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なぜ東大や京大をハズしたのか…岸田政権の10兆円大学ファンドが東北大を選んだ残念すぎる理由

プレジデントオンライン / 2023年9月25日 11時15分

防災功労者内閣総理大臣表彰式に出席する岸田文雄首相=2023年9月15日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■年間予算500億円の東北大に100億円を配分

大学の研究力を高めるために政府が創設した10兆円規模の大学ファンドの初の支援対象候補に東北大が選ばれた。昨年12月から公募を開始し、国立、私立の10大学が手を挙げた。最終候補に東大、京大、東北大の3校が残ったが、なぜ東大、京大が落選し、東北大が選ばれたのか。

ここ20年にわたって日本の研究力は低下してきた。挽回の切り札として政府が打ち出したのが、この大学ファンドだ。

政府の出資で10兆円規模のファンドを作り、その運用益を使って、文部科学省が「国際卓越研究大学」と認定した数校の大学を支援する。

政府の計画では、約3~約4%の運用益を目指し、2024年度から年間3000億円を上限に国際卓越研究大学に配分する。配分期間は最長で25年間続く。

今回選ばれた東北大は、その候補第1号というわけだ。

東北大には、2024年度に100億円程度の資金が配分される見通しだ。この資金を研究や若手研究者育成に充てる。東北大の収入予算は1458億円(2021年度)。このうち国から東北大に配分されている予算(運営費交付金)は458億円で、これが100億円増えることを考えると、影響は非常に大きい。

■なぜ東大や京大は外されたのか

政府は国際卓越研究大学の認定は、数校に限る方針だ。

2000年代に入ってから政府は、経済活性化につながると思われる研究分野に手厚く予算を配分する「選択と集中」を続けてきた。国際卓越研究大学は、その大学版といえるだろう。

ただ、実際にどれぐらいの規模の資金が国際卓越研究大学に配分されるかは、運用益次第だ。ファンドを運用するJST(科学技術振興機構=文部科学省が所管する国立研究開発法人)は2022年度の運用で604億円の赤字を出しており、苦しいスタートとなった。

次回の公募について文科省は、「来年度中に開始したい」としつつも、「運用状況を勘案し、段階的に行う」と慎重な姿勢も見せる。

世間の関心を集めたのは、なぜ東北大なのかということだ。

最終候補の3校はトップクラスの大学であり、どこが選ばれてもおかしくないが、多くの人は、東大あるいは京大が選ばれると思っていたのではないか。

英国企業「クアクアレリ・シモンズ」の最新版世界大学ランキングでも、東大28位、京大46位、東北大は113位と差が開いている。

逆転現象が起きた理由のひとつは、文科省など政府の希望に沿った改革を目指しているかどうかだ。

文科省は選定にあたって、経済界、学術界、外国人の大学関係者など10人の有識者からなる「アドバイザリーボード」を設け、審査をした。アドバイザリーボードの報告書を見ると、なぜ東大、京大が落選したか、理由が浮かび上がってくる。

■政府に従う大学とすぐには従わない大学で明暗

報告書は東大に対してこう指摘する。

〈既存組織の変革に向けたスケール感やスピード感については必ずしも十分ではなく、工程の具体化と学内調整の加速・具体化が求められる〉
〈「成長可能な経営メカニズム」の具体化に向けては、長期的・世界的規模のビジョンと戦略を構築する「法人総合戦略会議」の設置(などが求められる=筆者注)〉

京大には

〈新たな体制の責任と権限の所在の明確化が必要〉
〈実社会の変化への対応の必要が感じられた〉

東大、京大は、経営改革や組織改革などのスピードの遅さや、全学としての取り組みが不足していることが問題視されている。

一方、東北大については、

〈改革の理念が組織に浸透している〉

と、評価した。

文科省やアドバイザリーボードは、ガバナンス(組織統治)の強化、従来の慣習の廃止や見直しなど、徹底的な改革を大学に求めている。その大学像に向かって進む大学と、すぐには進めようとしない大学との差が今回の結果につながったと思われる。

ただ、報告書は、東大や京大に対して、含みを持たせた。

東大には

〈今後、構想の具体的内容を学内の多くの構成員が共有し、全学として推進することが確認できれば、認定候補となりうる〉

京大についても

〈構想の具体的内容を学内の多くの構成員が共有し、全学として推進することを期待したい〉

文科省など政府が望むように経営などのガバナンス強化をきちんと行えば認めるということだろう。

■「災害からの復興」というメッセージ

東北大が選ばれたもうひとつの理由はストーリー性だ。最近、メディアなどで東北大がよく取り上げられるようになった。

東日本大震災以後、政府は東北地方を科学技術や研究成果を生かすイノベーションの拠点にしようとしている。

文科省は東北大の「東北メディカル・メガバンク機構」「災害科学国際研究所」や、東北大が中心になって進めている「ナノテラス(次世代放射光施設)」といった最先端研究施設新設を次々と支援している。

東北大学が第1号になるというのは、そうした一連のイノベーション拠点政策の集大成であり、「災害からの復興」というメッセージ効果が大きい。こうした点も評価されたのではないか。

大学ファンドに対しては、大学の研究者からかなり批判が集まっている。多くの大学や研究者が予算不足に悩んでいる。日本の研究力を高めたいのなら、数校に絞らずに幅広く支援すべきではないかというのだ。そうした意見が根強い背景には、開始前にどういう制度にするかを十分検討することや、議論が不足していることがある。

政府が制度を作る際にお手本にしたのは、米国のハーバード大など、欧米のトップ大学だ。

経営トップのガバナンスによる経営が行われ、大学独自の莫大なファンドの運用益を研究費などに使っている。政府はそこに着目し、日本の大学にもそうしたやり方を持ち込もうとしている。

■海外大学を真似ても成功するはずがない

ただ大きな違いがある。欧米の大学の多額のファンドは、産学連携や寄付などによる大学自身のお金が原資になっている。一方、日本は巨額の税金が原資という政府丸抱えだ。

どういう制度にするかを議論するために、政府は、まず内閣府に有識者会議を設けた。会議では、海外の大学学長経験者や関係者のヒアリングを行ったが、日本国内の大学については東大、京大、東北大、大阪大の学長経験者や、産学官からなる大学改革支援組織のヒアリングですませた。

国際卓越大学の審査を行ったアドバイザリーボードのメンバー10人のうち半数は、この議論をした内閣府の有識者会議のメンバーだ。大学に大きな変革を求め、これからの日本の将来を決めるものだけに、審査する側の多様性や、大学の現場の声をもっと重視すべきではなかったか。

東京大学キャンパス内
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

ファンドを運営しているJST(科学技術振興機構)が初年度の運用で600億円を超える赤字を出したことも暗雲を投げかけている。

文科省は9月にJST法の施行令を改正した。これまでファンドの運用方法は株や債券だったが、新たに「金利先物」「上場投資信託オプション」「株価指数先物オプション」「金利先物オプション」など10項目を加えた。

文科省はその理由として、「大学ファンドは元本の約9割が負債である長期借入金(財政融資資金)であり、さらに、毎年度の損益を確定させていかなければならないという性格がある」「よりきめ細かに損失のリスクを低減した資金運用を可能にするため」など、と説明する。

だが、不確実で不安定さを伴う資金調達法であることに変わりはない。研究支援、若手育成にあまりふさわしいとは思えない。

■また同じ失敗を繰り返すのか

これまでも、政府が税金を投じて、民間も走らせ、結果、頓挫してしまった例は多々ある。

最近の例でいえば、三菱重工業を説き伏せて、国産初のジェット旅客機MSJ(旧名MRJ)を開発したが、開始15年後の今春に頓挫した。三菱重工は当初予定の1500億円を大幅に超える1兆円規模を投じたと見られている。

民間にも資金を出資させて官民ファンドをたくさん作ったが、赤字を流し続けていたり、きちんと機能していなかったりするところも目立つ。
ビジネス感覚に乏しい官主導の問題点を露呈しているのではないか。

大学ファンドについても、運用益を約3%~約4%と見積もったことに対して、経済関係者からは「甘すぎる」と批判が出ている。

研究力の低下からの脱却は日本にとって喫緊の課題である。これまで通りの大学の在り方では、新しい時代にそぐわないこともある。ただ、甘い見通しと希望的観測が先行して大学を巻き込んでの失敗となると、日本の将来を潰しかねない。

大学の組織改革や巨費のファンドだけで、研究力や大学の国際競争力向上につながるわけではない。研究に必要な予算をきちんと投じて成果を上げるためには、現場の意見をもっと聞きながら着実に進める必要があるだろう。

税金を使う以上、国民への説明責任や透明性確保という問題があることも忘れてはならない。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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