッチファンクションでの経験が、とても大きかった。
アフターマッチファンクションとはラグビーの試合後に開催される交流会です。ビールを飲んで食事をしながら、対戦したばかりの明治大の選手たちと試合について、ラグビーについて語らう。勝ち負けを越えたとても貴重な経験でした。
先日、面白い記事を読みました。高校野球でも脱・勝利至上主義が進んでいるというのです。甲子園とは別に全国百数十校が参加するリーガ・アグレシーバというリーグ戦があるそうです。興味深かったのは、試合後に行われる“感想戦”です。選手たちが試合の感想や、打席やピッチングで心がけていることなどをチームの垣根を越えて話し合う。“感想戦”は、ラグビーのアフターマッチファンクションを参考にはじまったと記事にはありました。
![タイムアウト中に選手のグループと話すコーチ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/c/1200wm/img_fc6a994229aa3ea79187c19747f6edb4794689.jpg)
■対戦相手を交えた試合後の「感想戦」が選手を成長させる
――アフターマッチファンクションはラグビー独自の文化なのですか?
以前、サッカー指導者の前でラグビーについて話したことがあります。そのなかでアフターマッチファンクションに触れました。参加した指導者の1人がフランスで少年たちに指導した経験があった。彼が「試合後は家族も交えてバーベキューなどをして相手チームと交流する。フランスでは当たり前ですよ」と教えてくれました。
![山川 徹『国境を越えたスクラム 日本代表になった外国人選手たち』(中公文庫)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/1200wm/img_f8e6898d617abb3859dab964a9677091231079.jpg)
きっとヨーロッパでは試合後の交流会もふくめてスポーツという考え方が定着しているのでしょう。それがラグビーに限らず、もともとのスポーツ文化だった。日本のアフターマッチファンクションはラグビーとともに伝わって文化として残り、現在も継承されているのだと思います。
とはいえラグビーもプロ化が進んで、試合後のアルコール摂取を控える選手が増えた。その影響か、アフターマッチファンクションもどんどん減っていると耳にします。私も神戸製鋼時代はプロ契約していたので、試合後に身体を休ませて次のゲームに備えたいという選手の気持ちはわかります。
でも、私にとってアフターマッチファンクションは、ラグビーの魅力のひとつでした。実力を競ったあとに、敵味方の区別なくラグビーやプレーについて語り合う。目先の勝利だけを優先していたら、そんな場は必要ありません。勝利至上主義に陥らずに、スポーツを通して選手の成長を促す。そのためにはアフターマッチファンクションのようなスポーツが培ってきた文化を大切にすべきだと感じるのです。
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ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521
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神戸親和大教授
1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。現在は、京都新聞、みんなのミシマガジンにてコラムを連載し、WOWOWで欧州6カ国対抗(シックス・ネーションズ)の解説者を務める。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)がある。
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(ノンフィクションライター 山川 徹、神戸親和大教授 平尾 剛)
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