日本国民の半分が被災する「異次元の大地震」…政府が南海トラフ巨大地震を徹底警戒するワケ
プレジデントオンライン / 2023年9月16日 15時15分
■国民の半分が被災する「異次元の被害レベル」
南海トラフ沿いの地域は100~150年の周期で大規模地震が発生しており、前回の襲来から約80年が経過した今日、発生確率は日を増すごとに高まっている。
南海トラフは、静岡県の駿河湾から九州の日向灘(ひゅうがなだ)沖までのフィリピン海プレートとユーラシアプレートが接する海底の地形を形成する区域を指す。南海トラフ沿いのプレート境界では海側のフィリピン海プレートが、陸側のユーラシアプレートの下に1年あたり数センチの速度で沈み込む。その際のひずみが蓄積され、ユーラシアプレートが跳ね上がることで発生する地震が南海トラフ巨大地震だ。
南海トラフ巨大地震は一体、何が怖いのか。真っ先に挙げられるのは国民の半分が被災する「異次元の被害レベル」だ。政府は東日本大震災以降、「想定外」をなくすため、被害想定は起こり得る最大規模の地震で見積もっている。
■前回の南海トラフ地震は全容がわかっていない
2013年5月の「南海トラフ巨大地震対策について(最終報告)」では、「まさに国難とも言える巨大災害」という強い表現で警鐘を鳴らしている。
過去の南海トラフ巨大地震の発生は、歴史の転換期と重なる。前回は1944年12月に南海トラフの東側で「昭和東南海地震」が発生し、そのわずか37日後に、内陸直下の地震「三河地震」を引き起こしたとされる。この二つの地震は戦時下であったため地震の大きさに比べ十分な資料が残されておらず「隠された大地震」とされる。
■地震発生から「数分」で巨大な津波が到達
二つの地震の間には、名古屋への初の本格空襲があり、現在の名古屋ドームの場所にあった日本一の飛行機のエンジン工場が被災するなど重工業地帯が甚大な被害を受け、日本の敗戦を早めたとも言われる。2年後の1946年12月には南海トラフの西側を「昭和南海地震」が襲った。
歴史上、さらに一つ前の南海トラフ巨大地震は、江戸時代に起きた1854年12月23日の「安政東海地震」、翌日の「安政南海地震」で、その翌年に首都直下の「安政江戸地震」が起きた。さらに1856年には安政の台風、1858年にはコレラが流行し、度重なる災害が江戸幕府の終焉の引き金の一つとされている。
この巨大地震の特徴は、超広域で強い揺れとともに巨大な津波が発生し、避難を必要とする津波の到達時間が「数分」という極めて短い地域が存在することにある。先の「最終報告」は、その被害が「これまで想定されてきた地震とは全く様相が異なるものになると想定される」と位置づける。今風に言うならば、まさに「次元の異なる」「異次元」の被害が生じると予想されているのだ。
■想定は死者32万人、避難者最大950万人
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震はMw9.0で、死者・行方不明者約1万9000人、建物被害(全壊)が13万棟を超えるなどの甚大な被害を及ぼした。ただ、日本列島の東から西にまたがる南海トラフでの巨大地震は、被害は10倍以上に膨れ上がると想定された。死者約32万人、建物倒壊や焼失約238万棟。浸水面積は1015平方キロで東日本大震災の約1.8倍、浸水域内の人口は約163万人で約2.6倍という計算だ。
断水などライフラインの被害で自宅に住めなくなった避難者は発災1週間後に最大約950万人に上り、およそ半数が親類、知人宅などへ避難すると想定しても、避難所への避難者は最大約500万人に達する。
公共交通機関が停止した場合、一時的にでも外出先に滞留することになる人は中京都市圏で約400万人、京阪神都市圏で約660万人に上り、徒歩で発災当日に帰宅が困難になる人(帰宅困難者)は中京圏で約100万~110万人、京阪神圏で約220万~270万人に上るとされる。
■直接被害額だけで約170兆円に上る
避難する人が大量に発生し、想定している避難所だけでは不足することが予想されており、避難所に入るにも「トリアージ」が必要なレベルになるだろう。
震度6弱以上または浸水深30センチ以上の浸水面積が10ヘクタール以上となる市区町村は30都府県の737市区町村に及び、その面積は全国の約32%、人口は全国の約53%を占める。
超広域での被害拡大は、国家による支援システムが機能しなくなる状況を生む可能性がある。被災都府県で対応が難しくなる患者は最大で、入院が約15万人、外来は約14万人と想定される。外部からアクセスが困難となる「孤立集落」も農業集落が最大約1900集落、漁業集落が約400集落に達し、発災直後は行政の支援の手も届きにくい。
経済被害も甚大だ。被災地では生産やサービス低下による生産額の減少、観光・商業吸引力の低下、企業の撤退・倒産、雇用状況の悪化、生産機能の域外・国外流出などが生じ、その直接被害額は約169兆5000億円に上ると試算。我が国の一般会計当初予算(2023年度)は過去最大の114兆円超となったが、それをはるかに上回るレベルだ。
■日本という国家の存立を脅かしかねない
南海トラフには、日本経済を支える茨城県から大分県に広がる工業地帯「太平洋ベルト地帯」が含まれ、自動車製造業や鉄鋼業、石油化学工業、電子・電気機器などの製造業が集積している。「異次元の巨大地震」はそれらを直撃し、生産・サービス低下による間接被害額が最大年間44兆7000億円に達するダメージを与える。
経済活動が広域化する今日では、サプライチェーンの寸断や経済中枢機能の低下から日本全体に経済面で様々な影響が生じる。中部、近畿、四国、九州地方を中心とする「超広域」で地震動や液状化、津波による被害が生じ、復旧が遅れた場合には国家の存立にかかわる問題になるだろう。
静岡市や名古屋市、和歌山市、徳島市、宮崎市などで震度7の激しい揺れが生じ、東日本から西日本の24府県で震度6弱以上の揺れを観測すると予想される南海トラフ巨大地震。私たちは先人たちのように巨大地震の襲来を乗り越えることはできるのか。
■過疎化、少子高齢化が防災のハードルに
政府は2023年4月から社会構造の変化や最新の研究を踏まえて南海トラフ巨大地震の被害想定の見直しや新たな防災対策の検討に乗り出している。都はワーキンググループにオブザーバーとして参加しているが、過疎化や少子高齢化、単身世帯の増加など社会課題が重いリスクとして現れていると感じる。
見直し作業の中では、沿岸部の津波避難タワーの設置などにより、津波による死者数は大幅に減少する傾向だが、建物の耐震化が進んでおらず、約5割の建物が全壊する県もある。住宅が倒壊して逃げられないところに津波が襲うケースも想定される。特に高齢世帯や単身世帯などが取り残される状況が懸念される。過疎地は空き家の増加が二次被害を引き起こす要因となり、撤去しなければ全壊して道を塞いだり、延焼したりする。
■「万全の対策」は不可能でも、備えはできる
東京大学の目黒公郎教授(都市災害軽減工学)は「桁違いの災害へ万全の対策を取ることは不可能だ。しかし、最大規模の災害に対応できなければ価値がないのかというとそうではない。一定レベルの被害を減らすために、どこまでの備えをすべきかそれぞれが考えなければいけない」と備えの重要性を説く。
東日本大震災では、岩手県・釜石湾の入り口に設置された世界最大水深(63メートル)の湾口防波堤が大きく破壊され、地震直後はハード対策が意味をなさなかったと批判もあった。だが後に対策による一定の抑制効果はあったと分析された。
目黒教授は「防波堤があったことで津波の到来を6分間遅らせ、浸水深と遡上(そじょう)高さを3~5割減らした。もし防波堤がなかったら、これらの値は1.4~2倍になり、被害量は格段に大きくなっていただろう」と話す。
残された時間、私たちはいかに備えることができるのか。いよいよ「国難との闘い」に向けて最終準備に入らなければならない時を迎えている。
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東京都知事政務担当特別秘書
1976年、千葉県生まれ。成蹊高校、早稲田大学商学部卒。大学入学後に柔道に出合い、柔道部で二段取得。在学中に南カリフォルニア大学(USC)交換留学。全国紙記者を務め、2016年8月から現職。待機児童対策や女性の活躍推進、働き方改革などを担当し、政策立案への助言などを行う。著書に『小池百合子「人を動かす100の言葉」』(プレジデント社)、『首都防衛』(講談社現代新書)がある。
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(東京都知事政務担当特別秘書 宮地 美陽子)
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