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東芝の上場廃止への批判は間違っている…早大教授が「海外投資家の主張を鵜呑みにするな」と訴えるワケ

プレジデントオンライン / 2023年9月19日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

東芝へのTOB(株式公開買い付け)が9月20日に期限を迎える。なぜ東芝はTOBによる上場廃止を目指すのか。早稲田大学大学院の長内厚教授は「東芝は、短期的な収益性を強く主張する投資家を遠ざけ、長期的な戦略の実行を目指している。この動きは評価するべきだ」という――。

■今回は積極的に上場廃止を進めている

投資ファンドの日本産業パートナーズなど日本連合による東芝へのTOB(株式公開買い付け)が9月20日に期限を迎える。TOBが成功すれば東芝の株式の上場は廃止される。上場廃止後は企業価値を高めて5年後の再上場を目指すという(*1)。

本稿では上場廃止の積極的な意義を考えたい。東芝は2015年に東京証券取引所から特設注意市場銘柄に指定され、望まない形での上場廃止の危機が迫っていた。この指定は2017年に解除されるのだが、債務超過による上場廃止規定にも抵触していて、綱渡りでの上場維持であった。この時はいかに上場を維持するかが東芝の経営課題であったが、今回は積極的に東芝の上場廃止を進めている。

そもそも企業が株式を上場するのは広く市場から資金を調達し、事業の原資に充てるためである。逆に言えば、しばらくの間、東芝は市場から資金を調達することができなくなる。それ以上にメリットがなければ進んで上場廃止は行わないはずである。それではそのメリットとは何なのか。

■「アクティビストの要望」の特徴

東芝の経営の問題は2015年の粉飾決算と2006年に買収した原子力事業子会社ウェスチングハウスの巨額減損処理に端を発している。この後、東芝は債務超過に陥り、第三者割当増資を行い、引受先にはアクティビストが名を連ねた。東芝は増資を行ったものの健全な事業への投資のための増資ではなく、あくまで当時の東証一部に上場を継続するための増資でしかなかった。

こうした短期的な施策はアクティビストの要望の特徴ともいえる。企業の経営者も企業の所有者である株主も企業の経営がうまくいくという目標については同じゴールを目指している。しかし、アクティビストに限らず投資家は、ともすると短期的な収益性に目が奪われがちだ。

短期的な収益性は主に企業経営の効率性、生産性によってもたらされる。利益とは売り上げとコストとの差分であるから、売り上げをさらに伸ばすか、コストをさらに削るしかない。短期的な収益性だけを考えるのであれば、現在儲かっている事業に集中し、それ以外は切り捨てることになる。

■短期的な視点だけで経営を見るのは危険

ただ、短期的なものの見方は、物事をスタティック(静的)に見るのと同じで、時間軸での変化、すなわちダイナミック(動的)な変化を見落としがちだ。企業を取り巻く環境は日々変化しており、特に現在のエレクトロニクスやエネルギーの産業は、デジタル化やAI技術の進展、環境規制とドラスティックなエネルギーの転換が求められるなど、不確実性が高く、大きな変化を伴っている。このような状況において短期的な視点だけで企業経営を見るのは危険だ。

「経営の効率化を一層図ることでイノベーションを加速させる。」こうした言質は日本企業の経営者、特にこの失われた30年における製造業においてよく聞かれた言葉であるが、効率化とイノベーションの促進は実はトレードオフであるということに気が付いている経営者はどれだけいるだろうか。

■大企業が新規事業に及び腰になる理由

1978年にハーバード・ビジネス・スクールの故アバナシー教授は生産性、効率性とイノベーションが両立しにくいことを明らかにし、これを「生産性のジレンマ」と呼んだ。生産性や効率性を高めようとすると、企業は無駄を排除し、現在のやり方だけに集中しようとする。そうすると無駄なことは一切やらなくなるので、新たなやり方を試みることがなくなり、多様性がなくなるので新たなイノベーションにつながるアイデアが排除されるということだ。

ハーバード・ビジネス・スクールのキャンパスの航空写真(写真=HBS1908/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
ハーバード・ビジネス・スクールのキャンパスの航空写真(写真=HBS1908/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

既存の優良企業が新規事業に取り組みにくいのも似たようなロジックで説明ができる。既存の優良企業は、これまでの成功事業のやり方を過度に効率化することで、収益性を高める。その結果、イナーシャ(慣性)が働き、これまでのやり方以外の事業に適応しにくくなるということだ。

R&Dが巨額な固定費であり、通常であれば、技術的なイノベーションは既存の大企業の方が有利であるのに、時にして既存の大企業が新興企業の新たなイノベーションに負けてしまうのは、こうした効率性の弊害によるところが大きい。

■「効率性」だけでは変化に対応できない

話を東芝に戻そう。一時的に株を売り買いすることで利益を生み出そうとする投資家は短期的な企業の効率的な事業運営を期待する。これは投資家として正しい判断といえる。しかし、こうした効率性重視の考え方だけで既存の大企業を経営するとダイナミックな経営環境の変化や不確実性に対応しきれなくなる。

もちろん、効率性を度外視して無駄を認めればよいという話ではない。過去の東芝の経営が効率性を過度に欠いていた点は否めず、アクティビストの意見も一部受け入れながら経営を効率化するということも必要であっただろう。

ただ、長期的な成長戦略に舵を切ろうとする段階では、アクティビストの短期的な効率性重視の考え方だけではやっていけない。そして、島田社長体制になった東芝はまさに、長期的な成長戦略に舵を切り始めたところといえる。

■ギネスにも登録された東芝のエレベーター

例えば、東芝には優れた技術を持ったエレベーター事業がある。筆者は現在、台湾の国立政治大学の客員研究員を務めていて、本稿も台北で執筆している。台北には日本企業が中心となって建設当時世界で最も高い高層ビルだった「台北101」がある。

台湾の台北101(写真=CEphoto, Uwe Aranas/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)
台湾の台北101(写真=CEphoto, Uwe Aranas/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

ここの展望台へのエレベーターには東芝の製品が採用され、当時世界最速のエレベーターとしてギネスブックにも登録されている。このエレベーターはわずか39秒で89階の展望室まで昇ることができるが、揺れはほとんど感じない。東芝の技術力がうかがえる。

たしかに、ビジネスとして見るとオーチスやシンドラーなど世界のトップメーカーの世界シェアには遙かに及ばない。また、これまでの東芝の他の事業とのシナジーも少なく、一時は売却の対象として検討されていた。

しかし、東芝の島田太郎社長は2022年6月にこの売却方針を撤回した(*2)。島田社長が進める「モノが作れるIoT企業」というIT技術の実装先のモノとしてエレベーターを活用したいということのようだ。

経営の効率性を高めて短期的な収益を増やすのであれば、予定通り東芝はエレベーター事業を売却した方がよかったのかもしれない。しかし、このようなやり方で東芝のコンピタンスを次々と売却してしまっては、その次の打ち手がなくなる。短期的な収益源にならなくても長期的な東芝の成長に必要な事業は残し、追加的な投資も行う必要がある。

■日本の経営システムの良さも見直すべき

こうしたときに、アクティビストに代表される短期的な収益を求める投資家と経営者の意見は対立することになる。

1991年に倒産したパンアメリカン航空は、かつてアメリカを代表する航空会社と呼ばれたが、経営難に陥ると、ドル箱路線の太平洋航路や大西洋航路など、収益性の高い路線から順番に売却。短期的なつなぎはできたものの長期的には同社を支える収入源がなくなり、会社そのものが消滅した。短期的な収益性だけでは企業の存続は難しい。

早稲田大学商学部の清水洋教授は、アメリカに比べて日本には長寿企業が多いということを彼の著書で示している。短期的な収益性を重視するアメリカの経営スタイルと長期的な成長に重きを置く日本企業では、企業の寿命にも影響が出るのかもしれない。

多くの日本企業の経営が行き詰まった2000年代以降という時期は、アメリカ式の企業統治システムを各社が積極的に取り入れた時期とも重なる。アメリカ式の経営のよいところはもちろん取り入れるべきであるが、闇雲にアメリカのやり方を模倣すればよいというものでもない。日本の長期戦略に対応しやすい経営システムの良さも見直してもよいのではないだろうか。

■リアル・オプション的な経営手法が必要

再び東芝の話に戻すと、東芝は島田体制の中で新たな成長事業の模索を始めたところである。この段階でまずは長期的な視点で試行錯誤を繰り返し、投資を行う必要がある。その意味で、短期的な収益性を強く主張する投資家の意見からフリーな状況を作り出す非上場化には一定の意味があると思われる。

日本産業パートナーズによる東芝のTOB(株式公開買い付け)が8日に開始されることを受け、記者会見する東芝の島田太郎社長[同社提供]=2023年8月7日
写真=時事通信フォト
日本産業パートナーズによる東芝のTOB(株式公開買い付け)が8日に開始されることを受け、記者会見する東芝の島田太郎社長[同社提供]=2023年8月7日 - 写真=時事通信フォト

船頭が多くなりすぎれば船は前には進まない。特定の出資者の監視の下で長期的な戦略を行うということは、経営者が同意を求める相手を限定することにつながり、スピーディーに経営方針を立案、実行できるということである。

しかし、無制限に試行錯誤を繰り返していいというわけでもない。その意味で5年をめどに再上場を目指すというのは、長期的経営の効果と効率性のバランスをとるための良い落とし所かもしれない。

不確実性が高く未来が見通しにくい場合、すべての意思決定を早く行うということは得策ではない。今すべての意思決定をせずに意思決定の条件だけを設定し、意思決定そのものは将来に先送りをする。これはリアル・オプション的な意思決定である。

東芝もまずは5年という期間で経営者に自由な手腕を振る時間を与え、5年後にその評価とその後の意思決定を行うというリアル・オプション的な経営手法を取り入れることが、不確実性の高い、エレクトロニクスやエネルギーのビジネスでは必要なことなのかもしれない。

  • (*1)「東芝、JIP傘下で再出発へ=74年の上場に幕―TOB成立」時事通信、2023年9月21日配信
  • 「東芝、発電・鉄道など4社再統合へ 国内連合のTOB成立」日本経済新聞、2023年9月22日配信
  • (*2)「東芝、エレベーター・照明は事業継続へ 売却方針を撤回」ロイター、2022年6月2日配信

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長内 厚(おさない・あつし)
早稲田大学大学院 教授
1972年東京都生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。映像関連の商品企画、技術企画、新規事業部門の商品戦略担当などを務めた。2007年京都大学で博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。早稲田大学商学学術院准教授などを経て、2016年より現職。2016年から17年までハーバード大学客員研究員。ベトナム外国貿易大学ハノイ校客員教授、総務省情報通信審議会専門委員などを務める。主な著書に『読まずにわかる! 「経営学」イラスト講義』(宝島社)、『イノベーション・マネジメント』(中央経済社・共著)など。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でニュースやビジネスに関する動画を配信している。

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(早稲田大学大学院 教授 長内 厚)

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