「銀行員は高給取りのエリート職業」はもう終わり…中国で銀行員の大規模リストラが進んでいるワケ
プレジデントオンライン / 2023年10月16日 10時15分
※本稿は、福島香織『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)の一部を再編集したものです。
■中国の国有銀行で起こった抗議
上海の国有商業銀行である「浦発銀行」のクレジットカードセンターの職員100人余りが5月11日、職場前で座り込み抗議を行ったことが、中国内外で一時話題になった。
浦発銀行の子会社である「浦発理財」の社員の給与が大幅に減給された、という情報もネットで拡散された。
単に一銀行の問題というより、中国の金融界の問題が反映された事件として、中国内外で注目されたのである。
ネット上の情報を総合すると、中国のメーデー連休が終わってまもなく、一部の職員が出社すると、突如クビを言い渡されたり、給与大幅カットを告げられたりしたという。
中国ネットメディアの『中新経緯』などによると、クレジットカードセンターの職員の多くは、浦発銀行の正規職員ではなく、上海外服傑浦企業管理有限公司という人材派遣会社の契約社員だった。
■「派遣切り」に怒り
2022年12月、この人材派遣会社は契約社員に、労働契約を解除し条件の悪い別の新たな請負企業と契約し直すように要求した。
だが一部の契約社員は、この転職条件に不満を持ち、要求を拒否していた。
5月10日夜、呼び出された契約社員たちは、労働契約解除を再度通知され、同意の署名がなくてもクビにできると言い渡された。
これに不満を持った契約社員たちが翌11日、浦発銀行のクレジットカードセンター前で座り込み抗議を行ったという。
この座り込み抗議の写真や動画は、中国国内外のSNSで拡散された。
■銀行員のストライキも発生
また、給与が大幅に削減されたことに不満を持つ行員たちがストライキを行ったとも伝えられている。
「浦発理財」のある社員は、もともと2万元だった給与が6260元にまで減らされた、とSNSで訴えていた。
普通の行員にはおよそ50%の減給、主任級以上には40%の減給が通達された。一部行員はこれに抵抗してストライキを行っているという。
この事件がネットで騒ぎになり、浦発銀行は以下のような声明を出した。
まず、2つの事件に関連性はない、と主張する。
浦発銀行の子会社(「浦発理財」)の減給は業績悪化によるもの。現在は交渉を通じて給与調整に理解を得ている、という。
次に、クレジットカードセンターを請け負う人材派遣会社の紛糾は、人材派遣会社の問題であり、目下話し合いによる解決を図っている、という。
■銀行の経営が悪化している
浦発銀行の2022年の年次リポートによれば、クレジットカードセンターの職員数は1万1975人に上る。これは同規模の銀行と比較すると異様なほど多い。たとえば同規模の平安銀行のクレジットカードセンターは1992人、興業銀行は1134人である。
ゆえに浦発銀行は経営に無駄が多いのではないか、という株主の懸念もかねてからあった。
ちなみに浦発銀行クレジットカードセンター社員・職員のうち約1万人が人材派遣会社からの非正規雇用社員である。
非正規雇用の契約社員の月給は1万~2万元(約20万~39万円)だったという。
契約社員たちは新たな請負企業との再契約に際し、それまで所属していた人材派遣会社に退職金を支払うよう要求したが、会社側はこれを拒否。
また新たな請負企業が提示した給与は新人の給与のように低かったという。
■請負企業に丸投げされていた
この人材派遣会社は上海外服集団という大手人材派遣会社の子会社だった。2016年に、主に浦発銀行のクレジットカードセンターなどのアウトソーシング業務を請け負うために創設された会社だ。
クレジットカードセンターは銀行の子会社の中では特殊な存在であり、業務全体を請負企業に丸投げされることが多い。
銀行と請負企業間で代理契約協議を結び、請負企業がクレジットカードセンターの運営を行い、銀行自身はその運営に直接関与していない。
中国では一時期、クレジットカードセンターが雨後の筍のように誕生したが、経済が悪化した現在は飽和状態であり、いずれのセンターも業績悪化に悩んでいる。
■業務縮小とリストラを進めている
そういう中で銀行側はクレジットカードセンターの縮小を進めているわけだが、リストラされた派遣社員に対する退職金支払い義務は銀行側にはない。
その義務を負うのは人材派遣会社、請負企業だ。
派遣会社、請負企業は、労働者の派遣先が変われば、給与や雇用条件の調整は当然と考えるので、トラブルになりやすい。
浦発銀行の問題は、銀行の経営悪化、クレジットカードセンターの業績悪化と、人材派遣企業の契約トラブルが重なって複雑化したものだと言える。
だが本質は、中国の銀行業界の問題であり、それは中国経済全体の問題と言える。
■銀行員は花形ではなくなった
中国の銀行市場は飽和状態であり、銀行間競争が激しくなっている。
北京はまだましだが、急激に厳しくなっているのは上海だ。クレジットカードや理財商品の販売ノルマが重いため、銀行員はかつてほど花形職業だと思われていない。
人民銀行が発表した2022年第4四半期支払いシステム運行総体状況リポートによれば、2022年第4四半期末、中国で利用されているクレジットカード、デビットカードの総数は7.98億枚と、第3四半期より1.2%減少した。
■クレジットカードが急減速
上場銀行の年次リポートを見れば、一部銀行のクレジットカード発行量、流通量の増加速度が減速しているのがわかる。
浦発銀行の場合、2022年末のクレジットカード流通量は5133.16万枚で、前年同期比5.98%増だった。だが2021年末に前年同期比で10.78%であったことを考えると、急減速と言っていい。
銀行保険監督管理委員会と人民銀行が2022年7月に発表した「クレジットカード業務ルールの健康発展に関する通知」では、「18カ月以上の取引がなく、当座貸し越し残高や過払いがない長期休眠カードが、同じ銀行の発行するカード総数の20%を超えてはならない」と規定された。
この比率を超えた段階で、銀行は新たなクレジットカードを発行できなくなる。
中国ネットメディアの新浪財経によれば、浦発銀行の総資産は8.8億元あるが、その利益は3年連続で下落しており、行員給与は何度かに分けて引き下げられたという。
浦発銀行側は、この理由を国際地政学上の衝突がグローバル経済にマイナス影響を与え、今後の経済回復の見通しが不確実になっていることが原因だと説明している。
■銀行は借金を取り立てられない
SNSなどで人気の財経評論家の蔡慎坤が、この浦発の問題の背景についてこんなコメントをネットメディアに寄せていた。
「これは、中央企業の利潤が急減少しており、その結果、生じた不良債権の損失を最終的に銀行が引き受けなくてはならないからだ。銀行は、どこからも借金を取り立てることができないのだ」
特に、習近平が2020年後半に発動した不動産バブル退治政策「3つのレッドライン」(不動産企業への資金調達制限など)による打撃から、不動産市場がいまだに回復していないことが大きいようだ。
習近平政権は2023年に入って不動産政策の転換を打ち出し、回復を目指しているようだが、ゴールドマンサックスやUBSの予測を見ると、中国の2023年の販売住宅面積予測はそれぞれ8%下落、10%下落となっている。2022年の20%以上の下落と比べれば多少は改善するも、依然として苦境にあることに変わりはない。
習近平の不動産政策の失敗は、消費者の不動産市場への信頼を根こそぎ奪った。銀行は消費者の住宅ローン返済拒否問題と、不動産デベロッパーへのエクスポージャーという、両方のリスクに苦しんでいる。
■それでも「エリートはもらいすぎだ」
全人代以降の習近平政権の目玉政策は金融機構改革、すなわち腐敗撲滅を建前に金融機関に対する監督統制を強化することだ。
また、習近平の掲げる共同富裕論に基づき、銀行員の給与が高すぎるという世論も起きている。
浦発銀行問題はこうした中国の経済、社会問題の縮図だと言える。
銀行員だけでなく、証券マン、地方政府公務員、中央企業管理職などこれまで安定職業、高給取りのエリート、花形と呼ばれていた職業は今、新規採用が激減。給与カットが繰り返され、リストラが進んでいる。
高額給与のエリートたちには「給与をもらいすぎだ」という庶民の批判が根強い。これが習近平の「共同富裕」政策を後押ししている状況で、政策の誤りが修正される気配はない。
中国経済が悪化する中、金融エリートをはじめとする「花形職業」は消滅に向かうしかないのである。
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フリージャーナリスト
1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社に入社。上海・復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。著書に『ウイグル・香港を殺すもの』(ワニブックスPLUS新書)、『習近平最後の戦い』(徳間書店)、『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)など多数。
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(フリージャーナリスト 福島 香織)
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