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月から"滑り棒"で地球に降りたらどうなるか…5歳児の質問にNASA元研究員が出した答え

プレジデントオンライン / 2023年9月18日 10時15分

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

月から滑り棒を使って地球に降りることはできるのか。5歳の男の子の疑問に、NASA元研究員でコミック作家のランドール・マンローさんはどう答えたのか。著書『もっとホワット・イフ?』(早川書房)からお届けする――。

※本稿は、ランドール・マンロー(著)、吉田三知世(訳)『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』(早川書房)の一部を再編集したものです。

■月から地球に降りる“滑り棒”はつくれるのか

私の息子(5歳)に今日質問されたのですが、月と地球のあいだに、消防署の滑り棒のようなものがあって、月から地球に降りられるとしたら、月から地球まで降りるのにどれだけの時間がかかりますか?――ラモン・シェーンボルン、ドイツ

まず、問題を整理しよう。

実際には、地球と月のあいだに金属の棒を設置することはできない(*)。棒の月の側の端は月の重力によって月のほうへと引き寄せられ、それ以外の部分は地球の重力で地球のほうへと引き寄せられる。そのため棒は2つに引きちぎられるだろう。

* 1つには、NASAの誰かが怒鳴り込んでくるだろう。

この計画にはもう1つ問題がある。地球の表面は月よりも速く回転するので、地球に下がっている側を地面に固定しようとすると、こちら側の端が折れてしまうのだ。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

さらにもう1つ問題がある(**)。月は地球から常に同じ距離にあるわけではないのだ。軌道に沿って進むにつれ、近づいたり遠ざかったりする。大きな違いではないが、長さ数十万キロメートルの長さの滑り棒が、毎月1回地球に押し付けられてつぶれるのに十分な違いだ。

** はい、これは嘘です――さらに数百個の問題がある。

だが、こういった問題は無視してしまおう! 月から垂れ下がってきて、地球の表面の少し上まで届く魔法の棒があって、それが伸び縮みして、決して地面に接触しないとしたらどうだろう? この棒で月から滑り降りるにはどれだけの時間がかかるだろう?

■数年間、滑り棒を登らなければならない

あなたが月面で、この棒の隣に立ったなら、1つ問題があることがすぐにわかる。あなたは、棒を滑って登っていかなければならないのだ。とても滑り棒と呼べるような使い方ではない。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

滑るのではなく、あなたは登らなければならない。

人間は、結構速く棒を登ることができるものだ。棒登りの世界記録保持者たち(*)は、選手権大会(**)で毎秒1メートル以上のペースで登っている。月面では重力ははるかに小さいので、おそらく地球上でよりも登りやすいだろう。一方、宇宙服を着る必要があるので、そのためにペースは少し落ちる。

* もちろん、棒登りには世界記録がある。
** もちろん、選手権大会がある。

十分な距離を登ったなら、地球の重力が優勢になり、あなたを引っ張って下ろしてくれるだろう。棒にしがみついているとき、あなたには3つの力が働いている。地球に向かってあなたを引っ張る地球の重力、あなたを地球から遠ざける向きに引っ張る月の重力、そして、月と共に回っている棒の遠心力(***)――あなたを地球から引き離す方向に働く――だ。

*** 月の軌道の距離で、月と同じスピードで運動していたなら、それにかかる外向きの遠心力は、地球の重力ときっちり釣り合っている──だからこそ月はそこを軌道として周回しているのだ。

初めは、月の重力と遠心力の和のほうが大きいので、あなたは月のほうに引かれるが、地球に近づくにつれ、地球の重力が優勢になる。地球のほうが月よりも重いので、まだ月に結構近いうちに、あなたはそのような点――L1ラグランジュ点と呼ばれるもの――に到達するだろう。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

■地球と月の均衡点に近づけば、加速できる

あなたにとっては困ったことに、宇宙は広大なので、「結構近い」と言ってもまだまだ遠い。たとえあなたが世界記録を超えるスピードで登ったとしても、月と地球の重力の均衡点であるL1に到達するには数年かかるだろう。

L1に近づくうちに、あなたは登る態勢から蹴伸(けの)びの態勢に切り替えることができるだろう。一度蹴ったら、長い距離を一気に滑って、棒を登ることができるようになる。それに、止まるまで待つ必要もない――棒にもう一度しがみつき、自分の体に勢いをつけて、進むペースを上げることができる。スピードスケートの選手が、数回繰返し蹴ってスピードを上げるのと同じだ。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

やがて、L1の間近に迫り、もはや重力と闘う必要がなくなると、スピードを制約するものは、あなたが棒をどれだけ速く掴んで、自分の後ろへと「投げる」ことができるかだけになるだろう。野球の最速ピッチャーは、自分の手を時速約100マイル(時速約160km)で動かしながら物体を手から投げることができる。おそらくそれがあなたが期待できる棒を進む速さのおおよその上限だろう。

注意:自分の体を棒に沿って投げ出すときは、棒に手が届かないところまで離れないように注意する必要がある。万一そのようなことが起こったときのために、命綱のようなものを持っておき、棒の傍に戻れるようにするのが望ましい。

■地球の重力が利いてくると…

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

その後さらに2、3週間棒に沿って滑って進むと、重力が利いてきて、自分で棒を押して体を進めていたときよりも、ずっと速く進んでいると感じるだろう。こうなったら、気を付けないといけない――すぐに、速くなりすぎないかが心配になってくるからだ。

地球に接近し、その重力で次第に強く引かれるようになると、あなたはかなり加速し始める。自分で自分を止めないと、ほぼ脱出速度――秒速11キロメートル――で大気圏の最上部に達することになり、大気と衝突する衝撃で大量の熱が発生し、燃え上がってしまう恐れがある。

宇宙船では、ヒートシールドを使ってこの問題に対処している。ヒートシールドが熱を吸収して拡散してくれるので、その下で守られている宇宙船は燃えずに済む。だがあなたには、この金属棒が手元にあるのだから、棒にしっかりしがみついて、摩擦を利用して降りるペースをコントロールすればいい。

■手を冷やしながら減速、さもないと絶命する

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

地球に接近し、降下するあいだじゅう、絶対にスピードが上がらないようにすること――そして、必要に応じて、手やブレーキパッドを冷ますために止まるようにしよう。ヤバくなってから減速しようとしてもだめだ。

脱出速度に近づいてきたら、減速しないとだめだということを土壇場で思い出してほしい。さもないと、棒にしがみつこうとしてギョッとすることになるだろう。最善の場合でも、あなたは投げ出され、墜落して絶命するだろう。最悪の場合には、手と棒の表面とが励起した新しい形の物質に変貌し、その後あなたは投げ出され、墜落して絶命するだろう。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

■猛烈な風が襲ってくる

ゆっくり降下し、制御された形で大気圏に入ったとしても、すぐに次の問題に直面するだろう。滑り棒は、地球と同じ速度では動いていないのだ。近い速度ですらない。下にある陸と大気は、あなたに対して猛烈なスピードで動いているだろう。あなたは、強烈な風のなかに落ちようとしているのだ。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

月は、だいたい秒速1キロメートルぐらいの速度で地球の周りを公転しており、29日間で1周している。私たちが考えている架空の滑り棒の上端も、この速度で運動していることになる。棒の下端は、同じ長さの時間に、それよりもっと小さな円を描いて運動しており、その平均速度は、月の軌道の中心に対して時速約35マイル(時速56キロメートル)だ。

■地表は時速1600キロメートル超で動いている

さて、時速35マイルならそれほど悪くないと思える。だが、あなたにはあいにくだが、地球も自転しており(*)、地表は時速35マイルよりもずっと速く動いている。赤道では、時速1000マイル(時速約1600キロメートル)を超えている(**)

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

*「あいにく」だと申し上げているのは、この特殊な状況においてのことだ。一般的には、地球が自転しているという事実は、あなたにとって、また、地球全体の居住可能性にとっても非常に良いことである。
** 海水面から測って、エベレスト山が地球で最も高い山だということは広く知られている。

それに比べてあまり知られていないトリビアが、地球の中心から最も遠い地表の点はエクアドルのチンボラソ山の頂上だという事実だ。これは、地球が赤道の部分で外に膨れているからである。

それよりもさらに知られていないのが、地球の自転で最も速く動いている地表の点はどこかという問題で、それは、地軸から最も遠い点はどこかというのと同じである。その答えは、チンボラソ山でもエベレスト山でもない。最速地点は、チンボラソ山の北にある、カヤンベ山という火山の頂上である(***)。これであなたも1つ物知りになりましたね。

*** カヤンベ山はさらにその南斜面が、赤道が通る地表の最も高い地点でもある。山にまつわるトリビアを、私は結構たくさん知っている。

■月の対地速度はおおよそ正弦波の形で変化している

棒の端は、地球全体に対してゆっくり動いていたとしても、地表に対しては猛スピードで動いている。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

棒が地表に対してどれだけの速さで運動しているかという質問は、実質的に、月の対地速度がいくらかと尋ねているのと同じだ。これを計算するのは厄介だ。というのも、月の対地速度は時間が経過するにつれて複雑に変化するからである。私たちにとってはありがたいことに、それほどは変化しない――普通は秒速390から450メートル、またはマッハ1強である――ので、正確な値を突きとめる必要はない。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

ともかく、それを突きとめることで、少し時間をかせごう。

月の対地速度は、かなり規則的に、正弦波のような形で変化する。1カ月に2回ずつ、高速で動いている赤道を通過する際に、ピークに達する。その後、動きが遅い回帰線の上を通過する際に最低になる。月の軌道(公転)速度も、軌道上の近点(地球に最接近する点)と遠点(地球から最も遠ざかる点)のどちらにあるかによって変化する。このような次第で、月の対地速度はおおよそ正弦波の形で変化する。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

さて、ジャンプする用意はいいかな?

■大気圏に突入するなら「2025年5月1日」がオススメ

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

わかりました、ありますよ。月の対地速度をとことん正確に特定するために考慮すべきサイクルがもう1つある。月の軌道は地球と太陽がなす面に対して、約5度傾いている。一方、地軸の傾きは23.4度だ。したがって、月の赤緯(ある天体が天球上の赤道から北または南にどれだけずれているかを表す角度。その天体が地球上のどの緯度の真上にあるかを表す)は太陽のそれと同様に変化し、北回帰線から南回帰線へと1年に2回移動する。

しかし、月の軌道面も傾斜しており、この傾斜を保ったまま18.6年周期で軌道面が回転している。月の傾斜が地球のそれと同じ方向のとき、月は太陽よりも5度赤道に近く、反対向きのときは、月はそれより高い緯度に達する。月が赤道から大きく離れるほど、月の対地速度は低下し、その結果正弦波の極小部は一層低くなる。これが、今後数十年間にわたる月の対地速度の変化のグラフだ。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

月の最高速度はほぼ一定だが、最低速度は18.6年周期で上下する。次の周期の最低速度は2025年5月1日なので、あなたが2025年まで待てるなら、棒が地表に対してたったの秒速390メートルで運動しているときに大気圏に突入することができる。

■超音速の風のなか、棒にしがみつきながら降りていく

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

ついに大気圏に突入するとき、あなたは熱帯地方の端、つまり回帰線に近いあたりに降りてくることになるだろう(月の対地速度が極小の時をねらったので、滑り棒は回帰線付近に来ているはずだから)。

ランドール・マンロー(著)、吉田三知世(訳)『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』(早川書房)
ランドール・マンロー『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』(早川書房)

地球の自転と同じ方向に吹いている上層大気の気流である熱帯ジェット気流を避けるようにしよう。滑り棒がたまたまそのジェット気流に入ってしまったなら、風速がさらに秒速50から100メートル速くなるだろう。

あなたは、どこに降り立つかにはかかわらず、超音速の風を相手に苦闘しなければならないので、体を保護するものをたくさん身に付けておこう。くれぐれも、棒から絶対に離れないようにしっかりしがみつくように。

なにしろ、風とさまざまな衝撃波が激しく打ち付け、あなたの体をあらゆる方向に揺さぶるだろうから。「落下そのもので死ぬのではない。最後の急停止で死ぬのだ」とよく言われるが、この場合はおそらくその両方だろう。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

どこかの時点で、地面に降りるために、あなたは棒から手を離さなければならないだろう。当然ながら、マッハ1で動いているときに、直接地面に飛び降りないほうがいい。おそらく、航空会社の旅客機が飛んでいるあたりの高度に近づくまで待ったほうがいい。

そこでは空気がまだ薄いので、空気抵抗はそれほどでもないだろうから。そうして初めて、棒から手を離すのだ。その後、あなたは気流で運ばれながら、地球に向かって落下するが、そこでパラシュートを開けばいい。

■パラシュートで着陸、滑り棒の撤去をお忘れなく

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

そうすれば、月から地球まで完全に自分の筋力だけで旅してきたあなたは、ついにめでたく地面に降りることができる。

棒の下端でジャンプするタイミングを見計らって延々待ち過ぎなかったとすれば、旅の全行程は2、3年にわたるだろう──その大半を月面付近で棒を相手にシミーダンス(1920年代にアメリカで流行した、ジャズに合わせて体自体は直立のまま肩を前後に揺さぶるダンス。ここでは棒を支えに蹴伸びのような動作を繰り返すことを指している)を踊っているかのような動作で懸命に登るのに費やして。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

地球に降りたとき、滑り棒を外すのを忘れないように。これは間違いなく安全上の問題を引き起こす。

イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より
イラスト=『もっとホワット・イフ? 地球の1日が1秒になったらどうなるか』より

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ランドール・マンロー(らんどーる・まんろー)
インターネットマンガ家
書籍『ホワット・イフ?』(What If?)、『ハウ・トゥー』(How To)、『ホワット・イズ・ディス?』(Thing Explainer、ともに早川書房刊)、科学Q&Aブログ「 What If?」、人気ウェブコミック「xkcd」の著者。かつてNASAのロボット技術者だったが、2006年にその職を辞し、フルタイムのインターネットマンガ家となる。最新刊である本書『もっとホワット・イフ?』(What If? 2、早川書房刊)はニューヨークタイムズ・ベストセラーで、国際的ベストセラーにもなっている。マサチューセッツ在住。ホームページはxkcd.com

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(インターネットマンガ家 ランドール・マンロー)

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