「誰の役にも立たないから早く死なせてほしい」そう懇願する余命1カ月のがん患者に医師がかけた言葉
プレジデントオンライン / 2023年9月26日 16時15分
■「お父さんのところに行くチケットを持ってきて」
私は在宅医療を中心におこなっている医師だ。おのずと高齢者やがん末期といった人たちを多く担当することになる。そういう人たちのなかには、自らのことを「もはや誰の役にも立たない生きる価値のない人間だ」として、「一刻も早く死なせてほしい」と言う人もいる。
以下は私が訪問診療で担当した末期がん患者さんとのエピソードである。
90歳の女性Aさん。余命は1カ月程度と前の主治医に宣告されており、本人も自分の状態をすべて把握し受容している。認知症はない。がんを患う前までは、楽しみである買い物を満喫していたものの、コロナ禍で外出がままならなくなったその期間に、がんが発覚。手術を受けたもののすでに進行しており、数カ月後に再発してしまった。
初回訪問時からAさんは私に、
「もう十分に生きた。これ以上、もう何もしなくていい。先生にひとつお願いしたいことがあるとするなら、早く“あの世”のお父さんのところに行くチケットを持ってきてほしい。それだけです」
との強い希望を繰り返し訴えた。幸いがんによる強い疼痛はなかった。
■その本心は、家族への気遣いだった
むしろAさんの苦痛は、
「こんな身体になってしまって、何もできない。誰の役にも立っていない。このまま生きていたってしょうがない」
という気持ちに苛まれていることであった。死を近い将来に控えたそんな彼女が、自身の“不甲斐なさ”をとくとくと語る姿を、同席していた研修医も真剣な面持ちでうなずきながら傾聴していた。
また「早く死なせてほしい」との希望とともに、「病院にでも施設にでも入れてほしい」とも言っていた。しかし、研修医とともによくよく話を聞いてみると、「家にいたくない」という理由からのものではなく、「何の役にも立たないうえに家族に迷惑をかけたくない」という気持ちに由来するものであることがわかった。つまり「早く死なせてほしい」という希望のなかにも、家族への気遣いが多分に含まれていたのだ。
そしてさらに聞くと「いられることなら最期まで家にいたい」という“本当の気持ち”も浮かび上がってきた。こうしてAさんの「希望」にある深層が見えてきたことによって、家族も交えて「人生会議」を行い、最期まで少しでも苦痛なく家で過ごせるよう、医療と介護の両面からAさんと家族をサポートする準備を開始することができたのである。
■手を強く強く握りしめて泣いていた
あるとき私はAさんに言った。
「Aさん、あなたはご自身のことを『何の役にも立っていない』と仰いましたが、それは本当でしょうか。私は今、あなたが大きな、非常に大きな役割を果たしたのを見ました。私は医者になって30年ですが、今あなたから数々の希望や心の中の葛藤、思いを聞くことができて、大いに考え、大いに悩み、その結果、大きな学びを得ることができたのです」
「“30年選手”ではありますが、まだまだ日々患者さんから学ぶことばかり。医者として、今日また新たな学びをAさんから得たのです。研修医も大きな学びをAさんからいただいているに違いありません。あなたは何の役にも立たないどころか、医者を教える先生として、今まさに“役に立っている”と私には思えるのですが、違うでしょうか」
横で聞いていた研修医も大きくうなずいている。するとAさんは、目にいっぱい涙をためて、私の手を強く強く握りしめると、何度も何度もうなずいたのだった。
家族は本人の「何の役にも立たないうえに家族に迷惑をかけたくない」という思いを受け止めつつ最期まで介護を続け、半月後、Aさんは住み慣れた家から“お父さんのところ”へと安らかに旅立った。
■「生産性のない人は生きる価値がない」のか
Aさんは、家族に冷たく邪険にされたわけではない。もちろん「役立たず」と罵られたわけでもない。「早く死んでくれ」と言われ追い詰められたわけでもない。むしろ家族はAさんを思いやる温かい人たちだった。それでもAさんは家族に迷惑をかけまいと「役に立たない」自分の生涯を早く終わりにしてほしいと望んだのである。それは誰にも強いられたものではない。
だが今の日本社会には、「生産性のない人は生きる価値がない」であるとか「役に立たない人には早めに死んでいただこう」などといった言葉によって、ただでさえ生きづらい立場の人を追い詰めようとする人が存在する。
Aさんの話をまず紹介したのは、今大きな話題となっている関東大震災直後に起きた事件を題材にした映画『福田村事件』を観て、この今の不寛容な日本社会に通じるものがあると強く感じたからだ。震災からちょうど100年となる9月1日に封切りとなったこの作品は、千葉県で起きた「福田村事件」をもとにしたフィクションであると、監督の森達也氏は述べている。
■朝鮮人と間違われた9人が惨殺された
「福田村事件」とは、震災5日後の1923年9月6日、香川県から「福田村」(現在の千葉県野田市)を訪れた薬売りの行商人9人が、朝鮮人と間違われて自警団を含む村人たちに惨殺された事件だ。いったい、なぜ「朝鮮人と間違われて」殺されることになったのか。それは震災直後に民衆たちに広まった流言飛語のせいである。
「朝鮮人が井戸に毒を入れた」
「日本人を殺そうと家屋に火をつけた」
こうした根拠なき「うわさ」が誰からともなく広がって、震災直後で混乱している民衆たちをパニックに陥れたのだ。さらに当時の政府がこのデマを否定するどころか戒厳令を敷いたことで、各地で自警団が組織され、軍人などとともに朝鮮人だけでなく、朝鮮人とされた人が虐殺されることになったのである。
その背景には震災から遡ること13年前の韓国併合があるといわれる。日本は朝鮮半島を統治下に置き、多くの朝鮮人労働者を過酷な条件で使用した。それに不満を抱いた朝鮮人が震災に乗じて、日本人に復讐してくるのではないかという「恐れ」が、当時の民衆の潜在意識のなかに「後ろめたさ」とともにあり、それがあまりにも残忍なヘイトクライムへとつながったのだ。
■危険な“認識”は現代でも受け入れられている
「恐れ」と「不安」に突き動かされて、いとも簡単に凄惨(せいさん)な殺戮行為に走った人たち。彼らは当時においては極端に思想が偏っていたわけでもなく、ありふれた日常生活を営んでいる、むしろ“フツーの人たち”だったであろう。これが「福田村事件」ならびに震災後に発生した朝鮮人虐殺事件の恐ろしいところなのだ。
「ネタバレ」になるので詳述は避けるが、村人たちが行商人たちを取り囲んで、「こいつらは不逞(ふてい)朝鮮人に違いないから殺せ」と言うのにたいして、行商人の親方が「朝鮮人なら殺してもいいのか」と言い返すシーンがある。
この言葉にハッとさせられるのは、私ばかりではないだろう。
「間違えて日本人を殺してしまうのはマズいが、本物の朝鮮人と確認できれば殺してもいい」
行商人たちを「日本人であるか否か」という議論で揉める民衆の間では、その“認識”だけはすっかり共有されていた。これは非常に恐ろしいことだ。
しかし現在のわが国でも、これと同等の恐ろしい“認識”が躊躇なく語られたり、それほど強い抵抗感なく受け入れられていたりすることに、読者の皆さんは気づいておられるだろうか。じつは、このワンシーンと同じくらい恐ろしい言説に、いつのまにか私たちは囲まれているのだ。
■人の価値を属性によって判断する恐ろしさ
2016年に発生した相模原障害者施設殺傷事件の加害者は、「国の負担を減らすため、意思疎通のとれない人間は安楽死させるべきだ」と述べたが、それに「一理ある」という声も少なからずあったと記憶する。
性的マイノリティにたいして、「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と発言した国会議員は、いまだに辞職することなく議員の椅子に座ったままだし、彼女の発言を擁護する人もいる。
また、少子化ならびに超高齢化によるわが国の社会保障費の増加を議論する場において、その解決のために、
「高齢者は集団自決すべきである」
「終末期医療の延命治療は保険適用外にすればいい」
といった持論を展開した“学者”たちは、メディアに引っ張りだこだ。
一見、これらは「福田村」で民衆たちが“共有”していた恐ろしい認識とは異なっているように思えるかもしれないが、その思考に通底しているものは同質である。これらの言説が対象としている人たちの属性に違いはあるが、共通しているのは、「人の『価値』は、その属性によって優劣があって当然である」という思考なのだ。
「生産性のない人間に価値はない」
「価値のない人は死んでもかまわない」
ここまでハッキリとは言わずとも、これが先に掲げた言説に共通している認識なのである。
■Aさんを見ても同じことを言うのだろうか
このような考えを持つ人にもしAさんの様子を見せたら、はたして何と言うだろうか。
「ほら、人間というのは役に立たないと自覚しながら生きていくほどつらいことはないのだよ。この女性の言うことは、極めて真っ当。早く死なせてあげるのが彼女にとって幸せなのだよ」と言うかもしれない。
しかし、本当にそれがAさんの幸せなのか、第三者が簡単に勝手に評価してしまって良いのだろうか。
先述したように彼女が「何の役にも立っていない」などと私は思わない。百歩譲って「何の役にも立っていない」というのが真実であったとして、役に立っていない人は、「生きる価値」や「生きている資格」はないのか。さらに具体的に言えば、公的社会保障制度を使って生きていくことは控えるべき存在なのか。
もっといえば、Aさんのような末期がんの人以外の、例えば認知症の人、ひとことも言葉を発することなく経管栄養や人工呼吸器で生命をつないでいる人、そのほか「延命治療で生かされている人」とのレッテルを一部の識者によって貼られている人……。これらの人たちは、誰の役にも立っていないのだろうか。
答えはノーである。
■「誰かの役に立っているか」は関係ない
もちろん生命を論じるに当たり、「誰かの役に立っているか」を基準とする考えは微塵もない。だが、生存権を全うするにあたって「生産性の有無」もしくは「他人の役に立っているか否か」を条件とすべきと言う人たちが実在する今、その思考レベルに下りて反駁することを試みるとしたら、これらの人が誰かの役に立っている事例を提示することが、一番説得力があるだろう。
“きれいごと”を言うつもりなどないが、これらの人たちであっても、「誰かの役に立っている」ことを見出すことは、その気になれば誰にでもできる。ただ、これらの人のことを「役立たず」との認識で染まった色眼鏡をかけて見る人には、もちろん無理だ。
一見、話が通じないと思われがちな認知症の人であっても、「この人はいったい何を訴えようとしているのだろうか」と積極的に相手の気持ちに入り込んでいく姿勢で臨めば、今まで気づかなかったことが見えてくることも往々にしてある。その「気づき」こそが、大きな学びなのである。
また言葉を発することや自ら身体を動かすことのできない、常時なんらかの看護や医療、介護が必要な人であっても、日々の小さな変化は必ずあって、それらはじっさいに接する人にしかわからないし、その「気づき」も同様に重要な学びだ。
■簡単に「命の選別」を語る人が多すぎる
私のような医師だけでなく、看護師や理学療法士、介護士、看護学生、医学生たちが、これらの「学び」から得た知識や技能はそのつど蓄積され、その当事者にだけでなく、将来彼らが接する人たちに活かされていくのだ。
「生きる価値のない人」「死んでもかまわない人」など、誰ひとりいない。少なくとも、それを第三者が勝手に決めつけることなど、できるはずはないのである。
この今さら言うまでもないことを、わざわざ今あえて言わねばならないほど、私たちを取りまく「命の選別」を語る言説に恐怖を感じているのは私だけだろうか。
「福田村事件」を100年も前の遠い過去の、今となっては繰り返されることなどありえない昔話で片づけてしまって、本当に良いのだろうか。むしろ「命の線引き」を軽々に語る寛容さを欠いた今こそ、この過去の愚かな過ちが再び繰り返される危機に直面しているのではなかろうか。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)
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