なぜか相場よりも家賃が安い…筑波大卒27歳ライターが「歌舞伎町ヤクザマンション」に住んでみた【2023上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2023年9月27日 7時15分
■80年代初頭に建てられた“ヤクザマンション”
道端に放り出されたゴミ袋の中で残飯を漁るドブネズミがうごめいている。昨晩からゴミ袋のなかにいるのか、じっと食休みをしているドブネズミもいる。花道通りでそんな光景を眺めていると、歌舞伎町を回るゴミ収集車が目の前に停まった。
颯爽(さっそう)と車を降りたドライバーが道端のゴミ袋を車体後部に投げ入れる。ドブネズミが入ったままのゴミ袋が、押込み板によって奥へと押し込まれていく。早朝の歌舞伎町、なんとも不快な街である。
区役所通りを渡り、ラブホテルをいくつかすり抜けた先にある煉瓦色の建物が、通称「ヤクザマンション」だ。竣工(しゅんこう)は1980年代初頭。分譲オーナーの多くが投資目的で購入した中国人であるため審査が緩かったこと、そして立地も相まって暴力団の事務所が次々と入居するようになり、ヤクザマンションと呼ばれるようになった。
しかし、1992年に施行された暴対法の度重なる改正、そして2004年に石原慎太郎東京都知事(当時)が取り組んだ「歌舞伎町浄化作戦」によって歌舞伎町のヤクザは衰退し、ヤクザマンションに事務所を構える組も減少したという。
大通りに面したエントランスにはライオンの像が鎮座している。ステップを上がったロビーの左手に管理人室、正面にはマンションの断面図が載ったボードがあり、部屋ごとに所有者が記載されている。
いくつかの所有者の名前をネットで検索してみると、ヤクザの親分がヒットする。該当の部屋の前まで行ってみると、ドアの上に取り付けられた監視カメラが、「ジー……」と見張っている。たとえ鼻を垂らした小学生がこのマンションに住んでいたとしても、ピンポンダッシュなど間違ってもしない独特の緊張感が漂っているのである。
■「アクセスもいいのでとても人気なんですよ」
2019年4月、私は新宿駅東南口にある雑居ビルで、賃貸契約の手続きをしていた。前著、『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)の取材を終え関東へと戻った私は、都内に新居を探していたのである。オートロックの小綺麗な1LDKで気楽な独身生活でも送ろうと思っていたのだが、「歌舞伎町のヤクザマンションなんていうのも、住んだら面白いかもしれない」と冗談半分で周りに言いふらしたのが運のツキだった。
それを聞きつけた彩図社の編集長からかかってきた、「そこに住んで歌舞伎町の本を書いてみて。タイトルはルポ歌舞伎町で」というたった15秒間の電話でこの取材はスタートした。引っ越し先はもちろん、ヤクザマンションである。
「このマンションは近隣の相場に比べて家賃が低く、アクセスもいいのでとても人気なんですよ。この部屋も問い合わせが数件来ていましたし、お客さんラッキーですよ」
不動産会社の社員が笑顔で手続きを進めている。内見をふくめ顔を合わせるのは3回目だが、ここまでヤクザの「ヤ」の字も聞いていない。
となりでMCMのリュックを漁りながら契約の手続きをしているのは、おそらく風俗嬢だろうか。書類の提出日だというのにほぼ手ぶらでやってきたらしく、「こんなこともできないんじゃこの先何もできねえぞ。大家とも話がついてるし、もう引っ越すしかないんだから。俺が全部手取り足取りやってあげなきゃ、君はなにもできないんだろう」と元ラグビー部かなにかの店長らしき大柄な男性に叱られている。
■壁紙がはがれ、床はめくれている部屋も
私の部屋は5階の一室。オーナーは上海に住む中国人の女性で、管理は管理会社に丸投げしている。17平米のワンルームで家賃は管理費込みで月8万円。同じ広さで6万円代の部屋もあるが、そういった場合オーナーの管理がずさんで壁紙がはがれている、黄ばんでいる、床がめくれているなど状態はかなり悪いそうだ。
部屋の鍵を受け取り、翌日家財道具を運び込んだ。地下にある駐車場に車を停めようとすると、黒のアルファードが数台並んでいるのが目に入った。間違ってこすったりでもしたら一体どうなるのだろうか。漫画に出てくるようなゾロ目ナンバーまであり、古風な雰囲気すら漂う。今どき、これ見よがしにそんなナンバーをつけるヤクザがいることに驚きである。
1階と5階をエレベーターで何度も行き来していると、ホストと風俗嬢がひっきりなしにマンションのなかから出てくる。このマンションに住むホストたちが夕方店へと出勤し、風俗嬢は待機所になっている部屋からホテルへと向かうのだ。
■30分に1回サイレンが鳴る
歌舞伎町のヤクザマンションといえば、漫画家の山本英夫氏が『殺し屋1』(小学館)の舞台として描いたことでも有名である。作中には、マンションがヤクザ同士の抗争の現場となり、組が所有するSMクラブのプレイルームで、組員が皮膚に針を刺して天井から吊られ、拷問を受けているシーンがある。漫画のなかの話であるとはいえ、これから同じマンションに住むと思うと鬱々とした気分になってくる。
不用意に街のことを探りすぎ、いつか自分も同じような目に遭ってしまうのではないのだろうか。私は針が大の苦手で注射のときはいつも診察室のベッドに横になり、看護婦さんによしよしされながらやっとの思いで血を抜かれている。皮膚に針を刺して天井から吊られるなんて、絶対に無理である。
近くにある「九ラー」(九州ラーメン博多っ子)で晩飯を食べマンションに戻ると、1階の吹き抜けに手向けられた花に、3人組のホストが缶コーヒーをお供えしていた。同僚のホストが飛び降りたのだろうか。
夜になると街中でサイレンの音が鳴りだした。すぐ近くに救急車が停まり、拡声器から救急隊の声が聞こえる。サイレンの音が聞こえるたびに現場に飛んでいけば、そのうち何か事件のネタが掴めるんじゃないか。そんなことを考えていたものの、30分に1回は鳴るサイレンをまえに、その計画はすぐに中止となった。
ベランダに出ると、目のまえの駐車場で女子大生のような女がものすごい勢いで嘔吐(おうと)している。向かいのホテルバリアンの窓には裸の女性がぼんやりと透けて見える。服を脱いでいる最中なのか、シャワーを浴びているのか、騎乗位で跳ねている最中なのか見分けはつかなかったが、そのシルエットに私はしばらく見とれてしまった。
■「同業者が住んでないマンションに住みたい」
歌舞伎町の近辺(東新宿エリア)に住む風俗嬢たちの悲願、それは新宿6丁目にそびえ立つ地上32階建ての「コンフォリア新宿イーストサイドタワー」に、担当ホストと同棲することである。歌舞伎町は風俗の街と言ってもいいが、なにも風俗の街は歌舞伎町だけではない。風俗は日本各地に散らばっており、ソープランドだけで考えればやはりメッカは台東区の吉原であり、川崎の堀之内だ。つまり、歌舞伎町近辺に住んでいるのはホストクラブに通い詰める一部の風俗嬢ということになる。
深夜になると東新宿エリアでは、ホストと風俗嬢の同棲カップルがペットのチワワをガードレールに括りつけ、スーパーマーケットのマルエツで買い物をする姿をよく目にする。しかし、担当ホストとの同棲という夢を叶えた彼女たちには、一生解決することのない悩みがある。
歌舞伎町にある水商売専門の不動産会社で働く社員は、いつも彼女たちの不毛な相談に明け暮れるという。
「コンフォリア以外にもホストや風俗の子に人気のマンションはいくつかあります。彼女たちはいつも、“同業者が住んでいないマンションに住みたい”と言うんです」
風俗嬢が担当ホストとの同棲を実現する第一段階として、まずは東新宿エリアにマンションを借りること。そして、店に通いつめ担当ホストと身体の関係を持ち、その回数が増えていき、「もううちに住んじゃいなよ」と自宅にホストを転がり込ませる。典型的な成功パターンである。
■ホス狂いをバカにするホス狂いの風俗嬢
自分だけを一途に愛してくれている担当ホストとの幸せをその他大勢の風俗嬢たちに知ってほしい。Twitterでアピールしたい――。しかし、その感情とは裏腹に「ホス狂いと思われるんじゃないか」という不安もつきまとう。なぜなら、ホストを自宅に住まわせている自分以外の風俗嬢たちを、「ただのホス狂いが……」と普段から自分も軽蔑しているからである。
でも自分だけはどこにでもいるようなホス狂いではない。本当の愛を手に入れた幸せな女であると思いたい。でも、一緒に歩いているところをほかの風俗嬢に見られてしまったら。
「とはいっても、風俗の子が簡単に入れる物件ってやっぱり限られるじゃないですか。だから必然的に同業者が集まるマンションになってしまうので、悩んでも意味ないんですよ」
■自殺や殺人が多発する“呪われたマンション”
東新宿駅から徒歩6分。抜弁天(ぬけべんてん)交差点にあるマンションは、とある事件で世間に強烈な印象を残した。2019年5月に元ガールズバー店長・高岡由佳受刑者(当時21歳)が、「好きで好きでしょうがないから刺した」と、ホストの男性を包丁でメッタ刺しにしたのである。
エントランスで、血だらけになった高岡容疑者がタバコを吸いながら電話をしている画像がTwitter上に出回ったが、いまだに記憶に残っている人も多いだろう。前出の社員によれば、このマンションは界隈の不動産業界では不吉な物件として知られているという。
「あの事件のほかにも殺人、自殺が原因で数部屋が事故物件になっています。すぐ隣のマンションでも自殺が多発していて、両方のマンションを合わせて私が知っているだけでも10件近い事件・事故が起きています。真裏に墓地があるんですよ。あまりにも人が死ぬので呪われた2軒と私たちは認識していますね」
また、歌舞伎町2丁目の区役所通り沿いにあるタワーマンションは審査がゆるゆるで、キワモノ住人が多く集まる。歌舞伎町の本カジ(バカラ台が室内にあり、生身のディーラーがその場にいるカジノ)の元ディーラーの女性に聞いた話だ。
「インカジ(インターネットカジノ)は風林会館周辺のビルに点在していますが、本カジはこのタワマンに多いですよね。本カジが入っていたり、その向かいに半グレが住んでいたり、いろいろあるマンションですから、住人同士のトラブルもかなり多いですよ。ヤク中も多いし、よく住人が飛び降りています」
ヤクザの事務所が多数あることで、ある意味平穏が保たれているヤクザマンションよりも、こちらのマンションのほうが刺激的な日々を送ることができるかもしれない。築年数も浅いタワーマンションでありながら、27平米の部屋で11万ちょっとである。
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ルポライター
1992年生まれ。栃木県那須の温泉地で育つ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて6万部を超えるロングセラーとなっている。そのほかの著書に『ルポ路上生活』(KADOKAWA)『ルポ歌舞伎町』(彩図社)がある。
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(ルポライター 國友 公司)
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