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「高収入のベテラン社員」が真っ先に代替されていく…「AIに仕事を奪われる3億人」を具体的に考える

プレジデントオンライン / 2023年10月1日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/photoschmidt

AIが人間の仕事を奪うというのは本当なのか。KDDI総合研究所リサーチフェローの小林雅一さんは「米プリンストン大学の調査では、人文科学系の大学教授や法律事務職、保険外交員が大きな影響を受けるという結果だった。生成AIは人間が長年の経験によって培ってきたスキルも代替できるので、ベテラン社員はこれまでより不利な状況に置かれるだろう」という――。

※本稿は、小林雅一『AIと共に働く-ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか-』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。

■生成AIが3億人分の仕事を置き換える

米ゴールドマン・サックスは「(ChatGPTなどの)生成AIは世界全体で3億人分の仕事を置き換える可能性がある」とするレポートを発表しました("The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth(Briggs/Kodnani)",Goldman Sachs Economics Research, 26 March 2023)。

それによれば、米国では現在存在する職業の約3分の2が生成AIの影響を受ける見込みです。ただし影響を受けるとは言っても、それらの仕事が必ずしもAIに奪われるというわけではありません。AIに置き換えられる恐れがあるのは、それら(影響を受ける)職業の25~50パーセント程度といいます。

様々なポストの中でも、特に事務・管理支援職の46パーセント、法律事務職の44パーセント、建築設計・エンジニアリング職の37パーセントが生成AIの影響を受けると予想しています。これらは米国の雇用市場に与える影響ですが、欧州でもほぼ同じ調査結果となっています。

■アメリカのZ世代、高卒の70%以上が懸念

また、その裏返しでもありますが、逆に「生成AIの活用によって労働生産性が向上し、世界のGDP(国内総生産)を約7パーセント引き上げる可能性がある」とするポジティブな予想も示しています。世界のGDPは推計で約85兆ドル(1京2000兆円)程度と見られますから、その7パーセントは約6兆ドル(840兆円)と莫大な金額です。

一方、米国のオンライン就職斡旋業者が実施したアンケート調査では、現在米国で仕事を求めている人の62パーセントが「ChatGPTと生成AIが自分達の仕事を代替する事を懸念している」と回答しました("The ZipRecruiter Job Seeker Confidence Survey," ZipRecruiter, 2023 Q1)。このような懸念を抱く人の割合は、より若い世代で、なおかつ教育年数が短くなるほど増します。

例えば「ベビー・ブーマー(1945~1964年に生まれた人達)」の41パーセントが生成AIに懸念を抱いているのに対し、「ジェネレーションZ(1997年以降に生まれた人達)」ではその割合が76パーセントにまで高まります。

また大学院の学位を持っている人達では生成AIに対する懸念を抱いている割合が全体の52パーセントですが、最終学歴がハイスクール(高等学校)の人達では72パーセントにまで高まります。

■最大の“被害者”は人文科学系の大学教授

米プリンストン大学の研究チームも「生成AIによる職業への影響」を予想しています("How will Language Modelers like ChatGPT Affect Occupations and Industries?" Ed Felten et al., Princeton University, SSRN, March 6, 2023)。

この調査によれば、生成AIによって最大の影響を受ける職種は「大学の人文科学系の教授」です。人文科学とは、たとえば「文学」「哲学」「歴史学」「人類学」等々の学問分野です。これに続いて、「法律事務職」「保険外交員」「テレマーケター(電話による商品・サービス販売員)」の順となっています。

大学の教室での講義中に生徒と話す成熟した教師の背面図。
写真=iStock.com/Drazen Zigic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Drazen Zigic

ただし、ここでも「『影響を受ける』ということが必ずしも『仕事を奪われる』ということを意味するわけではない」としています。

ChatGPTの開発・提供元であるOpenAIは、そのサービスのベースにあるGPT-4など大規模言語モデル(LLM)が労働市場に与える影響を分析したレポートを発表しています("GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models," Tyna Eloundou et al, Open AI, March 27, 2023)。

■デザイナーは影響小、ジャーナリストは影響大

それによれば、米国の労働者の約80パーセントがLLMの導入によって仕事の少なくとも10パーセントに、また約19パーセントの労働者は仕事の約50パーセントに影響を受ける可能性があるといいます。

具体的には、ジャーナリスト、翻訳者、作家、ウェブ・デザイナー、会計士などは影響を受け易く、投資ファンド・マネージャーやグラフィック・デザイナーなどは影響を受け難いとされます。

一方、米マサチューセッツ工科大学(MIT)は、ChatGPTが「マーケティング担当者」「グラント・ライター(米国で政府や地方自治体などに提出する助成金の申請書を書く専門の代行業者)」「コンサルタント」「データ・アナリスト」「人事担当者」「管理職」など一連の職業に与える影響を分析しました("Experimental Evidence on the Productivity Effects of Generative Artificial Intelligence," Shakked Noy et al, MIT, March 2, 2023)。

実際に、これらの職業に従事している労働者444名を集め、2つのグループに分けて(通常30分で終わるような)短いレポートやプレスリリース(報道機関向けの発表文書)等を書く仕事をやらせました。

■ChatGPTを使うと作業が短く、満足度が高い

その際、片方のグループはChatGPTを利用し、もう片方は自分の力だけで文章を書きます。両者を比較したところ、ChatGPTを使ったグループは使わない方よりも平均37パーセント、実時間にして約10分、作業時間を減らすことができたといいます。

また仕事に対する満足度でも、ChatGPTを利用したグループはそうでない方よりも20パーセント上回りました。

マイクロソフト研究所(Microsoft Research)は、マイクロソフトなどが提供する「GitHub Copilot(ギットハブ・コパイロット)」がソフトウエア開発者(プログラマー)の仕事に与える影響を調査しました("The Impact of AI on Developer Productivity: Evidence from GitHub Copilot," Sida Peng et al., Microsoft Research, GitHub, Feb. 13, 2023)。

GitHub Copilotは様々な生成AIの中でも「コード生成AI」の一種です。これは文字通りコード、つまりコンピュータ・プログラムを自動生成する人工知能です。

この調査でも多数のプログラマーを2つのグループに分け、片方はGitHub Copilotを使って課題のプログラムを書き、もう片方は使わずに同じ仕事をしました。両者を比較したところ、GitHub Copilotを使ったグループは使わない方よりも55パーセント短い時間で仕事を終えることができたといいます。

■ベテラン従業員の強みが生成AIに奪われる

また(MITによる)ChatGPTに関する調査でも(マイクロソフト研究所による)GitHub Copilotに関する調査でも、これら生成AIの恩恵を最も受けたのは、経験に富む労働者ではなく、経験の浅い労働者(概ね若年労働者)でした。つまり本来、長年の経験によって培われるはずのスキルが、生成AIによって代替されたことを示唆しています。

これは労働者側から見て、良いような悪いような複雑な結果です。

と言うのも、社会に出たばかりの若年労働者にとっては、ChatGPTのような生成AIを使えば、いきなりベテラン従業員らと同じように働くことができますから、社内での評価も高まるし、昇給・昇進も早まるかもしれません。

しかし逆にベテラン従業員、特に体力や集中力の衰えを経験で補ってきた中高年の労働者はそのアドバンテージを生成AIに奪われてしまいますから、これまでよりは不利な状況に置かれます。特に合理的で割り切った考え方をする企業であれば、(生成AIのサポートも含め)総合的に同じパフォーマンスが期待できるのであれば、ベテラン従業員よりは給与を低く抑えることのできる若年労働者を選ぶということになるかもしれません。

■労働需要が伸びていくSEやプログラマーは安泰

また、この調査結果は、少し前に紹介したオンライン就職斡旋業者によるアンケート調査とは相反する結果となっています。つまり労働者側では若年層になるほど生成AIに恐怖心を抱いていますが、実際の効果を見る限り、むしろ生成AIは若年労働者の味方になる可能性が高いようです。

その一方で、生成AIの導入によって個々の労働者の生産性が上昇すれば、同じ仕事をこなすために必要な労働者の数は減少するということにもつながります。もちろん、その仕事に対する社会的な需要が今後、どんどん高まっていくのであれば問題ありません。

たとえばソフトウエア開発者、つまりシステムエンジニア(SE)やプログラマーに対する労働需要は現在非常に高いし、今後も相当の伸びが期待されます。ですから、その業務をサポートするGitHub Copilotのような生成AIがソフト開発の現場に導入されても、それによってSEやプログラマーの雇用が失われる危険性は(少なくとも当面は)低い。むしろ個々の労働者の生産性を上げるプラス効果の方が大きいでしょう。

デスクトップコンピュータバックライトキーボードでの人の手の入力に焦点を当てます。画面 コーディング言語ユーザー インターフェイスが表示されます。ソフトウェアエンジニアが革新
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

■人間たちを働かせる「新しい職業」は生まれるか

逆に新聞・雑誌記者のような文筆業者の場合、今後、それほど高い労働需要は期待できない。となると、ChatGPTのような生成AIは(どちらかと言えば)味方というよりも敵になってしまうかもしれません。

よりマクロな視点から見ると、「生成AIによって代替された雇用を補う、あるいはそれを上回るほどの雇用を生み出す新たな職種(業界)が生まれるかどうか」が重要なポイントです

18世紀後半の産業革命以降、蒸気機関や電気技術、半導体技術やロボティクスなど次々と画期的な技術が誕生し、多くの労働者はそれに翻弄されてきました。しかし今から振り返れば、そうした新しい技術は次々と新しい職業も生み出し、総合的に見れば雇用市場は拡大してきました。

問題は「今回の生成AIでも同じ結果になるかどうか?」ということです。

■進化し続ける生成AIに追いつけなくなる未来

そこで気になるのは生成AIの柔軟性、つまり適応力の高さです。生成AIに多彩なデータを次々に与えて機械学習させるとどんどん新しい能力を育んでいきます。

ですから今の生成AIではできない、あるいは不得意とされていることでも、近い将来にはそれを楽々とやれるようになるかもしれない――これは生成AIと対峙する労働者にとって、あまり好ましい状況とは言えないでしょう。

小林雅一『AIと共に働く―ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか―』(ワニブックスPLUS新書)
小林雅一『AIと共に働く-ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか-』(ワニブックス【PLUS】新書)

たとえばコンピュータ・プログラマーへの労働需要は今のところ高いですが、既にプログラミングを行うGitHub Copilotのようなコード生成AIは存在します。今後、その精度がどんどん高まっていけば、プログラマーの必要性が失われていくかもしれません。

これに対応するために、現在のプログラマーが今後はシステム設計のような、より上流工程へと職種転換を図ったと仮定しましょう。しかし生成AIの方でも、間もなくシステム設計ができるようになれば、折角努力して就いた新しい職業も奪われてしまう恐れが出てきます。これでは労働者の方でいくら頑張っても追いつきません。

つまり生成AIは、私達労働者にとって「動く標的」となる可能性が高いのです。静止した標的であれば、落ち着いて狙いを定めれば射落とすことができますが、動く標的は厄介です。その動く方向やスピードを事前に予測することは難しいからです。

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小林 雅一(こばやし・まさかず)
KDDI総合研究所リサーチフェロー
1963年、群馬県生まれ。情報セキュリティ大学院大学客員准教授。東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。ニューヨークで新聞社勤務、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭を執った後、現職。著書に『AIの衝撃 人工知能は人類の敵か』(講談社現代新書)、『クラウドからAIへ アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』(朝日新書)、『生成AI 「ChatGPT」を支える技術はどのようにビジネスを変え、人間の創造性を揺るがすのか?』(ダイヤモンド社)などがある。

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(KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一)

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