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ついに「半沢直樹」の呪縛が解けた…視聴者を翻弄し続ける「VIVANT」堺雅人の怪演をあなたは観たか

プレジデントオンライン / 2023年9月17日 13時15分

『TBSテレビ』HPより

ドラマ『VIVANT』(TBS系、日曜・午後9時)が好調だ。ライターの吉田潮さんは「主演の堺雅人がまさに適役だ。善人も悪人も演じられる彼の演技に視聴者は毎回翻弄されている。視聴率が高いのも頷ける」という――。

■魅力は「半沢直樹」だけではない

堺雅人と阿部寛の共演と聞いて、脳内にひとつの映像が浮かんだ。悩める人々を奇天烈精神科医が翻弄する、奥田英朗原作『空中ブランコ』のドラマ版(2005年・フジ)である。サーカス団の青年(堺)は精神的な問題で、得意技の空中ブランコも失敗続き。紹介されたのは大病院の風変りな医者・伊良部一郎(阿部)。カウンセリングはほぼしない。女好きで注射好き。注射する際に凝視する、ちょっと生理的に破壊力がある。堺が演じるサーカス団員やグラドル崩れの被害妄想も、ヤクザの尖端恐怖症も、興味本位に振り回すことでうっかり治すコメディだった。

あれから18年。このふたりが世界を股にかける諜報員(裏の別班・表の公安)として、日本を救うべく暗躍するとは。今夏話題をかっさらった日曜劇場「VIVANT」。この波にちゃっかり便乗して、俳優・堺雅人の仕事をふりかえってみる。

■日本の救世主からヤバい弁護士まで

堺を見ると、どうしても「虚実皮膜」という言葉が浮かんでくる。事実と虚構の間に真の芸術があるというものだが、堺の演技は薄皮一枚とその下の膜(肉)を感じさせるからだ。

「半沢直樹」(2012年・TBS)の主演以降、正しくて優しい人や使命や任務を背負わされる人の役が多くなったのだが、もう少し常軌を逸した有害無益な人物も演じてほしいと思っていた。すっかり寡作の人になっちゃったし。

猛毒な輩で言えば、なんといっても「リーガル・ハイ」、続編の「リーガルハイ」(2012・2013年、フジ)だ。銭ゲバ・毒舌・上から目線の差別主義、八・二分けのちんちくりん弁護士・古美門研介役は、過去一の名演だった。頭の回転が速い人特有の反応の早さと豊かすぎる語彙力、ラジカルでシニカルでコミカルな脳内言語を超絶技巧で垂れ流す古美門というキャラは、堺が演じたからこそ成立したと思う。

日本人が好む共感やときめきや憧れや夢なんてものは一切与えず。威風堂々の嘘つきで罪悪感は1ミクロンももたず。ある意味、完璧な敏腕弁護士だった。

■虚実皮膜を体現した作品

この古美門と比べてほしいのが、映画「クヒオ大佐」(2009年)だ。

あまりに不完全な結婚詐欺師役だが、古美門同様に罪悪感皆無。米軍パイロットのクヒオ大佐と名乗り、弁当屋経営の女性や植物博物館勤務の女性から金を騙し取る。

つけっ鼻でカタコトの堺は明らかに胡散臭いのに、なぜか女性を惹きつける。詐欺の手口がいかにせこくて涙ぐましいか、堺が真剣に演じるほど失笑を誘う。そこにこの男の悲哀が滲み出ていた。

嘘で身を守ることで生きてきた成功体験、そうするしかなかった持たざる者の苦悩。幼少期に虐待されていたトラウマも描かれ、人物の奥行きを見せた。

クヒオ大佐は実在の詐欺師で被害者もいた。今でいうロマンス詐欺というやつね。まさに虚実皮膜を堺が体現した作品でもあった。

■本当にもったいなかった連ドラ初主演作

実は、堺は民放局連ドラの初主演作で辛酸を舐めている(と私は思っている)。「JOKER 許されざる捜査官」(フジ)を覚えているだろうか。

昼は温厚で人畜無害の刑事だが、その実体は凶悪犯処理人。法で裁かれなかった極悪人に人知れず制裁を下すという設定だが、残念ながら堺の持ち味がいかされなかった。おそらくアメリカのドラマ「デクスター」(警察官が凶悪犯を次々に殺害、目的は制裁の皮を被った快楽殺人)を目指そうとしたものの、日本のテレビ局が勝手に自主規制する“地上波コード”に阻まれて、なにもかも中途半端になったからだ。

皮膜俳優の堺なら衝撃の設定も任せられるはずが、決め台詞だけで制裁もモチベーションも微妙に濁しまくり。昭和の時代劇じゃないんだから、偽悪と正論だけでは誰もついていかないわけで。本当にもったいなかったと今でも奥歯を噛みしめる。

今後、もし万が一、アメリカのドラマ「ブレイキング・バッド」や、そのスピンオフ「ベター・コール・ソウル」(超絶面白いので観て)の日本版を作ることがあるとしたら、ぜひ堺を悪徳冗舌弁護士・ソウル役にしてほしい。堺にしかできないと思う。

『スーパー! ドラマTV』HPより
『スーパー! ドラマTV』HPより

■本当の天才を演じられる

一方、WOWOWのスペシャルドラマ「パンドラ~永遠の命~」(2014年)で演じた主人公は、自分の皮膚からヒトクローンを生み出した天才研究者だ。

倫理的に非難されることを懸念した大学を退職、クローン息子を巡り、大きな陰謀の渦に巻き込まれる。暴走する孤独なマッドサイエンティストはまさに境界線上にいる人物で、堺は適役だった。非凡な才能と世紀の発見を自ら葬り、人としての良心を持ち合わせていたのは救いだったが、ちょっとホラーなラストには鳥肌が立った。

常軌を逸した天才は、日本のドラマでは明るく破天荒に描かれがちだが、本当は凡人には計り知れない心の闇があると思う。その陰影のリアリティを堺は追求できる役者なので、できれば作品自体のリミッターをはずしてほしいんだよなぁ。

東京ドラマアウォード2017授賞式・主演男優賞。=2017年10月27日、東京都港区
写真=時事通信フォト
NHK大河「真田丸」で東京ドラマアウォード2017主演男優賞を受賞。=2017年10月27日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

■作業服やジャージ、畳とアパートが似合う

事務所の政治力でゴリ押しされて「知的で天才」な役をアイドルが演じるドラマを見るたびに、「これは堺雅人案件ですよ」と心の中で叫び続けてきたわけだが、なめてはいけない。それだけじゃないのだ、堺の引き出しは。ちゃんと地に足ついた市井の人、雑に言えば「そのへんにいる人」を演じる堺も実に魅力的なのだ。

私が最も好きなのは、映画「その夜の侍」(2012年)の主人公・中村。小さな工場を営む中年男性。5年前に妻(坂井真紀)を轢き逃げされ、喪失感で日常が埋め尽くされている。妻の声が入った留守電を繰り返し聴き、妻の好きだったプリンを大量にかっこみ、妻の下着を常に携帯して匂いを嗅ぐ。包丁を持ち歩き、轢き逃げした犯人・木島(クズっぷりが無双の山田孝之)への復讐心を静かに燃やしているように見えるが、もっと深いところに到達している。

絶望は生気を失わせ、狂気を増量させる。悲しみも限度を超えて深くなると、人間は滑稽で突飛な行動に走るのを表現した堺。精神的などん底とアンガーマネジメントの妙を見せてくれた。

■凡人を演じる時の表情がたまらない

もうちょい明るい堺であれば「鍵泥棒のメソッド」(2012年)を。金は底を尽き、ボロアパートで自殺しようにも失敗。何をやってもうまくいかない役者の桜井(堺)が、たまたま銭湯ですっ転んだ男・コンドウ(香川照之)のロッカーの鍵を盗み、コンドウになりすますも裏社会のトラブルに巻き込まれるコメディだ。

桜井はすべからく中途半端な男、コンドウは知的で完璧主義の男。軽くて薄い桜井の小ささと、重くて暑苦しいコンドウの対比がおかしくてね。劇中、香川が堺に演技指導するシーンもあり、もう実現不可能なコンビかと寂しく思ったりもする(しかもヒロインは広末涼子……)。

ともあれ、凡人を演じる堺の表情は「人畜無害世界選手権」があったら上位に入賞するくらい、「柔らかくて好感度が高い」のである。

巻き込まれると言えば、首相暗殺の犯人に仕立て上げられた男を演じた映画「ゴールデンスランバー」(2010年)もすごかった。

何がすごいって、理不尽な目に遭いながらも、多くの人の助けによって見事に逃げ切る。極めて都合よき展開なのに、そう思わせないのは、堺が醸し出す「清さ」のおかげだ。友人や先輩、元カノだけでなく、アイドルや通り魔犯、裏稼業の男や交番巡査にも救われるのだが、その根っこに人を信用する清さがあったから。強大な権力に濡れ衣を着せられた不運を、人間性で幸運に転換。堺が演じたお陰で妙に説得力が出たわけで。

■全力疾走する姿はぜひ見てほしい

ちょっと厄介な父親の背中を見て育つ息子の役も印象深い。

厄介というか、世間体や常識にとらわれない自由奔放な父親ね。風変わりなカメラマンの父親(鮎川誠)と避暑地の別荘でジャージを着て過ごすという、実にのどかで牧歌的な映画「ジャージの二人」(2008年)や、主君や家族(特に父親)に翻弄され続けるも、次第に武将としての才を発揮した真田幸村を演じた大河ドラマ「真田丸」(2016年)。

『NHKアーカイブス』HPより
『NHKアーカイブス』HPより

父親に対して、心のどこかで辟易しつつも、常識やルールに縛られない生き方に学び、悟る。父子のほどよい距離感を描く作品で、堺のもつ「素直さ」や「フラットな空気感」は存分に活かされていた。

余談だが、堺が全力疾走する時の上半身のブレなさは、「体幹、ちゃんと鍛えてんなぁ」と感心する。1985年の日航機墜落事故を題材に、新聞社内の攻防戦を描いた映画「クライマーズ・ハイ」(2008年)でも走る姿は印象に残っている。山の急な斜面を駆け抜けて、真実を報道しようとする熱意と若さあふれる新聞記者・佐山の役だった。30代の堺雅人の、キレのある動きには目を見張るものがあった。

■たとえるなら「透明な多面体」

傲慢な上級国民も卑屈な庶民も、天才も凡人も、熱血も冷徹も、スッとなじむ。透明な多面体を想像してほしい。上から見ると円形、横から見ると三角形、正面からは正方形に見えるような多面体を。しかも透明だから塗り方次第で色も変わるし、裏と表の概念も崩れる。堺雅人はそんな役者だ。

傑作であろうと駄作であろうと、良心と気骨のある制作陣が彼に主役を託したい気持ちはよくわかる。

偽善やご都合主義をハートフルやアットホームと思いたい人が納得のいく、正義の味方を違和感なく演じることができる。一方、フィクションのドラマだからこそ、人として大切なものや必要なものが欠如した人間を観たいと思う人の溜飲を下げてくれる役も説得力をもって演じることができるからだ。

これまでの堺作品はざっくり「善玉6割・悪玉1割・日和見3割」といったところだが、今回の「VIVANT」は善か悪か判断しにくい役柄という点が新しい。

堺が演じる乃木憂助が超エリートで無法かつ非道な別班であり、凄惨な過去をもつ孤独な男であり、脳内にもう一人の自分を抱える精神的な脆さもある。そして、テロリスト集団のリーダー、ノゴーン・ベキ(役所広司)の実の息子であり、別班を裏切ったかのように見えた最終章。

詐欺師レベルの知能、大胆不敵さ、巻き込まれ&追い込まれ感、純粋さや丁寧さ、父親との邂逅……。愛国心や人助けは善、殺人や裏切りは悪だが、詐欺師級の暗躍をどうとらえるべきか、視聴者を惑わし続けている。堺のもつ多面体の魅力が凝縮されている気もするんだよね。

先週は、生放送でVIVANT祭りまで開催しちゃったTBSの浮かれっぷり。鼻についたものの、役所広司のみが電話出演というところで、ちょっとほっとした。今夜の最終回で、堺は半沢の呪縛から乃木の憂いへ移行完了。たぶん再び伝説となるわけだが、これをさらに超える役に今から期待しておこう。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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(ライター 吉田 潮)

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