「中国の半導体産業」は滅亡の危機…日本政府の「23品目の禁輸措置」に中国企業が怯えている理由
プレジデントオンライン / 2023年10月14日 9時15分
※本稿は、福島香織『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)の一部を再編集したものです。
■「半導体三国同盟」が中国を追い詰めている
米中半導体戦争が新たなステージに入った。
米国はオランダ、日本との「半導体三国同盟」で、中国の半導体産業包囲網を形成している。
2022年10月、米国商務省は包括的な法律を可決し、特定の研究実験室や商業データベースセンターが先進的な人工知能半導体を取得することを禁止するとともに、その他の制限措置も盛り込んだ。
米国はさらに、日本やオランダを含むパートナーに半導体製造設備を中国に輸出しないようロビー活動を行った。
■米中の支援合戦が続く
一方でバイデン大統領は同年8月にチップ法案に署名し、米国の半導体生産と研究に527億ドルを支出し、240億ドル相当の半導体工場の税収を控除している。
これに対して、中国は1兆元を超える半導体産業支援計画を打ち出している。これは中国の半導体自給自足(国産化)に向けた重要な一歩と位置付けられている。
計画では、中国企業が国内の半導体設備を購入するための補助金に大部分の財政支援が充てられる。主に半導体製造工場、ファブの建設費用であり、企業は建設コストの20%の補助金を得られるという。
最近の中国における財政出動の中では最大規模で、5年にわたり、国内の半導体生産と研究活動に対して、補助金や税金免除などの支援を行う。
米国の対中半導体産業圧力に対抗するには、中国としては半導体産業の国産化の道しかないのだ。
この発表を受けて、香港市場の中国半導体関連株が爆上がりした。
中国のこの新たな計画の受益者は、半導体産業の国有企業と民営企業、特に大型半導体設備企業、ファウンドリだろう。
たとえば北方華創科技術集団(NAURA)やKingsemiなどだ。
実際、こうした中国半導体製造業の株価は急上昇した。
■日本の禁輸措置が中国の半導体国産化を阻む
だが、中国の半導体国産化の道程は、けっして簡単ではないようだ。
日本は2023年7月から半導体製造設備領域23品目の対中禁輸を実施しているが、米国以上に、この日本の対応が、中国の半導体国産化の道を阻むだろう。
この措置を日本政府が発表した1週間後の5月31日、中国のウェハファブ業界関係者が中国メディアに語ったところでは、多くの業界人が、この日本の禁輸措置に呆然としており、日本製設備に巨大なリスクが潜んでいることを改めて意識したという。
米国の半導体禁輸に対し、業界はすでにリスク評価をしてきたが、日本製品についてはリスク評価が進んでいなかった。むしろ米国製から日本製、韓国製設備に切り替えたり、海外の中古市場で日本製半導体設備を購入するといった動きに出ていた。
中国は、日本がそこまでやるとは想定していなかったのだ。
■「日本の措置がショックを与える」
中国は世界最大の半導体市場であり、日本の半導体産業にとっては最大の輸出市場だ。
日本の半導体産業は生産設備と原材料において優勢であり、この分野の毎年の対中輸出額は100億ドルを超えている。
端子やチップの設計と比較すると、チップ製造(ファブリケーション)は中国半導体産業が苦手とする分野だ。
日本企業中国研究院執行院長の陳言は「今回の輸出規制は最も厳格で全面的なものだ。米国の対中エンティティリストなどに基づく輸出規制措置と比べると、日本の措置は業界発展の根本にさらにショックを与えるものだ。なぜなら米国企業はチップ設計と完成品の輸出が主だが、日本企業はチップ製造設備・装置と原材料が得意だからだ」と言う。
■世界の半導体製造装置トップ15社のうち7社が日本企業
業界内筋によれば、23品目の半導体製造設備・装置などのリストは、主要な半導体のフロントエンド生産、ブランクシリコンチップ上に回路を完成させる工程に使われるもので、その後のパッケージング用装置は含まれていない。
その内訳は、熱処理設備1、洗浄設備3、リソグラフィ装置4、エッチング装置3、検査・試験装置1、薄膜蒸着装置11となる。
公開資料では、リソグラフィ設備の生産はニコン、キヤノンが主で、フォトレジスト塗布装置やドライエッチング装置、蒸着装置などは東京エレクトロンが主に生産している。
米国半導体産業調査企業のVLSIリサーチの調べによると、2020年には世界の半導体製造装置トップ15社のうち7社が日本企業だった。その日本の半導体製造装置メーカーにとって、中国市場は重要な収入源だった。
■先端半導体生産ラインに打撃
23品目は日本企業が最も得意とする分野であるが、半導体製造工程のすべてをカバーするわけではない。
通常、ウェハ生産ラインだけでも、必要な半導体製造装置は100種類を超える。
日本の禁輸リストは、装置に適用されるプロセスノードが明確に示されていないが、詳しい弁護士や業界人によれば、具体的装置の記述や過去の日本が制限してきたカテゴリーを見る限り、先端プロセス半導体製造で必要な設備だと思われる。
14nmを境に、チップ製造は先端プロセスと成熟プロセスにわけられ、より小型化されるほど、プロセスは高度になる。
業界筋によれば、現在、中国全国に数百あるファブ(半導体製造工場)の中で、実際に先端半導体を生産しているところはまだ少ないという。
日本の措置があっても、成熟プロセスの製造ラインは当面影響を受けないが、先端プロセス製造能力を持つ企業の拡大スピードにはある程度の影響があるという。
中国国内にはそのような企業が4~5社あり、それぞれ複数の先端半導体生産ラインをもっているという。
■「戦略的経済制裁」と受け止めた
実のところ、日本はずっと半導体分野の輸出管理政策を実施している。
日本はワッセナー・アレンジメント(通常兵器の輸出管理に関する協定)のメンバーであり、半導体製造装置について輸出管理に対応する必要があった。
ただ、北京市グローバル弁護士事務所上海パートナーの趙徳銘によれば、多くの薄膜蒸着装置など、大部分はワッセナー・アレンジメントのデュアルユース(軍民両用)アイテムリストにまだ含まれていないという。
今回の日本の半導体設備輸出管理政策は、ワッセナー・アレンジメントの枠組みを完全に超えており、中国は明らかな戦略的経済制裁と受け止めた。
■メンテナンスにも制限
日本はEUと同様、日本国外で生産された製品に対する、厳格な意味での再輸出管理はないため、これが規制の隙間となっている。
中国企業にしてみれば、日本製の半導体製品が完全に入手不可能になったわけではなく、入手ルートが狭まっただけ、という見方もある。
だが、重要なのは、輸入後の製造装置のメンテナンスの問題だ。
日本の制裁は、過去に輸出した半導体製造装置のアフターサービス、メンテナンスも許可制という、非情なまでに厳しいものだ。
日本のメーカーが許可証を申請し、日本政府の許可を得れば修理は可能だが、政府の判断基準は日本の国際政治上の立場や環境で随時変化すると見られる。
第三国から中古品を調達しても、修理に必要な部品が調達できないということになる。
中国企業、および輸出する日本企業の政治的、経済的な知恵が試されることになるだろう。
■日本は中国の「アキレス腱」を狙った
チップ製造は中国半導体産業の弱点である。製造はフロントエンドとバックエンドに分かれていて、中国はフロントエンド設備の国産化が比較的弱い。
今回の日本による輸出管理規制は全てフロントエンドに関わるもので、まさに中国の半導体国産化のアキレス腱を狙ったものだった。
中国の半導体設備市場全体の国産化率は2022年段階で22%。領域を細分化して見ると、洗浄、熱処理、CMP、エッチングなどの設備領域についてはすでに一定の市場シェアを獲得している。
だが、リソグラフィ、測量・検査装置、塗布現像装置、イオン注入装置などの領域では2022年の国産化率は10%以下だ。
たとえば2022年の中国内の華虹半導体ファウンドリ無錫工場の様々な入札設備の全体の国産化率は20%に満たない。
中でも、日本の輸出管理規制リストにある薄膜堆積装置(PVDやCVD)の国産化率は10%、検測・測量装置が2%、リソグラフィ、フォトレジスト塗布装置は0%だった。
■成果を上げている中国企業は少数
今のところ、この分野で成果を上げている中国企業は少数だ。
「芯源微」は国産フォトレジスト塗布装置に注力している。フロントエンドのフォトレジスト塗布装置では、28nm以上のプロセスノードに対応できるものが完成しており、さらに高度プロセスを目指して更代(技術更新)していけるという。
「中微(AMEC)」のエッチング装置は5nmノードに達している。また「北方華創」は、エッチング装置、薄膜堆積装置、熱処理装置、洗浄装置などを手掛けており、2022年の電子プロセス機器の売り上げは121億元、粗利益は37.7%で、前年比4.7ポイント増加したという。
■半導体製造装置の国産化は困難
中国の半導体消耗材生産に従事するある関係者は、日本の輸出管理規制は、国産化の代替プロセスをある程度加速することになるだろうと期待している。
中国国内の顧客は国産品の入札や選択を強化することになり、国産メーカーにチャンスが生まれるという。
しかし、製造装置や消耗材の国産化はチップ本体よりも困難だ。
顧客とサプライヤーのビジネス関係はいったんできてしまうと、離れがたい粘着性があり、中国国内の多くのファブは、長年にわたって海外サプライヤーとの間に拘束力のある関係を築いており、国産サプライヤーに変える場合はリスクが生じる。
また、絶えず技術更新していかねばならず、大量の時間と資金を使って試行錯誤を重ね、時にはサプライヤーに研究開発費を提供せねばならない。後発企業が追いつくのは困難だ。
■痛みに耐えられるか、滅びるか
中国国内企業の一部は技術的に顧客の求める基準に達し、日本のサプライヤーの代替になれるレベルだという。だが、これまでは、予備製品を製造しているか、せいぜい少量の製品を供給するだけで、テスト運転の機会を得ることすら困難だった。
国際半導体産業協会の推計では、2024年に世界のファブの設備機器への支出は920億ドル、前年比21%増という。
上述の関係者によれば、業界の法則では、2024年はファブの拡張サイクルに入り、半導体設備需要が増加するという。
日本などによる輸出管理によって国産品開発が必要になり、これまでは外国サプライヤーにはじき出されていた中国メーカーが、大工場に製品を納入する機会が否が応でも拡大する。
ただ、その過程では中国企業にも相当の痛みがともなう。
これはいわば、中国のファブとエンドユーザーにとって「陣痛」のような時期だ。
この時期を経て、中国の半導体国産化への道が開けるのか、それとも中国の半導体産業が滅びるのか。
それは「陣痛」の時期があとどれくらい続くか、その時期を耐える体力が中国企業にあるかどうかにかかっている。
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フリージャーナリスト
1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社に入社。上海・復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。著書に『ウイグル・香港を殺すもの』(ワニブックスPLUS新書)、『習近平最後の戦い』(徳間書店)、『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)など多数。
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(フリージャーナリスト 福島 香織)
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