なぜソフトバンク本社には和室があるのか…孫正義社長が会議と会議の間にやっていた「意外な習慣」
プレジデントオンライン / 2023年10月2日 10時15分
※本稿は、安川新一郎『ブレイン・ワークアウト』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■脳は睡眠中もボーッとしている時も活動している
前々回の記事でも触れましたが、私達の脳は、睡眠中もボーッとしている時も、デフォルトモードネットワーク(DMN/ワシントン大学医学部のマーカス・レイクル教授の研究により判明した脳の状態)が活発に活動しています。
DMNは外界ではなく自己の内部を対象として活動しています。自分の過去、性格、能力、感情や他人の考え、感情、そして将来への期待と不安等が対象です。例えば、私達が後ろ向きの気持ちでボーッとしていると、たくさんのマイナスの考えや負の感情が頭を巡り続ける時があります。
また、ボーッとシャワーを浴びている時に突然良いアイデアが浮かんだりします。
アイデアが浮かぶ場所として1000年前の中国の政治家・学者欧陽修(おうようしゅう)は馬上・枕上(ちんじょう)・廁上(しじょう)(便所)の三上が良いとしました。馬上というのは、馬に乗って移りゆく景色を眺めている時。枕上は、布団に横になっている時。廁上は、トイレでリラックスしている時です。いずれも、何も考えていないようで、DMNが活動している時です。
■瞑想と家事でDMNを落ち着かせひらめきを得る
このような良い面がある一方で、DMNが過剰に活発化すると、様々な雑念や思考がとりとめもなく出てきて止まらない、という状態になります。私もかつて経験した不眠症等もこれに含まれます。心の不安状態が長く続くと、神経伝達物質であるコルチゾールが出続け、脳に影響を与え、引きこもりやうつの症状を引き起こすことにもつながります。
瞑想(めいそう)を続けると、このDMNの活動を抑制しエネルギー消費を抑えながら集中できるという、瞑想とDMNの関係を分析した論文もあります。
とはいえ、日常生活のなかに瞑想を取り入れるのが難しいという人もいるかもしれませんので、同様の効果が得られるかもしれない方法を、ここで1つ紹介しましょう。
それは、「無心になって家事をする」ということです。
■ビル・ゲイツとジェフ・ベゾスの共通点
あまり知られていませんが、禅寺では清掃を始めとするあらゆる労務は「作務」と呼ばれ、坐禅と同じく重要な修行と位置づけられています。ブッダがどうしても経文を覚えることができない弟子に、経文の代わりに「塵を取る、垢を取る」と唱えながらの庭掃除を命じたところ、優秀な弟子よりも先に悟りを得たという逸話もあります。
作務を修行とする考え方には、禅修行を観念的な世界に終わらせず現実世界の身体性と一体化させる目的があると言われています。私は、作務には瞑想と同じく千々に乱れるDMN(デフォルトモードネットワーク)を抑制し、意識を集中させる修行効果があるためだと考えています。
例えば、世界富豪ランキングの1位、2位を争う、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツとアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスには、毎晩、夕食後に皿洗いをするという共通点があります。しかも2人共、皿洗いをすることが好きで、他の人にはやらせないとも断言しています。私の友人の中にも家事の分担という理由を超えて、皿洗いや掃除は自分がやるという人が多くいます。
これは、無心で家事や雑事に専念することが、瞑想した時と同じように(DMNを沈静化させ)、時にアイデアがひらめく効果をもたらすということに気づいているからかもしれません。瞑想の時間が取れない場合は、皿洗いや掃除等の家事を率先して行うようにすれば、家庭円満以外にブレインワークアウト効果が得られるかもしれません。
![アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス(写真=Seattle City Council/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/3/1200wm/img_c3cf0e88ee66058b0025fc1a467105fe305395.jpg)
■自己と世界が一体化した感覚が得られる
心が落ち着き、集中力が増し、アイデアがひらめく――瞑想には、こうした実利的なメリットも十分にありますが、その最も大きな効用は、自分の存在を世界の一部と見なす意識が芽生え、自己と世界が一体化した感覚が得られることです。
親ガチャ、会社ガチャ、上司ガチャ、等という言葉があります。スマホゲームの「ガチャ」のように自分では選べない環境のせいで、今の自分の状況が生まれていることを表す言葉です。過剰な自我(エゴ)に意識が向かい過ぎて、結果として、自分の不満な状況の原因を、自分の周囲の人々や置かれた環境の責任、つまり他責のみに帰してしまう思考です。
あるいは、自己中心化が進み巨大なエゴを抱えながらも、世界における自分を肯定することができない、自分が自分でないと感じる、自分自身を見失っている状態です。たとえ周囲が羨むような社会的な成功を収めていたとしても、それは当人としては地獄のような状況です。
■デジタルテクノロジーによる「今の時代特有の苦悩」
これらは、環境における相対的な自我(エゴ)が強くなりすぎたり、逆に小さくなりすぎたりして、バランスを崩している状況と言うこともできます。
自己(セルフ)も世界も万物は刻々と永遠に変化し続けるというのが仏教の教えですが、単なる自我(エゴ)からくる幻想の自分のイメージと、それに達していない現実とのギャップに苦しんでいるのではないでしょうか?
SNSの影響は否定できません。2019年のFacebook社の社内調査では、インスタグラムの利用によって「10代の少女の3人に1人が、体についてのイメージを悪化させている」と記されていたり、イギリスとアメリカの10代のインスタグラムのユーザーのごく一部は、インスタグラムによって自殺を考えるようになったという報告がされていました。これらは、デジタルテクノロジーによって拡張されてしまった自我(エゴ)と本当の身体性を伴った自己(セルフ)のギャップによる、今の時代特有の苦悩です。
![X、Facebook、YouTube、Instagramなど、SNSアプリのアイコン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/9/1200wm/img_79658b4fe29080d8fe2a797feded7933130568.jpg)
■呼吸を通じて自分の身体性に意識を集中させる
瞑想や坐禅によって、自我(エゴ)と自己(セルフ)の分離された状態を脱し、世界における等身大の自己を回復し、それを承認し受容し肯定することができるようになります。坐禅では、とにかく様々な形で、自分の呼吸に意識を集中します。
私の場合は、呼吸を通じて自分の身体性に意識を集中させていく中で、徐々に自分を包み込む空間に意識が向かっていきます。そして、小さな鳥のさえずりの声等、周囲の小さな音が聞こえてくるようになります。呼吸に集中するうちに、小さな観念や欲望で凝り固まっていた自分が少しずつ溶けていくような気持ちが訪れ、意識が徐々に身体を離れていく感覚に陥ります。
それによって、自分と他、自分と世界を隔てている壁のようなものが取り払われ、自分と世界が、共に変化し続け、そして徐々に一体になってくる感覚を感じるようになってきます。
■瞑想の効果は脳神経科学的にも確認されている
チベット仏教のダライ・ラマ14世が、自己否定感に悩むアメリカ人から、どうしたら良いかアドバイスを求められた時、通訳を通しても「自己否定」という言葉がどうしても理解できなかったというエピソードを伺ったことがあります。幼い頃から長時間の瞑想修行を積んだダライ・ラマにとって、自己と世界は限りなく一体化しており、その一体化して存在している世界を否定するという発想が、言語的に理解できないということだったようです。
瞑想によるこの状態においては、自己の捉え方に関与する側頭頭頂接合部と呼ばれる部位に「脱中心化」という変化が起きることが脳神経科学的にも確認されています。「脱中心化」とは脳領域のすべてのネットワークが統合され「自」と「他」の境界がなくなっていくことを指します。臨床心理療法的にも、これによってストレスや不安疾患が改善されると言われています。
ビジネスパーソンとしては、これによって自我(エゴ)の意識が徐々に弱まり、他、つまり仲間や組織や社会全体を常に俯瞰(ふかん)して考える方向に意識が向かっていくようになり、そして自然とリーダーシップが生まれるようにもなります。
■名経営者が「禅」を取り入れる理由
これまでも、松下幸之助氏、稲盛和夫氏等多くの日本の名経営者が禅を取り入れてきました。
これは経営者にとって、多くの現実と、様々な欲望が押し寄せる中で、まずは自分が立っている位置と自分自身の心の中を正しく観察することが非常に大切だからだと思います。経営者だけでなく私達も、それによって、
・集中力が高まることで業務の生産性が向上する
・現場の「気づき」力が高まり、顧客対応力や危機管理能力が高まる
などの様々な現実的な効果を感じることができます。
![座禅を行う僧侶](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1200wm/img_dae140fa8658d5c11005f7046693af37372337.jpg)
■優れたリーダーは「自己との対話」を大切にしてきた
シリコンバレーでも、坐禅はマインドフルネス瞑想法として広く取り入れられてきました。
代表例はスティーブ・ジョブズです。日本人の禅僧・乙川弘文を師と仰ぎ、毎日のように坐禅を行っていたと言われています。iPhoneやMacBookといった画期的な製品を開発する際、市場や顧客の声の分析でなく、自分の中の美意識に深く降りて考え抜くために瞑想を役立てたと言われています。セールスフォース・ドットコムの創業者マーク・ベニオフ、ペイパル創業者のピーター・ティール、リンクトイン会長のジェフ・ウェイナーも坐禅の実践者として知られています。
![安川新一郎『ブレイン・ワークアウト』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5c35e41d57fb454f382c8024250b7528117422.jpg)
また、『サピエンス全史』の著者として有名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、2000年にヴィパッサナー瞑想を体験して以来、毎日2時間瞑想し、毎年1カ月か2カ月は瞑想の修行に行くと語っています。そしてその目的は、「現実からの逃避ではなく、現実と接触するためだ」と説明しています。
徹底的に、自分と世界の境界をなくし、世界の現実と向き合う行為、それが坐禅による瞑想です。
坐禅という身体的な体験を伴う形でなくても、古来優れたリーダーは1人で静かに考える「自己との対話」としての瞑想の時間を大切にしてきました。最後の五賢帝・第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスは、折々の思索や自戒の言葉を書き留めた覚書『自省録』を書き記しましたが、英語のタイトルはMeditations(瞑想)です。宮廷の自室や、前線の野営テントで、皇帝としての職務の合間にも瞑想の時間を確保し、自己との対話を徹底して繰り返しました。
■ソフトバンクG孫正義社長の習慣
アメリカの実業家でテスラの共同設立者兼CEOとして有名なイーロン・マスクは、考え始めると急に瞑想状態に入り、自分の世界に引きこもってしまう奇癖があることで有名です。1つ判断を求める質問をすると、長い時には10分近くその場で沈黙し考え込むこともあると言われています。AppleのCEOティム・クックも、1つの質問に対して長く沈黙して答えを熟考することで知られています。
孫社長も、瞑想の時間を大切にしていました。社長室には、箱崎の本社ビル時代には畳と掛け軸の和室の間があり、汐留の本社ビル時代も社長室の隣には茶室と川の流れる日本庭園がありました。そこで会議と会議の間に、抹茶を飲んで坐禅をしたり散歩したりしながら、意識を集中させて考えをまとめていました。
![ソフトバンクの本社があった東京汐留ビルディング(写真=っ/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_18f2ff3b7d65e72324ffbf9a47dbccdf359838.jpg)
また大切な朝一の打ち合わせの時には、自宅でサウナに入って思考と集中力を最大限高めてから会議に臨むことを当時は習慣にしていました(朝一の会議で逆光の朝日に孫社長の頭から文字通り湯気が立ち上る瞬間を何度も目撃したことがあります)。また、徹底的に考える時に社長室で木刀やバットを黙々と振っていたのは、思考の集中のためだったのかもしれません。
坐禅のスタイルではなくても、脳にとって静かな瞑想の時間を確保することは大切だと理解できます。
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東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員
グレートジャーニー代表。1991年、一橋大学経済学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーへ入社、東京支社・シカゴ支社に勤務。99年、ソフトバンクに社長室長として入社、執行役員本部長等を歴任。2016年、社会課題を解決するコレクティブインパクト投資と未来社会実現のための企業支援に向けグレートジャーニーを創業。これまで東京都顧問、大阪府・市特別参与、内閣官房政府CIO補佐官、Well-being for Planet Earth共同創業者兼特別参与等、行政の現場や公益財団活動からの社会変革も模索している。
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(東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員 安川 新一郎)
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