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日本は問題教師に甘すぎる…手を出さずとも「わいせつ写真保持で永久追放」というイギリス教員ルールの厳格さ

プレジデントオンライン / 2023年9月30日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monkeybusinessimages

こども家庭庁が導入を目指している「日本版DBS(=Disclosure and Barring Service)」。子どもと働く人に「性犯罪歴なし」という証明を求める制度だが、モデルとなったイギリスでは、どのような運用がされているのか。イギリスの中高一貫校で働いた経験を持つ松原直美さんは「犯罪歴証明書を提出するだけでなく、採用試験の面接では指導も行われ、決して性犯罪は起こさないという覚悟を感じた。日本のDBSの議論は生ぬるいと言わざるを得ない」という――。

■「禁じられた人リスト」に載ったら業界から永久追放

イギリスでは18歳以下の子どもと接する職業に関わるすべての人に、常勤・非常勤にかかわらず政府が発行する犯罪歴証明書(以下DBS)が必要だ。

子どもと働く人の適性調査の歴史は古く、非公式には1926年に始まっていた。すでに19世紀初めには、学校の指導者が生徒に対し身体的な暴力や性的な暴力をふるい咎(とが)められたという記録もある。しかし法制が整備されたのは1980年代だ。以来、適性調査は徐々に強化され、2012年にDBSチェックの制度が確立した。

DBSチェックの証明書は基本・標準・拡張・就業禁止者リスト付き拡張の4種類に分かれている。基本の証明書では、過去の処罰が済んでから一定期間が経過している前科は表示されない。一方、拡張の証明書は過去に起こしたすべての犯罪が表示される。イギリスの保育園から高校までの教育機関で教員として採用されるには、「就業禁止者リスト付き拡張」の証明書が必要で、公立・私立を問わず「子どもと接する仕事を禁じられた人リスト(DBS Children’s Barred List)」に登録されていないことが明記されていなければならない。

このリストに一度登録された人は、どんなに時間が経っていても子どもにかかわる仕事に就くことはできない。例外は、登録されてから規定の期間が経った後に再審理を要求し、再審理で最初の判断がくつがえった時だけだ。一方、日本では犯罪の刑の効力は一定期間経てば消滅する規定があり、性犯罪を犯していても一定の条件を満たせば教員に復職できる。これはイギリスと比べると手ぬるいと言わざるを得ない。

■手を出さなくても「わいせつ写真保持」でアウト

このリストに加えられた人とは、主に子どもの心や体に危害を加えた者を意味する。

具体的には、体罰や言葉の暴力、性的暴行などはもちろんのこと、子どものわいせつな写真を所持しているだけでもリストに加わる。

例えば数年前、地方の公立共学校の教員が、インターネットからダウンロードした少女のわいせつな写真を大量に保持していたことが発覚。生徒に直接手を出したわけではなかったので投獄実刑は免れたが、教壇に再び立つチャンスを永久に失った。「たったこれだけで教員が無期免職?」と思った方もいるのではないだろうか。

さらに、このリストに登録された者は大学の教職課程を受講することすらできない。イギリスには日本の教員免許にあたる制度はなく、大学で教職課程を取らなくても私立校の教員になれるが、教職課程を取っていた方が就職に有利である。このように教員になる前段階から、徹底した防止対策を行っているのだ。

サイトを閲覧する男
写真=iStock.com/M-Production
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/M-Production

■筆者が体験したハロウスクールの採用面接

イギリスで教員に採用されるには、どのような審査が行われるのか。

私は2013年、商社勤務の配偶者の転勤でイギリスのロンドンに引っ越した。その数カ月後、私立中高一貫校のハロウスクールで日本語を教える非常勤講師の職の公募があった。私はそれまでに配偶者の駐在地であったタイとUAEにて現地の高校や大学で日本語を教えてきたので、今度はイギリスで教えてみたいと思い、出願した。

志望動機や経歴、自己紹介などを熱心に書いて送ると、約1カ月後に書類選考を通過したことを告げる手紙が届いた。その手紙には学校で模擬授業と面接がある旨が記載されていたが、「面接ではあなたの履歴書に書かれている資質が本当に備わっているのかを確かめるとともに、あなたが子どもの仕事に適性があるかどうかを審査する。その際、子どもの安全保護・福祉促進対策(safeguarding children and promoting their welfare)に関して問う」と書かれていた。

面接対策として、授業のやり方や今までの教師経験については必ず聞かれるだろうと予想していたので、それらは綿密に準備した。しかしイギリスで教育に関わるのがはじめての筆者にとって「子どもの安全保護」については、その意味もどう準備してよいかもわからないまま面接に臨んだ。

■日本語教師の採用なのに「保健」の教員が面談

模擬授業と面接は同じ日に行われた。

招集時間は朝8時で、校長室だった。そこで、イギリス人女性の日本語教員T先生や事務員と挨拶を交わした後、模擬授業を行う校舎に向かう。模擬授業は生徒と教員の前で約40分行い、それが終わったのが九時半。それからT先生との面接があったが、それは予想通り日本語教育に関することだった。その面接が20分程で終わりT先生が教室を出ていくと、次は外国語学科長である男性のP先生が入ってきて、面接が約20分続いた。最初は語学教師としての能力を問う質問があったが、次第に教師になった動機や教師としての信条など内面を見る質問に移っていった。

これら二つの面接で終わりかと思ったら、3番目の面接があるという。

P先生は別の教室に私を連れて行き、そこで保健教育の女性教員との面接が約30分間行われた。私はなぜこの先生と面談が必要なのかわからず、内心かなり驚いた。面接の主なテーマは「生徒が抱える諸問題を解決するためにどうすべきか」だった。「生徒の問題に気づいたら、すぐに他の人と情報を共有すること」が大切なことを説き、私がそれを納得したかどうかの同意を求めた。私は「まだ就職が決まったわけではないのに……」と思いつつ同意した。

面接
写真=iStock.com/sturti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sturti

■安全保護意識を確かめる長時間の面談

面接はこれで終わりではなかった。約30分の休憩時間を挟んで、四番目の面接があった。今度の相手はパストラル・ケア担当の熟練男性教員である。パストラル・ケアとは、生徒の学習環境・生活環境を保護し、生徒が問題なく学校生活を送れることを目指す取り組みである。ここでも彼は、まだ採用が決まっていない私に向かって、教師のあるべき姿や教師が注意しなくてはならないことをしゃべっていた。なんと、面接は1時間をゆうに超えた。正直に言うと、話が長すぎて彼が何を言ったかはあまり覚えていない。やっと終わって、解放された時に、思わず安堵(あんど)のため息をついてしまったことは覚えている。

模擬授業から始まり、4番目の面接まで全部の過程が終わったのは午後1時近かった。3番目と4番目の面接は、面接というよりは生徒の心身の健康や安全について注意すべき点の細かい指導だったが、この二つの面接だけで約2時間使った。これらの面接こそ子どもの安全保護に関する私の態度を試す面接だったのだと後になって思った。

今まで日本語教員として働いてきたタイの公立中高一貫校やUAEの国立大学では、働き始めてから「生徒に接する時の注意点」を上司や事務局からいくつか教えられたが、就職前にこのような面接は一切なかった。だから、イギリスの学校の採用試験の違いが際立った。

■書類でも「安全保護」を再チェック

後日、面接試験合格の連絡が来た。喜び勇んで学校の校長室に行くと、校長秘書からDBSチェックを受けるように言われ、その申請書を手渡された。申請にかかる費用は当時約5000円で、学校が支払ってくれた。DBS証明書を得るためには、申請書に過去数年間に住んできた住所すべてや家族の氏名などを記入し、担当政府機関に封書で提出する必要があった。それから警察が身元調査をするので、証明書の交付まで約一カ月かかる。しかし、これを学校に提出してからでないと正式な採用に至らないことをこの時点で知った。

校長秘書からは、申請書の他にもイギリス教育省発行の子どもの安全保護に関する書類と、学校が独自に発行する同類の書類を渡され、待機中に読んでおくように言われた。面接であれだけ生徒に対する態度に釘を刺されているのに、今度は何十ページも書類を読まなくてはならないのか……と不謹慎にも思ってしまった。これらの書類は、読み終わったら「読みました」とサインした証書を提出しなくてはならなかった。なお、現在はオンラインによる子どもの安全保護対策講習がハロウスクールの新規採用者に課されている。

実際のDBS証明書
筆者提供
実際のDBS証明書 - 筆者提供

DBS証明書に期限はないが、3年に一度はアップデートすることが政府によって推奨されている。また、一度DBSに登録すれば、情報を自動的にアップデートできるオンラインサービスに有料で加入することができる。

■「生徒に触れてはいけない」

働き始めてからは直接の上司にイギリスの学校とその学校のルールを教わった。

一番厳しいと感じたのは、イギリスの教員は基本的に生徒に触れてはいけないという規則だ。ただしスポーツや楽器など何か技術を教える時などは例外とされる。この規則に関しては賛否両論があり、生徒を励ます時・褒める時なら触ってもよいという意見も多いが、勤務先の学校では原則禁止だった。

その他、勤務先では個人的な写真は生徒の同意なく撮ってはいけない、個人のメールアドレスや電話番号を聞くことは特別な場合を除いて禁止、フェイスブックで友達になるのは禁止、などの規則があった(ただし生徒が卒業すればこれらのルールは適用されない)。これらの禁止事項は生徒にも周知されており、違反している教員がいれば、生徒は訴えることができる。

生徒が学校行事で学校外の大人と接触する場合も、学校の審査は厳しい。例えば、日本語を学んでいる生徒たちを日本に語学研修旅行に連れて行く際のこと。日本語力向上のためには日本人家庭にホームステイをするのが良いだろうと思い、私はそのような旅行計画書を学校に提出した。すると「ホームステイ先の家族はDBSチェックを受けているのか?」と学校から聞かれた。「日本にはそのような制度がありません」と言っても学校は満足しなかった。だから、ホームステイを請け負う日本の会社がホストファミリーの家を実際に訪問し家族と会って彼らが適正であるか審査していること、その会社がきちんとした経営をしている会社であることを証明してようやくホームステイの許可が下りた。

学校では「生徒の心と体の安全」について学ぶ定期的な研修会も欠かさない。1年は3学期制で、各学期の授業がはじまる前日に教員も学食のコックも清掃係もスポーツコーチも全員が集まるミーティングが開かれる。そこで必ずこのトピックに関する講義がある。たいていは外部から専門家を招く。私はある学期の全体ミーティングの日に日本から来客があったので学校に休ませてほしい旨の連絡を入れたが、「よほどの理由がない限り欠席は許されない」というコメントが返ってきた。

■ここまで厳格でも事件は起きる

イギリスでは教員に対して、これだけ厳しく、かつ頻繁に生徒への不適切な行為をしないよう戒めているのだから、懲戒処分になる教員は少ないだろうと思いきや、そういうわけでもない。

2012年にDBSチェックが教育関係者に導入されて以来、違法行為を報告された教員数は増加傾向にある。イギリスの構成国のひとつイングランドだけでも2022年には108人の教員が永久に教職を失った。そのうち35人が性的違法行為だった。常勤の教師数だけでも約47万人なので、この数字が多いか少ないかは個人の判断によると思うが、学校から永久追放された元教員は氏名や職歴、罪状によっては顔写真もが新聞やネット上で公開されているので、彼らが将来経歴をいつわるのは難しいだろう。日本では、「性犯罪者の個人情報を開示すると犯罪者の人権が守られないのでは」という議論があるのとは大きな違いだ。

また、イギリスでは政府がDBSチェックで該当する罪状を細かく定め、公開している。その数は約1000にのぼる。一方、日本では性犯罪の取り扱いが自治体ごとに定められた条例によって違うことがあるので、この点もイギリスでの罰則は首尾一貫している。

イギリスではかなり古い事件でも被害者が申し立てできるので、違法行為の報告数はさらに増えそうだ。例えばロンドンの某有名私立男子校では、有名な新聞社が2014年に過去に起きた虐待や性犯罪を指摘したことがきっかけで、その被害者が警察に陳述し数々の隠蔽(いんぺい)されていた犯罪が露見した。警察は複数の男性教員を1960年代から現在に至るまで調査、それぞれ懲役や教員永久追放などの刑を科した。過去に性的な暴力を振るった加害者が刑罰を受けず野放しになっているのを、現在のイギリス社会は許さないという態度がこの事例から読み取れる。

日本と外国ではその社会背景や教育制度が違うので、外国で機能しているルールが日本でそのまま奏功するとは限らないが、日本での学校問題の解決策を考える際、イギリス政府や学校の取り組みも参考にできるのではないだろうか。

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松原 直美(まつばら・なおみ)
日英欧研究学術交流センター研究員
1968年東京生まれ。上智大学経済学部在学中、一年間米国留学。早稲田大学アジア太平洋研究科国際関係学博士課程中途退学。商社勤務の配偶者の転勤で住んだタイでは地元の公立中等教育機関で、ドバイでは国立大学で、ロンドンでは私立中等教育機関で日本語教育に携わる。現在東京都在住。著書に『英国名門校の流儀 一流の人材をどう育てるか』(新潮新書、2019年)がある。

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(日英欧研究学術交流センター研究員 松原 直美)

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