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子供の登下校も命がけになってしまう…「千葉県の限界分譲地」が駅チカなのにまったく売れないワケ【2023上半期BEST5】

プレジデントオンライン / 2023年9月14日 18時15分

住宅地内に設置された町営バスの停留所。自家用車での移動が一般的となった地方部では、周知の通り公共交通機関の衰退が著しく、民間のバス路線が完全に撤退した地域も多くなった。(千葉県神崎町古原) - 筆者撮影

2023年上半期(1月~6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。投資・資産運用部門の第1位は――。(初公開日:2023年1月26日)
日本の郊外には、タダ同然の住宅地が大量にある。どんな共通点があるのか。「限界分譲地」を取材するブロガーの吉川祐介さんは「千葉県北東部の場合、車移動を前提にしているため、ガードレールや縁石のない道路が多い。危険な通学路が放置され、子育てにはリスクが高い。だからどんなに安くても住みたがる人はいない」という――。

■クルマがなければ生きていけない

筆者が住む千葉県には多くの限界分譲地がある。宅地造成されても手つかずのままになっている分譲地のことだ。都心へは車で1時間という立地であるが、売れずに放置されている。その原因について、本稿では子育てという切り口から見ていきたい。

一般的に、不動産の価格を決める上で重要な判断基準となるものが、最寄り駅、あるいは商業地域・施設からの所要時間である。

しかし、それは主に公共交通機関による移動で生活が成り立つ都市部における判断基準である。地方都市や、限界分譲地を多く抱える千葉県の小都市では、相対的に駅の重要性が低い。

周知の通り、すでに多くの地方部では日常の移動手段は完全に自家用車一択となっている住民が大半だ。鉄道はまだしも、バスにいたってはもはやその存在すら意識していない住民も少なくない。

駅から遠いほうが良いとまで考える住民は少数派だと思うが、地方の小都市の鉄道駅は古い旧市街地に位置することが多く、田舎と言えど家屋は密集し、道路も狭く自動車の通行に適していないところが目立つ。

ところが地方の場合、都市部の鉄道とは異なり肝心の運行本数が乏しい。自宅が駅前であろうと通勤や日常生活で自動車が必要になる場面は多々あるために、地価に見合った利便性が得られない鉄道駅周辺を避ける住民がいるのはむしろ自然なことである。

廃止されたバス停留所(千葉県多古町川島)
筆者撮影
廃止されたバス停留所。(千葉県多古町川島) - 筆者撮影

■学校から遠い住宅地は不利になる

対して、商業施設の近隣は住宅地として一定の需要があるが、現代の地方部の商業地は、既存の市街地から離れた幹線道路沿いに展開されている。いわゆるロードサイド型店舗で、あとから大規模に商業地として開発されたものだ。

国道沿いに展開されたロードサイド店舗群
筆者撮影
国道沿いに展開されたロードサイド店舗群。(千葉県東金市求名) - 筆者撮影

周囲はまだ広大な農地だったり、宅地として利用できたとしても、昼夜絶え間ない大型車の走行音などで住宅地として適していない場合もあり、こちらも好みが分かれる。

大型商業施設の近隣に開発・分譲された新しい住宅地
筆者撮影
大型商業施設の近隣に開発・分譲された新しい住宅地。駅から徒歩で30分ほどの距離で、最寄り駅へのアクセスは考慮されていない。(千葉県山武市成東) - 筆者撮影

そのような状況の中で、現在の子育て世帯、つまり新築住宅を求めるメインの年齢層が住宅地を選ぶ上でもっとも重視している要素のひとつが、小中学校からの距離である。学校から遠い住宅地は、中古住宅であればまだしも、新築用地としてはそれだけで市場において大きく不利になっている。

■学校の統廃合がもたらす悪影響

これは現在、地方の住宅事情を根本から塗り替えてしまうほど急速に変化が生じている事象である。現代の日本は少子高齢化が進み、地方においてはごく一部の人気エリアを除き、ほぼ例外なく児童数が減少している。

2020年3月で閉校した千葉県・横芝光町立大総小学校
筆者撮影
2020年3月で閉校した千葉県・横芝光町立大総小学校。児童の減少に伴い、多くの過疎地で小学校の統廃合が相次いでいる。(千葉県横芝光町木戸台) - 筆者撮影

今や小規模自治体では、小中学校が1校ずつしかないところも珍しくない。それでは学区があまりに広すぎ、遠方に住む子供はとても徒歩では通えない。過疎地では路線バス網の衰退も著しく通学利用にも適さないので、スクールバスを運行し、児童の送迎を行っている自治体もある。

だが、通学自体はスクールバスで間に合うかもしれないが、子育てを行う住環境として選択するには、それだけでは不充分である。近隣に同世代の児童がいない環境では、近所で友人を作ることもできなくなる。

児童のいない地域ではもちろん学習塾などもなく、交通手段もないのでは、自力ではどこへ通うのも困難だ。

■通学路なのにガードレールも、縁石もない…

2021年6月28日、千葉県八街市八街の市道において、下校中の小学生の列に飲酒運転のトラックが突っ込み、児童5名が死傷するという事故が発生した。八街市内ではその5年前にも、登校中の小学生の列に車両が突っ込み複数の児童が怪我をする事故も発生しており、市内の危険な通学路の改善を求める声が高まることになった。

被害児童が通学していた小学校はスクールバスを運行しておらず、小学生の児童は徒歩で通学している。筆者は以前八街市の朝日区という地域で暮らしていたが、隣家の小学生の子供は、おそらく子供の足で片道40分ほどは掛かるであろう距離を徒歩で通学していた。

八街は特に顕著なのだが、千葉県内で無秩序な宅地開発が急速に進められた地域は、徒歩移動を想定した道路整備が行われていない。車道と歩道の境もない狭い道路を、小学生が縦一列で歩いて通学する光景はごく日常的なものだ。

八街の死傷事故の発生現場は幹線道路とも呼べない生活道路である。事故を起こしたトラックの会社がその近隣にあったためであるが、道路事情の悪い地域は、幹線道路の渋滞を嫌った車両が生活道路に流れ込み、道路幅に合わない速度で走り抜ける光景を見ることも珍しくない。歩行者の存在そのものを想定していないのではと疑わざるをえない運転を見かけることもある。

飲酒運転のトラックの暴走により児童5人が死傷した事故現場
筆者撮影
飲酒運転のトラックの暴走により児童5人が死傷した事故現場。事故発生当時は歩道もない抜け道だったが、事故後新たにガードレールが設置された。(千葉県八街市八街は) - 筆者撮影
生活道路へ流入する通り抜け車両
筆者撮影
恒常的に渋滞する国道を避けるため、生活道路へ流入する通り抜け車両は後を絶たない。(千葉県八街市八街ほ) - 筆者撮影

登下校だけでなく、日常の生活すべてにおいて、子供の移動がリスクを抱えるものになる以上、子供がなるべく無用な移動をしなくても済む地域に人気が集中するのも無理はない。宅地の供給が小規模開発のみで行われているようなエリアは、総じて公園などの施設も整っていない。

■需要があるのは学校周辺だけ

その条件に加え、さらに現代の住宅地として求められる一般的なスペック(複数台駐車可能な広い敷地、上水道や浄化槽の排水口を接続できる側溝の有無など)も併せて満たす住宅地となると、実は一見土地が余っているように見える地方都市においても、実は選択肢がきわめて限られている。

むしろ不動産市場の小さい地方都市の場合、現代の需要に対応した宅地の供給は多くない。造成すればどんな土地でも売れるという時代ではないので、開発業者も需要の見極めは慎重になる。すると、駅や商業施設からの距離など、従来の利便性による不動産価格の査定基準とは別に、学校が近い立地だけ局地的に地価が高くなるいびつな現象が起こる。

筆者が暮らしている千葉県の横芝光町もその典型だ。近年、学校の統廃合が続いている同町においては、鉄道駅の総武本線横芝駅周辺よりも、駅から徒歩30分以上掛かるような小学校周辺の宅地のほうが高いことがある。

その宅地の周囲には商業施設もなく見渡す限り田畑ばかりで、一見しただけでは地価が上昇するようなエリアにはとても見えない。だが、学校が近く、現代の需要に適合した造成が行われているというこの2点によって、坪単価は町内の他地域と比較して、最大で10倍以上の価格になっている。

小学校近隣に開発された新興住宅地
筆者撮影
小学校近隣に開発された新興住宅地。駅からも遠く、周囲に商業施設もないが、他に新築用地に適した造成地がないため、子育て世代の住戸が立ち並ぶ。(千葉県横芝光町宮川) - 筆者撮影

筆者のように子供のいない世帯から見ると、その価格差には戸惑うしかないのだが、裏を返せば、新築用地を求める子育て世代にとって少子化による地方の教育環境の縮小は、それだけ切実な問題なのだ。

■狭くて、学校から遠い分譲地はタダ同然でも売れない

家余りが指摘される今の時代、なおも続く新築住宅の建築について「日本人の新築信仰」なる奇妙な言説がその原因として挙げられることがあるが、実際には、生活環境の急速な変化に不動産市場の変化が追いついておらず、立地条件と品質の両者を満たした中古住宅の供給が今なお不充分であることが最大の原因であろう。

その状況の中、そもそも現代の宅地需要が求める規格を満たしていないうえ、さらに近隣の小学校も閉校してしまっているような限界分譲地が、果たして新規の宅地として市場で太刀打ちできるのだろうか。

統合先の小学校まで児童を送迎するスクールバスの停留所
筆者撮影
閉校校舎の前に、統合先の小学校まで児童を送迎するスクールバスの停留所が設置されている。(千葉県富里市十倉) - 筆者撮影

もちろん、子育て世代であるからと言ってすべての世帯が自宅を新築するわけでもなく、経済的な事情などから、中古住宅や貸家を選択する世帯もあるので、建物がある場合は必ずしも需要がないわけではない。しかし更地の場合は、もはや住宅地として再起する望みは完全に絶たれていると言っても過言ではない。

学校の統廃合による影響を受けているのは既存の農村集落も同様であるとは言え、農家は家業として農業を行うために、どうしてもその地に住まねばならない理由がある。長年その地に住み続けているため地域社会との繋がりも強く、分譲地の住民とは単純に比較できない。

一方で分譲地の更地というものは、他に無数に存在する「住宅予定地」という選択肢のひとつにすぎない。ところが地元の子育て世代で、70~80年代に開発された古くて狭い旧分譲地を、新築用地の選択肢に含めている人はまずいない。地元出身者にこれらの分譲地について尋ねても、皆口を揃えて一様に「狭すぎる」と語る。

古い限界分譲地は、もはや住宅用地としてみなされていないのだ。地元業者もそれがわかっているので、いくら価格が安くても、学校が遠い旧分譲地を大きくアピールして売り出すことはしない。

閉校した小学校の近くにある旧分譲地
筆者撮影
閉校した小学校の近くにある旧分譲地。空き家はまだ再利用される可能性があるが、更地はもはや住宅用地として最低限必要な条件も満たさなくなっている。(千葉県富里市十倉) - 筆者撮影

■浮世離れした“売値”をつけたがる所有者の心理

住宅地の価格というものは、一概に駅や商業施設からの距離だけで簡単に算出できるものではなく、その街ごとに異なる事情が繊細に反映される。しかし、多くの限界分譲地の地主は遠い都市部の在住者で、ほとんどの場合、そうした地元の不動産市場についての知識をまったく持ち合わせていない。

今でも限界分譲地の空き地は大量に売りに出されている。

一切の管理が入らなくなった限界分譲地の一角
筆者撮影
一切の管理が入らなくなった限界分譲地の一角。管理責任の放棄だが、見方を変えれば、土地の資産価値に対し冷静な判断を下しているといえなくもない。(千葉県山武市埴谷) - 筆者撮影

草刈りの業務を請け負う会社が広告を出していることもあれば、地元の仲介業者が広告を出していることもある。まれに、東京都内などの都市部の仲介業者が、得意客にどうしてもとせがまれたのか、手間賃にもならない手数料しか取れないような価格の売地広告を出していることもある。

だがそのほとんどが、地元の需要や相場価格を熟知して値付けされた価格であるとは言い難い。

近年では、売主個人が発信できるウェブサイトで分譲地が売りに出されている。その中には、長年所有していたが、若い世代の方のために格安でお譲りしたい、と書かれたものもあった。だが、実際にはその売地は格安でもなければ、若い世代が欲しがる立地でもなかったりする。

こうした浮世離れした売地の広告を見るたびに、筆者はやりきれない思いに囚われてしまう。限界分譲地の地主の方々も、別に悪意を持って不当に高い価格で金銭を巻き上げようと企んでいるわけでもなく、おそらく葛藤や妥協の末に価格を決めたのだろう。

しかし、都市部と限界分譲地の地価は、もはやそんなギャップをカバーできないほど差が開いている。地主の多くが「安値」と考える価格の多くは、実は安値でも何でもない。条件の悪い土地は、価格がつくかどうかすら怪しい。

このどうにもならない認識の断絶こそまさに、旧分譲地の流通や再利用、集約化を阻んでいるのだと思う。

■絶望的な供給過剰が続いている

限界分譲地には、すでに地主が売却を諦めているのか、草刈りなどの管理が一切なされず、売り物件として市場に出ない放棄区画も数多い。その是非は別として、土地の資産価値に対する認識としては、むしろ諦めて放置する地主の方が、ある意味では事態を冷静かつ的確に捉えているのではないかという気もしてくる。

すでに繋がらなくなった電話番号が記された看板が立つ土地
筆者撮影
すでに繋がらなくなった電話番号が記された看板が立つ土地。売る気はあれど、処分に向けて能動的に動こうとしない地主は未だに多い。(千葉県成田市高) - 筆者撮影

住宅用地としての需要がすでに完全に失われているとなれば、残るは菜園用地や物置といった住宅の補助施設の用途や、別荘といった完全に道楽用途しかない。いずれも生活上必ずしも必要になるものとはいえず、大きな需要を呼び起こせるものではない。

成田空港周辺では数千区画におよぶ売地が今も市場に放出されている。これはもう絶望的なまでの過剰供給なのである。その現状を、未だに理解していない地主が多い。

個人が自分の資金で購入した私有地なのだから、あまり他者がとやかく口を挟む話でもないのかもしれないが、今後も誰も買わない価格で売りに出し続けても意味がない。売り手にとっても地域社会にとっても、もはや事態は何も改善しない以上、いつまでも自己責任の話として蓋をしていられる状況ではなくなっている。

「売却」はすでに困難になっている土地も数多い
筆者撮影
価格は売主によって様々だが、住宅用地としての選択肢に入らないため、「売却」はすでに困難になっている土地も数多い。(千葉県山武市沖渡) - 筆者撮影

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吉川 祐介(よしかわ・ゆうすけ)
ブロガー
1981年静岡市生まれ。千葉県横芝光町在住。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人。「楽待不動産投資新聞」にコラムを連載中。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外分譲地』(太郎次郎社エディタス)がある。

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(ブロガー 吉川 祐介)

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