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「タレントに罪はない」で逃げるテレビ局とは大違い…アサヒビールが「ジャニーズ6人の起用中止」を決断したワケ

プレジデントオンライン / 2023年9月22日 11時15分

インタビューに答えるアサヒグループホールディングス(HD)の勝木敦志社長=2022年11月18日、東京都墨田区 - 写真=時事通信フォト

■このままでは「人権侵害に寛容」とみなされる

ジャニーズ事務所の創業者である故ジャニー喜多川元社長による性加害問題をめぐり、いち早く「(事務所との)取引を継続しない」と方針を明確に表明したのがアサヒグループホールディングス(HD)だった。櫻井翔、岡田准一、生田斗真など6人をアサヒビールのCMに起用していた。「タレントに罪はない」などと、各テレビ局が事務所と取引を続けるスタンスなのとは真逆の姿勢だが、なぜアサヒはこうした素早い決断をしたのか。

「今後、ジャニーズ事務所のタレントを起用した広告や新たな販促は展開しない」。アサヒがこう表明したのは、ジャニーズ事務所が創業者による性加害の事実を認めた会見が行われた翌日に当たる9月8日(金)の15時。

アサヒを追うようにキリンHDが8日21時、週明け11日(月)にはサントリーHD、さらにサッポロHDは13日(水)に、それぞれジャニーズ事務所のタレントを自社の広告には起用しないと、相次いで表明した。

11日には、朝日新聞の取材に応じた勝木敦志アサヒHD社長が「2019年に(アサヒHDが)策定したグループの人権方針に照らせば、(ジャニーズ事務所との)取引を継続すれば我々が人権侵害に寛容であるということになってしまう」(朝日新聞・9月12日付)と、答えていた。

■人権に敏感でなければ世界で商売できない

同じく、個人の資格で入会する経済同友会の代表幹事である新浪剛史サントリーHD社長は12日、ジャニー喜多川氏の性加害問題について会見で「人権侵害であり、大変遺憾」として、事務所の所属タレントについて「(広告などに)起用することはチャイルド・アビューズ(子どもに対する虐待)を企業が認めるということになり、国際的な非難の的になる」と発言した。

ポイントになるのは、グローバルでの人権に対する視座だ。ジャニーズ事務所が認めた性加害の事実を、世界はどう捉えているのか。そして、日本企業はどう理解しているのかである。少年に対する性加害は明らかな人権侵害であり、国際社会では決して許されない。

かつてビール会社は国内市場を中心に事業展開し、熾烈(しれつ)なシェア争いを演じていた。ところが、国内の少子高齢化への対応から、いまやグローバル企業へと変貌を遂げている。世界で戦い、先進国での常識やグローバルスタンダードと向き合っているのだ。特に、欧米系の先進国では人権は最重要のひとつだ。意識し理解していなければ、商売はできない。

■海外事業は売り上げ比率の半分を占めるまでに

ここが、総務省の監督のもとに、事業のほとんどを国内だけで展開しているテレビ局とは見方が異なる点だ。グローバルな視座よりも、自分たちの都合を優先している。「タレントに罪はない」ので現状を維持する、とする局はある。これに対し、「CM契約は事務所と交わしているわけで、タレント個人と結んでいるわけではない」(ジャニーズ所属タレントの広告起用をやめた日本のグローバル企業)と反論する。

アサヒは2010年代に世界でM&A(企業の合併買収)を繰り返し、欧州や豪州のビール会社を傘下に収めた。この結果、2022年末で海外売り上げ比率は約52%となり5割を超え、海外事業がより重要になっているのだ。2016年に西欧で約2900億円、2017年に中東欧で約8700億円を投じて複数のビール会社を買収。

さらに2020年には豪州でも、約1兆1400億円で豪州最大手のビール会社「カールトン&ユナイテッド・ブリュワリーズ(CUB)」を買収した。これらはみな、ビール世界最大手の「アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)」(本社はベルギー)から買ったものだが、CUB買収を担ったのが勝木氏だった。

■苦難の時代を経て多様な人材が揃った

もともとは、子会社のニッカウヰスキー出身の勝木氏は、豪州で投資ファンドを相手に訴訟を起こして約201億円の和解金を14年に勝ち取った経験も持つ。「泣き寝入りをせずに、断固として戦った。国際社会で筋を通しました」と勝木氏は筆者に話してくれた。

事業会社であるアサヒビールの松山一雄社長も、鹿島建設やサトーで海外勤務をした後、サラリーマンを辞して米大学院に自費留学しMBA(経営学修士号)を取得。P&Gなどに勤務後、58歳でアサヒに途中入社した経歴だ。同じくニッカウヰスキーの爲定(ためさだ)一智社長はメルボルンに駐在し、アサヒグループの豪州事業を指揮した経験を持つ。

世界を知る人が経営陣に揃(そろ)っているがそれだけではない。「アサヒはダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括)、さらにエクイティ(公正)な会社を目指している」(幹部)という。ビール商戦が激化した90年代後半、破綻した銀行や証券会社などから積極的な中途採用を実行。

この結果、「自然とダイバーシティの文化が醸成された。そしていま、子会社出身の勝木さんや転職してきた松山さんがトップにいる」(同)という企業体質でもある。もっとも、「女性の登用などでは、まだ遅れている」(別のアサヒ幹部)という声は歴然とあるのだが。

■「起用継続」のテレビ局との大きな違い

ちなみに、サントリーは2014年に米蒸溜大手のビーム(現ビームサントリー)を約1兆6500億円で買収。直後に三菱商事出身の新浪氏をサントリーHD社長に起用した。キリンは今年、豪健康食品の大手を約1700億円で買収したほか、豪州で酒類事業、さらに北米と豪州でクラフトビールを展開中。サッポロは北米ビール市場において日系最大手の地位にある。

アサヒが先陣を切った形だが、ビール会社はいずれも、昔の国内専業ではなく、海外展開を進めて、世界と向き合っている。

一方、各テレビ局はジャニーズ事務所所属タレントの番組出演の変更を含め、現状維持を志向している。

NHKを除けば、テレビ局の経営は企業が出稿する広告に依存している。企業と民放テレビ局、さらには芸能事務所とをつなげているのが、広告代理店という構図だろう。

放送免許を発行する総務省が監督官庁であり、テレビ局はほぼ国内専業の事業者である。テレビ局間の視聴率競争は熾烈であり、社員の仕事も過酷といえよう(報道、アナウンサー、あるいはスタッフ部門など職場にもよるだろうが)。

■「ジャニーズが圧力をかけていたのは事実」

ただし、キー局の新規開局などはなく、長期にわたる安定を享受している。また社員にしても、在京キー局の正社員であれば、給与所得は他の業界のサラリーマンと比較しても圧倒的に高いようだ。地方局や同じ局で非正規として働くスタッフと比べてもである。しかも、正規社員は終身雇用により身分はずっと守られている。

系列先の新聞社から経営者や幹部が異動してくる局はあっても、給料の高さと長期雇用という安定は代えがたいだろう。

そのせいなのかどうか、今回の問題についてテレビ局の関係者に取材を試みたところ、OBであっても、「よくわからない……」「権力をあなたはどう定義するのか」などとみな口が重い(突然な上、筆者の聞き方にも問題はあったろうが)。

それでも、在京キー局の現役幹部は次のように話してくれた。

「『タレントに罪はない』というのは詭弁(きべん)。ジャニーズ事務所が競合する他の事務所のタレントを起用しないようにテレビ局に圧力をかけていたのは、紛れもない事実。現在、世に出ているタレントは実力もあったろうが、圧力という恩恵を受けていたのは間違いない。逆に他の事務所の有能なタレントが消えていった」

照明に照らされた無人のステージ
写真=iStock.com/Nagaiets
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nagaiets

■テレビ業界という“村社会”から出ようとしない

また、別のテレビ局幹部は話す。「在京キー局のなかで後発局であっただけに、当社はなりふり構わずにジャニーズ事務所に迎合しないと視聴率を稼げなかった。ある種の宿痾(しゅくあ)と言っていい。今回の性加害問題を機に、本当は内部から会社は変わらなければならないのだろう。宿痾をいつまでもそのままにしてはいけないから。

しかし、変わることなんてできない。ネットビジネスに遅れてしまい必死になっている部局はある。が、新しいものには一定の拒絶感があり、何よりもテレビ業界という村社会から外に出ていくという気概にはみんな乏しい。自分を含めて。だから私たちは変われない」

ジャニー喜多川氏の性加害については週刊文春がこれまでも報じてきたものの、黙殺されたまま広がりを見せなかった。ところが、今年3月に英BBCが1時間の番組として放送したことが、広がるきっかけとなる。BBCは“黒船”であり、外圧によってついに実態が表に出たのだ。

変化は安定を喪失させる。長期的なほど安定は捨てがたい。しかし、重大問題が発生しても、村内で解決できた時代は去った。「臭いものには蓋」はもう通用しない。世界の常識に、村の常識を合わせていく必要に迫られている。

■世界は日本企業の動向を見ている

米の大物映画プロデューサーだったハーベイ・ワインスタインによる性加害が報じられたのは2017年。すると、それまでの名声も実績も一夜にして崩れ彼は映画界から追放されてしまう。弟と作った会社も破綻してしまう。性暴力を受けた女性たちが声を上げる「#MeToo」運動が、巻き起こるきっかけにもなった。

アサヒをはじめグローバルに展開する日本企業は、こうした事象といつも対峙(たいじ)している。テレビ局や芸能プロダクションも、事件を熟知していたのだろうが、“対岸の火事”と多くは受けとめているのかもしれない。

権力を有した者が、道徳や法律、社会規範を超えて自身の欲望を優先する行動を起こしたなら、洋の東西を問わずに性加害やハラスメントは発生しうる。「#MeToo」運動により、ハリウッドでは女性監督や有色人種の監督が、メガホンをとる機会が増えた。作品のヒット以前に、ダイバーシティが進んだのは間違いない。

日本企業とテレビ局、ジャニーズ事務所との攻防は、これからも当分続くだろう。世界が見ている。各社はそれぞれに、どう決断して行動をとるのか。

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永井 隆(ながい・たかし)
ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう傍ら、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。著書に『キリンを作った男』(プレジデント社)、『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。

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(ジャーナリスト 永井 隆)

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