「うちは紙ストローは作りません」岡山の日本一のストロー会社が「脱プラ運動」に真っ向から対抗した結果【2023上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2023年9月16日 18時15分
■「ニュースを見て10秒で決めた」
「ニュースを見て10秒で決めた。プラスチックだからこそ、環境を守りながら豊かな生活を実現できるんです」――。
日本一のストローメーカーであるシバセ工業を率いる磯田拓也、63歳。2018年に脱プラ運動が盛り上がるなか、先進7カ国(G7)で「海洋プラスチック憲章」が採択されると、迷わずにプラスチックストロー生産の継続を決めた。
■社員数50人の企業が直面した「脱プラ運動」
「ストロー発祥の地」と呼ばれる岡山県浅口市を本拠地にし、飲食店向けの国産業務用ストロー生産で5割のシェア(自社調べ)を握るシバセ工業。1949年にそうめんの加工・販売でスタートし、それから20年後にプラスチックストローの生産へ大転換した。
祖業の名残は今もある。本社敷地内で存在感を放つ三角屋根の木造建築だ。1949年の創業時に建てられたそうめん熟成用の蔵であり、現在はストローの保管庫として使われている。
シバセ工業は年商5億円・社員数50人の中小企業であり、世界的な脱プラ運動の直撃を受けたらたちまち押しつぶされてしまいそうだ。プラスチックにこだわり続けて大丈夫なのだろうか。
■ストローが突き刺さり、血を流すウミガメの動画
G7の憲章採択は脱プラ運動が進む通過点の一つにすぎない。起点となる“事件”はそれより3年前の2015年に起きている。衝撃的動画が世界的に拡散し、各国が海洋汚染問題に目を向け始めたのだ。
動画に映っていたのは、中米コスタリカ沖で米テキサスA&M大学の研究チームが保護した1匹のウミガメ。1本のプラスチックストローが鼻に突き刺さり、苦しそうにしている。ストローは鼻の中にすっぽり入り込んで先端しか見えない。
ペンチで先端をつかんでもストローはなかなか抜けない。鼻から血がにじみ出ており、ウミガメは痛みに悲鳴を上げているようだ。8分後に抜け出たストローは長さ10センチ以上。血まみれになって変形していた。
チームリーダーのドイツ人海洋生物学者クリスティーン・フィグナーは一部終始を撮影し、ユーチューブへ投稿。動画は瞬く間に世界を駆け巡り、大々的な脱プラ運動を引き起こした。これまでに1億回以上も再生され、プラスチックを取り巻く環境を様変わりさせた。
あまりにもウミガメ動画のインパクトが大きかったことから、「BTTV」と「ATTV」で時代を区分する動きもある。前者は「ビフォー・ザ・タートル・ビデオ(カメの動画前)」の略、後者は「アフター・ザ・タートル・ビデオ(カメの動画後)」の略だ。
■スタバ、マックがプラ製ストローの廃止を決定
ATTV3年の2018年に入って脱プラ運動は加速した。スターバックスコーヒーやウォルト・ディズニー、マクドナルドなど米著名企業が相次ぎプラスチックストローの廃止を決定した。
民間企業と歩調を合わせる形で各国政府も動き始めた。欧州連合(EU)が使い捨てプラスチックの利用に歯止めを掛ける規制案を示すと、G7が首脳会議(サミット)の場で海洋での廃プラスチック(廃プラ)削減を促す憲章を採択したのである。
要するに、世界的に官民が連携する形で脱プラの大合唱が起きたということだ。
ウミガメ動画を撮影したフィグナーは米タイム誌の「次世代のリーダー」に選ばれ、「脱プラ運動の旗手」と見なされるようになった。ATTV4年にテキサスA&M大で博士号を取得し、今もコスタリカを拠点にしてウミガメの生態などの研究活動を続けている。
■「うちはプラスチックストローだけです」
沿岸地帯で重化学工業が発達する瀬戸内海も、歴史的に海洋汚染に振り回されてきた。高度経済成長期に産業排水が流入して、プランクトンが大量発生して赤潮が頻発。魚の漁獲高は急減し、海水浴客は消え去るなどで、「瀕死の海」という呼び方が広がった。
だが、半世紀を経て水質は大きく改善し、今では赤潮は発生しなくなっている。行政主導で排水規制が強化されたうえ、大規模なカキ養殖が進んだためだ。プランクトンを食べるカキには浄水能力が備わっている。人間が手を加えることで海がよみがえる「里海資本主義」という言葉も生まれた。
工業化と環境保護のはざまで揺れ続けてきた瀬戸内。歴史的必然なのか、脱プラ運動とも無縁でいられなかった。
その筆頭格がプラスチックストロー生産・販売の瀬戸内企業、シバセ工業だ。実際、脱プラの象徴として紙ストローに注目が集まると、「紙ストローはありませんか?」「環境対応のストローはありませんか?」といった問い合わせが相次いだ。
磯田は全く動じなかった。「うちはプラスチックストローだけです。紙ストローがご要望なら他社を探してください」と言い、会社としての基本方針を貫いた。
■タピオカブーム到来、自社の技術に救われる
翌年になると紙ストローの問い合わせは一切来なくなった。シバセ工業は潜在的な市場を取り逃がしたのではないのか。脱プラの流れに乗って紙ストローなどの代替品市場を開拓するチャンスを逸したのではないのか。
そんな展開にはならなかった。多くの顧客が「紙ストローは高コストで採算が取れない」と言って戻ってきたばかりか、プラスチックストローの販売が逆に大きく伸びた。タピオカティーがブームになり、タピオカストローの需要が急増したためだ。
タピオカストローは特別仕様だ。細過ぎればタピオカの粒が途中で詰まってしまうし、太過ぎればミルクティーばかりが口の中に入ってしまう。食材に合わせたサイズが不可欠であり、日本国内で対応できるシバセ工業に発注が舞い込んだ。
ただ、タピオカティーのブームは一過性であり、脱プラ運動が鎮静化したわけではなかった。
■「CO2フリーストロー」を生産する工場
脱炭素が合言葉になっている現在、多くの産業が大変革を迫られている。自動車業界はガソリンエンジン車から電気自動車(EV)、エネルギー業界は化石燃料から再生可能エネルギーへの転換を急がなければならない。そうしなければ「環境破壊者」のレッテルを貼られ、消費者からそっぽを向かれかねない。
自動車やエネルギー業界と比べるとプラスチックストロー業界は桁違いに小さい。だからといって脱炭素と向き合わずに済むわけではない。その意味でシバセ工業は優等生だ。いわゆる「環境経営」を徹底しているのだ。
一例が本社工場の「CO2(二酸化炭素)フリー」化。すべての電力が太陽光発電と水力発電で賄われており、CO2排出量が実質的にゼロになっている。同工場で生産されたストローのニックネームは「CO2フリーストロー」だ。
シバセ工業は2009年に太陽光パネルを本社屋上に設置。「FIT」と呼ばれる固定価格買い取り制度が始まる前であり、先駆的だった。2020年には水力電力プラン「おかやまCO2フリー電気」の契約第1号になり、岡山県と中国電力から認証書をもらっている。
さらに2021年には国際規格「ISO14001(環境マネジメントシステム)」の認証を取得。これによって、プラスチック業界に属しながら環境に配慮した経営を実践していると証明してもらえたわけだ。
2023年に入ると、環境対策ストローとしてバイオマスのプラスチックストローにも取り組み始めた。化石資源に代えて植物由来のバイオマスを導入しても、分解しないプラスチックにこだわっていれば使い勝手に変化はないとみている。最終的には、CO2から作られるプラスチックに切り替えたいと考えている。
■カフェもコンビニも見当たらない「ストロー発祥の地」
JR岡山駅から40分足らずのJR鴨方駅を降りると、シバセ工業本社まで徒歩5分で行ける。何も言われなければ、ここが「ストロー発祥の地」であるとは誰も気付かないだろう。周辺には記念碑も何もないのだ。
本社がある浅口は人口3万人強の地方都市。岡山・倉敷と広島・福山の両市に挟まれたベッドタウンとして機能しており、大都会の喧騒とは無縁の土地柄だ。
同社取材時に私は予定より30分早く鴨方駅に到着し、同行していた編集者兼カメラマンに「お茶でも飲みながら打ち合わせしよう」と提案。ところが、周辺にはカフェもコンビニも見当たらず、途方に暮れてしまった。
脱プラ運動は巨大なうねりになって世界に広がっており、日本でも2020年からレジ袋の有料化がスタートしている。そのようなうねりに対抗しようとしているのが地方の町工場であるわけだ。
■代替エネルギーを学んだ大学時代
シバセ工業のトップは3代目社長の磯田だ。もともとは日本電産(現・ニデック)の技術者としてキャリアをスタートし、入社15年目の1999年に退社してシバセ工業へ転身、2005年に社長に就任した。親戚の中から後継者を探していた2代目から「社長をやってくれないか」と声を掛けられたのだ。
早くから環境問題に関心を寄せていた。自宅の屋根には20年前から太陽光パネルを設置しているし、愛車も過去15年間にわたって一貫してハイブリッド車のトヨタ・プリウスにしている。
本社会議室でインタビューに現れた磯田はにこやかで控えめ。常に現場に顔を出しているからだろうか、技術者らしく作業服を着ている。1983年卒業の大分大学工学部時代から環境問題に関心を持っていたという。
「当時は石油ショックを契機に生まれたサンシャイン計画(新エネルギー技術開発計画)が話題になっていました。そんなときに大分大工学部のエネルギー工学科に入ったんです。代替エネルギーについていろいろ学びました。太陽光発電はまだなかったですけれどもね」
■「プラスチックは偉大な発明品」
卒業後、京都の中小企業だった日本電産に入社。同社も「ISO14001」の認証取得に取り組んでいたことから、環境問題を意識しながら働く環境に置かれた。太陽光発電システムの中核を担う「パワーコンディショナー(パワコン)」の開発に絡むこともあったという。
どんなに環境経営を意識していても、プラスチック製品の生産を本業にしている限りはSDGs(持続可能な開発目標)を達成できないのではないか。こんな疑問をぶつけられると、磯田は具体的な数字を挙げながら理路整然と反論する。
「海に流れ出たプラスチックのうちストローの割合は極めて小さい」「プラスチックは偉大な発明品であり分解されずに品質を保てる」「自然界で分解しない以上は、正しく焼却処分(熱破壊)していれば、海ゴミ問題は少なくなる」「焼却炉の改善により、プラスチックを焼却したとしても産業廃棄物からのダイオキシンの発生はほとんど無くなっている」――。
■なぜストローだけが「使い捨ての代名詞」なのか
主な論点について図表1を参照していただきたい。
プラスチックストローは誰にとっても身近な存在であり、使い捨て商品の代表格に見られがちだ。
磯田は「世の中には使い捨てでない商品は一つもない。時間と価値が違うだけ」と強調する。ざっくりと言えば、ストローが10分で使い捨てであるのに対し、車は20年、家は100年で使い捨て。値段も加えれば「ストローは10分で1円」「車は20年で300万円」「家は100年で2000万円」となるという。
「車や家と同じようにストローも基本的に処分されます。山や川へ直接ポイ捨てされているわけではありません。それなのにストローだけ使い捨ての代名詞になっているのはおかしいです」
■脱プラ運動の旗手「きっかけが必要だった」
実は、「脱プラ運動の旗手」フィグナーもプラスチックストローだけを問題視しているわけではない。プラスチックストローはあくまで象徴であるとの立場なのだ。
ATTV2カ月、衝撃的なウミガメ動画が拡散中の2015年11月のことだ。すでに有名人になっていた彼女は米環境団体「プラスチック汚染連合(PPC)」とのインタビューに応じ、「世界が廃プラ問題に関心を持つようになるためにはきっかけが必要。それがプラスチックストローでした」と指摘している。
ATTV7年の2022年には別のインタビューでも同様の見解を繰り返している。
「人間活動によって大量の廃プラが海へ流れ込み、生態系を破壊しています。それを象徴しているのがストローです。商業用の漁網と違って誰にとっても極めて身近だからイメージしやすい。世界中の人々が動画を見て、自分が捨てたストローのことを思い出してほしい。ウミガメを苦しめた責任の一端は自分にあると思うかもしれないから」
■スタバを愛用、でも「プラスチックストローをください」
ウミガメ動画にいち早く反応したグローバル企業の一つがスターバックスだった。「サステナブル(持続可能)な方法でサステナブルなコーヒーを提供する」と宣言。店内からプラスチックストローが消え去り、代わりに紙ストローが登場した。
日本一のストローメーカーを率いる磯田もスターバックスを愛用している。ただし、ドリンクを注文するときには必ず「プラスチックストローをください」とリクエストする。紙ストローの感触に違和感を覚え、おいしく飲めないという。
20~30分でストローがふやけ始めるため、ドリンクの味よりも口当たりの悪さに気を取られてしまう。それだけではない。薄紙がのり付けされていると想像すると、ドリンクの中にのりが溶け出すかもしれないと心配になる。
そもそも歴史的にはプラスチックストローの前に紙ストローが普及していた。ただ、防水のためにロウでコーティングされていたため製造に手間がかかり、大量の需要に応じきれなかった。プラスチックストローが普及したのは戦後になってから。消費者の間で「これだとおいしく飲める」と評判になり、大量生産・大量消費が始まったのだ。
人々が環境を守りながら豊かな生活を続けるためにはプラスチックストローが最適――これがシバセ工業3代目の哲学だ。(文中敬称略)
(後編に続く)
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ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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