マジメ、誠実、努力家、忍耐強い…そんな人ほど、マルチ商法やカルト宗教にダマされやすい脳科学的な理由
プレジデントオンライン / 2023年10月1日 13時15分
※本稿は、中野信子『人は、なぜさみしさに苦しむのか?』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■心の弱みに付け込む悪意ある人たちに要注意
「さみしい」と心の内を吐露し、話せる人を求めるのは人として自然なことですが、実はさみしいときこそ注意が必要です。
なぜなら、安易に“誰か”を求めてしまうと、その心の隙間に付け込もうとする人に利用されてしまうことがあるからです。心の隙間に付け込んでくるのは、例えば悪徳商法、詐欺、カルト宗教・怪しい新興宗教といったものです。
それらにかかわる人に共通しているのは、さみしい人に寄り添うふりをして、その心の弱みに付け込み、利己的に搾取するということです。ですから、さみしいとき、無理に誰かとつながろうとすることには危険があることを十分に知っておくべきでしょう。
人類の歴史において、人々のさみしさの受け皿となる役を担ったものに宗教の存在があります。例えば仏教系であれば、「仏に帰依する」「善行により徳を積む」「念仏」「唱題」といった行為により、「来世で救われる」「極楽浄土に行ける」「悟りを開く」という信仰であり、現世のさみしさの奥にある苦しみ、悲しみ、不安、恐怖といったものに対して、それに動じず、受け入れられる自分になるという教えがあるのでしょう。
本来の仏教というのは、そんないわば「ありのままの自分」になるための方法や環境づくりを、指し示してくれているのかもしれません。
脳は、体のなかでもっとも資源を消費する臓器なので、できるだけ活動を省力化しようとします。つまり、脳には常に自分の活動をセーブしようとする性質があり、よりわかりやすいもの、あまり考えなくても済むものを求めてしまう傾向があるのです。
■なぜ人は、あやしい宗教にハマるのか
「こうすればさみしさから解放されるよ」とシンプルに示されたり、わかりやすくて簡単な理屈や行為のプロセスがあったりすると、それに乗っかってしまいがちにもなります。
人間は本来さみしがりやで、弱い生物で、なおかつ脳が怠け者。だからこそ、宗教が必要とされてきたのでしょう。しかし、なかには反社会的なカルト宗教や、金儲けを企む悪意のある人が巣食う宗教も存在します。
そうした宗教は、脳の特徴や、さみしいという感情に潜む弱点を上手に利用して人を取り込もうとしてきます。さみしさを抱える人を洗脳し、その人の人生を搾取して破綻させてしまうことも珍しくありません。
大学などでも、地方から出てきたばかりで、ひとり暮らしにさみしさを感じているような学生が狙われやすいといわれます。サークル的な軽いノリと、一時的に少額の出費で活動させることで被害が表面化しにくくなっているものだと推測されます。
「こんなサークルに誘われているのだけど、どう思う?」と、現実に相談できる、信頼できる人が身近にいさえすれば、こうした集団に付け込まれないための防波堤になるのですが、そもそも、そうしたつながりを持たない人や、「自分は孤独で誰も理解してくれない」といった強いさみしさを抱えた人がターゲットにされやすいわけですから、とても対応策が難しいのです。
■「真面目な人ほど騙されやすい」という皮肉
「このままだとご家族に大きな不幸が訪れますよ」
そういって高価な商品を売りつける霊感商法などは、相手を動揺させ、パニックに陥れて理性的な判断をできるだけ妨害するような手口を使います。
人間は、不安や焦りによって心に余裕がない状態になると、平常時には考えられないような判断をしてしまうことがあります。騙されてしまいやすい人は、真面目で誠実、努力家で、忍耐強いのが特徴です。
どこまでも忍耐強く努力し続けられるのは、自身でも「これはいい行動だ」と判断し、自分が努力している状態そのものに対して脳の報酬系(なにかを達成したり誰かに褒められたりしたときなど、欲求が満たされたとき活性化し、気持ちよさ、幸福感などを引き起こす脳内のシステム)が活発になって、快感を生み出している状態と考えられます。
つまり、努力しているということ自体が達成感という報酬を生むので、その快感を求めて、また努力し続けてしまうというわけです。ここに罠があるのです。なにも達成しないまま努力と我慢だけで満足させられる状況が形成されてしまうと、いつしか努力することと我慢すること自体が快感となってしまいます。一種の中毒状態に陥るのです。
そうなると、もはや冷静な判断ができず、悪意ある他人に操作されやすい状態になってしまいます。真面目で努力家の人ほど、さみしさという心の隙間に付け込まれると、騙されやすいという特徴があるといえますが、なんとも世知辛い話です。
■「真剣に話を聞いてくれる人」を信用してはいけない
カルト宗教や怪しい新興宗教の勧誘など、言葉巧みにさみしさの隙間を突いて操ろうとしてくる人の危険性についてお話しましたが、話すことや言葉で支配するのとは逆に、「聞き役」に徹することで信頼を得て、相手を騙したり、支配したりすることもあります。
例えば、浮気をしがちな人は、モテる人でもあります。そして、モテる人の条件のひとつには、「聞き上手」であるということが挙げられます。聞き上手な人には、ついなんでも話してしまうものです。さみしい人ほど心の隙間を突かれ、話を聞いてくれるからということで、恋人、夫や妻、家族以外の人に拠り所を見つけてしまうのです。
また、聞き上手は、話を聞くだけではなく、自尊心をくすぐりこちらを肯定する言葉で寄り添ってきます。あまり互いのことをよく知らない間柄であるにもかかわらず、無警戒に自分の話をしてしまうときは、自分がさみしい状態だということを意識するといいかもしれません。
「話を聞いてくれる人=いい人・信用できる人」ではないということも意識しておくべきでしょう。人の話を聞くことは、脳にとっても相当な負担がかかる作業です。仲のいい友だちや家族であっても、真剣に話を聞くのは、なかなか難しいものです。
それを真剣に、あるいは真剣さを“装って”聞く人には、それ相応の意図があるのかもしれないのです。
■高齢者を狙う詐欺は「返報性の原理」を使っている
ハニートラップにかかってしまいやすい人や、話を聞いてくれる相手を信用し、不倫関係や浮気相手になってしまう人は、そもそも人というのは、人の話をなかなか聞かないものだということを知って、警戒する気持ちをどこかに持っておく必要があるかもしれません。
結婚すると思わせて相手の財産を奪う結婚詐欺や、妻を亡くした男性と実際に入籍して法定相続人になることで相手の財産を相続する「後妻業」など、超高齢社会を迎えた日本では、こうした法律と倫理の隙間を狙った、高齢者をターゲットにした詐欺や詐欺まがいのことも今後、増えてくるとみられます。後妻業が成り立つ背景には、高齢者が抱える老いへのさみしさや、孤独死への恐怖といった心理があるのでしょう。
そんなときに、「若い恋人が親切にしてくれて、結婚までしてくれるのだから財産など惜しくはない」「ともに未来は築けないが、せめて自分の財産でその愛情に報いよう」などと考えてしまう。ここには、「返報性の原理」があると考えられます。
返報性の原理とは、相手から厚意や恩を受けた場合、そのあとで自分も相手に「お返し」をしたいと感じる心理のことです。相手から受けた厚意に対し、自分もなにかお返しをしなければという気持ちが生じるのです。
後妻業も、老いへのさみしさや、孤独死したくないという高齢者の心理と返報性の原理を悪用した詐欺といえるでしょう。
■さみしすぎると冷静にものごとを考えられなくなる
さみしさを埋めるために、過食、お酒、薬物、ギャンブル、ゲーム、買い物、セックスなどに依存してしまうこともあります。
わたしたちの脳には報酬系という回路があり、苦労をいとわず様々なことを頑張れるのは、快楽という報酬を脳が欲しがるためであると考えられています。この快楽を受け取っているときには、様々なストレスから一時的に解放されたような感覚になります。
当然、さみしさもこのときには消え去ります。けれどもそれは一時的なもので、その快楽が減衰してくれば、またさみしさも戻ってきてしまいます。ドーパミンによる快楽でさみしさが一時的に消えるということを覚えてしまうと、なかなか抑制は利かなくなってくるでしょう。同じことを繰り返していくうちに、気づけば依存的になっているということも考えられます。
ドーパミンによる快楽そのものが悪いわけではありません。さみし過ぎると冷静にものごとを考えられなくなるというのは、体のどこかに激痛を感じているときと似ていて、心が痛い状態、といえるかもしれません。
■逃れるか、向き合うかで人生の結末は大きく変わる
その痛みを一時的に忘れるために、快楽を利用することを覚えてしまうと、それが常態化してしまい、本来はさみしさそのものを受け止めて処理することができたはずなのに、その心の靭性(しなやかさ)を手離すことにつながってしまうのです。
さみしさは、誰にでもある感情です。同時に、これは苦しいものだから、誰もがそのさみしさを忘れたいという気持ちを持っています。
けれどもそれを一時的に忘れようとして、目先の快楽に溺れる生活を選ぶのか、さみしさと向き合って、それさえも人生の豊かさの一側面であると考え自身の糧としていくのか、最初はほんの少しの違いなのですが、長い年月を経るあいだには大きな格差となって表れていきます。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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