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「超高級ホテルの乱立」は京都の終わりの始まりである…富裕層向けの観光業が京都経済にマイナスになる理由

プレジデントオンライン / 2023年9月23日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/7maru

オーバーツーリズムにあえぐ京都は、観光戦略を富裕層に絞りつつある。京都大学名誉教授の有賀健さんは「京都は『富裕層のプライベートビーチ』になりつつある。だが、こうした戦略が地元を潤すことは考えづらい」という――。

※本稿は、有賀健『京都 未完の産業都市のゆくえ』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

■観光客の急増がもたらす負の影響

観光客の急増は交通に限らず様々な側面で混雑現象をもたらす。もちろん規模の大きさが混雑現象の最大の理由であるが、それだけではない。混雑現象のもう一つの理由は観光客が一般市民や通学通勤者とは異なった行動パターンを持ち、常住人口の行動パターンを前提に作られた様々なインフラや慣行やルールが観光客の行動にそぐわず、摩擦が生じることにある。

例えば市民からの苦情の多い騒音やゴミ問題を考えると、住民にとっては従うことに無理のないルールも観光客にはそもそも理解されていないことが多いうえ、たとえ理解していても実行が難しいことが頻繁に起こる。

そして、このような苦情の多くが、住宅街の中に立地する簡易宿所や民泊施設の近隣で発生している。

■2年で1000件以上の簡易宿所が増加

矢野(2021)によれば、2020年3月末の京都市のウエブサイトによると、市内には3274の簡易宿所があり、これは2年前の2018年(2269)とくらべてさえ1000件以上の増加である。また同論文は、その9割以上が2015年以降に許可を受けたものであることを示す。

行政区別の分布では、下京(762)、東山(634)、中京(500)、南(453)の4区で全体の3分の2以上を占めるが、伏見や嵐山など周辺部にも集中立地の地域が点在する。最も集中が見られるのは祇園界隈を中心とした四条から五条にかけてであり、京都駅の南側や西陣にも集中が見られる。民泊の立地も簡易宿所と似ており、下京、東山、中京に全体の半数以上が集中していて、過半が、集合住宅の一室である。

インバウンドの急増が起こる前、今世紀初め頃までは、このような摩擦現象は季節・時間・地域が限定されており、それを予め避けることで、市内で社会問題として注目されることはなかった。観光客が集中するのは、東山エリア、嵯峨野・嵐山、金閣を中心とする北山など、京都を取り巻く山裾の周辺部であり、主要街路での春秋の交通混雑を除けば、都心部への観光客や関連産業の住民生活への浸透はごく限られたものであった。

■町の姿を変える観光業需要の急増

変化は単純に観光客の絶対量が増加したことにもよるが、これまで混雑現象と縁のなかった地域にまで浸透したことも大きい。それは一方では急速に増えた民泊や簡易宿所が住宅地の中に突如出現することで、他方では、ホテルの立地難で、小学校跡地などこれもそれまで観光客の浸透していない地域に立地することによる。

2010年以降、京都でのホテル客室不足が目立ち、ホテルの建設ラッシュが始まったが、JR京都駅の南側など数少ない開発可能な地域が埋められると、既存集積の中に入り込む形でビルの改装あるいは建て替えで充足されるようになった。そのターゲットの一つが明治以来の番組小学校の跡地あるいは小学校校舎の再利用である。現時点で、このような再利用は既に5件に上り、小学校以外の建築物の改修や再利用も目立つ。

このように観光客需要が急増することで町の姿、特に都心の表通りに面さない内側の地区で変容したものも多い。例えば、錦市場は今世紀初めころから急速に店舗が入れ替わり、それまで主流であった乾物屋、鮮魚・精肉店の多くが姿を消し、観光客向けの店舗に代わった。また、錦市場は料亭などへの卸機能を持つ商店も少なくなかったが、その多くで錦小路に面した店舗を観光客向けに改装したものが目立つ。今や錦の商店街はほぼそれまでの地元の商店街としての姿を失ったといえよう。

■小規模ラグジュアリホテルの建設増加

観光業の土地利用に関して見逃せないのが京都固有で、しかも不足が叫ばれて以降の急速なホテル建設にみられる傾向である。それは、ホテルの建設予定地や候補地がいずれも狭隘で、その多くが既存建築物の改築や再利用を目指すものであることによる。

都心の再利用で目立つのが、小規模のラグジュアリホテルの建設だ。これらの高級ホテルの多くが海外高級ホテルブランドの京都進出であり、客室数が100前後のものが大半である。

■地元は「富裕層に絞った観光」を歓迎するが…

客室単価の高さを反映して、一般の宿泊施設では得られない体験や借景を売り物にしている。例えば、「パークハイアット京都」は東山山麓の料亭敷地内に建設し、この料亭とのコラボレーションと、八坂の塔や京都市街の夜景を一望できるレストランやバーが強調される。

帝国ホテルは祇園の弥栄会館の修復改築で進出を計画しており、いうまでもなく、花見小路の奥にある祇園の中心地としてのロケーション、花街の中心施設との協同が眼目である。

三井系列は、二条城東隣りの京都所司代跡地にある「三井家ゆかりの地に250年以上にわたって存在した三井総領家(北家)の邸宅」を利用したホテルを建設した。また、二条城の北側に隣接する土地にはシャングリラ系列の高級ホテルの建設が進められている。

高級で小規模のホテル急増の傾向は、2010年代のアジアからの観光客の急増とそれに対応した民泊施設の爆発的増加の反動でもある。京都は明白な観光容量の制約に直面し、市民からの様々な「観光公害」の声に押されて、長期滞在で一人当たり消費金額の大きい富裕層にターゲットを絞った施設の建設を歓迎した。

京都の密集市街地にホテル建設に適した更地を見つけるのが困難なのはいうまでもなく、このような既存施設の修復や再利用によるホテル建設はそれなりの知恵を絞った策であり、評価する論説も多い。

日本の京都タワーのある京都の街並み
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■「富裕層のプライベートビーチ」では地元に金は落ちない

しかし、よく考えればこれらはいずれも第2章で取り上げた、京都の文化遺産、伝統技術や伝統工芸の希少レント(註)の派生物でもある。言い換えればこのようなホテルの付加価値は、限定された顧客を対象とすることによる、京都の魅力の囲い込みにあるともいえよう。

限定された顧客を対象とするこのような小規模ホテルは、事実上宿泊客以外の利用は極めて限定され、地域全体の再開発や活性化とは程遠い。つづめていえば、京都は観光業の量的拡大で混雑現象を引き起こしたが、続く富裕層限定の戦略では都市の魅力を切り売りするような形に変貌しつつある。いわば、京都のプライベートビーチ化である。

極論すれば、このように切り売りされた観光レントは、これらのラグジュアリホテルグループの超過利潤として吸収されるだけになりかねない。いわば、新手のゼロドル観光である。

(編註)経済的基盤が希少性にあり、それを保障するために公権力や制度・慣習に依存する様々な競争抑圧的行動を「レントシーキング」と呼ぶ。西陣など、京都の手工業も含めた多くの自営業や専門職にみられた。

■京都都心部では30年で4分の1の雇用が失われている

観光業は、観光地の自然や魅力ある景観や歴史といった地域公共財の吸引力にただ乗りすることで潜在的な超過利益を得る。結果的に観光関連で超過利益を目指す参入が進むことで他の産業は圧迫、抑制されるが、このメカニズムは特に土地利用の歪みによって顕在化する。それでも活発な参入は集積の利益をもたらすことで生産性の上昇と成長の源泉となりうる。

この章では、京都の食、特に京料理に注目して、集積の利益が見られることを主張した。しかし、恐らくこのような集積の利益は他の観光関連産業では一般的ではなく、近年の高級ホテルの参入に見られるように、地域公共財の囲い込みの傾向が一般化すれば、競争は抑圧され、京都固有の景観や美しささえ一部の観光客にしか経験できないものになりかねない。

レントの優越という京都の近代を覆った影は、観光業にも忍び寄っている。観光業の成長だけが原因とはいえないものの、厳しい景観保護政策の影響もあり、都心の土地利用は特に大きな影響を受け、オフィスビルの建設は進まず、2007年の新景観政策の開始以降は都心でのマンション建設も激減した。市内での雇用は減少を続け、過去30年間で2割近く減少、都心部では4分の1の雇用が失われた。

■京都の魅力を観光以外にも利用すべき

本章を終える前に、観光地としての京都の魅力が、観光以外の産業にも影響を与えうることに触れたい。第5章とその付論では、現代の大都市の多くが消費者都市であること、つまりその集積の最も重要な特徴が、大都市でしか経験できない様々な消費行動、特に個人向けサービスの利用可能性であることを見た。そして、それと並んで、都市生活の魅力こそが都市の吸引力の根本にあることを見た。

有賀健『京都 未完の産業都市のゆくえ』(新潮選書)
有賀健『京都 未完の産業都市のゆくえ』(新潮選書)

京都は、このような意味での消費者都市ではない。しかし、それと同時に京都は常に「住んでみたい町」として最上位にランクされることも確かであり、恐らくは京都をそのような地位に押し上げている最大の理由は、京都の景観や文化が提供する他の都市とは異なる雰囲気、魅力である。

この魅力は観光以外にも利用可能である。京都の大学都市としての姿を顧みれば、少なからぬ部分が、観光地としての魅力と通底する古都に対するあこがれが、京都の大学の魅力であることを否定することは出来ない。

それが京都での就職に繋がっていないのは、それが就職する際に重要でないからではなく、そのような潜在的可能性を実際の就業行動に繋げることが出来ていないためではないだろうか?

京都は優れた景観や都市としての魅力を専ら観光業のみに供することで、その価値を無駄遣いしているともいえる。これを京都に立地する新たな企業やオフィスあるいは研究組織に特権的に利用してもらうくらいの考えがあっても良いのではないか? 歴史的町並みを宿泊施設に提供するのではなく、職住一体の新しいタイプの低層のオフィススペースに置き換えることも可能なのである。

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有賀 健(ありが・けん)
京都大学名誉教授
1950年、兵庫県尼崎市生まれ。京都大学経済学部卒。イェール大学経済学博士(Ph.D.)。専門は労働経済学を中心とした応用経済学。主著Internal Labour Markets in Japan(共著、Cambridge University Press, 2000)。甲子園でソロムコのサヨナラ安打を見て以来のタイガースファン。愛読書はル・カレ、C.カミング、L.オスボーンやF.ブローデルの作品。

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(京都大学名誉教授 有賀 健)

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