「がんが消える」は本当だった…「他人のうんちを腸に移植する」という治療法が注目されているワケ
プレジデントオンライン / 2023年9月16日 10時15分
※本稿は、中尾篤典・毛内拡(著)、ナゾロジー(協力)『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
■がん治療に“他人のうんち”が活かされている
いきなりですが、うんちを移植する治療法があると聞いたら驚くでしょうか?
私たちの腸の中には「腸内細菌」と呼ばれる約1000種類の菌がいて、その数は約100兆個から1000兆個といわれています。重さにすると約1.5kgにもなり、私たちのうんちの半分はこの細菌たちとその死骸です。
これだけ多くの菌が体内にいるので、腸内細菌は私たちの身体に大きな影響を及ぼします。ひとつの臓器のように働いていると考える人もいます。
私たち人間は母親の胎内では無菌で、生まれるときに細菌を浴びます。生まれて数日の間に大腸菌やビフィズス菌などが腸の中で増殖しますが、これらは外敵からの攻撃に立ち向かう「免疫」を獲得する過程で、大きな役割を果たします。
そして腸内細菌は母親から授かる独自のもので、性格と似ています。もっというと、生まれてくる瞬間に受け取る腸内細菌によって、その後の免疫力や体質が決まってくるともいえます(※1)。
腸内細菌によって運命が決まってしまうのであれば、腸内細菌を変えればいいと思いますが、個人特有のものなので、食事によって変えることがなかなかできません。そこで、他人の腸内細菌を移植する方法、つまり他人のうんちを腸内に入れる方法が試されるようになったのです(※2)。
※1 Shaw SY, et al. Association between the use of antibiotics in the first year of life and pediatric inflammatory bowel disease. Am J Gastroenterol. 2010; 105: 2687-2692.
※2 Ley RE, et al. Microbial ecology: human gut microbes associated with obesity. Nature, 2006; 444(7122): 1022-1023.
■免疫療法の効果を高める理由
若いマウスから取った便を高齢マウスに移植すると、高齢マウスの学習や記憶に関する認知機能と免疫力が大幅に改善し、性格も恐れ知らずに変化しました(※3)。
※3 Heijtz RD, et al. Young microbiota rejuvenates the aging brain. Nat Aging 2021; 1:625-627.
若いマウスの便には、代表的な乳酸菌として様々な胃腸薬や腸活サプリに含まれているエンテロコッカス・フェカリスという腸内細菌が多く含まれており、これが何らかの役割をしていることが推測されています。
こうしたうんちの移植はなんと実際に人間でも試されており、がんの免疫療法にも応用されています。がんの免疫療法とは、自分の持つ免疫力でがん細胞を攻撃する方法ですが、悪性度が高いがん患者の一部にはうまくいかないことがあります。
そこで、免疫療法の効果があった患者からなかった患者へ「うんちの移植」を行ったところ、移植を受けた患者の40%で免疫療法が効くようになり、最も効果があった患者では、がんがほとんど消えていました。
免疫力がアップした患者の腸内では、移植されたうんちに含まれる細菌に対抗しようと、抗体が作られますが、この抗体が、うんち中の細菌だけでなくがん細胞も攻撃したのです(※4)。
※4 Davar D, et al. Fecal microbiota transplant overcomes resistance to anti-PD-1 therapy in melanoma patients. Science. 2021; 371(6529): 595-602.
■うんちが薬になる時代がやって来る
ほかにも、太りやすい人にやせた人の便移植をしてダイエットに役立てたり、腸の炎症を治療したりする試みも成功しています(※5)。
※5 van Nood E, et al.Duodenal infusion of donor feces for recurrent clostridium difficile. N Engl J Med.2013; 368: 407-415.
もちろん、うんちをそのまま口から入れるわけではなく、腸まで届く細いチューブを介して、必要な成分だけが入るようになっています。今後、美しい容姿を持つ健康な若い人のうんちは、薬として使われる時代が来るかもしれません。
■帝王切開で生まれた赤ちゃんを守る
さて、もうひとつ、うんちが活躍する話を紹介しましょう。
赤ちゃんの出産方法の多くは、母親の産道を通って出てくる経膣(けいちつ)分娩です。一方、何らかの事情により膣からの分娩ができず、手術でお腹を切って子宮を切開し直接胎児を取り出すのがいわゆる帝王切開です。
そして、赤ちゃんが腸内細菌を獲得するのは母親からといわれていますが、通常の膣から生まれた赤ちゃん(経膣分娩児)と帝王切開で生まれた赤ちゃん(帝王切開児)を比べると、腸内細菌の性質が異なっていることがわかりました。以前から帝王切開のリスクは研究されていましたが、そのメカニズムが腸内細菌の面から解明されつつあるのです。
赤ちゃんは母親の胎内では基本的に無菌で腸内細菌を持たないといわれています。赤ちゃんがどうやって腸内細菌を獲得するかは未だに明らかではないのですが、この生まれ方の違いにヒントがあると考えられています。
■経膣分娩児と帝王切開児の腸内細菌の違い
英国内の約596件の出産を分析し、経膣分娩児と帝王切開児の腸内細菌を調べてみると両者に違いがあることが判明しました。
宿主の免疫系に影響を与えて炎症を抑えるのに役立っているビフィズス菌(Bifidobacterium)やバクテロイデス属(Bacteroides)という細菌は、ほぼ全ての帝王切開児で、出生後の腸内にほとんど存在しませんでした。
さらに9カ月経過しても帝王切開児の約60%はまだ腸内にバクテロイデス属細菌がごく少ないか、もしくは全く存在しなかったのです(※6)。
※6 Shao Y, et al. Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in caesareansection birth. Nature. 2019; 574(7776): 117-121.
それどころか、帝王切開児の腸内には、エンテロコッカス属(Enterococcus)やクレブシエラ属(Klebsiella)などの、病院内で一般的に見られる有害な細菌が多くを占めており、いわゆる院内感染によって腸内細菌が獲得されている場合があったのです。
■腸内細菌は母から子へ受け継がれる
このように、帝王切開で生まれた赤ちゃんには、経膣で生まれた小児や成人に見られる腸内細菌のいくつかが欠如している傾向があることがわかりました。事実、帝王切開で生まれた赤ちゃんは、腸内細菌の欠如により、喘息やアレルギーの発症リスクが、経膣分娩の赤ちゃんより若干高いという報告もあります(※7)。
※7 Wang T, et al. Prevalence and influencing factors of wheeze and asthma among preschool children in Urumqi city: a cross-sectional survey. Sci Rep. 2023; 13(1):2263.
そういうことであれば、帝王切開児に、経膣分娩児が母親から受け継ぐ細菌を獲得させてあげればいいわけです。母親が持つ細菌叢(そう)を赤ちゃんに受け継がせる方法はいくつか報告されています。
まず、膣を通るときに細菌のシャワーを浴びるという発想から、帝王切開で生まれたばかりの赤ちゃん11人に母親の膣液を塗ることが試されました。これは膣内微生物移行(vaginal microbial transfer)と名付けられており、出産に先立って4人の母親の膣内にガーゼを1時間入れておき、帝王切開による分娩の直後2分以内に赤ちゃんの顔や身体をそれぞれの母親からのガーゼで拭って膣液を塗りつけます。
■母親のうんちを赤ちゃんに与えた結果
このトライアルは4人の赤ちゃんにしかなされていませんが、これらの赤ちゃんは、膣液に暴露しなかった赤ちゃん7人と比べて腸内細菌の性質が経膣分娩の赤ちゃんに似ていたのです(※8)。
※8 Dominguez-Bello MG, et al. Partial restoration of the microbiota of cesarean-born infants via vaginal microbial transfer. Nat Med. 2016; 22(3): 250-253.
さらにヘルシンキ大学では、母親のうんちを使う試みをしています。陣痛中の排便は珍しくないため、赤ちゃんはこのうんちから母親の腸内細菌を受け取り、自身の腸内細菌としているのではないかと考えられました。
ただ、実際に母親のうんちを赤ちゃんに塗り付けるのではなく、実験の3週間前から慎重に準備された、母親の糞便サンプルを、安全性を確認の上、十分に薄めて母乳に数滴混ぜ赤ちゃんに与えました。この実験を7人の母子で試したところ、今回の処置を受けた帝王切開の赤ちゃんは生後3カ月までに、経膣分娩で生まれた赤ちゃんと似た腸内細菌を獲得していたそうです(※9)。
※9 Korpela K, et al. Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study. Cell.2020; 183(2): 324-334.e5.
■過度な清潔志向はかえって子供たちを危険にさらす
とはいえ、帝王切開児と経膣分娩児の腸内細菌の違いは、単純に結論づけられるものではありません。その違いには帝王切開の際に使われる抗生物質や、経膣分娩児に比べて、病院内で過ごす期間が長くなりやすいこと、母乳を飲み始める時期が遅くなりやすいことなど、恐らく複数の要因が関与しています。
また、正確な比較対象を設定した大がかりな研究がなされているわけでもなく、免疫が未発達である赤ちゃんにいくら母親由来とはいえ、闇雲に細菌の塊を暴露させることに疑問を呈する人もいます。
しかし、腸内細菌は今や治療薬としてベンチャービジネスの対象でもあり、今後大きく期待される領域です。現状の育児では虫歯菌や歯周病菌、ピロリ菌が感染するとして、赤ちゃんにキスしたり口移しで食べ物を与えたりするのを避ける指導がなされることが多いのですが、過度な清潔志向はかえって子供たちを危険にさらしてしまいます。
そのため最近はあえて子供を「汚い」環境に置くことの大切さを訴える人たちもいるなど、細菌と赤ちゃんの問題は、今後の重要トピックのひとつになっています。
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医師、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科救命救急・災害医学講座教授
1967年京都府生まれ。岡山大学医学部卒業。ピッツバーグ大学移植外科(客員研究員)、兵庫医科大学教授などを経て、2016年より現職。著書に『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えます』『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えますPart2』(共に羊土社)がある。
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脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。
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(医師、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科救命救急・災害医学講座教授 中尾 篤典、脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)
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