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配送ドライバーが年収2500万円超に…日本で働くのがバカバカしくなる"アメリカの賃上げ"のすごさ

プレジデントオンライン / 2023年10月3日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RiverNorthPhotography

■バイトで月収50万円も夢じゃない

物価上昇のアメリカで、賃金の上昇傾向を象徴する事例が続々と登場している。物流企業のUPSでは、配送ドライバーの標準的な年収が今後5年間で大幅に引き上げられる。一方、郊外のユタ州でも公立小学校の新任教師が年収890万円で募集されるなど、必要とされる人材にふさわしい対価を支払うべきだとの意識が高まっている。

カリフォルニア州では9月14日、ファストフード業界の最低賃金を時給20ドル(約2890円、レートは9月26日現在、以下同)に引き上げる法案が州議会を通過した。州内で業界を問わず適用されている現行の15.50ドル(約2310円)から、約30%の増額となる。

月収換算では、時給20ドルで1日8時間・月20日働くと仮定した場合、カリフォルニア州バーガー業界の新たな月々の収入は最低でも3200ドル(約47万6000円)からとなる。米CBSニュースによると、州内のファストフード労働者は約50万人と見積もられており、発効する2024年4月1日以降、その大半が昇給となる見通しだ。

特定の業界を対象に最低賃金が設定されることは異例だが、ファストフード業界を皮切りに他業種への波及が期待されている。一方、インフレの促進材料になるのではないかと懸念もあるほか、店側は財務への打撃を心配している。法案にギャビン・ニューサム州知事が9月28日に署名し、成立した。

一方、日本の厚生労働省が発表している地域別最低賃金は、最高の東京都でも1113円、全国加重平均額で1004円となっている。同じ1時間働いた場合、東京よりもカリフォルニア州で働いた方が2.6倍近く稼げる計算だ。日米の賃金格差を象徴する事例となっている。

■ファストフード店を対象にした初の賃上げ法案

ファストフード業界を対象とした賃上げ法案は、店舗オーナーらの激しい反発をかわして実現した。通称FAST法(ファストフード責任・規範回復法)と呼ばれる。全国に60店舗以上を展開するファストフード店の労働者を対象に、最低賃金の引き上げを定めている。

本来のFAST法は昨年9月5日、ニューサム州知事の署名を経て発効した。だが、労働組合側が支持する一方、業界やフランチャイズ店オーナーらが反発。反対派による署名活動が規定数を満たしたため、2024年に予定される住民投票まで効力が停止されていた。

今回、州知事室の仲介を経て、労働組合側と企業・オーナー側が和解。修正議案の議会通過に至った。ニューヨーク・タイムズ紙は、「カリフォルニア州の労働団体とファストフード企業が労働者規制をめぐる合意に達し、同業界の最低賃金が時給20ドルに引き上げられる道が開かれた」と報じている。

2023年9月28日、米国カリフォルニア州ロサンゼルスの労働組合にて、ファストフード従業員の最低賃金を引き上げる新法案の記者会見に臨むカリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム
写真=EPA/時事通信フォト
2023年9月28日、米国カリフォルニア州ロサンゼルスの労働組合にて、ファストフード従業員の最低賃金を引き上げる新法案の記者会見に臨むカリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム - 写真=EPA/時事通信フォト

■賃上げ続々…公立小学校の新任教師で年収890万円のケースも

アメリカでは物価高騰に伴う賃金の上昇が続いており、ファストフード業界に限った話ではない。米ユタ州のディザレット・ニュースは、公立小学校の新任教師の年収が6万ドル(約890万円)となっている例を報じている。

アイオワ州出身のマーガレット・ジョンストン氏は、教職員への待遇が充実しているユタ州でキャリアをスタートさせ、6万ドルの年俸を確約された。

アイオワで生まれ育った彼女だが、教育実習の機会を得た際、ニュージーランドとユタ州キャニオンズ学区で8週間ずつ教えるという「大胆な選択」をしたという。研修を終えるとユタ州に戻り、サンディのクレセント小学校で5年生を教えることになった。

ジョンストン氏はユタ州を選んだ理由について、「非常に支援されている環境が整っており、設備が充実した学校、豊富なスタッフ、最新の教育技術など、Canyons地区は私にとって完全なオファーでした。そして、それらすべてに上乗せする形で、給与が魅力だったのです」と語る。

ユタ州はまた、スキーやハイキング、マウンテンバイクなど、多種多様なレクリエーションで若者に人気だ。こうした環境も若い教師たちを引き寄せているようだ。

■低年収では優秀な人材は集まらない

もっとも、全米で教師の給料が高いわけではない。年収6万ドルを手にしたジョンストン氏だが、仮に出身地のアイオワ州で務めていた場合、初任の年収は3万5000~4万ドル(約520万~600万円)であった。

ユタ州の教師の給料が高く設定されている理由について、民間NPOの地域計画団体であるエンビジョン・ユタのジェイソン・ブラウン氏は、教師に十分な生活資金を提供し、教職募集の競争力を高めるためだと説明している。ブラウン氏はディザート・ニュースに対し、「教育という選択を彼ら(大学生たち)が排除しなくて良いようにするためにも」、ユタ州の教師の給与を上げることが急務だと語った。

クレセント小学校のキャミー・モンタギュー校長は、好待遇は特に学生ローンを抱えている学生に対し、学区に引き寄せるうえでの有力な材料になっていると語る。好待遇により、学生たちは教職課程で費やした学費を補うことができるため、「そのような金額を提供できることは、間違いなくゲームチェンジャーです」と彼女は語る。

キャニオンズ学区は数年前に隣接のジョーダン学区から独立したが、以来、教師たちを手厚く迎えたいという学区の意向が実り、給料は上昇を続けている。

キャニオンズ学区の中等教育採用を担当するケリー・タウテオリ氏は、「2009~10学年度に学区がスタートしたとき、初任給は3万2407ドル(約482万円)でした。15年間で6万ドル(約890万円)台に跳ね上がりました。信じられないことです」と語る。

■配送ドライバーの年収が「2500万円超」に

ほか、アメリカのさまざまな業界で賃金上昇が相次ぐ。米経済・ビジネス専門のCNBCは8月、配送会社の米UPSの労働者組合「チーム・スターズ」が、賃金改定を含む新たな労働契約を承認したと報じている。アルバイト・パートタイム労働者の最低時給は現在の15.50ドル(約2300円)から21ドル(約3120円)へ改められた。35%の上げ幅となる。

フルタイム勤務のドライバーについては、年収370万円増となる見通しだ。CBSニュースが報じたUPS試算によると、同社のフルタイム労働者の平均年収は、現行の年収約14万5000ドル(2160万円)から、今後5年間を通じて17万ドル(2530万円)にまで段階的に引き上げるという。この金額には医療保険や年金などの諸手当も含まれている。

比較として、日本の厚生労働省が発表する「令和4年賃金構造基本統計調査」では、日本人の一般労働者の男女計平均賃金が311万8000円となっている。UPSのフルタイム労働者は今後5年間で、日本人1人分の平均賃金以上の額が上積みされる計算だ。

【図表1】性別賃金の推移
厚生労働省「令和4年賃金構造基本統計調査」より

ほか、航空業界でも昇給の動きは顕著だ。CNBCによるとアメリカン航空のパイロット組合は、拠出年金(401k)を含む報酬を約46%増とする4年契約を承認。デルタ航空のパイロット組合も30%増以上の昇給を含む協定を今年初めに承認している。

■時給を上げなければ人が集まらない現実

バーガーチェーンを対象とした賃上げは、すでに全米でも時給が高いカリフォルニア州のレストラン業界に大きな影響を与えるとみられる。

米全国紙のUSAトゥデイによるとカリフォルニア州は、すでに全米でも3番目に最低賃金が高い。米労働省によると、首都・ワシントンの16.50ドル(約2460円)、ワシントン州の15.74ドル(約2340円)に続く15.50ドル(約2310円)となっている。これに対し、アラバマ州など5つの州では州法による規定がなく、連邦政府が定める最低時給7.25ドル(約1080円)が適用される。

店舗によってはすでに人材確保のため、20ドルを上回る時給を提示しているところも存在する。ニューヨーク・タイムズ紙によると、西海岸を中心に展開するバーガーチェーンのイン・アンド・アウトは、一部店舗において初任給時給17ドル(約2530円)、最高時給20.50ドル(約3050円)でアルバイト労働者を募集している。

■ファストフード業界の劣悪な労働条件を変えた

特定の業界を対象とした最低賃金の引き上げは、アメリカでもあまり前例がない。今回の動きは、かねて労働搾取が指摘されてきた業界へのメスだと見る向きもある。

アメリカなどで展開する労働組合「SEIU」に加盟するファストフード労働者のイングリッド・ヴィロリオ氏は、CBSニュースに対し、「この10年間、カリフォルニアのファストフードのコック、レジ係、そしてバリスタは、業界に蔓延する低賃金と危険な労働条件について警鐘を鳴らしてきました」と語る。

SEIUのメアリー・ヘンリー国際会長は、「ファストフードのコックやレジ係は、この国の賃金をめぐる政治を根本的に変えました」と成果を強調する。

ヘンリー氏は「労働者たちが団結し、企業の権力や制度的な人種差別に立ち向かうことで、何が可能かという人々の考えに変化を与えたのです」と述べ、これまで不可能だと思われていたことが可能になったとの見解を示した。

20ドルという高額の最低賃金を手にした一方で、労働者たちの闘いはまだ始まったばかりとの意識もあるようだ。労働者擁護団体は賃上げを勝ち取ったものの、当初求めていたほどの大幅な賃上げには至らなかった。

ヘンリー氏はCNBCに送付した声明で、「カリフォルニア州におけるファストフード労働者の闘いは、まだ終わりに近づいたわけではありません。彼ら(労働者たち)が交渉のテーブルに着き、業界をより良い方向に変革するための準備をしており、(闘争は)まだ始まったばかりなのです」と訴える。

「SEIU」Twitter(現・X)より
「SEIU」Twitter(現・X)より

■「壊滅的な打撃」懸念

ファストフード業界の労働者の待遇が改善される反面、フランチャイズ店を経営するオーナーたちにとっては死活問題でもある。

CNBCによると、1000人以上のマクドナルドのフランチャイズ店舗オーナーらが加盟する「全米オーナー協会」は、カリフォルニア州議会がFAST法案を可決したことを受けて会員宛てのメモを発行。同州のフランチャイズ加盟店にとって「壊滅的な財務的打撃」になるとして反発した。

厳しい労働市場と高インフレが迫るこの時期、法案によるさらなる経営への打撃を懸念している。

会員宛てのメモによると法案は、州内の各店舗にとって、年間25万ドル(約3720万円)の負担増を意味するという。団体は、このコストは「到底このビジネスモデルでは吸収できない」と訴えている。

米マクドナルドの加盟店にとって、苦境が重なる。ロイターは9月23日、米マクドナルドが来年1月1日以降に新規開店する店舗を対象に、ロイヤリティを4%から5%に引き上げると報じた。引き上げは約30年ぶりで、実に25%の上げ幅となる。マクドナルドは全米で約1万3400店舗を展開しており、昨年末時点でその約95%はフランチャイズ店が占める。

アメリカの国旗とマクドナルドの看板
写真=iStock.com/DogoraSun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DogoraSun

■賃上げの波に他業界が怯えている

賃上げはファストフード業界のみならず、フルサービスのレストラン業界に波及するとの見方がある。米レストラン業界専門のニュースサイト、レストラン・ビジネス・オンラインは、「業種と給与レベルと問わず、賃金に大きな影響を与えることが予想される」と指摘する。

サンフランシスコを拠点とする労働者権利団体のワークプレイス・ポリシー・インスティテュートを運営するマイケル・ロティート氏は、記事の中で、カリフォルニア州ではおよそ1760万人が働いており、そのうち約760万人が時給20ドル以下だとの推算を示している。

「クイック・サービス・レストラン(ファストフード店などのカジュアルな飲食店)のように、離職率が100%に近く、50万人が働く業界では、常に求人枠が出ている。よって、時給20ドル以下の人であれば、その仕事を欲しがるでしょう」

「つまり、(時給が)20ドルを下回るレストランは、人材を維持し惹きつけるにあたり、大きな問題を抱えることになるはずです」

他の業種にも賃上げの影響が及ぶ可能性がある。カリフォルニア州ロヨラ・メリーマウント大学のソン・ショーン教授(金融・経済学)は、CBSニュースに対し、最低賃金の引き上げは経済に利益をもたらすこともあれば、悪影響を及ぼすこともあると指摘する。

ある業界の賃金が上がると、他の業界の給与も上がる傾向があり、他の労働者にも恩恵があるという。しかし、賃金の上昇はインフレを促進し、あらゆる商品価格を上昇させるおそれがある。

■「カリフォルニアでレストランを開くことはない」

南カリフォルニアのレストラン企業「アメリカン・グレービー」の創業者であるアンドリュー・グルーエル氏は、法案に反対する人物のひとりだ。

彼が新規オープンしたレストラン「カリコ・フィッシュ・ハウス」では人件費が総コストの35~40%を占める。グルーエル氏が以前経営していたファストフードに近いカジュアルなレストランよりも、10ポイント高い。

グルーエル氏は、「採算を確保する唯一の方法は、人並み以上に売上を上げることです」と厳しい現状を語る。また、法案を受けて設立されるファストフード賃金審議会は、前述のようにファストフード業界の最低賃金を見直す。グルーエル氏は、将来的に審議会が、チェーン店以外の個々のレストランにも影響力を及ぼすのではないかと恐れている。

「私はもう、カリフォルニアでレストランを開くことはないでしょう」とグルーエル氏はこぼし、州法への不満をあらわにした。

■賃上げは客の負担増につながる

東海岸の首都・ワシントンではすでに、高騰する賃金を客への会計に転嫁する事例が出てきている。2店舗を構えるシェフ・ジェフズのオーナー、ジェフ・トレイシー氏は、首都圏のCBS系列局「WUSA9」に対し、「首都のすべてのレストランが20%のサービス・チャージを取ることになると思います」と語っている。

首都圏のニュースサイト・DCイストによると、年初に5.35ドル(約800円、チップ別途)だった最低時給は、今年1月から段階的に引き上げられている。チップを受け取るチップ・ワーカーは、通常の最低賃金の適用外となる。

すでに可決した議案82号により、最低時給は7月以降、8ドル(約1200円)に改められた。年初比1.5倍の大幅な改善だ。2027年までに、最低時給は段階的に18ドル(約2680円)にまで引き上げられる。このほかに、客から受け取るチップは全額を受け取ることができる。

■「外食産業全体が衰退しかねない」との懸念も

レストランオーナーのトレイシー氏は人件費増を補うため、やむなく5%のサーチャージを顧客に請求している。「時給5ドルから15ドル、そして18ドルになれば、このレストランだけで(年間)40万ドル(約6000万円)のコスト増になります。1つの店舗だけで。それだけのお金が、収益から消えるのです」

店側は苦しい判断を迫られている。同局記者が訪れた別のレストランでは、人件費を補う目的で、会計に20%のサーチャージが加えられていたという。レストラン経営者たちも、客側がサーチャージを嫌うことは認識している模様だ。高額化により、外食産業全体が衰退しかねないと懸念しているという。

「OPEN」のサインが掛けられたレストランの入り口
写真=iStock.com/Suwaree Tangbovornpichet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Suwaree Tangbovornpichet

20%のサーチャージを請求しているレストランのオーナーは同局の取材にメールで応じ、「結局のところ、人々の外食は激減し、多くのレストランは生き残ることができないでしょう」「こうした事態が起きているのです。この冬は閉店する店舗が増えることでしょう」とコメント。人件費増による負の影響を訴えた。

■日本で働くことの意味を見失うほどの好待遇

アメリカで賃金上昇のトレンドは続く。語弊を恐れずに言うならば、日本で働くことの意味を見失うほどの好待遇だ。ファストフード店のアルバイトで月収50万円を達成したり、物流会社にフルタイムで務めて年収が5年で370万円増加したりといった事例は、現在の日本ではほぼ起こることがないだろう。

もっとも、アメリカではインフレの進行に実質賃金が追いついておらず、昇給してもまだ生活に苦しい状況が家庭を襲っている。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は今年1月、2022年までの2年連続で賃上げ率がインフレ率に追いつかなかったと報道。「歴史的に好調な賃上げにもかかわらず、家計は悪化した」と論じた。

昨年12月の平均時給は前年同月比で4.6%上昇したが、インフレ調整後の実質時給は前年の前々年比・2.1%減に続き、前年比1.7%減になったという。一方、パンデミックに起因する物流の混乱や、パンデミックを契機とした早期退職による労働者不足は、その影響を徐々に弱めている。今後は実質賃金の改善の可能性もあるだろう。

対する日本では、アメリカほどの物価上昇に見舞われているわけではない。それでも、過去30年間給料がほとんど上がっていないとさえ言われる給与事情を鑑みるに、現地から届く昇給のニュースに心を揺さぶられる。

海外で新型のスマホが発表されるたび、あるいは海外旅行に出ようと下調べするたび、すっかり弱くなった円の存在感が心許ない。アメリカと比較すれば働くことさえ馬鹿馬鹿しくなる状況だが、「安いニッポン」を脱却できる日は来るのだろうか。

横断歩道を行き交う人々
写真=iStock.com/CHUNYIP WONG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHUNYIP WONG

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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