テスラやアップルは「綱渡り状態」にある…中国市場に依存するグローバル企業がいま苦しんでいること
プレジデントオンライン / 2023年10月20日 10時15分
※本稿は、福島香織『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)の一部を再編集したものです。
■イーロン・マスク氏の「3年ぶり訪中」が意味するもの
テスラのCEOイーロン・マスク氏が2023年5月末、3年ぶりに中国を訪問し、北京当局から破格の待遇を受けた。
シンガポールで開かれるアジア安全保障会議(2~4日)に合わせて米側が要請していたオースティン米国防長官と中国の李尚福国務委員兼国防相の会談を、中国が拒否し、米中関係の改善の行方には絶望的な観測が逃れている一方で、マスクは中国の主要官僚と次々に面会してみせた。
中国はマスク氏を篭絡(ろうらく)して利用しようとしているのか、それとも政治関係、安全保障方面での対立は先鋭化していても、米中のビジネス関係はまた別だ、ということなのか。
■まだ中国に賭けようとしている
少なくとも一部のグローバル企業のトップたちは、中国習近平新時代の経済政策のひどい現状を目の当たりにしながらも、まだ中国に賭けようとしている。
マスク氏の訪中はわずか3日間という短期間であるが、マスクが面会した中国官僚の数は、米国の政治家や官僚の訪中のときよりも多かった。
マスク氏は5月30日に北京へ到着し、秦剛外相(当時、以下同)と会談。
31日には王文濤商務相、金壮竜工業情報化相と会見した。
さらに31日午後、丁薛祥副首相と会談。この時の会談内容は完全に非公開だった。
丁薛祥は政治局常務委員(最高指導部メンバー)であり、党内序列6位の大物。丁薛祥としては外国企業CEOとの初の会談であり、これは中国がいかにテスラとの関係を重視しているかのあらわれとも言えた。
■李強首相とマスク氏の特別な関係
マスクは事前に李強首相との会談も望んでいたという。だが、李強と会えたかどうかは確認がとれていない。
李強は2019年当時の上海市書記で、テスラ工場の上海招致に重要な影響を与えた。ひょっとすると秘密裏に会談しているかもしれない。
それまで外国の自動車メーカーが中国に工場をつくる場合は、「中外合資」が条件だった。だが、テスラに対しては中国パートナー企業との合資の必要がなく、独資でよいと決断したのは李強だった。
2020年1月、マスクはテスラ上海工場の「モデル3」納車セレモニーに出席。
その直後に中国ではコロナアウトブレークによる上海ロックダウンが発生。
これは中国におけるテスラとEV産業の発展に直接的な多くの影響を与えた事件だった。
■米中デカップリングに抵抗するイーロン・マスク氏
米シンクタンクのオルブライトストーンブリッジグループで中国ハイテク政策担当のシニア副総裁を務めるポール・トリロによれば、マスク氏が今回訪中したのは、中国の政策の方向性を探ることであろう、という。
マスクは訪中期間中、経済的に中国を切り離そうとする西側政界に対し抵抗する姿勢を明らかにしている。
中国外交部が発表したプレスリリースによれば、マスクは秦剛との会談で、「米中利益は融合しており、シャム双生児のようなものでお互い密接で不可分だ」と語ったという。
さらに、「テスラはデカップリングや断絶に反対し、引き続き中国業務を展開していきたい」と述べたという。
■「中国は開放的」だとアピールしたい
ウイズダムトゥリー資産管理会社の任麗倩は、こんな見方を示している。
「中国は相互利益があると見られる分野では、そのバリューチェーンのアップグレードを支援するだろう。特に製造業、新エネルギーなどは中国が改善したい領域だ。それと同時に、中国はテスラのようなグローバル企業とのパートナーシップを通じて、中国が外資や外国技術に対して開放的であるということを示したいと焦っている」
「ビジネスレベルでは、中国はグローバルサプライチェーンの相関性をレベルアップし、維持することを目指し、商取引への門戸が開いていることを示したいのだろう」
「マスクのような人物にこうした閣僚たちが面会したがるのは、彼が産業をアップグレードさせる領域の人物であるからだ。中国人に雇用機会を提供し、効率の良い、クオリティの良い生産をさせる、そういう人物。彼は中国で最も人気のある企業家で、中国政府関係者だけでなく、国内の著名中国人企業家も喜んで彼と会いたがるだろう」
■中国シェアトップはBYD
中国はテスラにとって米国に次ぐ第2の市場で、上海工場はテスラのグローバルな最大の製造センターだ。2022年、テスラ上海工場は71.1万台の自動車を納車し、テスラの世界シェアの半分以上を占めている。
同時に、中国のEV市場の値下げ合戦が激化、テスラはBYDやNIO、XPengとの価格競争に直面している。中国自動車センターのデータによれば、2022年の中国における新エネ車の販売量は688.7万台、世界販売台数の60%を超えている。
2022年、中国で販売されたEVのうち、80%が国内ブランド。市場研究機構のカウンターポイントのデータでは、BYDが29.7%のシェアで断トツトップ。テスラはシェア8.8%で、第3位だった。
■イーロン・マスク氏の狙いは「バッテリー工場」か
マスクはこの機会に上海工場での新型「モデル3」の量産を推進し、上海ギガファクトリーの生産拡大、まもなく着工される大型蓄電システム「メガパック」の上海工場を後押しし、バッテリー製品の中国市場のルートを開拓したいところだろう。
中国工業情報化部の微博オフィシャルアカウントによれば、マスクと金壮竜の会談では、新エネ車とスマートネットワーク車の発展などについて意見交換をしたという。
マスクはさらに中国寧徳時代の曾毓群会長と会談しており、おそらくはテスラの上海メガパック工場での、バッテリーセルや動力電池の供給に関する商談ではないか、と見られている。
マスクは6月1日に帰国する前に、上海市の現書記の陳吉寧と会談。上海政府のプレスリリースによれば、陳吉寧は「テスラが上海への投資と業務配置を拡大し、新エネ自動車、メガパックなどの領域で協力が深まることを歓迎する」と述べた。
■ビル・ゲイツ氏は単独で習近平と会談
中国を訪問するグローバル企業家はマスクだけではない。JPモルガンのダイモンCEO、スターバックスCEOのラクスマン・ナラシンハン、エヌビディアCEOのジェンスン・フアン、LVMHのベルナール・アルノーCEOらが相次いで訪中した。
またビル・ゲイツ氏も6月16日に訪中し、外国の経営者として初めて習近平と単独会談した。
政治の風向きが不確実な中で、西側のグローバル企業はインド、ベトナムなど生産国の移転に取り組み、生産の多様化による、中国依存の減少に取り組んでいる。
同時に、バイデン大統領は、中国へのハイテク分野への投資を制限する方向に舵を切っている。
米中関係の緊張により、外国企業の幹部たちは慎重にならざるを得ないだろう。
■テスラやアップルは「綱渡り状態」
ウイズダムトゥリーの任麗倩は「中国の消費市場で金儲けすることは、中国国内インフラ、例えば製造業のインフラ施設方面で、彼らに利益をもたらす。企業としては、地政学は一つの課題だが、やはり中国の利点のいくつかは利用したいと思っている」と言う。
「最終的には、この非常に困難な環境の中で、企業とそのCEOたちは、米国と中国の法律をできるだけ遵守しながら、目下の中国に関するネガティブな情緒にも非常に注意しなければならない」
ウェイドブッシュのアイブスは「米国と中国の地政学上の緊張情勢は激化しており、テスラやアップルは、まさに一種の綱渡り状態だ。だが中国での成功と生産のバランスをとれば、中国は需要と供給両方において依然として重要な市場なのだ」と言う。
■マスク氏の行動は「言論の自由」と矛盾
マスクは同時に、SNS「ツイッター(現在は「X」、以下同)」のオーナーでもある。彼の中国訪問は、彼の「言論の自由絶対主義」と矛盾していると批判が寄せられている。
マスクは訪中の間、この旅に関することはツイッターでほとんど発信せず、ただ訪中が終わった時に、テスラ上海工場の従業員との記念撮影を発表した。
だが、マスクは中国のファイヤーウォール内にあっても、ツイッターで外国の友人とやりとりしており、米国国内のテーマについてもツイッターで論評していた。
中国のファイヤーウォールはツイッターを遮断しているが、VPNなどのツールを使えば使用できる。
人権組織の「ヒューマンライツ・ウォッチ」中国部シニア研究員の王亜秋はツイッターで、「自称言論の自由主義者(マスクのこと)は世界でもっともセンサーシップの厳格な国家の指導者に、言論の自由の手厳しい意見を提示し、自分の意見を言っただけで投獄されている中国人の釈放を呼びかけてほしい」と、皮肉っていた。
アメリカ大統領選の共和党予備選挙に立候補している起業家、ヴィベック・ラマスワミはツイッターで「中国共産党は米国企業家を道具として操っている。マスクが訪中しデカップリング反対を訴え、米中はシャム双生児だなどという一連の言動は懸念される」と訴えた。
さらに「中国共産党が私たちの最も著名なビジネスリーダーや著名人を傀儡(かいらい)にして、自分たちの課題を推進しようとするとき、これは米国にとって本当にリスクとなる。これは世界の認識を中国に有利なように傾斜させる。残念なことに、その効果がまさに現れている」と警告した。
著名企業家たちは、人権や言論の自由という米国の価値観を裏切ってまで、習近平「独裁新時代」に賭けて、協力的な姿勢を続けるのだろうか。
習近平独裁の寿命は、国内経済の行方、そしてそれは西側を中心としたグローバル経済の関わりの影響が大きいだろうが、その影響力を左右する存在が、米国を中心としたグローバル企業のキーマンたちであるとするならば、これは大きな不確定要素として注視する必要があるだろう。
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フリージャーナリスト
1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社に入社。上海・復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。著書に『ウイグル・香港を殺すもの』(ワニブックスPLUS新書)、『習近平最後の戦い』(徳間書店)、『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)など多数。
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(フリージャーナリスト 福島 香織)
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