クルマ、鉄道、飛行機が降灰で完全停止する…富士山噴火で政府が予想する「最悪シナリオ」の地獄絵図
プレジデントオンライン / 2023年9月18日 9時15分
■富士山の噴火ペースは約31年に一度
新型コロナウイルスの感染拡大まで年間20万人を超える登山者が訪れた日本最高峰の富士山は、溶岩や火山灰を噴出して現在のシルエットが形成された。直近の噴火は1707年の「宝永噴火」まで遡るが、富士山はまぎれもなく日本一の活火山だ。
2021年に富士山噴火を想定したハザードマップが改定され、関係自治体は“休眠状態”から目覚めることを警戒する。だが、最も危険なシナリオは「地震」と「噴火」の連動であることを忘れてはならない。
富士山は、フィリピン海、ユーラシア、北米(オホーツク)という3つのプレート境界に位置する我が国最大の玄武岩質の成層火山だ。前回の「宝永噴火」から300年以上が経過しているため「富士山はもう噴火しない」と誤解している人もみられるが、過去5600年間には約180回もの噴火が起きてきた。単純計算すれば約31年に一度のペースで、休眠状態にある今日が“異常”と言える。富士山の長い歴史を紐解けば、「いつ噴火してもおかしくない」と見ることもできるのだ。
■「地震」が「噴火」を誘発する?
注目すべきなのは、「地震」が「噴火」を誘発するとも考えられることだ。内閣府によれば、20世紀以降に世界で発生した大地震の発生後、数年以内に誘発されたと考えられる火山活動が相次いでいることがわかる。
たとえば、20世紀最大の噴火とされる1991年のフィリピン・ピナツボ火山噴火は、1990年7月のフィリピン地震の11カ月後に噴火した。2004年のインドネシア西部スマトラ島沖地震が起きた4カ月後にはタラン山、1年3カ月後にメラピ山、3年後にケルート山が噴火。日本でも2011年の東北地方太平洋沖地震発生後に北海道から九州にある22の火山で火山性地震の増加がみられている。
東北大学の西村太志教授(地球物理学)は世界の地震と噴火の関係を解析し、大地震による火山噴火の誘発メカニズムを明らかにした。強震動だけでは火山噴火を誘発するとは言えないものの、大地震発生の応力解放によって膨張を受ける火山はマグマ内の気泡成長などによりマグマ上昇が促され、噴火が発生しやすくなる。
■「膨張場」にある火山は噴火頻度が2~3倍高まる
ペットボトル入りの炭酸水にたとえるならば、蓋を取った瞬間に圧力が緩むことで泡が上がってくるイメージだ。大地震の震源の周囲には、潰れていたスポンジが解放されたような「膨張場」と「収縮場」ができる。このうち「膨張場」にある火山(0.5マイクロストレイン以上)は大地震発生から10年ほどの間、火山噴火の発生頻度が2~3倍高まるのだという。
東日本大震災の際には東北から関東まで広い範囲に「膨張場」がみられ、西村教授は「地震で発生した『膨張場』に噴火準備ができている火山があると、地震が噴火のトリガーになるのではないか」と指摘する。
国土地理院では、数十億光年離れた天体からの電波をパラボラアンテナで受信して、プレート運動などを測定していた。約6000キロ離れたつくば市とハワイの距離を約15年にわたって測った結果、毎年約6センチずつ近づいていたが、東北地方太平洋沖地震で約65センチ接近したことがわかったという。地震直後には観測史上最大の地殻変動が生じ、震源地に近い宮城・牡鹿(おしか)半島付近で5.3メートル、千葉県銚子市付近でも17センチの変動が観測されている。
■噴火前の「重要なシグナル」を見つけ出せるか
東京大学の辻健教授(物理探査)らは、2016年4月の熊本地震が半年後の熊本・阿蘇山の中岳の火山活動に影響したことを解析した。地殻内を伝播する人間には感じることのできない微小な振動(微動)を利用することで、地震後、マグマだまりの近くの弾性波速度が低下したことを明らかにした。
さらに噴火後、弾性波速度は上昇した。弾性波速度とは、地盤を伝播するP波やS波の速さを表し、地盤の硬さや水圧の状態の変化を反映する。この弾性波速度の変化から、地震でマグマだまりの圧力が上昇し、噴火を誘発したこと、さらに噴火後に圧力が下がったことが明らかになったという。
辻教授は「弾性波速度や波形の時間変化、山の膨らみのデータを組み合わせ、AIで噴火前に見られる重要なシグナルを見つけ出せば、噴火の危険度を予測することが可能になる。すでにある程度の精度では予測できることが確認できている」と研究を深める。
■「南海トラフ地震が噴火を誘発する可能性は高い」
言うまでもなく、日本は世界有数の「火山国」だ。世界には約1500の活火山があるといわれるが、その1割近くが我が国に存在する。気象庁は今後100年程度に噴火の可能性があることを踏まえ、富士山を含む50カ所の火山を24時間態勢で監視している。だが、西村教授が指摘するように「地震が噴火のトリガー」となることがあれば、大地震の襲来とともに富士山の噴火が誘発される急展開も想定しなければならない。
実際、今から約320年前の宝永噴火が起きた直前には巨大地震が襲来しており、その恐怖が再来しない保証はまったくない。東京大学の藤井敏嗣名誉教授(山梨県富士山科学研究所所長)は、「南海トラフは富士山の近くを揺らす。富士山がそれまでに噴火をしていなければ、南海トラフ巨大地震が噴火を誘発する可能性は高い」と警鐘を鳴らす。
高い確率で発生すると予想される首都直下地震、南海トラフ巨大地震の襲来に加え、富士山の噴火が重なる「大連動」にも備えなければならない時期を迎えているのは間違いない。
■噴火によって首都圏に降灰が2週間続く
富士山は300年以上も「眠り」続けている。だが、最高峰の活火山が目を覚ませば広範囲に被害をもたらすのは言うまでもない。首都の治安を維持する警視庁は、大規模噴火への警戒心を隠さない。「富士山がいつ『起きる』のかはわからないが、噴火して都市機能が集積した首都圏に降灰が2週間続き、国民生活や社会に大きな混乱が生じるとのシミュレーションがある」と危機感を募らせる。降灰下でも警察職員が屋外での活動を継続できるようゴーグルやヘッドライトといった装備品の配備を進めている。
都は2023年5月に有識者を交えた「富士山噴火降灰対策検討会」を立ち上げ、降灰除去等に向けた具体的な検討に入った。2023年7月、全国知事会議が開かれた山梨県の会場では、長崎幸太郎知事のもと、火山のある23都道県が課題の共有を行った。
では、富士山が噴火したら何が起こるのか。富士山の防災対策は2000年から本格的に検討されてきた。富士山直下で低周波地震が多発したのがきっかけで、2001年7月に国と関係自治体が「富士山火山防災協議会」を設置。2004年から富士山周辺の住民にハザードマップが配布されている。
■溶岩流の避難対象者は11万6000人に上る
2021年3月に17年ぶりに改定されたハザードマップのポイントは、市街地に近い場所に過去の火口が複数認定されたこと、富士山北麓の青木ヶ原溶岩流を作ったマグマの体積が当初は「宝永噴火」と同程度だと見られていたが、この溶岩流を噴出した「貞観噴火」(864~866年)は2倍近くの13億立方メートルだったことがわかった点にある。
溶岩流の流出量が増えると、流下する距離が長く、速度も速くなることが考えられる。火口ができる場所にもよるが、山梨・富士吉田市や静岡・富士宮市などでは噴火から2時間程度で溶岩流が到達する可能性があり、静岡・裾野(すその)市などでは12時間後には到達の可能性がある。
溶岩流が3時間以内に到達する可能性がある範囲の避難対象者は、前回のハザードマップの約1万6000人から11万6000人と7倍になった。
■クルマや鉄道は動けず、飛行機も飛べない
2023年3月に静岡、山梨、神奈川3県などが策定した避難計画によると、避難対象地域や早期避難対象者数は拡大している。宝永噴火と同等の爆発的噴火が起こった場合、火山灰は、富士山周辺で最大数メートル以上と想定され、静岡・御殿場(ごてんば)市50センチ以上、神奈川県中部10~30センチ、東京都心でも2~10センチが降り積もる。
降灰の影響と対策を検討する内閣府のワーキンググループによると、首都圏への影響が最大となるケースでは除去が必要となる火山灰の量は、東日本大震災の際の瓦礫の10倍にあたる4.9億立方メートル。
降雨の場合、3センチほど積もると、二輪駆動車は走行が難しくなり、10センチ以上だと四輪駆動車でも動けなくなる。降灰中は視界不良などによって走行不能になる。鉄道のレールに0.5ミリ以上火山灰が積もると、鉄道は運行停止を余儀なくされ、飛行機は微量でもエンジン内に火山灰を吸い込むと重大なトラブルが発生するおそれがあるため空港が閉鎖。降雨があれば火山灰は導電性を帯び、停電が発生し、火山灰がアンテナに付着すれば通信障害も発生する。
■物流停滞、広域停電、断水のリスクも
藤井名誉教授は「富士山で想定されている大きさの噴火は世界で数年か数十年に一回は起きているが、最近はいずれも僻地で起こっており、交通網や電気通信が発達した巨大都市で起きた例がない。首都圏のような場所では、鉄道が止まり、道路が通れず物流が停滞すること、広域停電も起こり得ることを想定しないといけない」と指摘する。
30センチも積もれば雨を含んだ火山灰の重みで木造家屋が倒壊する可能性も生じる。浄水場は水質が悪化し、浄水施設の処理能力を超えると断水になるおそれがある。東京都の水道局では浄水場に覆いをかける作業を急ピッチで進めた。防災科学技術研究所の「火山灰の健康影響」によれば、ぜんそくや気管支炎、肺気腫など健康面での影響も注意が必要という。
■巨大地震に加えて降灰という「最悪シナリオ」
噴火と言えば一時的なものと思われがちだが、前回の「宝永噴火」(1707年)は12月16日から翌年の元日まで約16日間も続いたとされる。火口から東方の地域では大量の火山砂礫や火山灰が降り積もり、厚さは麓で3メートル以上、遠く離れた江戸でも4センチ程度みられたとされる。
仮に同じレベルの噴火だったとしても、令和時代の今日に2週間以上も首都機能が大打撃を受けることになれば、国家としてのマイナスは甚大だ。加えて、江戸時代に起きた巨大地震との「大連動」が生じれば、激しい揺れに襲われて壊滅的な状態に陥ったときに空からの大量の降灰が追い打ちをかけることになる。
そのときに国や自治体、そして国民には何ができるのか。最も大切な命を守るために「最悪」を想定した準備を急ぐ必要があるだろう。
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東京都知事政務担当特別秘書
1976年、千葉県生まれ。成蹊高校、早稲田大学商学部卒。大学入学後に柔道に出合い、柔道部で二段取得。在学中に南カリフォルニア大学(USC)交換留学。全国紙記者を務め、2016年8月から現職。待機児童対策や女性の活躍推進、働き方改革などを担当し、政策立案への助言などを行う。著書に『小池百合子「人を動かす100の言葉」』(プレジデント社)、『首都防衛』(講談社現代新書)がある。
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(東京都知事政務担当特別秘書 宮地 美陽子)
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