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7年前に「たかが3兆円」と自信満々だった…英アームの「9兆円上場」を見抜いたソフトバンク孫正義の神通力

プレジデントオンライン / 2023年9月25日 9時15分

生成AIシンポジウムで発言するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2023年7月4日、東京都文京区の東京大安田講堂 - 写真=時事通信フォト

■「たかが3兆円と言ったら怒られるかも」

2016年7月18日、ソフトバンクグループ(SBG)は、英国の半導体設計会社のARM(アーム)の買収を発表した。買収総額は約240億ポンド、当時の為替レートで約3兆3000億円だった。当時、孫正義会長は、「たかが3兆円だと言ったら怒られるかもしれません」と発言した。いい買い物ができたという趣旨だったろう。

それから約7年、紆余(うよ)曲折あったが9月14日にアームは米ナスダック市場に上場した。14日終値ベースの時価総額は652億ドル(1ドル=147円で約9兆6000億円)だった。14日の終値基準ではあるが、アーム株の価値は買収時の約3倍に増えたことになる。

“チャットGPT”など人工知能(AI)が世界を牽引するという社会の変化を、孫会長はかなり早い段階から見抜きアームの買収に踏み切った。今後、AIの利用に伴う利得を増やすため、SBGはアーム上場によりビジョンファンドなどの運営体制を強化する。

今回のアーム上場は、孫会長の投資家としての目の確かさを改めて確認する機会になった。その能力がしっかりしている間、SBGの“ビジョンファンド”が相応の成果を実現することが期待できそうだ。

■「大きく出た」と減損リスクが懸念されていたが…

2016年7月にSBGはアームを買収した。買収に関する記者会見の場で孫会長は次のような見解を示した。まず、世界全体で“インターネット・オブ・スィングス(IoT)”は加速度的に普及する。特に、人工知能の利用に伴ってより高性能の半導体の需要は増える。それは、人類史上で最も大きな変革といっても過言ではない。

アームは、チップの設計技術で世界トップの企業である。デジタル化の加速に伴い、アームが半導体メーカーなどに供給するチップの設計図は急速に高度化し、増えるだろう。世界は、人工知能が社会や経済の変革、成長を牽引するという大きな変化の“入口”に立っている。そのタイミングでアームを「たかが3兆円」で買収できることは、孫氏から見ればそれなりの勝算は十分に見込めたのだろう。

会長の見解に対して多くの株式アナリストなどは、「SBGは大きく出たものだ」と慎重な見方を示した。成長の期待よりも、買収に伴う減損リスクの高まりなどを懸念する向きも多かった。

■コロナショックで資金繰りがピンチに

その後、SBGはアームの事業運営体制を強化しつつ、資金を回収するための方策を模索し始めた。まず、2020年9月、米半導体大手エヌビディアへの売却を発表した。この時点で売却額は最大400億ドル(約4兆2000億円)だった。当時、SBGはコロナショックによる世界的な株価下落に直面し、アームを売却しなければ資金繰り不安が高まる状況にあった。

しかし、2022年の年初、米欧の独占禁止法がハードルとなり、エヌビディアは買収を断念した。SBGはアームの新規株式公開(IPO)に資金調達の手段を変更した。アームが拠点を置く英国政府はロンドン証券取引所への上場をSBGに求めた。

一方、孫会長はアームの取引先企業が多く上場する米ナスダック市場への上場を早くから目指した。EU離脱によって英国は、“ヒト、モノ、カネ”の流出に直面した。一方、米国には生成AIの開発やチップの設計開発などで有力な企業、研究機関が多い。IPO先として米ナスダック市場上場を選択したのは、自然な流れだった。

■“世界最速”で進むAI利用

SBGは、アーム上場時の売り出し価格を51ドルに決定した。結果として9月14日のIPOは成功した。足許、“チャットGPT”をはじめとする高性能なAIの利用は、世界全体で急速に増加した。AIは世界を変えるという夢が大きく膨らんだ、といってもよい。

2022年11月の“チャットGPT”の公開後、2カ月で利用者数は1億人を上回った。それまでの1億人突破の最速は、中国のバイトダンスが運営する“ティックトック”の9カ月だった。

情報の正確性に不安は残るものの、情報検索のスピード向上、より迅速、効率的なプログラミングの実現への貢献、文書作成能力の高さなどが評価され、AIを業務に活用する企業は急増した。2023年5月と8月のエヌビディアの決算も、AI需要がいかに強いかを確認する機会になった。AIの利用は想定以上に速いと評する経済やITの専門家も多い。

■売り出す株数の10倍超の申し込みが殺到

特に、オープンAIが開発したGPT4と呼ばれるモデルは短期間のうちに性能が向上した。米国の有名大学の入試問題に合格する力を発揮した。また、医師や弁護士などの資格試験もクリアした。

その能力を向上させることは、世界の安全や安心の向上に貢献するだろう。AIの能力を高めることによって、これまで治療が難しいといわれてきた疾病の治療法が解明されるかもしれない。洪水などの災害をより正確に予想して社会への被害を最小限に抑える可能性も高まる。

AIはより効率的な経済運営を可能にするだけでなく、社会の変革を勢いづける可能性を持つことに多くの人が気付いた。そうした期待の高まりを背景に、AI利用の増加に拍車がかかった。AI利用を支えるためには、より演算処理能力の高い画像処理半導体(GPU)などの開発と供給が欠かせない。

AI時代の本格到来とともに、アームの設計技術の重要性は高まるだろう。そうした期待の上昇を背景に、上場前、主要な機関投資家からの申し込みは、SBGが売り出すアーム株数の10倍を超えた。売り出し価格の引き上げも検討されたようだ。

ロボットアーム
写真=iStock.com/00one
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/00one

■孫会長の“神通力”は健在だった

9月14日の引け値基準で、アームの時価総額は買収総額の約3倍に増加した。企業家の資質、長期的な視点で社会の変化を見抜く孫会長の力が依然として有効であることが、世界に示されたといえる。

今後、SBGは投資家としての孫会長の目を頼りにビジョンファンドの運営を進めるだろう。IT先端分野の企業の株式に投資し、上場などを通して収益を得るというビジネスモデルであるため、相場の変動によってSBGの業績は短期的には上下に振れやすい。

目先、業績不安が高まる可能性は残る。アームのIPOはひとまず成功したが、米国の株価は割高感が強い。2022年3月から本年7月までの間、連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利を約5%ポイント(0.00~0.25%から5.25~5.50%へ)引き上げた。それにもかかわらず、ナスダック上場銘柄など株価は高値圏にある。

■先端分野の製造技術育成にも孫氏が必要だ

いつまでも、この状況が続くとは考えづらい。鈍化したとはいえ、米欧で消費者物価の上昇率は2%を上回っている。金融引き締めの長期化や、米国の景気減速などによって成長期待の高さが押し上げたIT先端企業の株価は下落し、ビジョンファンドが損失に直面するリスクはある。中国で不動産バブルが崩壊し、景気減速の懸念が高まったこともビジョンファンドの運営には逆風だ。

一方、今回のIPOのように投資家として孫会長の力が有効である間、長期的にビジョンファンドは相応の成果をあげるだろう。景気の減速などによって多少のスピード調整があったとしても、世界全体でAIの利用は増加する。世界経済のデジタル化も加速するだろう。宇宙開発や次世代の高速通信などのためにも、AIの重要性は増す。

その中で、アームの果たす役割は高まりこそすれ、低下するとは考えづらい。同社の成長を支えにビジョンファンドは新しい投資先を発掘する。その企業が成長すれば、SBGの業績も拡大するだろう。そうした投資事業の運営に加え、ぜひ、孫会長には、先端分野の製造技術の育成などの点でも、わが国の産業界に能動的に関与してもらいたいものだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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