大学の講義中に病院から「悪性でした」という電話がありパニックに…20歳でがんが発覚した女性を救ったもの
プレジデントオンライン / 2023年9月29日 8時15分
■AYA世代のがんは白血病、リンパ腫、性腺腫瘍などの希少がんが多い
AYA世代(15歳以上、40歳未満)でがんを発症する人は毎年2万人。受験、就職、結婚、妊娠とライフイベントが集中する時期だけに、このAYA世代のがん患者をどう支援していくかが近年の課題になっている。20歳で甲状腺がんを患った当事者の話を聞きながら、私たちに何ができるかを考えてみたい。
AYA世代のがんは、がん患者全体の2%程度と数は少ないが、白血病、リンパ腫、胚細胞腫瘍・性腺腫瘍、脳腫瘍、甲状腺がんなど、希少がん(新規に診断される症例の数が10万人あたり年間6例未満のがん)が多く、治療法が確立されていないものも少なくない。(図表1)。20代からは子宮頸がんや乳がんなど女性に多いがんや、また消化器のがんなど、成人に多く見られるがんも増えてくる。
「AYA世代のがんは、数が少ないがためにスルーされてきました。診療先も多岐にわたっていて、当事者の声がなかなかまとまった形にならなかったので、社会的な課題として認識されませんでした。同じ世代で同じような症状の患者さんに、患者さんが病院内で会うことはないし、地域の若年人口のギャップもあり、医療者同士でも話題になりにくかったのです。こうしたことが厚生労働省の研究事業で明らかになり、それを機に立ち上げたのがAYA研でした」
(清水千佳子理事長、国立国際医療研究センターがん総合診療センター乳腺・腫瘍内科医師)
■数少ない若年のがん患者をつなげ情報提供する取り組み
通称、AYA研とは、AYA世代のがん患者に対する包括的な医療・支援の提供を目指す、一般社団法人「AYAがんの医療と支援のあり方研究会」(本部・愛知県名古屋市)。同会はがん領域の学術活動、教育活動、社会啓発などが中心だが、このほどLINEの公式アカウントを開設し、経験談、患者会、仕事や学校の悩み、医療費など、若いがん患者が知りたい情報を発信している。
「開設以来、5000人以上の登録があり、知りたい人が知りたいことにたどり着けるといいと思っています。私のときは、情報が入手できず、住んでいる地方に患者会があるかどうかもわからず、地方都市で孤立していました」
こう話すのは、研究会で広報などを担当するスタッフの三島久子さん(仮名、30歳)だ。三島さんは、20歳、大学3年生のときに甲状腺がんと診断された。甲状腺とは、のどぼとけの下にある蝶のような形をした臓器で、体全体の新陳代謝を促進する甲状腺ホルモンを分泌している。その甲状腺のがんは、20代のがんでは第2位にランクされている。
たまたま友人に誘われて行った大学の健康診断で「甲状腺に問題があるかもしれない。腫れているので専門医に見せたほうがいい」と言われた。甲状腺と言われてもどこの臓器かもわからなかった。扁桃腺と勘違いしたくらいだ。取り急ぎ、総合病院でレントゲンを撮影したが「気にすることはない。良性でしょう」との診断だった。
■20歳のとき甲状腺がんが発覚した女性の体験談
「そのことを看護師の母親に話したら、他県にある甲状腺で有名な病院にセカンドオピニオンを受けに行こうと連れて行ってくれたのです。
私はもともと健康で、ずっと部活で陸上もしていました。体力には自信があったし、そのとき、ちょっとだるいのは風邪のせいかなと思っていたぐらい。セカンドオピニオンは大げさかなとも思いましたが、一応そこで検査を受けることにしました」
検査から3日後、大学で講義を受けているときに「検査の結果、悪性でした」という電話連絡があった。そのときは怖くてパニックになり、大学には戻れなかった。腫瘍は4センチにもなっていたが、三島さんはまったく気が付かなかったという。
![三島さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/0/1200wm/img_f0426cb98c2e5eb498264745531a0b7a952406.jpg)
5月に甲状腺がんと診断され、7月に入院し、手術して切除した。
「今では甲状腺がんの多くは手術しなくても良いようですが、母も手術をすすめ、私もがんのような怖いものを自分の体の中に置いておくのは嫌だと思い、手術に踏み切りました。
切除して1週間後、無事退院したのですが、その1週間後に傷口が膿んで再入院。あのまま放っておいたら、死んでいたかもしれないよと言われました。
手術後は体調が悪かったですね。マラソンもサブ3(フルマラソンを3時間以内に完走)くらいの実力だったのに、手術でこんなにも体力が落ちるものかと思いました」
■手術後、がんの経験を話せる相手がいないことが辛かった
大学のある都市に戻り、夜中は体力づくりに励み、8月にはマレーシア留学にも行った。母は「傷跡だけは残さないで」と医師に懇願したが、術後すぐとあって首の傷は赤いみみずばれのようになって残っていた。2日に1度テープを貼り換えて、熱いマレーシアの夏を過ごした。外国人の友人は「どうしたの?」と聞いてきたので事情を説明したが、特別驚くようなことはなかった。
「がん自体を取り除いたからといって、もう終わりじゃないんですね。手術のときにリンパ節もとっているので、体調がおかしいと自律神経が乱れました。それは今でもちょくちょくあって、これが甲状腺の影響なのだなと感じています」
身体は順調に回復していったが、いちばん辛かったのは精神的な問題だった。「相談できる人がいなかったこと」だと三島さんは言う。住んでいる地方都市は、ただでさえ若者のいない過疎地でもあり、患者会があるのかも分からず、がんにかかったと情報発信している人はいなかった。SNSやネットに敏感でなかった三島さんは、知りたい情報にたどり着けなかった。
今は元気に働く三島さん。自律神経が乱れることもある。
■就活でも企業に健康診断書を提出するよう求められ…
友達にも不安を聞いてもらいたくて「実はがんだったんだ」と軽い調子で打ち明けると、「がん=死ぬ」という認識で相手が動揺し、精神的な悩みを相談できるところまではいかなかった。
「相談できる人がいなかったのは辛かったですね。さらに就職活動になって、大学の健康診断書を提出するように求める企業もありました。私は広告系やテレビ局を志望していましたが、診断書で体力をみるのかなと不安でした。体力は戻っているものの、がんにかかったことがマイナスに響かないか。最終面接くらいまで進み、手ごたえもあった企業ですが、診断書で落ちるかもしれないな、という思いがあり、勝手に落ち込んでいました」
結果、診断書を提出せずに済んだ企業に就職。しかしあまりにハードな勤務態勢だったせいか、就職後、一度倒れたときがあった。そのときに初めて上司にがんにかかっていたことを伝えた。
すると「本当? そうだったの?」「無理しないように」という反応で、少しほっとした。信頼できる同僚にも事情を伝えると好意的だった。
■がん患者にとっても地方と都会には情報格差がある
情報格差のある地方とは違って、勤務地の大阪や東京は、患者会などの情報にも接しやすかった。最近は富山県や長野県で新たにAYA世代のがん患者が発信しようとする動きも出てきて、情報格差も縮まるのではないかと思っている。
![AYA研で発行している冊子の数々](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/c/1200wm/img_bcbde6d179efab8f396247c23922784b962434.jpg)
「情報がないと孤独ですよね。私もそうだったので、よくわかります。活動を後押しできるようなサポートをAYA研でできると良いと思います」
現在は半年に1回、検診のため通院している。毎日、チラージンという甲状腺ホルモンを補う薬を飲んでいる。
「この薬は死ぬまで飲まなければいけないそうです。辛かったのは、2年前くらいですか。血液検査や超音波検査をしたら、何か腫瘍のようなものがあるかもしれないと言われ、ドキッとしました。再発かと不安でしたが、結果、経過観察になりました。むしろ小さくなりつつあって、ほっとしています」
タバコ吸って酒を飲んで体に悪いことたくさんしているのに、がんにかからない人。きちんと体を気遣っているのに、がんにかかってしまう人。何が原因でがんにかかるのかはわからない。三島さんも「なぜ私だったの?」とときどき思い悩んでいる。
■悩みすぎないようにしたら30歳になって妊娠が判明
そのとき立ち直れたのは、「明日死んじゃうかもしれないから悔いのないように、なんでもやりたいことをやっておこう」という意思だった。
体力回復期に、パソコン関係の資格を取得し、行く予定だった留学も、計画すべてをこなした。
「いま思うのですが、悩みすぎないことも大事ですね」
最近、三島さんは妊娠が判明した。化学療法はやっていないので、妊娠や出産に及ぼす影響はほとんどないと思われたが、妊娠にとてもネガティブな感情があったという。
「がんにかかったことで自分が欠陥品だって思ってしまうようになりました。体調が悪くなったら、やはりがんのせいだ、とか。そう思っていたので正直、妊娠できたのはとてもうれしいです。まだ初期ですが、飲んでいる薬のことなど、医師と相談しながら大事に育てていきたいです。
がんの経験者に対しても、私はこういう経験をして、今こういう状態です。こうやって乗り越えて元気にやっているから、大丈夫だよ、一緒に頑張ろうと、寄り添っていけたらいいと思っています」
■「がん患者には普段通り接し、病気の話も聞いてほしい」
清水理事長は次のように話す。
「職場では、がんにかかった人がいるからと、腫れ物に触るように接するのではなくて、普段通りでいいのです。『がん治療のことを知らないから、何に配慮すればいいのか率直に教えてほしい』というぐらいの感じで接するほうがいいと思います。
一方で、患者さんには、病院で悩み事を話してみていただきたい。こんなことを病院に言っても仕方ない、とあきらめずに、進路でも結婚、妊娠、お金のことでもなんでも話してみてほしい。病院では患者さんと対話しながら、地域のリソースを活用して患者さん自身が解決できるような支援をしていく必要があります。AYA世代の実情に合ったサポートができるように、医療機関がAYA世代の支援のハブとなるよう頑張っていきたいと考えています」
2人に1人ががんにかかる時代。AYA世代のがんにも目を向け、社会全体で考えるようになるといいと思っている。
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ルポライター
明治大学法学部卒業後、新聞記者に。10年の記者生活を経てフリーランスに。女性や子どもたちの問題を中心に取材活動を行う。著書に『コロナと女性の貧困2020-2022~サバイブする彼女たちの声を聞いた』『女性と子どもの貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(すべ大和書房)がある。NPO法人「CAPセンターJAPAN」理事。
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(ルポライター 樋田 敦子)
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