コクヨの現役社長が編み出した、A3であらゆる数字を図解化する独特な「神ノート」が面白い
プレジデントオンライン / 2023年9月11日 18時15分
黒田英邦(くろだ・ひでくに)1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎氏。 - 撮影=鈴木啓介
■いつでもどこでも「A3の方眼ノート」を持ち歩く
平日、7時半から8時には出社することが多いです。そこから始業までの1時間から1時間半は一人きりの集中タイム。買ってきたコーヒーを飲みながら、今日1日やるべき仕事の準備をします。次に、1週間、1カ月、3カ月それぞれのスパンで達成すべき目標やタスクを確認します。
僕はもともと1日24時間を緻密に管理するタイプではありません。ただ唯一、欠かせないのがこの朝のルーティンです。経営者の役目を果たすための「生命線」とも言えるでしょう。社長室のスタッフにも、この時間には会議などの予定を入れないよう頼んでいます。
経営者は社内の誰よりも、広い視野でものごとを捉える必要があります。1つの意思決定にも社員、お客様、社会、株主と4者の視点に立ち、どの立場の人にも有益かどうかを考慮しなければいけません。そのために重要なのが、朝の一人きりの集中タイムなのです。
以前から深くものを考えるときは必ず、A3サイズの方眼ノート(レポートパッド)を取り出します。大きくてかさばりますが、いつもリュックに入れて持ち歩いています。上記の4者の視点でものごとを考える際には、どうしてもA3サイズの大きい紙が必要だからです。また大きな紙を使うことで、自分の視野を広げる訓練にもなります。
まずノートの真ん中に、これから考えるテーマを書きます。そこから放射状に、考慮すべき事項や情報、重要な数字をどんどん書き込んでいきます。少し前までは、このA3の方眼ノートをすべての会議や打合せに持ち込んで、議論の内容をいちいち図解にして、参加者全員で情報共有しながら、話し合いを行っていました。
ちなみに、A3の方眼ノートに書くときは、水性のサインペンを使います。太い線で書くと、見た目にわかりやすく、頭にも定着しやすい気がします。使う色は基本的に黒か赤で、カラーペンはたまに使う程度です。
僕のコクヨでのキャリアと、A3の方眼ノートは切っても切り離せません。たとえば、2021年に東京品川オフィスを改装してオープンした実験的なオフィス「THE CAMPUS」事業の立ち上げも、会社の長期ビジョン構想を練る際も、A3の方眼ノートに手書きした図やグラフから着想を得て、プランを練り上げてきました。
文房具メーカーの社長なら、他にいくらでも持ちやすくて格好いいメモ帳があるでしょう、と言われるかもしれません。それでもなぜ、A3の方眼ノートにこだわるのか――。その背景には、僕が昔から抱えてきた“数字コンプレックス”がありました。
■初めて1つの部門を任されたとき、部下に見抜かれた「弱み」
数字に強くなければ経営者は務まらない、とはよく言われることです。今さらこのようなことを言うと各方面からお叱りを受けそうですが、僕は数字に弱く、そのことにコンプレックスを持っていました。
昔の話になりますが、20代後半の頃、マネージャーとして初めて1つの部門を任されるようになったときのこと――。人事の「360度評価」で、部下から「英邦さんは数字に弱いです」と書かれたことがありました。そのときショックは受けつつも、「なるほど、そうだよな」と納得したのです。
言われてみればもともと僕は、ものごとを評価するにも感覚的で、定量的観点よりは定性的なテーマに興味を持つタイプです。若手の頃、営業の仕事をしていても、どこか頭の片隅に「数字は結果でしかない。大事なのはその過程だ」と考えていたところがありました。
とはいえ、さすがに部下からそう指摘されては、反省するしかない。将来、大きな組織のマネジメントを行うことを考えれば、このままでいいというわけにはいきません。これを機に、僕は気持ちを入れ替えて、数字に向き合おうと決めたのです。まず思いついたのが、経営に関する数字をノートに書くことでした。
■苦手な数字を克服するために、会社のあらゆる数字をグラフ化
入社して間もない頃から、自分の疑問や考えをA3の紙に書く習慣があったので、その紙に部門ごと、品目ごとの売り上げや利益をひたすら紙に書きまくりました。手書きがいいと思ったのは、昔やった受験勉強と同じで、そのほうが記憶に残りやすく、体で覚える感覚があるからです。
それからしばらくして、コクヨの社外取締役の方々に経営改革について教えていただく機会がありました。あるとき社外取締役の一人に、「自分は数字が苦手なのだ」と相談したところ、「たいていの経営者がそうなんだよ」と言われました。そしてその解決法として、「面グラフ」を書くことを勧められました。僕は「面グラフ」と言っていますが、会社のあらゆる数字を棒グラフや円グラフなどの図に置き換えて理解するということです。結果的に、それが本格的にA3の方眼ノートで経営を考えるきっかけになりました。
簡単な例を挙げましょう。単年度の会社の利益構造を数字でつかみたい場合です。売り上げ(金額)を縦軸にとり、年度(時間)を横軸にとって、まずある年度の売り上げを100%とした面グラフを書きます。次に、粗利率が40%だとしたら、縦軸で40%のところに横線を引きます。次いで、販管比率が25%だとしたら、今度は縦軸で25%のところでまた横線を引く。そうすると、2本の横線で区切られた面積15%(=40%-25%)が「営業利益率」になります。
今度は15%のスペースに縦線を引いて、営業利益率を構成する内訳でスペースを割っていきます。たとえばスチールデスクが全体の50%とか、椅子が全体の何%だとか、細かく縦線で区切っていくのです。そうすると、利益構成が面積で把握できます。このように細かく書き込んでいくので、A3サイズの大きなノートを使ったほうが便利なのです。
この作業を続けていくうちに、大事なのは単体の数字ではなく、数字と数字の関係性や割合を、図にして一目でつかむことだと気づきました。会社のあらゆる数字をノートに書き込んでいくうちに、目から鱗が落ちるように、数字が持つさまざまな意味を理解できるようになりました。入社した頃から、A3のノートに思いついたことをあれこれ書いてきたのも、このときのためだったのか、と思ったものです。
■最大の試練、子会社の立て直しで取った戦法
僕がこれまでのキャリアの中で最大の試練を迎えたときも、面グラフが助けてくれました。家具部門を統括していた子会社コクヨファニチャーの経営を任された2010年、僕が35歳の頃のことです。
2008年9月に起きたリーマンショックの影響で、国内の家具事業の売り上げが1500億円から1100億円に激減し、約40億円の営業損失を出したのです。これをいかに黒字転換するか――。それがコクヨファニチャー社長に就任したばかりの僕に課せられたミッションでした。
僕は本部長を全員呼び寄せ、まずはコクヨファニチャーの「卸売り」と「直販事業」の割合を並べた面グラフを見てもらいました。その頃の家具事業の売上構成は、「卸売り」が6割、「直販」が4割。卸売りはしっかり利益を出していたのですが、直販が大赤字だったのです。
なぜ赤字のまま直販を続けているのか。それはお客様との接点を持つことで、生の声を聞くためでした。つまりはマーケティング活動のためです。たしかに、お客様の声を聞くことは大事なことです。
しかし僕が書いた面グラフを見て、「これだけの赤字を出してまでマーケティングをする意味はあるのか」と、全員がはたと気づくわけです。そこで「(直販)事業廃止か、黒字化か」の選択に迫られることになりました。
この状況を他の経営者が見たら、10人中10人が直販事業を廃止するでしょう。直販事業をやめて卸売りを強化すれば、1年で黒字化できるのは明らかでしたから。しかし、コクヨとしてはどうあるべきか。
本部長全員で話し合った結果、僕らは常識とは反対の道を選ぶことに決めました。全本部が一丸となって、直販事業の黒字化を目指そうということで意見が一致したのです。そこからみんなで面グラフをにらみながら、黒字化策を考えていきました。誰かが策を一つ発案するたびに、僕が面グラフを書く――。そのようにして何枚も何枚も書いていきました。
面グラフは手書きですから、大雑把な絵に過ぎません。しかし、私と本部長たちが数字のみで捉えていたイメージと、実際に目にする面積が異なることも多く、対策の優先順位を考え直すきっかけを与えてくれました。こうして、みんなで何時間もこの作業を続けているうちに、直販事業を黒字に転換し、利益を出す経営計画案が出来上がったのです。ずいぶん前のことですが、本部長みんなで数字と格闘したあの日のことはいまも鮮明に覚えています。
■世の中の変化に負けたくない
2015年、僕が39歳のときに父から経営を受け継ぎました。僕が創業家の人間だという自覚は常に持っています。自分のささいな言動も、会社の方針や意思決定だと受け取られてしまうことも理解しています。これは僕にとって非常に怖いことです。
社長就任以来、さまざまな変革を行ってきました。「コクヨとして、こうなりたい」との僕自身の強い思いがあったからです。もしかしたら、コクヨの変革は5代目の僕が独断専行で進めていると思っている人がいるかもしれません。たしかに、最終決定を下すのはトップの役割です。しかし、会社が進むべき道を決めるのは、最終的にはお客様だと僕は考えています。
コクヨは2025年に創業120年を迎えます。長い歴史を持つ企業ではありますが、「世の中の変化に負けたくない」というのが正直な思いです。僕らに世の中を変えることはできませんが、世の中が激変し、お客様の望むライフスタイルが変わっていくなら、コクヨもそのスピードに合わせて、全力で社会における「役立ちかた」を見直していきます。その覚悟を持って今朝も、明日の朝も、A3の方眼ノートの上に会社の未来を描き続けています。
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コクヨ代表取締役社長・最高経営責任者
1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎氏。
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(コクヨ代表取締役社長・最高経営責任者 黒田 英邦 構成=大島七々三)
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