まもなくEVはエンジン車よりも安くなる…ボルボが「2030年までに完全EVシフト」に自信満々なワケ
プレジデントオンライン / 2023年9月25日 9時15分
※本稿は、大西孝弘『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■IT出身CEOが鳴らす自動車業界への警鐘
ボルボのジム・ローワンCEOには、1年ほどの間に3回インタビューする機会を得た。就任から間もない2022年6月の初回こそ話の内容がやや抽象的だったが、23年2月および6月の2回目と3回目は、テック業界の構造転換と照らし合わせながら自動車業界に警鐘を鳴らすなど、より踏み込んだ話になった。異業種の出身者だからこそ見えるEVシフトの本質とは何か。総集編でお届けする。
ボルボ・カーCEO
カナダのブラックベリーなどで約20年以上、製品開発やサプライチェーン(供給網)構築に従事。2017年に英家電大手ダイソンのCEOに就任し、EVプロジェクトを推進した。22年3月より現職
■ソフトを理解していないメーカーの暗い未来
――IT(情報技術)業界出身のローワンCEOから見て、今後の自動車業界ではどんなことが重要になっていくと思いますか。
私は技術畑出身で、ブラックベリーやダイソンの家電部門などに所属してきました。自動車業界とテック業界の大きな違いは、設計して市場に出す方法だと思います。自動車業界を理解し始めた時にとても驚いたのは、いかに多くの技術がティア1のサプライヤーに外注されているかということでした。そうしたサプライヤーから電子制御ユニット(ECU)などを購入して、それらを組み合わせているのです。
それこそが、私たちがコアコンピューター・アーキテクチャー(車内の主要機能を管理するコンピューターを中核とするシステム構造)へと移行している理由であり、ソフトウエアを動かす半導体をさらにコントロールできるようになりたいと考える理由でもあります。
クアルコムやエヌビディアなどの企業から半導体を購入していますが、その技術やチップへの書き込み方法、レーダー、ブレーキなど、車の機能をコントロールする全てのソフトウエアを深く理解したいと考えています。ソフトウエアと半導体は未来を大きく変える要素であり、それを理解していない自動車メーカーの先行きはかなり厳しいでしょう。
■電気駆動システムの自社開発に投資
――ボルボはグーグルやアップルといったテック企業と提携しています。そうした大企業と組む中で、ボルボのブランドの独自性をどのように保つのですか。
それは、私がボルボで働き始めてから多くの時間を費やしてきたことです。何を自社で製造し、何を市場から購入するのかという決断に関しては規定をつくり、それに沿うようにしてきました。インフォテインメント(情報と娯楽)システムの基盤として採用したクアルコムのプロセッサーは、多くのスマートフォンで使われている非常に優れたものです。
そして、コアコンピューターの分野では計算能力の面でエヌビディアが業界をけん引する存在だと見られています。こうしたチップセットを自社で開発する必要はないというのがボルボの判断です。それが良い投資になるとは考えていません。
私たちが投資に力を入れたいのは、電気駆動システムです。自社でモーターやインバーター、電池、ソフトウエアを開発します。インバーターなどを構成する内部の部品について、新しい素材を検討することもあります。例えばパワー半導体の材料をSiC(炭化ケイ素)などにすれば、インタバーターの性能を高められます。そうした価値を生み出せる分野に重点的に投資しています。
■違いを生み出す技術に焦点を当てる
アップルも同じことをしてきました。自社で開発するものと、外注するものを見極めていたのです。初期のアップルはチップセットを外注していましたが、現在は自社で開発しています。ボルボも、違いを生み出すと信じている技術に焦点を当てる一方、業界でより普及していて安いものは外注します。
単に高度な技術でなく、車をより安全にする技術や、より高い利便性を顧客に提供する技術が大事です。サステナブルな素材と製造方法の選択も重要でしょう。顧客は真にサステナブルかどうかを見極めて選択しているからです。そして、北欧のデザインも重要です。
――電池に関しては、どんな投資計画がありますか。
最初の電池工場はスウェーデンに造ります。自社製造でコストを削減できるだけでなく、アジアからの電池の輸送で発生する大量のCO2も減らせます。(スウェーデンの新興電池メーカーである)ノースボルトとは研究開発の合弁会社をつくり、生産と技術という2つの側面で提携しています。
そして、サプライヤーによる電池も使用します。100%を自社の電池にするわけではありません。ノースボルトの電池を中国に輸送するのではなく、中国内の企業とのパートナーシップを維持して、彼らの電池を使うことになるでしょう。4社の異なる電池サプライヤーと提携していますが、そのほとんどと関係を継続することになると思います。
■電池材料の調達もすでに手を打っている
――電池材料の調達ではどのような手を打っていますか。
公には発表していませんが、世界の採掘大手と仲介を通さず、直に契約を結びました。地中から原材料を掘り出す業者との関係構築はコストの削減につながります。また、サプライチェーンの状況によらずにその素材を確保できる利点もあります。
――高級な車種はEVシフトに伴うコストを価格に反映しやすいかもしれませんが、大衆向けのEVは価格転嫁が難しいのが現状です。
モバイル業界でフィーチャーフォン(従来型携帯電話)からスマートフォンへの転換が起こった時、私はその中心にいました。ノキアやモトローラ、ソニー・エリクソンなどが他のメーカーに地位を奪われることなど、それまでは考えられないことでした。
![古い携帯電話の山](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/e/1200wm/img_ce1a8015943d0219ffdc09db72fe4f23384882.jpg)
■スマホへの転換の主役はソフトだった
スマホへの転換で主役となったのは、ハードウエアではありません。iOSとアンドロイドという2つのソフトウエアのプラットフォームでした。スマホへの転換のような大きな変化が現在、自動車業界でも起きていると考えると、最も重要なのはソフトウエアと半導体でしょう。
大事なのは、こうした転換はスピードが急激に上がることです。変曲点に到達すると、業界全体が新技術に突然傾倒するようになるのです。
私はエンジニアなので、その現象を物理的、エンジニア的な観点から考えます。まず、内燃エンジンのエネルギー利用効率は35~38%とされます。6割強のエネルギーが音や振動、熱として表れるわけです。一方、駆動用モーターの効率は93%です。モーターの場合は実際に使う前の発電や電力変換などで失われるエネルギーもあるので直接の比較は難しいのですが、最終的にはモーターがエンジンに勝ると私は考えています。
ただ、そうした変化を遅らせる理由がいくつかあります。それを私は「摩擦因子」と呼んでいます。摩擦因子を無視できる状態になるのが、先ほど言った変曲点なのです。
■3つの摩擦因子を解決すれば一気に転換が進む
――EVシフトでは何が摩擦因子となるのでしょうか。
1つは、電池と内燃機関のコストの差です。これは今後小さくなり、25年までにエンジン車とEVのコストは等しくなると思います。そして、より多くの人がEV技術に投資をするようになります。電池に関する化学的な知見がさらに深まれば、航続距離が長くなったり、載せる電池が減ったりします。すると、EVがエンジン車よりも安い時代がやってきます。
もう1つの摩擦因子は航続距離です。1回の充電でどれだけの距離を走れるか。航続距離はインフラに密接に関わってきます。同じ距離を走れるガソリン車とEVがあったとき、多くの人はガソリン車の方が使いやすいと感じるでしょう。ガソリンスタンドならすぐに見つかると知っているからです。適切な充電インフラがあれば、消費者はもっと気楽にEVを使えるようになります。街中に100カ所も充電場所があれば、膨大な容量のバッテリーが必要だとは感じないでしょう。
そして最後に充電速度です。私たちは800ボルトのシステムへの移行を進めています。そうすれば180キロメートル走行できるだけの充電が約7~8分で完了するようになります。これが標準となっていくでしょう。
ボルボは早くから投資をしてきたので、変曲点を迎えたときには良い立ち位置にいられるはずです。大手メーカーの中には、待ちの姿勢で「今あるエンジン車の資産を最大限生かし続けよう。市場が変わるまで待って、変わったらすぐに新技術に乗り出すんだ」と考えているところもあります。でも、いざその時が来たら、遅すぎるかもしれません。
■自動車全体のOSは実現が難しい
――スマホ業界では、グーグルとアップルが市場をコントロールする存在になりました。自動車業界でもそのようなことが起こると思いますか。
スマホでは1つのソフトウエアプラットフォームが端末全体を制御していますが、自動車に総合的なOSを入れ込むのはスマホよりずっと複雑で難しいという違いがあります。自動車の走行や安全に関わるソフトウエアで主導権を握るのは自動車メーカーです。
自動車の操作と動きの開発について、私たちは100年の歴史を持ち、深い知識を持っています。では、ボルボのソフトウエアで制御する車の操作や動きはどうなのか。より快適なのか。そこに価値が生まれるわけです。
「セーフティー・クリティカル・ソフトウエア」とでも呼びましょうか。スマホであれば、動かなくなったり再起動が必要になったりした場合、命に関わることはなく、不便な思いをするだけで済むかもしれません。ですが、自動車の走行に関わる部分はそうはいきません。安全性の担保は自動車では不可欠な要素です。
![ボルボのディーラー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/1200wm/img_bbc468b9f5ad135cf340addf7e9b6267202970.jpg)
■蒸気機関から内燃機関、そして電気へ
――EVに参入した自動車メーカーは、電池のコストが原因で利益を損なうかもしれません。EVの価格をエンジン車よりも高くする考えはありますか。
現在ボルボが製造している車は、エンジン車でもHVもEVでも、同じ価格にしています。25年までにコストのベースは同じになるようにします。
100年前、駆動システムは蒸気機関でした。その後内燃機関が出てきて、エンジン車ができました。内燃機関と比較すると、蒸気機関は非常に効率が悪かった。人々はすぐに内燃機関に移行しました。当然、内燃機関のシステムでも様々な素材や構造などで大幅な改善が行われてきました。そして、次世代のシステムが電気なのです。
私たちはある技術から違う技術へと移行する重大な転換のさなかにいます。確かに現時点では、電気駆動システムのコストは高いかもしれません。それはまだ世界の車の5%にしか使われていないからです。より多く活用されて大量生産され改善も進めば、EVのコストは下がります。エンジン車を買う人が減り、エンジン車のコストは上がります。
■ノートパソコンも「電池が持たない」を解決した
IT業界出身の私の経験をもう少しお話ししましょう。最初にノートパソコンが世に出た時は、大変高価なものでした。当時は、持ち歩けるパソコンがどうしても必要な人のみを対象とした製品でした。
![大西孝弘『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d112f976762fb9d99b4c56d12b1d031975283.jpg)
それが、今では誰もがノートパソコンを持っていますね。デスクトップパソコンを見かけることがめっきり少なくなりました。初期のノートパソコンには「電池が持たないから電源につないだまま使わなくてはならない」という不満の声がありましたが、それも技術開発が進み、充電せずに1~2日使えるようになった。摩擦因子がなくなったわけです。
車も同じです。EVの普及における摩擦因子は、ノートパソコンの時と同じように少しずつ解決に向かっています。それらの問題が解決されれば、誰もがEVを使うようになります。
そもそも考えてみてください。今から6年後の29年に、古い技術(エンジン車)に数万ドルも払いますか? どうせなら最新の技術を搭載したものを買いたいと思いますよね。その方が将来売るときの残存価値も大幅に高くなるはずです。
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日経BP ロンドン支局長
1976年横浜市生まれ。上智大学法学部卒業後、2001年に日経BP入社。週刊経済誌『日経ビジネス』、日本経済新聞・証券部、環境専門誌『日経エコロジー』の記者を経て、2018年4月より現職。日経ビジネス電子版でコラム「遠くて近き日本と欧州」を連載中。著書に『孫正義の焦燥』(日経BP)がある。2023年9月に『なぜ世界はEVを選ぶのか 最強トヨタへの警鐘』(日経BP)を刊行した。
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(日経BP ロンドン支局長 大西 孝弘)
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