年間最大2万台しかつくれないが…マツダがロータリーエンジン搭載の「まったく新しいPHEV」に込めた意地と執念
プレジデントオンライン / 2023年9月15日 14時15分
■まさかの「発電専用ロータリーエンジン」
9月14日、マツダから非常に興味深い新型車が発表された。その名は「MX-30 Rotary-EV」。
外観はすでに発売されているMX-30と同じだが、パワートレーンがまったく異なる。MX-30には純粋な電気自動車(BEV)とガソリンエンジンにマイルドハイブリッドを組み合わせたモデルが存在するが、どちらとも異なる新しい電動システムが採用されている。
なんとロータリーエンジンを発電専用に使うシリーズハイブリッドで、なおかつ充電した電気だけで相当距離を走れる容量のバッテリーを搭載している。
カテゴリー的にはプラグインハイブリッド(PHEV)となるが、パラレル式もしくはシリーズパラレル式を採用する他社のプラグインハイブリッドとは大きく異なるシステムだ。
シリーズハイブリッドという意味では日産e-POWERと同じだが、e-POWERはプラグインで充電できるほどのバッテリー容量はなく、あくまでエンジンで発電した電気で走る、つまりガソリンで走るハイブリッドだ。
■PHEVのベネフィット
プラグインハイブリッドのベネフィットは何か。
一般的に、日常的な車の走行距離は、1日数十km程度(片道30分程度の目的地への走行程度)がほとんどを占め、数百kmという長距離ドライブはたまにしか行わない、という使い方がほとんどらしい。
プラグインハイブリッドは日常の走行は自宅等で充電した電気で走り、たまの長距離走行の時だけガソリンエンジンで走る、という使い方を前提としたモデルだ。
長距離走行の時はCO2を排出してしまうが、ほとんどの場面では電気のみで走るのでCO2削減効果は大きい。一方、BEVで最大の問題となる外出先での充電場所の不足や充電時間の長さといった問題からは解放され、実用上の不便はない。
現状最適解の1つと考えられ、一時期極端なBEVシフトに走った欧州や中国でも見直しの機運が高まっている。
■マツダが実現したまったく新しいPHEV
もちろん欠点も存在し、エンジンを動かすためのすべての装備、大型バッテリー、モーター、制御系を搭載する必要があるので、ある程度大きな車体でないと成立しない。
レシプロエンジンは3気筒以上でないと振動の問題が発生するので、小さいエンジンと組み合わせることも困難だ。
このような特徴と制約条件を持つプラグインハイブリッドであるが、マツダはとてもマツダらしい方法で、まったく新しいプラグインハイブリッドのシステムを実現したのである。
■「ロータリーエンジン」はマツダの象徴
マツダはかつてロータリーエンジン搭載車を発売していた。ロータリーエンジンは往復運動のレシプロエンジンとは異なり、ガソリンの爆発力を回転運動に直接変換するものだ。
つまり振動が少なくスムーズに回る。また4ストロークのレシプロエンジンは2回転で1回爆発する仕組みで、4気筒で1回転2回爆発となる。
それに対しロータリーエンジンは1回転で3回爆発するので小さいエンジンでもパワーが出る。
1960年代、ロータリーエンジンは夢のエンジンともてはやされ、世界中の自動車メーカーが開発に乗り出した。しかしロータリーエンジンの開発は困難を伴い、マツダのみが十分実用に耐えるロータリーエンジンの開発に成功したのだ。
マツダの多くの車種にロータリーエンジンが搭載され、ロータリーエンジンはマツダだけが持つ、シンボリックな技術だった。
■2012年の販売終了、伝承されていた独自技術
しかし、ロータリーエンジンには致命的な欠点があった。構造上、熱損失が大きく、低回転域では熱効率が悪い。つまり燃費が良くないのである。
1973年のオイルショックは、マツダに致命的な打撃を与えた。それ以降、コンパクトなサイズとスムーズな回転と高出力という特性を生かせるスポーツカーのみにロータリーエンジンは採用されるようになった。そして、2012年、RX-8の生産終了とともにロータリーエンジン搭載車の販売は終了する。
しかしマツダはロータリーエンジンを諦めてはいなかった。
規模こそ大きく縮小したものの、補修用のエンジンを細々と作り続けるための組み立てラインを残していた。またロータリーエンジンを組み立てるのに必要な匠の技を小数の従業員に伝承させていた。開発も細々と継続し、復活の日を待ち望んでいたのである。
■「弱み」を「強み」に変える戦略
今回、なぜプラグインハイブリッドにロータリーエンジンを採用したのか。ロータリーエンジンは低回転域が苦手だが、効率の良い回転域だけを使えば燃費を伸ばすことができる。発電専用として、得意の回転域だけ使えば燃費問題をかなり克服できるのだ。
またロータリーエンジンは小さく、振動も少ない。ロータリーエンジンを使えば、スペースに制約のある小型車のプラグインハイブリッド化も可能だ。
このようなことから、MX-30 Rotary-EVはロータリーエンジンを発電専用に使うプラグインハイブリッド車となった(大型のCX-60 PHEVはマツダもレシプロエンジンを使っている)。
■日常生活ではBEVとして運用可能
エンジンはスペースが最小で済む830ccの1ローターである(従来のマツダロータリー車は2ローター1308cc)。
パワートレーンの断面を見ると、電気モーターとロータリーエンジンが同軸上に並び一体化しており、メカニズムとしても非常に美しい。エンジンの出力は53kW(72馬力)だが、駆動用のモーターは125kW(170馬力)とパワフルである。
バッテリーは17.8kWhの容量があり、フル充電で電動走行が107km可能だという。107kmあれば日常のほとんどの場面では十分だろう。つまり、ほぼBEVとして運用可能だ。長距離走行時にはロータリーエンジンの出番となる。
■劇的な進化を遂げたエンジン
新型ロータリーエンジンは最新の直噴技術を採用。燃焼室形状も新しくなり、全体もアルミの活用により軽量化され、燃焼効率も高まっている。ガソリンでの走行時(シリーズハイブリッドとして走行時)の燃費はWLTCモードで15.4km/Lである。せいぜい6~8km/LといわれていたRX-8の燃費に比べると劇的な進化である。
この数字は、世界最高の効率を誇るトヨタのプラグインハイブリッド車には劣るものの、欧州のプラグインハイブリッド車とは十分肩を並べることができるものだ。宿命的に燃費には不利なロータリーエンジンを使ってのこのデータは、かなり健闘していると考えて良いのではないだろうか。
燃料タンクは50Lの容量を持つため、航続距離はWLTC燃費で単純計算すれば107+15.4×50で877kmとなり、相当なロングドライブでも安心である。
■自社にしかできない技術を生かした「作り手の答え」
このメカニズムはマツダらしい、マツダにしかできないユニークなものである。
また、燃費性能で不利なロータリーエンジンには未来がないと一般的には思われていたにもかかわらず、ロータリーエンジンに生き延びる道筋を作ったマツダのエンジニアの執念でもある。
通常はあくまでBEVとして使い、たまの長距離ドライブの時はロータリーエンジンの音を奏でながら走る。十分に地球環境に貢献できるし、マツダ車でなければ味わえない、固有の運転の楽しさも味わえる。
■「ブランド」とは何か
ユニークすぎて自動車業界全体に対する影響力はないが、マツダブランドを際立たせ、象徴するモデルになることは確かだろう。
現在のところ、既存の補修用ロータリーエンジン製造ラインを改修して製造しており、ロータリーエンジンを組み立てるための「匠の技」を持った従業員も限られるため、年間最大2万台(販売地域は欧州と日本。日本の目標販売台数は月販300台)という製造上の制約がある。
従って、台数的にはビッグヒットにはなり得ないが、マツダの意地と執念が生んだこのユニークな車が実際に市販され、公道を走れるようになったことを心から祝福したいと思う。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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