「ガソリンが安い時代」にはもう戻らない…欧州が「金持ちしか買えないEV」に突き進む本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年9月24日 14時15分
※本稿は、大西孝弘『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■EUの環境政策を統括したティメルマンス氏
なぜ欧州委員会は土壇場でエンジン車の容認に動いたのか。その1カ月前のインタビューでのティメルマンス氏の発言を注意深く追うと、欧州委員会が何を重視していたのかが見えてくる。言葉の端々から伝わってくる最大の目的は、欧州の自動車産業の強化にある。
欧州委員会 上級副委員長(取材当時)
1961年生まれ。87~90年にオランダ外務省の政策担当官、90~93年にロシア・モスクワのオランダ大使館の2等書記官を務める。2012~14年にオランダ外相。14~19年に欧州委員会の第1副委員長として法律などを担当。19年から23年8月まで欧州委員会 上級副委員長を務め、欧州グリーンディールなどEUの環境政策を統括した
■排出ガスフリーの鍵はEVと燃料電池
――EUは35年に内燃エンジン車の販売禁止という規制を導入します。EU域内における22年の新車販売にEVが占める比率は12%ですが、自動車各社や消費者は35年までに対応できると思いますか。
はい。この移行の可能性を徹底的に分析しました。多くの自動車メーカーが35年より前に排出ガスフリーになるでしょう。30年より前にその目標を設定しているメーカーもあり、その全てが排出ガスフリーを達成できると思います。
基本的には2つの技術に基づいています。1つはEVで、これが最も普及するでしょう。もう1つは、日本でも人気の高い、燃料電池を使った水素ベースの技術です。(欧州には)日本の自動車メーカーと密接に連携して、最高の技術を開発しているメーカーもありますね。また、日本ではEUよりももう少し長い間、HVを使い続けることになりそうですよね。
私たちにとっては、35年というターゲットが一般的に良い目標だと受け止められています。そして、(CO2と水素でつくる)eフューエルの利用などについての議論もありましたが、経済的な観点からあまり意味がないことが分かりました。
■EVより電気を使う合成燃料は「非効率」
――35年以降、eフューエルを使う車をどう扱いますか。
(eフューエルは)恐らく内燃機関を使います。こうした自動車は、欧州で造られることはないでしょう。通常、自動車のライフサイクルは最長で15年程度です。ですから、私たちがEUで排出ガスゼロを達成したい50年までには、完全にクリーンな車両を保有することができるようになるのです。
eフューエルは、自動車やバンにとって非常に非効率的です。(製造過程で)EVよりも多くの電気が必要です。そして、航空業界で需要が大きくなります。ですから私たちは、ニーズが大きいと思われる航空産業で、eフューエルの可能性を追求したいと考えています。なぜなら航空機の電動化は、自動車やバンの電動化よりもはるかに複雑だからです。
――もう一度聞きます。35年以降にeフューエルを使う車は販売できないのですね。
排出ガスがなければ可能です。しかし、燃料を燃焼させながら排出ガスが出ない車は見たことがありません。その意味で、排出ガスフリーにできなければ、EUで生産することも、EUで市場に出すこともできないのです。
■ハイブリッド車の新車販売は禁止に
――トヨタ自動車が力を入れているHVの新車販売が35年に禁止されることについては、最終的には各国の判断に委ねられるのでしょうか。
いえ、これはEU全体の決定事項です。HVは今すぐ市場から撤去されるわけではなく、まだそこにあります。ただ、35年時点では、新しいHVは市場に出回らなくなります。
正直なところ私が望んでいることですが、内燃機関について取り組んでいるのは、最も環境負荷が高いものをまず市場から排除するためです。ですから、35年以降もしばらくはそれ以前に発売されたHVが市場に出回りますが、新車は販売できません。しかし、HVの量は相当なものになるでしょう。
欧州の自動車メーカーは、水素をベースにした燃料電池車の開発に取り組んでいますね。水素を使った燃料電池については、トヨタと独BMWが非常に良い協力関係にあると思います。
![トヨタのハイブリッド車](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/1200wm/img_42f397c17dae3c5ca08620be3562fd32219348.jpg)
■「クルマから出る公害」を減らしていく
――排ガスの規制を強化する「ユーロ7」では、タイヤやブレーキパッドから飛散する粒子状物質も規制します。この規制は、今後強化される可能性があると思いますか。
欧州委員会の内部で取り組んでいるところです。まだ提案はしていません。私たちがやりたいのは、パワートレーンに関係なく、全ての乗用車に適用される基準を打ち出すことです。
というのも、ご存じのようにEVは内燃エンジン車よりも重いからです。そのため、より強力なブレーキが必要で、より多くのタイヤを使用することになります。ブレーキパッドやタイヤから出る公害を減らすようにしなければなりません。
特にタイヤについては、私たちの健康にとって本当に危険なマイクロプラスチックに注意しなければなりません。その他の問題については、まだ決定していません。欧州委員会の内部で議論しているところです。
私たちは、自動車産業にあまり負担をかけたくありません。なぜなら、自動車産業の投資能力を、35年までにEU市場から姿を消す内燃エンジンに費やすよりも、電動車や水素ベースの燃料電池車に移行するためにできるだけ使ってもらいたいからです。
■存在感が増している中国勢EVの脅威
――自動車産業は多くの雇用を抱えているため、それぞれの国にとって非常に重要な産業です。既にEVシフトに伴い、人員を削減したメーカーもあります。EVシフトで、欧州の自動車産業は競争力を保ち、雇用を維持できると思いますか。
競争力の強化につながると考えています。国際的に何が起こっているのかを見なければなりません。日本とも一緒にやっていけたらと思います。日本の自動車産業ともっと協力してやっていきたいですね。
中国で何が起こっているかを見てください。中国企業は既に多くの新型EVを発表しています。ほぼ毎日、新しい名前の車の広告を目にしますよね。見た目もいいし、専門家によると非常に良い車だそうです。これはもちろん、中国勢が電池産業で持つ優位性を利用し、既存の自動車産業を追い詰めようということでもあるわけです。米国はインフレ抑制法(IRA)の下で、EVや電池の開発にも大量に投資し始めるでしょう。
■「欧州の自動車産業の競争力を高めるために」
私たち欧州の人々にとって、自動車産業は必要不可欠な産業です。欧州の自動車産業の競争力を高めるために、あらゆる手段を講じるつもりです。私たちは将来を見据える必要があります。そして、乗用車の未来は、主にEVになるでしょう。私たちは、その未来を中国勢や韓国勢に委ねたくはありません。私たちもその一員でありたいと思います。
率直に言って、私たちはEVにシフトするのが少し遅かったと思います。私たちのエンジニアは、非常に燃費の良いディーゼル車や内燃エンジン車を造ることができると強く信じていたからです。我々は今、未来はゼロエミッションモビリティーと共にあることを理解しています。また、自動車産業の世界的な発展により、これらの自動車は内燃エンジン車よりもかなり早く安価になり始めるでしょう。
■EVとエンジン車の価格はいずれひっくり返る
――しかし、EVは内燃エンジン車に比べるとまだまだ高価です。
はい。既にランニングコストは安くなっていますが、それでも購入するには非常に高価です。それは、多くの国民にとって高い敷居です。しかし、販売台数が増加し、電池の技術力が向上していることを考えると、少しずつEVは安価になっていくでしょう。
また、内燃エンジン車の生産台数が減少すれば、相対的に高価になります。ですから、ある時点でクロスオーバーが起こり、EVは内燃エンジン車に比べてランニングコストが安いだけでなく、購入コストも安くなるのです。多くの国民がその時を待っているのではないでしょうか。
――そうだといいのですが、35年になってもEVが内燃エンジン車より高価だとしたら、低所得者はどうやってEVを購入するのでしょうか。
最初に申し上げたいのは、30年より前にもEVは内燃エンジン車より安くなると確信しているということです。購入するには、新しいEVが主流になるでしょう。中古市場も残っていますし、中古市場で活躍する人たちもいます。しかし、30年より前には新しいEVは、同じセグメントの新しい内燃エンジン車より安くなると確信しています。
第2に、充電インフラを整備します。30年までに全電源に占める再生可能エネルギーの割合を45%にするという計画が成功すれば、電気料金は下がります。つまり、これはEVのランニングコストの低減にもつながるわけです。既に(ランニングコストは)内燃エンジン車より安くなっていますが、恐らく将来はさらに安く走れるようになるでしょう。
これは私の強い信念です。私たちが行った分析に基づく私の仮説でもあります。EVという提案がもっと魅力的になっていくと思います。
■必ずしも自動車を買わなくてもいい未来
一方で自動車業界は、顧客にモビリティーを提供する上で、大きなイノベーションを起こしています。必ずしも自動車を買う必要はなく、移動手段を買えばいいというイノベーションです。そうすれば、自動車を購入するための資金を調達する必要がなくなるので、敷居が低くなります。(費用負担の)敷居を下げる革新的なリースもどんどん出てきています。日本市場はどうか分かりませんが、欧州市場では今、このようなことが起こっているのです。
自動車メーカーは、より実用的になっていくと思います。顧客がその時々に必要とするモビリティーを提供するのです。例えば、小さなクルマが必要なときもあれば、旅行に行く場合など大きなクルマが必要な時もあるでしょう。こうしたサービスは、スマートフォンとも連携していくでしょう。自動車業界は、未来を考えています。
■再エネの活用で電力問題もクリアできる
――EVが増えた場合、電力需要が増えることが予想されます。対応できるでしょうか。
それは、私たち全員の次の課題です。しかし、再エネは非常に安価です。再エネ設備の設置は、石炭火力発電所などを建設するよりも簡単です。もし私たちがソーラーパネルや風力タービンの産業を構築し、環境に優しい水素ベースの経済に移行すれば、経済活動のための他の選択肢がない砂漠のような場所で、太陽光や風力によって非常に安価に電気をつくることができます。そして、その電気を水素に貯蔵し、モビリティーに利用できます。
![ソーラーパネルと電気自動車の充電](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/2/1200wm/img_b2621fbda6c45c558133cb4fe1ff804a109646.jpg)
近い将来、世界は少なくとも今の3倍の電力を必要とするようになると思います。その電力をクリーンな方法でつくり上げることも、私たちの魅力的なチャレンジの一つです。それに成功すれば、クリーンな電力を低コストで確保できるようになります。
ご存じのように、日本と韓国では燃料電池の技術が急速に発展しています。ですから、水素も興味深い技術になっていくでしょう。また、電池の技術も急速に発展しています。今後はより軽く、より高性能で、循環型の全固体電池を造ることができるでしょう。これらのエキサイティングな開発は全て、私たちが正しい方向へ進むための助けとなります。
■中国が支配する電池市場に米国参入へ
――最後にもう一度、聞きます。ティメルマンスさんは30年までにはEVのコストが大幅に下がるという確信を持っていますが、22年は電池材料の採掘や供給に制約があり、電池コストが上がりました。なぜ、そこまで自信があるのでしょうか。
![大西孝弘『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d112f976762fb9d99b4c56d12b1d031975283.jpg)
確かに原材料とエネルギーの価格が合わさり、電池の価格が上昇しています。しかし、イノベーションによって電気料金を下げることは可能だと思っています。それだけではなく、技術革新で全固体電池など新しい電池も生まれるでしょう。これらの電池はさらに安くなるでしょう。
米国はIRAにより、電池生産に大規模な投資をすると思います。そうなると競争が激しくなり、中国製の電池ばかりが市場に出回る状態ではなくなるでしょう。世界の電池の市場は、中国製が過半を占めているといわれていますが、ここに米国が参入してくるでしょう。中国製の市場シェアはかなり小さくなる可能性があります。
■化石燃料が安い時代はもう終わった
ですから欧州は自国の電池産業を育成し、この市場に参入し、日本とも燃料電池の技術で協力することになるでしょう。こうして競争が激しくなり、クリーンモビリティーが安くなります。今のところ、電池技術に軍配が上がっているように見えますが、水素を使った燃料電池が巻き返す可能性もありますので、勝負はより面白くなると思います。
この点ははっきりさせておきたいのですが、クリーンなモビリティーは手ごろな価格になるということが私の結論です。化石燃料を使ったモビリティーよりずっとです。
化石燃料の探査がより高価になることは、火を見るより明らかです。化石燃料が永久に安い時代は過去のものです。終わったのです。もう戻ってこないのです。
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日経BP ロンドン支局長
1976年横浜市生まれ。上智大学法学部卒業後、2001年に日経BP入社。週刊経済誌『日経ビジネス』、日本経済新聞・証券部、環境専門誌『日経エコロジー』の記者を経て、2018年4月より現職。日経ビジネス電子版でコラム「遠くて近き日本と欧州」を連載中。著書に『孫正義の焦燥』(日経BP)がある。2023年9月に『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)を刊行した。
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(日経BP ロンドン支局長 大西 孝弘)
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