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社内恋愛、不倫、風俗通い、空出張が家族にバレる…いま振り返ると際立つ「日本のコロナ対策」の異常さ

プレジデントオンライン / 2023年10月11日 13時15分

緊急事態宣言発令後に行われた安倍晋三首相(当時)の記者会見を映す街頭ビジョンと足を止めて見る人々=2020年4月7日午後、東京都新宿区 - 写真=時事通信フォト

新型コロナウイルスの流行が始まった頃、感染者からは「申し訳ない」という言葉がしばしば聞かれた。背景には何があったのか。医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広さんは「日本は積極的疫学検査を行っていた。これは隔離中心の古い感染症対策の象徴であり、差別を助長する諸悪の根源だったように思えてならない」という――。

※本稿は、上昌広『厚生労働省の大罪 コロナ対策を迷走させた医系技官の罪と罰』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「積極的疫学調査」は学術調査とは性格が異なる

日本ではウイルスのゲノム解析の結果が、変異対策などに使われるのではなく、「積極的疫学調査」という日本だけの独特な仕組みのために使われた。例えば、千葉県衛生研究所は、2023年5月8日になってもホームページ上の「新型コロナウイルスのゲノム解析について」という項目の中で、「ゲノム解析の結果は、積極的疫学調査に役立てられます」と説明している。

積極的疫学調査という言葉を、新型コロナの流行後に初めて聞いたという人もいるかもしれないが、実は、感染症法で規定された法定調査だ。研究者の科学的な関心から実施される学術調査とは性格が異なる。実施要領は、厚生労働省の内部研究機関である感染研が作成し、都道府県の関係部局と連携し、実際には保健所が積極的疫学調査を行う。この積極的疫学調査こそ、隔離中心の古い感染症対策の象徴であり、差別を助長する諸悪の根源だったように思えてならない。

■社内恋愛、不倫、風俗通い、空出張がバレる人もいた

この積極的疫学調査は、保健所を中心に次のような流れで進められた。保健所は、新型コロナ感染と診断した医師から連絡が入ると、感染者に電話して過去2週間、どこへ行って誰に会ったか、その行動を細かくヒアリングし、濃厚接触者を探してPCR検査を実施した。そこで新たな感染者が見つかった場合には、その周囲の濃厚接触者にもPCR検査を実施し、芋づる式に感染者を探す。このように感染ルートが分かる集団のことを、厚生労働省の医系技官や専門家会議・感染症分科会の面々たちは「クラスター」と呼んだ。積極的疫学調査の目的はクラスター対策であり、法的な強制力のある行政調査であるため、言いたくないことがあっても拒否できなかった。

日本が特殊だったのは、感染者の周囲の濃厚接触者にPCR検査を実施しただけではなく、当初は過去2週間も遡って「後ろ向き」の調査が行われたことだ。海外でも濃厚接触者に対する検査が実施されていたが、その多くは、「接触アプリ」を活用して判明した濃厚接触者を「前向き」に調査しただけで、過去が問われることはなかった。日本では、過去2週間の行動とマスクの着用状況を洗いざらい調べられ、本人に了解を取ったうえで家族や職場の人に本人が言った行動が本当かどうか“裏を取る”作業まで行われた。そのために、こっそり社内恋愛していた、不倫や風俗通い、空出張をしていたなどの秘密がばれてしまう人もいた。

■感染者が身近にいてもPCR検査を受けさせてもらえなかった

職場、学校などで1人でも身近で感染者が出れば大騒ぎになったが、このときにもPCR検査抑制策があだとなった。感染者が身近に出てもマスク着用の状態で接していた場合には、感染研の決めた濃厚接触者の定義に当てはまらないので保健所ではPCR検査を受けさせてもらえなかったからだ。

だが、この濃厚接触者の定義は非科学的だった。私が編集長を務める医療ガバナンス学会のメールマガジン「MRIC」に、首都圏の保健所で働く保健師がその実態を投稿してくれたので、その一部をここで紹介したい。

その保健師は、次のように指摘した。「(濃厚接触者の定義の)ポイントとなるのは、マスクをしているか、していないかである。その際、マスクの質は問わない。あくまで聞くのはマスクの有無のみである。調査において『マスクをして会っていましたか?』と尋ねた場合、『マスクをして会っていました』という返答だと陽性者と接触があった人であっても濃厚接触者にはならない。そして、マスクをしていた場所は感染場所にはならない。例えば、職場でマスクをしていた場合、職場の人たちは濃厚接触者には該当しないため、職場の人たちに対して追跡調査を行うことはないし、職場が感染場所になることはない」

オフィス
写真=iStock.com/mesh cube
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mesh cube

■飲食店で多数のクラスターが出た本当の理由

飲食店で多数のクラスターが起きたとされたのは、単に、マスクを外していたと申告した人が多かったからで、本当はマスクを着けている飲食店以外の場所でも感染拡大は多数起こっていたはずだ。飲食店だけが悪モノになりスケープゴートにされたのも、今となってはナンセンスだ。

ちなみに、布マスクはほとんど意味がなく、不織布マスクでも正しく使わないとかえって感染を広げる恐れがある。感染症分科会長(当時)の尾身茂氏は、飲食するときだけマスクを外し、会話をするときにはマスクをする「マスク会食」を推奨したが、感染者が会食中にたびたびマスクに触れば、感染を拡散させるリスクが増す。マスクを外すときには本体には触らずにゴム部分を持ち、外したマスクは廃棄して手を洗ってから食事をし、その後マスクを着けるなら新しいものに取り換える必要があるが、「マスク会食」でそんなことをしていたら時間がかかって仕方がない。そんなことをした人はほとんどいなかったはずだ。

■マスクは世間で思われているほど効果はない

そして、かなり慎重に不織布マスクを使ったとしても、効果には限界がある。オーストラリアの研究チームが、マスクなど公衆衛生学的介入の効果について、過去に発表された72の研究をメタ解析という方法で総合的に分析した結果を、2021年11月、『英国医師会誌(BMJ:British Medical Journal)』で報告している。その結果によれば、マスク着用と手洗いによる感染予防効果はそれぞれ53%だった。つまり、室内でマスクを着用していても、感染するリスクは約50%しか減らせないということだ。

実は、マスクは、世間で思われているほど効果はない。この研究は、マスクの効果をまだ高く報告している方だ。一般人が利用するサージカルマスクの場合、その感染予防効果は2割程度との報告が多い。世界で最も権威があるとされている「コクラン・レビュー(Cochrane Reviews)」の報告(2023年1月30日公開)では、効果は全くなかったとしている。

こういった研究結果を待つまでもなく、マスクによる感染防御に限界があることは、臨床経験のある医師や看護師なら誰でも知っている事実だ。首都圏の保健師が指摘したように、マスクの質も問わず、マスクの有無で濃厚接触者かどうかを判断するのは、相当無理のある話だった。

マスクを着用した女性
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

■誰でもPCRを受けられれば混乱は避けられた

それでも厚生労働省と感染研は、濃厚接触者の限定を強行し続け、PCR検査数を抑制した。職場などで陽性者が出たけれども、濃厚接触者の定義に入らなかった人たちは、仕方なく、民間のPCRセンターで高額な費用を払って検査を受け、全員が陰性と確認されるまで疑心暗鬼に襲われた。最初のうちは、民間のPCRセンターで陽性になっても、その後、医療機関を受診しなければ新型コロナだという確定診断が得られず、その後、急変して対応が遅れそうになるケースも出た。濃厚接触者を限定せず、感染者の周囲の人や接触した可能性のある人はすべて検査するなど、誰でも幅広くPCR検査を受けられるようにすれば、このようなさまざまな混乱は起こらなかったはずだ。

また、病気になったら同情されるのが普通だが、日本では新型コロナの感染者はまるで犯罪者のような扱いを受けた。これも、周囲の人も含めて何か罪を犯したかのような取り調べを受ける積極的疫学調査の弊害だ。芸能人やスポーツ選手など、新型コロナに感染したことで謝罪する人まで現れる始末だった。

■自宅療養中の女性が「迷惑をかけて申し訳ない」と自殺

新型コロナが広がって1年経った2021年初頭に、新型コロナに感染して入院したある男性は、「職場の同僚に感染させてしまったかもしれないと思うと申し訳なくて、入院中も気が気ではありませんでした」と語った。この男性は知人と会食した際に感染したとみられ、他の同席者も陽性になった。特に症状がなかったため会食後も出勤したので、同僚にうつした可能性があったのだ。この男性がコロナ病棟に入院しているときに、他の患者が自殺未遂を起こす事件があり、衝撃を受けたという。

2021年1月15日には、新型コロナに感染して自宅療養中だった東京都内在住の30代の女性が、「迷惑をかけて申し訳ない」という趣旨のメモを遺して自殺した。同年5月にも、福岡県在住の成人女性が、「勤務先でうつしてしまったのではないか」という趣旨のメモを遺してやはり自分で命を絶ったことが報じられた。

■クラスターが起きると、会社名や学校名、飲食店名が報じられた

新型コロナに感染した後は、その症状の重さとは関係なく、うつになって気持ちの落ち込みがなかなか改善しない場合がある。中国の医師たちは2021年1月、新型コロナ感染者1617人の23%に当たる367人が、不安あるいはうつ状態に陥っていたと『ランセット』誌で報告している。日本で新型コロナ療養中に自殺した人たちも、うつ状態であった可能性もあるが、積極的疫学調査が彼らを追い詰め、自殺に追い込んだ可能性は否定できない。

上昌広『厚生労働省の大罪 コロナ対策を迷走させた医系技官の罪と罰』(中公新書ラクレ)
上昌広『厚生労働省の大罪 コロナ対策を迷走させた医系技官の罪と罰』(中公新書ラクレ)

何しろ、大規模な集団感染が起こると、保健所から県庁の記者クラブに、どこでクラスターが起こったのか、会社名や学校名、飲食店名などを書いたプレスリリースが出された。それが新聞、テレビなどのメディアで報じられ、その会社、学校、飲食店などには苦情が殺到し、インターネットで攻撃を受けるケースも後を絶たなかった。

積極的疫学調査は、国民の人権やプライバシーを侵害する世界的に例をみない強制隔離システムだった。結核などが蔓延した時代の古典的な感染症対策の悪しき遺物といえる。新型コロナが広がった当初、これだけデジタル化が進んだ時代に、保健所と医療機関や都道府県とのやりとりに主にファクスが使われていたことが話題を呼んだが、積極的疫学調査というシステム自体、時代遅れにも程がある。

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上 昌広(かみ・まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長・医師
1968年、兵庫県生まれ。93年、東京大学医学部卒。虎の門病院、国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究する。著書に『病院は東京から破綻する』(朝日新聞出版)など。

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(医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広)

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