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なぜ阪神ファンは道頓堀に飛び込むのか…熱狂的オリックスファンの政治学者がみる関西の特殊事情

プレジデントオンライン / 2023年9月20日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeeYiuTung

9月14日、阪神タイガースは18年ぶり6回目のセ・リーグ優勝を果たした。神戸大学大学院の木村幹教授は「阪神ファンほど素直で純粋な野球ファンはいない。だから喜びのあまり、道頓堀に飛び込んでしまうのだろう。近鉄、南海、阪急、そして現在のオリックスのファンとは決定的に違う」という――。

■阪神ファンを語る上で欠かせないある番組

最初に断っておくが、筆者は阪神ファンではない。しかしながら、その事は、筆者が阪神タイガースという球団と、如何なる関係も持たずこれまでの57年間を生きてきた事を意味するか、といえばそれはやはりそうではない。

否、この地域で生きていく以上、阪神ファンであろうとなかろうと、そもそも野球というスポーツに関心があろうとなかろうと、「阪神タイガース」なるものとの関連を一切持たずに生きていくのは不可能だ。

それを筆者の人生を振り返って書くとこんな感じになる。まず幼い頃を思い返すと、よみがえってくるのは、朝早くからラジオで流れて来る「六甲おろし」をがなり立てるアナウンサーの大声だ。あの熱烈な阪神タイガースファンで知られる、朝日放送の道上洋三アナウンサーの番組だな、と思った人はまだ甘い。あの番組には実は、先行番組があってその話である。

朝日放送が1971年にはじめた「おはようパーソナリティ 中村鋭一です」は、ただひたすらアナウンサーが関西弁で自らの判断で話し続ける、という当時としては、極めて大胆なスタイルの番組で、たちまち関西地方でブームを巻き起こした。

背景にあったのは、放送局は不偏不党でなければならない、というそれまでの放送界にそれなりに存在した原則を、敢えて無視してみせる、という試みであった。そして、それがプロ野球において表れたのが、中村が「自身の(放送局の、ではない事に注意)」応援する阪神タイガースを、自らの冠番組で公然と応援する、という当時としては驚くべきスタイルだった、という事になる。

朝日放送の一アナウンサーに過ぎなかった中村は、この番組により一躍有名人となり、自らの番組内で自らの政治的意見をも比較的自由に話した事であり、やがて政界でも注目される存在になった。

■六甲おろしが朝のシグナル

そうしてその中村が1977年に新自由クラブから衆議院議員選挙に立候補する事となり、番組を引き継いだのが道上洋三である。こうして、そこから昨年までの45年にわたって「おはようパーソナリティ――道上洋三です」が放送されてきた事になる。

筆者の実家では、朝の目覚まし時計代わりにこの放送を聞いていたので、中村アナウンサーが「六甲おろし」を歌い始めたら、そろそろ学校にいかないといけない、という日々を送っていた。つまり、日本全国の他地域では「ラジオ体操」の音楽が、「朝のシグナル」として機能している様に、関西地方ではラジオから流れてくる局アナが歌う「六甲おろし」がその役割を果たしてきたのである。

そもそも依然として昭和の時代、インターネットなどある筈もない時代、プロ野球に関する情報の入手の難しい時代。多くのファンはテレビやラジオ、更には翌日の新聞の朝刊でひいきチームの試合結果を知るのが精いっぱいであった。

しかし、突然、朝から大阪で最大の民間放送局が、自らの応援する球団を露骨に明らかにして、時には「大本営発表」であるかのような、大体な宣伝を繰り返す事になったのである。

■阪神ファンでないと友達ができない

こうして大阪の1970年代、大阪の民間放送局の「阪神シフト」が急速に展開し、この地域における「プロ野球に関わる情報」のバランスが大きく崩れる事となった。同じく関西に本拠地を置いていた近鉄、南海、阪急の情報は隅に追いやられ、小学生らの間では、阪神ファンである事が当たり前の様な状況が出現した。そして理由は簡単だった。当時のメディア環境では、テレビのプロ野球中継は日本テレビ系列の放送が流す巨人の試合の中継と、サンテレビが流す阪神の試合の中継が大半だったからである。

ラジオのプロ野球中継もほぼ阪神が独占する状態であり、南海ファンや近鉄ファンは、阪神のプロ野球中継の前等に行われる「近鉄バファローズアワー」や「ゴーゴーホークス」、更には「ブレーブスダイナミックスアワー」といった、プロ野球中継なのかダイジェストなのかすらわからない微妙な番組で、チームの状況を知るしかなかったからである。

情報の寡占状況の結果は、過酷であり、当然の事ながら多くの子供達は阪神ファンになった。否、阪神ファンでなくても、野球の話をする際には、阪神に関わる話題には適用しなければならなかった。

何故なら、仮に南海ファンが「昨日の藤原のプレーは負けを救ったよなぁ」と話しかけても、殆どの人はそもそも「藤原」という選手が南海にいることすら知らないので、会話にはならない。他方、阪神の選手の事は皆、知っているので、話が弾む。「なあなあ、掛布と佐野とどっちの方がサード向いていると思う?」的なかなりディープ話でも、昼休みを潰すことができた。そうでないと友だちが出来ない状況である。

■こうして私は「南海ファン」になった

とはいえ、その事は多くの野球少年にとって、阪神タイガースこそが、テレビやラジオではない「プロ野球」と実際に触れる事ができる窓口となっていた事を意味していた。筆者の周囲もそうだった。

ラジオはいつも大本営宜しく、阪神の躍進を伝えており――なのにどうして一向に優勝しないのかは不思議だったが――結果として、子供達が憧れた野球選手の多くも阪神の選手だった。捕手は当然背番号22をつけ、ショートは6番、エースは言うまでもなく28番だった。だから筆者もそんなスター選手の活躍を目の前に見て見たかった。父親にせがんで球場に連れて行って貰う事にした。

だが、世の中ではそこでいろいろな行き違いが起こる。幼い筆者が見たかったのは、阪神の試合だったのだが、連れていかれたのは大阪球場だった。父親が約束を破ったからではない。その日は南海と阪神のオープン戦が行われる日だったからだった。

大阪球場の外野席とバックスクリーン(1989年)
大阪球場の外野席とバックスクリーン(1989年)(写真=Yasuoyamada/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

正直、球場について驚いた。オープン戦とはいえこんなに観客がいなくて大丈夫なのか、と思うほど観客はいない。父親は「だからこの球場ならいつでも来れるんだ」と言っていたので、要は甲子園のチケットを取るのが大変だったのだろう。スタメンに並んだ南海の選手で知っていたのは、広瀬と野村、そして藤原くらいで、門田の存在すらきちんと認識していなかった。「あ、あれがホームラン王の田淵だ」とか思いながら見ていたので、この時点ではまだ阪神ファンだったのかも知れない。

■大量の情報が日々流れてくる

でも、試合は南海が勝った。はじめて間近で見たプロ野球の試合だったし、その中で自分があまり知らない選手達が、「有名な」阪神の投手を易々と攻略するのを見て、こっちのチームの方が強いじゃないか、とわくわくしながら眺めていた。

帰りにスポーツ新聞を買って貰って、南海のチームや選手について調べた。「そうやそうや、このチーム一昨年に優勝した強いチームやん。阪神とは違うやん」。父親は言った。「(近鉄沿線にあった実家からは)甲子園は遠いし、チケットもなかなか取れないけど、大阪球場ならいつでもいけるぞ」。こうして筆者のそこから14年続く長く辛いホークスファンとしての前半生がはじまる事になった。

こうして見ると、関西地方の野球ファンにとって、阪神タイガースが如何に特殊な存在かわかる。この社会にはおよそ考えられないくらい、多くの阪神タイガースに関する情報が流れている。だから人々は自然に阪神について語る様になり、それが多くの人々にとってプロ野球に関心を持つ窓口になる。

■なぜ道頓堀に飛び込むのか

だから、多くの場合、関西では、嘗ての近鉄ファンや、南海ファン、阪急ファン、そして現在のオリックスファンも、何かしらの阪神タイガースに関わる思い出を持っている。何故なら我々には、この地域に住みながら「阪神ファンにならなかった理由」が必要であり、実際多くの場合、そのきっかけもあるからだ。

しかし、その様な思い出は阪神ファンの人の多くはもっていない。何故なら、彼等はこの阪神に関わる情報が寡占状態にある中、その情報を比較的素直に信じてきた人達だからである。そして、彼等のプロ野球に対する関心は、とにかく阪神タイガースに集中しているので、他球団、とりわけ異なるリーグに所属するチームの状況にはあまり関心を有していない。

他球団のファンと比べれば阪神ファンは、阪神に関わる情報に溢れた世界で流されるメッセージに素直に反応する。彼等は素直な人々なので、チームの勝利を素直に信じている。だからこそ、その勝利の喜びに浸る時には、時に飛びこんではいけない川にまで飛びこんでしまう。しかも、それがある種のルーティーンにまでなってしまっている。

道頓堀川に架かる戎橋でスマホ画面を掲げ、阪神優勝の瞬間を待つファン=2023年9月14日午後、大阪市
写真=時事通信フォト
道頓堀川に架かる戎橋でスマホ画面を掲げ、阪神優勝の瞬間を待つファン=2023年9月14日午後、大阪市 - 写真=時事通信フォト

逆にチームが敗れた時には、それは何かの間違えであり、誰かが大きな失敗をした結果だと信じるので、猛烈な執行部や選手批判が行われる。そしてその典型は、甲子園独特の怒号となって時にあらわれる。

パ・リーグの試合では、特にブーイングが飛ぶ場合にも、どこかに突き放した部分があり、人はできるだけユーモアを交えようとする。しかしながら、阪神ファンの人達の批判はなかなかストレートだ。

■通算成績はよくないのにファンは多い

つまりは、この地域で阪神ファンをつとめる人達が、実はなかなか素直な人達なのである。メディアに溢れる情報をそのまま信じ、チームがいつか優勝する日をじっと待っている。昔から隣にはとても強いパリーグ球団があり、応援の為のチケットも取りやすいのに、そちらの方に乗り換えようとは思わない。監督が代わっても選手が代わっても、律義にチームへの支持をかえようとはしない。

そしてそれは凄い事だし、尊敬すべき事でもあると思う。考えてみれば阪神タイガースは2 リーグ制以降、今回でようやく 6回目の優勝を遂げた所である。これを下回るのは、2000 年代に新設された楽天と、DeNA 、そしてロッテだけであり、阪神は決して通算成績の良い球団とは言えない。にも拘わらず、これだけの熱狂的なファンがつき、彼等はチームから離れようとはしない。

それは一体どうしてなのだろうか。ともあれ明らかなのは、ひょっとすると阪神タイガースよりも怖いのはこうした純粋で素直な阪神ファンなのかもしれない、という事だ。

無事、CSを勝ち抜いて、我らがオリックスバファローズとの日本シリーズまで上がってきてください。そしてその時、この関西地方の新しい何かが見られれば、良いのですが。京セラドーム迄来てくださいね。

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木村 幹(きむら・かん)
神戸大学大学院 国際協力研究科 教授
1966年、大阪府生まれ。92年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。著書に『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房)など。

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(神戸大学大学院 国際協力研究科 教授 木村 幹)

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