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「人口増加率日本一」は狙い通り…政府よりずっと「異次元」な明石市の少子化対策に日本の未来がある

プレジデントオンライン / 2023年9月24日 9時15分

兵庫県明石市の泉房穂 前市長 - 撮影=野辺竜馬

兵庫県明石市は、高校3年生までの子ども医療費や第2子以降の保育料など「5つの無料化」を実施している。前市長の泉房穂氏は「すべて所得制限なしにすることで中間層世帯が流入し、結果として大きな経済効果を生んだ。全世代が幸せになる子育て支援策は実現可能だ」という――。

※本稿は、泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■議会、既得権益者、職員の反発は凄まじかった

私は明石市長として、これまで多くの政治家ができなかったことを実現しました。1つは「子どもは未来」を街づくりの基本方針に掲げた、数々の子育て施策。それらの施策により、子どもを応援すると街が元気になり、老若男女すべての人が幸せになることを示せたと思っています。

5つの子育て支援施策を「所得制限なし」の無料化にしたことで、明石市は全国的に有名になりました。ただ、これらの改革はスムーズにできたわけではありません。予算配分に反対する議会、それによって割を食う特定業界の既得権益者たちからの反発は凄まじいものでした。

子育て支援施策が結果を出し始める前までは、「お上意識」「前例主義」「横並び意識」に囚われた市役所の職員たちの反発も半端なく強いものでした。市の人事に関しては、「適時適材適所」を掲げて効率的に行っていったのですが、異動させられた職員からの不満も相当なものがあったと感じます。

■本音を抑えていても「暴言市長」扱い

そんな反対勢力の一部が私の発言の一部を切り取り、不利な情報をマスコミにリークしたことで、私は「暴言市長」のレッテルを貼られたりもしました。

市長在任中はこれでも本音をかなり抑えていましたが、たしかに私は口は悪い。それは認めます。ただ、建前の空気にさして気を遣わない磊落(らいらく)な性格の私であっても、こうした四面楚歌(そか)の状況、反対勢力が起こす向かい風の強さには、正直「こりゃ、かなわん」と思うことも幾度もありました。

でも、後ろから大丈夫ですよと強く支えてくれたのは、多くの市民の方々です。全国で初という条例を私は在任12年間で10以上つくりましたが、それらはみな市民の力強い後押しがあったからこそ実現できたのです。

■ムダな予算を削れば、財源は生み出せる

明石市が実施した、「所得制限なし」の5つの無料化施策は明石市民のみならず、日本全国の大勢の方から評価と賛同を得ましたが、それを見て、このような子育て政策は、高齢者施策にしわ寄せがいくのではないか、限られた財源しかない自治体はマネをしたくても容易にできないのではないか、単純にそう捉える方も一方で少なくありません。

しかし、高齢者にメリットがない、新しい財源がなければ積極的な子育て支援施策などできないというのは、はっきりいって間違った思い込みです。お金がないという点に関しては、予算にはムダな部分がたくさんありますから、それを何割かでも削ってまわしてくれば十分可能なのです。

明石市の子ども関連予算は私が市長になる2010年度は125億円でしたが、2021年度は297億円と、10年で約2.38倍増加しました。この増加分には、「所得制限なし」の「5つの無料化」にかかる費用、約34億円も含まれます。

黒板に右肩上がりの棒グラフを描く人
写真=iStock.com/leolintang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/leolintang

■日本の少子化対策は待ったなし

たとえば、この「5つの無料化」を、明石市全体のスケールで見るとどうなるか。明石市が年間に使えるお金はざっと2000億円です。「5つの無料化」にかかる施策費の約34億円は2000億円に対して、たった1.7パーセントの比率です。1.7パーセントというのは、年収600万円(月収ベースで50万円)の家庭に置き換えると、月々、家計から子どものお稽古に8500円捻出するようなものです。

つまり、「5つの無料化」にかかる予算というのは、その程度にすぎない。たくさんあるムダな予算をちょっと削るだけで浮く金額です。これだけを見ても、財源がしっかりなければ子育て関連施策の無料化などできないという発想は、誤った思い込みでしかないとわかります。

政府は異次元の少子化対策を打ち出しましたが、少子化の加速ぶりを見ると、かなり危機的な状況にあります。私が小学生のころ、日本の出生数は200万人程度だったのが、その後、減少を続け、2022年は約77万人、出生率は1.26まで落ち込んでいます。これ以上の減少を避けるには、早急に思い切った策を講じる必要があります。

■政府の「異次元の少子化対策」は逆効果

私は別に人口増論者ではありません。人口は緩やかに減っていっても、安心して暮らせる社会をつくるべきであって、無理に産めよ増やせよと言っているわけではない。「産みたいのに産めなくさせている政治はおかしい」と言いたいだけです。今は産みたいのに産めない社会であるために、子どもの数が極端に減り続けている。それによって社会を支える人間が急速に減っていけば、人口の減少と同時に国民の負担は限りなく膨らみ、本当に国は滅びてしまいます。

国は異次元の少子化対策の財源を、社会保険料の増額や消費税増税などから捻出することや、加えて高校生の扶養控除を廃止する案まで持ち出しています。しかし、社会保険料の増額も消費税増税もまったく必要ありません。ましてや扶養控除の廃止は逆にマイナスの負担になるわけで、むしろ少子化を加速させてしまいます。一体国は何を考えているのか理解に苦しみます。

財源については、明石市が増税も何もせずに無料の子ども関連施策を実施したように、国も予算を適正化して子どもにまわせば十分にできるはずです。

■3.5兆円と言わず、10兆円の予算を組むべし

国は防衛費について、2023年度から5年間で総額43兆円と現行計画の1.6倍に積み増すことを決定していますが、実際の規模は60兆円近くになるとの報道もありました。これほど防衛費を増額できるなら、「静かなる有事」と自ら言う少子化への対策に今すぐ優先的に重点投資すべきです。

防衛を強化しなければ国が滅びるというなら、その前に少子化対策をしっかりしなくては、国土が守られても住む人がいなくなります。陣地を守るのか、人を守るのか、どちらを優先すべきかという話です。もし、予算をまわすのが現状、難しいというなら、つなぎ国債でも発行して財源確保すればいい。

少子化対策には、3.5兆円の予算規模が見込まれていますが、私からいわせれば、3.5兆円なんてまったく少な過ぎます。国民に安心を与えるサプライズがまったくない。内容も予算も皮肉な意味で「異次元」です。

一気に10兆円の予算を組んで、大学の無償化をはじめ、子育てにかかるコストを劇的に少なくすれば、坂道を転げ落ちるような出生率は間違いなく回復するはずです。高等教育における「社会が賄う部分」と「自分が賄う部分」の費用負担割合は、フランスをはじめとする欧州各国はおおよそ7対3なのに対し、日本は正反対のほぼ3対7。日本が欧州並みになるには、国民の強い安心感が得られる思い切った子育て施策が必要です。

■子育て施策で全世代がハッピーになる

「子育て施策が高齢者にとってメリットがない」というのも単なる思い込みです。私が無料化施策を実施したとき、その先にあるものをしっかり見据えていました。なぜなら、「所得制限なしの無料化政策」は、同時にきわめて有効な経済政策だからです。

明石市は、子育て層をはじめ誰もが安心して住みやすい街になったことで人口が10年連続で増え、出生率も上がり、その結果、税収増になりました。その間、街の商店街は売り上げがどんどん増え、移住者の増加によって至るところで建設ラッシュが起こっています。

リビングで遊ぶ3世代家族
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

子ども施策は経済政策でもあり、街に住むすべての人にとってハッピーなものになることをしっかり証明してみせました。このことは、地方自治体という小さな単位においてそうだというだけでなく、国のレベルでも同じ効果をもたらします。

2023年4月の「こども家庭庁」の発足など、政府がようやく子育て支援施策に本腰を入れ始め、それに対してさまざまな議論が起こっている今だからこそ、このことは強調しておきたい点です。

子ども1人にかかる養育費はだいたい3000万~5000万円といわれています。その子どもが大人になってからの生涯賃金はおよそ2~3億円です。子育て支援施策によって子どもが増えることは、それだけで大きな経済効果が見込めるということです。

■「所得制限なし」が経済効果を生むカラクリ

「所得制限なし」の無料化施策がきわめて有効な経済政策でもある理由を、改めてもう少し詳しく見ていきます。

今や明石市を代表する「所得制限なし」の子育て5つの無料化は以下になります。

【「所得制限なし」の5つの無料化】

①(高校3年生まで)子ども医療費の無料化……薬代も無料。市外の病院も無料。病院代無料。

②(第2子以降の)保育料の完全無料化……兄弟の年齢も関係なし! 保育所・幼稚園 市外の施設もOK。親の収入も関係なし!

③おむつ定期便……市の研修を受けた見守り支援員(配達員)が、毎月おむつや子育て用品を家庭に直接届ける。

④中学校の給食費が無償……中核市以上で全国初。

⑤公共施設の入場料無料……天文科学館、文化博物館、明石海浜プール、親子交流スペース「ハレハレ」などの入場料が無料。

■中間層に光を当て、人口増加率1位に

これら「5つの無料化」の実施にともない、所得制限を設けなかったのは、いくつか理由があります。私の考えるベーシックな子育て支援施策は「すべての子ども」が対象です。親の所得によってサービスの受けられない子どもが出てくるのは、私の理念に反します。

また、私は市長になる前から、「地域経済は中間層に光を当てることでまわり出す」と考えていました。所得制限を設けなかったのは、中間層に光を当てたかったからです。

明石市の人口は10年連続で増え続け、2020年の時点で30万人を突破しました。直近の国勢調査で、全国の中核市(人口20万人以上の指定を受けた自治体)のうち人口増加率1位にもなりました。明石市にどんな世帯が一番流入してきているかというと、それは先述した「中間層(その中でも中の上の世帯)」なのです。

■「財政が圧迫される」「市が損をする」は間違い

泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)
泉房穂『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』(集英社新書)

「所得制限なし」「5つの無料化」によって大きな恩恵を受けられる中間層が、戸建てやマンションを買って明石市に移り住んでくる。中間層世帯は共働きで収入源が2つあるダブルインカムが多いですから、これらの世帯は言い換えれば「ダブル納税者世帯」です。中間層世帯は教育にも熱心で、子どもにお金をかけます。子どもに光を当てると、子どもを育てている親たちがお金を使えて、地域経済もまわるようになるわけです。

明石市は子育て支援サービスの無料化に所得制限をかけないことで、子育て層の負担を軽減し、経済の好循環を生みました。「所得制限をかけず、すべての世帯を対象にすると市の財政が圧迫される」などと言う人もいますが、間違いです。「5つの無料化」は納税者から預かったお金の一部をお返ししているだけなのです。

市が損をしているという解釈も間違っています。子育て支援策が市にもたらす波及効果を考えても、所得制限など設けず、中間層を支援したほうが市の財政も潤います。所得制限により中間層を排除する施策こそが、さらなる少子化や地域の衰退を招くことになるのです。

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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
前明石市長
1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年に衆議院議員となり、犯罪被害者等基本法や高齢者虐待防止法などの立法化を担当。2011年に明石市長に就任。特に少子化対策に力を入れた街づくりを行う。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『子どものまちのつくり方』(明石書店)ほか。

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(前明石市長 泉 房穂)

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