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ウクライナの次は台湾と日本が代理戦争の場になる…「岸田大軍拡」をなぜ日本人はぼんやり眺めていられるのか

プレジデントオンライン / 2023年9月25日 9時15分

記者会見に臨む岸田首相=2022年12月16日 - 写真=AFP/時事通信フォト

岸田政権は2022年12月16日に、国家安全保障戦略など安保関連3文書を閣議決定した。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「明らかに『戦争ができる』方向にシフトした。にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんやり暮らしている。この無反応は『自分たちは日本の主権者ではない』という無力感の現れだ」という――。

※本稿は、内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■「新しい戦前」どころか「新しい戦中」

【白井】2022年の年末、タレントのタモリさんが「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で言った「新しい戦前」が話題になりました。今日の日本の政治状況や人々の心配をうまく言い表したとは思いますが、2023年は戦前ではなく、ほとんど戦中になっているのかもしれません。

声高に叫ばれているのは、台湾有事の可能性です。不可避だとさえ言われています。特に米軍やCIA(中央情報局)が2025年、2027年などと具体的な年限を挙げてきている。シンクタンクは、開戦したらどうなるかのシミュレーションを公表したりしています。つまりアメリカの中で、極東で戦争を作り出したい勢力がかなり活発に動いていると推測できます。

ウクライナを見よ、なんですね。一種のウクライナ・モデルができている。あそこで何が起きているのか。アメリカからすると、要するに代理戦争です。自分たちはなるべく犠牲を出さずに、むしろ利益を上げながら敵対的な大国・ロシアの力を削いでいるわけです。

■代理戦争の場になるのは台湾と日本

【白井】これがうまくいけば、次は中国、東アジアでも応用しようということになってくる。代理戦争の場は台湾と日本です。いわゆる岸田大軍拡はそのシフト、アメリカのために出てきたものと解釈すれば整合的です。

一応、岸田文雄首相が主導していることにはなっていますが、岸田文雄という固有名詞はほとんどどうでもいい。もともと防衛費の大幅な増額は安倍晋三元首相が言い出したことです。高市早苗衆議院議員がそれを受け継ぎ、岸田さんと争った2021年9月の自民党総裁選で盛んに主張していました。安倍さんは高市さんをバックアップしたけれども、高市さんは極端すぎると見られ、穏健に見える岸田さんが総理総裁に選ばれました。

しかし今となっては何のことはない。岸田さんは、安倍さん、高市さんの言っていたことを実行しているだけです。言い出しっぺの安倍さんはこの世にいないのに、大軍拡が粛々と進んでいく。これはどういうことなのか。3人の主体がいるように見えるけれども、実は誰もいなくて、全員が金太郎飴、操り人形です。ですから、2022年12月に岸田政権が閣議決定した新しい安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略〔現 防衛計画の大綱〕、防衛力整備計画〔現中期防衛力整備計画〕)はアメリカとの綿密な打ち合わせ、調整、擦り合わせのもとに出てきたことは確実なのです。

■覇権国の交代は大きな戦争を通じて行なわれてきた

【白井】いま喧伝されている台湾有事はどのぐらい大きなものになり得るか。可能性としては、端的に言って、核戦争、日本が水爆を落とされるところまであると思います。それはなぜか。

台湾有事はアメリカと中国の覇権闘争、ちょっとした利害の小競り合いではない、ヘゲモニーを争う大決戦として戦われる可能性がある。20世紀には二つの世界大戦を通じて、覇権国はイギリスからアメリカに移りました。世界史上、覇権国の交代は大きな戦争を通じて行なわれてきた場合が多いわけです。それは、部分的な利害対立ではないから、落としどころを見つけがたいためかもしれません。ゆえに、アメリカから中国にヘゲモニーが移るとすれば、大きな戦乱なしにそれが生じうるとは考えにくいのです。

アメリカと中国の旗
写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

そのとき問題になるのは、いわゆる核抑止力が働くかどうか。核抑止とは、自分が核兵器を使ったら相手もこっちへ必ず使ってくるので、それは耐えがたい苦痛をもたらすからやめておこうというものです。日本は核兵器を持っていないわけですから、この核抑止を担うのがアメリカによる核の傘だとされているわけです。

■日本政府は核攻撃される可能性を視野に入れている

【白井】では、中国が日本に核攻撃をしたとして、アメリカがその報復として中国に核攻撃をするのか。アメリカは、それをやったら次は中国がアメリカ本土に核兵器を飛ばすだろうと考える。つまり、日本への核攻撃だけなら、アメリカは中国に対して核攻撃をできません。これは逆に言えば、日本に対しては中国がいわば安心して核兵器を使うことができるというわけで、核抑止が働かない構図になるわけです。

この話は別に空想的でも何でもない。日本政府自身がその可能性を認めて、今、米軍基地や自衛隊基地に対する大量破壊兵器、つまり核兵器だけではなく化学兵器や生物兵器による攻撃に対する防衛策をいろいろと進めつつあります。新しい安保関連3文書を出したからには、日本政府は核攻撃されるかもしれない可能性を視野に入れています。

これが今日の政治状況です。だから戦前というよりも限りなく戦中に近づきつつあります。しかも、確たる国家意思によってこうした状況を招いたわけではなく、思考停止の対米従属でこうなっているわけです。それをこの社会はどう認識しているのか。ほとんど無批判に大軍拡が進んでいる。まさに生ける屍、既に死んでいるというのが2023年の日本の光景です。

■政策転換にまるで反応しない日本人

【内田】戦後日本の安全保障戦略の大転換があって、軍事費も突出し、敵基地攻撃能力(反撃能力)まで言い出した。明らかに「戦争ができる」方向にシフトした。にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんやり暮らしている。どうしてこうも無関心でいられるのか。政策転換そのものよりも、政策転換にまるで反応しない日本人の方がむしろ深刻な問題だと思います。

仕事から出る途中のビジネスマンの群衆
写真=iStock.com/AzmanL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanL

この無反応は「自分たちは日本の主権者ではない」という無力感の現れだと僕は思います。自分たちが代表として選んだ議員たちが国会で徹底的に議論して、その上で決定した政策転換であれば、有権者たちはその政策決定にある程度の責任を感じるはずです。このような政策が採択されたことに「主権者として責任がある」と感じたら、それなりの反応をする。

けれども、白井さんが言うとおり、これは全部アメリカが決めたシナリオです。岸田首相だって記者から「どうして戦後70年以上続いた安全保障政策をいきなり転換するのか」と訊かれても答えられない。「だって、アメリカが『そうしろ』って言ったから」だとはさすがに言えない。だから、政策転換には必然性があったと、いくら彼がぼそぼそ答弁しても、それは全部「空語」であるし、空語であることを本人も国民もみんな知っている。これは日本が、自分たちの国益を最大化するために発議した政策転換じゃないということはみんな知っている。アメリカに言われたからしている。トマホークやF-35を買うのもアメリカの指示に従ってのことだし、軍事費をGDP(国内総生産)の2%にするのもNATO(北大西洋条約機構)と同じ数字に合わせろとバイデン大統領に言われたので、それに従っている。

■「ホワイトハウスの意向に迎合する政権が安定政権」という刷り込み

【内田】アメリカに鼻面を引きずり回されて国家戦略の方向転換を強いられているのに、これほどメディアも国民も無反応なのは、何よりも「ホワイトハウスの意向に迎合する政権が安定政権だ」ということを刷り込まれているからです。アメリカの言うことを聞いてさえいれば、自民党の長期政権は保証される。自国の国益よりもアメリカの国益を優先的に配慮する政権なのですから、アメリカとしては未来永劫自民党政権が続いて欲しいと願っている。アメリカの外交問題評議会が発行している「Foreign Affairs」を読んでいると、その思考回路はよくわかります。アメリカの保守論壇では安倍、菅(義偉)、岸田政権は非常に高い評価を得ています。安倍首相は一時期、米紙「ニューヨーク・タイムズ」からその過剰なナショナリズムがアジアの地政学的安定を乱すと手厳しく批判されましたが、総合点では、アメリカからは一貫して高い評価を得ていました。

■日本国民は政策への興味をずいぶん前から失っている

【内田】長期政権を保ちたければアメリカから高く評価されなければならない。これは中曽根(康弘)、小泉(純一郎)、安倍政権が日本人に教え込んだ教訓です。日本人はみんな知っている。だから、岸田政権がアメリカのシナリオの通りに動いているのを見ても、「ああ、これで岸田政権も当分安泰だな」としか思わない。政策そのものの適否ではなく、それがアメリカのシナリオ通りかどうかだけしか見ていないのです。政策そのものにどういう意味があるのか、日本の国益に資するのか、国益を損なうリスクがあるのか、という本質的な問いに日本国民はもうずいぶん前から興味を失っている。

日本には自前の国防戦略がありません。日本の政治家が、自分の頭で考えて、自分の言葉で、日本の安全をどう守るか真剣に語るということをもう国民は誰も期待していない。政治家たち自身が国防について考える習慣がないから仕方がないのです。いくら真剣に国防について考えても、どれほど適切な政策を提示しても、米軍が「ダメ」と言ったらそれで却下されるんですから。それだったらはじめから米軍が喜んで許可するような政策を起案した方が無駄がない。そういうことを70年以上やってきた。

国会議事堂
写真=iStock.com/PhotoNetwork
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PhotoNetwork

■日本の政治家には安全保障について考える能力も意思もない

【内田】はっきり言いますけれど、今の日本の政治家には日本の安全保障について自前の戦略を考える能力も意思もありません。そのことを日本国民は知っている。与党政治家は自分たちの政権の延命、自分の利権のことしか考えていない。それに比べると、ホワイトハウスの「ベスト&ブライテスト」たちはもう少し巨視的に世界戦略を考えているはずである。だったら、あちらさんに丸投げした方がまだましなんじゃないか。

確かにアメリカの安全保障戦略は洗練されています。こういう場合もあるし、こういう場合もあるしと、いろんなシナリオを考えている。とりわけアメリカ人は「最悪の事態」を想定して、それに対してどう対処するかという思考実験が好きです。これは日本の政治家が決してやらないことです。

そういう彼我の違いを見せつけられると、日本の政治家や官僚が自分の頭で安全保障戦略を作り上げるより、ホワイトハウスから降ってくる国防戦略を鵜呑みにしているほうが安全なんじゃないかと思えてくる。日本の国民はいつの間にか自国の政治家たちよりもホワイトハウスのエリートたちの知性の方を当てにするようになってしまった。

■日本人は「生きる屍」になっている

【白井】日本人は日本の政治家にそもそも期待していない。それと同時に自分自身にも期待していないのではないですか。まさに日本人は生きる屍化している。これだけの安全保障戦略の大転換に対してほとんど反応しないのですから。

内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)
内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)

つまり、もう来るべきものがきたのです。拙著『国体論―菊と星条旗』(集英社新書、2018年)に書いたように、戦後日本はアメリカを天皇のごとくいただいて、アメリカに愛されているんだとやってきました。戦前の大日本帝国では、天皇陛下が愛してくださるという恩に対して、「陛下の赤子」たる日本国民は、一朝事あらば命で恩返しする、天皇陛下のために死ぬという義務がありました。

戦後の日本人はどうするのか。ありがたいアメリカの恩をいつ、どうやって返すのか。アメリカがピンチの時にアメリカのために死ねるのか。そうした問いに対しては「憲法9条というものがありまして……」などと言ってずっと逃れてきたわけです。ずいぶん都合のいい話ですが、いよいよそのご都合主義がもたなくなってきた。今まさに「アメリカの覇権を無限延長するために喜んで死ねるよな?」と、いわば究極の問いが突きつけられています。

しかし、戦後の日本にとってのアメリカも、大日本帝国の天皇と同じように本当は空虚な「国体」です。その空虚さに日本人はもう耐えられなくなっている。だから物事を考えるのも嫌だし、何が起きているのかを認識するのも嫌だという、ひどい精神状態になっているのでしょう。

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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。

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白井 聡(しらい・さとし)
京都精華大学准教授
1977年東京都生まれ。思想史家、政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。著書に『永続敗戦論──戦後日本の核心』(講談社+α文庫、2014年に第35回石橋湛山賞受賞、第12回角川財団学芸賞を受賞)をはじめ、『未完のレーニン──〈力〉の思想を読む』(講談社学術文庫)など多数。

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(神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹、京都精華大学准教授 白井 聡)

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