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忌々しい営業電話「いまいまお時間はございますか」「すぐすぐご検討を」は客を慮った"新語"だった

プレジデントオンライン / 2023年10月3日 11時15分

※イラストはイメージです - イラスト=iStock.com/tunaco

「わかわかしい」「いろいろ」「きらきら」「さらさら」「ひとびと」……こうした繰り返しの言葉を畳語という。中学受験塾代表の矢野耕平さんは「最近、電話でのセールスなどで『いまいま』『すぐすぐ』が使われるケースが増えた」という。果たしてどんな意味があるのか――。

※本稿は、矢野耕平『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「畳語(じょうご)」の意味が変化している

【問】日本語には、畳語と呼ばれる同一の単語を重ねて一語とした言葉がある。次の各文の空らんにあてはまる畳語を〔 〕内の意味を参考にして考え、■部分に入るひらがなを後の1~5から選び番号で答えなさい。ただし、□・■・○はそれぞれひらがな一文字分を示し、同じ記号には共通したひらがなが入る。なお、濁点がつく場合にも同じひらがなと考える。必ず例を参考にすること。

例 □■□■な種類のスポーツをたしなむ。〔いろいろ〕
→空らんには「さまざま」が入るので、答えるべきひらがなは「ま」となる。


ア 新製品であるにもかかわらず、□○■□○■傷がある。〔いくつかの箇所〕
1ひ 2さ 3ろ 4つ 5か

イ □■□■心配していたことが起きてしまった。〔前もって〕
1す 2ね 3つ 4る 5こ

ウ 散歩□■□■買い物に行く。〔ついでに〕
1に 2き 3り 4た 5お

2019年度・慶應義塾中等部(一部抜粋)回答は文末に記載

わたしたちは日常生活の中で、「わかわかしい」「たかだか」「いろいろ」などの副詞、「きらきら」「さらさら」などのオノマトペ、「ひとびと」「われわれ」「かみがみ」などの名詞など、語や語の一部を繰り返す表現を用いています。

これらの表現を「畳語」(reduplicated word)といいます。

アは〔いくつかの箇所〕なので全体が傷ついているわけではなく、部分部分にそれが認められるのですね。正解は「ところどころ」になります。

イはなかなか難しいかもしれません。〔前もって〕を示す畳語、漢字では「予予」とも書き表すものをご存じでしょうか。正解は「かねがね」です。

ウはある動作のついでに別行動を取ることを意味する「かたがた」です。

どうでしたか。言われてみれば……と思っても、ひらめくまで苦心しそうです。ついでにもうひとつ問題に取り組んでみましょう。先の問題を大人用に少々難し目にアレンジしてみました。

【問】日本語には「畳語」と呼ばれる同じ音や単語を繰り返して使うことばがある(たとえば、「淡々(たんたん)」「散々(さんざん)」など)。次の各文の空欄に当てはまる畳語を〔 〕内の意味を参考にして答えなさい。ただし、□△○はそれぞれひらがな一文字分を示し、同じ記号には共通したひらがなが入る。なお、濁点がつく場合にも同じひらがなと考えること。

1 あの先生のアドバイスはとても大事だから□△□△忘れてはいけないよ。〔決して〕

2 転校で友人と別れるのはつらいが、一方で新天地での生活に心躍るので悲喜□△□△だ。〔かわるがわる〕

まず、1。正解は「ゆめゆめ」ですが、これは「夢々」と書くのではなく、「努々」と書きます。禁止を表すことばを修飾する場合は「決して」「断じて」の意味が、打ち消しのことばを修飾する場合は「少しも」「まったく」の意味となります。

次に2の正解は「こもごも」。大人にとってこれはさほど難しくなかったのではないでしょうか? 「こもごも」は「交々」と書きます。「悲喜交々」とは「悲しいこと、嬉(うれ)しいことを(個人が)かわるがわる味わう」という意味です。ですから、たとえば「合格発表の掲示板の前では悲喜交々の光景が見られた」などといった「悲しむ人と喜ぶ人が入り乱れる」の意は誤用なのですね。あくまでも個人の心情変化を指しているのです。

■「ほぼ」と「ほぼほぼ」は何が違うのか

冒頭に紹介したような畳語が中学入試で単独問題として出題されるのは大変珍しいことです。むしろ、空欄補充で畳語を補う形式の問題が頻出します。いずれにせよ、知らない畳語が文章に登場したときに、どのような意味のことばなのかをすぐに考えるくせを子どもたちには身につけてほしいものです。畳語に込められた意味に目を留めることは、それが含まれている一文の意味をつかむうえでも大変有益です。

さて、「畳語」、すなわち、語や語の一部をあえて繰り返すことにどのような意味があるのでしょうか。従来言われているのは次の3パターンです。

1 名詞の複数形
例 人々、国々、日々、我々、など

2 動作の継続あるいは反復
例 きらきら、ひらひら、転々、など

3 意味の強調
例 ますます、いちいち、たびたび、など

先に解いた問題に登場した畳語に目を通しても、上の1~3のどれかに相当することが理解できるでしょう。なお、2のように繰り返されることから3の強調の意が生じたと考えられます。3は連用修飾の役割のある副詞が多いのも特徴的です。

しかし、最近新たに登場した「畳語」に目を向けるとちょっと事情が変わってきます。

たとえば、「ほぼほぼ」という畳語はどうでしょうか。

「ほぼ」とは、「全部あるいは完全にというわけではないが、それに近い状態にあること」を意味するとされています。完全を1とすると、0.9くらいのイメージでしょうか。そう考えると、「ほぼほぼ」を上の3の「意味の強調」とすると、「0.9×0.9=0.81」となり、その値は小さくなるはずです。でも、果たしてそうなるでしょうか。次の2つの文を見比べてみましょう。

 その意見にほぼ同意します。/その意見にほぼほぼ同意します。

どちらがその「同意度」は高いでしょうか。後者の「ほぼほぼ」ですよね。先の数値を用いると、「ほぼ」の0.9が、「ほぼほぼ」で0.98くらいになりそうです。

「ほかほか」の文字
イラスト=iStock.com/emilio
※イラストはイメージです - イラスト=iStock.com/emilio

■営業畑でやたらと連呼される「いまいま」「すぐすぐ」

最近、営業畑でやたらと連呼される畳語をご存じでしょうか。「いまいま」と「すぐすぐ」です。実際、わたしもこんな営業電話に出くわしたことがあります。

一聴すると、「『いま』という時間軸の中でのこの『瞬間』」、

「はじめて電話する者です! いまいまお時間はございますか?」(広告代理店の営業)

「ええ、矢野さんにはすぐすぐにご検討をお願いしたいと思いまして連絡をいたしました!」(求人媒体の営業)

「『すぐ』という時間軸の中でのこの『瞬間』」といった意味で使われていそうです。そう考えると、先の3に相当するのでしょう。でも、本当にそうでしょうか。ここで立ち止まって考えてみましょう。

これらの畳語が向けられている対象は顧客(顧客候補)、すなわち、営業担当が下手(したて)に出るべき人間です。つまり、「いまいま」「すぐすぐ」が強調を表すなら、それは相手を急(せ)かしているような響きを持つことになり、相手に対して無礼なことばになってしまいます。わたしはこれらの畳語には「縮小義」の働きがあるのではないかと睨(にら)んでいます。「縮小義」とは「弱意化」のことです。

矢野耕平『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(KADOKAWA)
矢野耕平『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(KADOKAWA)

主に宮崎県、鹿児島県で使用されている方言で「てげ」という表現があります。「大概、たいそう、ずいぶん、かなり」を意味します。たとえば、「てげねみぃ」とは「とても眠い」ということ。ところが、「てげ」が畳語化し「てげてげ」になると、途端に縮小義となるのです。たとえば、「あの人はてげてげやもんね」と言えば、「あの人は適当だからね」という意味となります。「てげてげ」とは「適当、だいたい、ほどほど」を表します。

話を戻しましょう。先の「いまいま」「すぐすぐ」という畳語はこの「てげてげ」と同様の働き、すなわち「縮小義」となるのではないでしょうか。先の例文を言い換えてみましょう。

「はじめて電話する者です! お忙しいとは思うのですが、ほんの少し『いま』というお時間をお借りできませんか」

「ええ、矢野さんには『すぐ』動いてもらうのは難しいかもしれませんが、もしよろしければお早めにご検討をお願いしたいと思いまして……」

このように、「いまいま」も「すぐすぐ」も相手(顧客)に対しての配慮を働かせる「縮小義」の役割があるのだとわたしは考えます。そう分析すると、営業畑でこの手の畳語が生まれやすいことにも合点がいきます。

日常生活の中で新鮮な響きを持つ畳語に出会ったら、そこには一体どのような意味が込められ、効果を生み出しているのかをじっくり考えるのも楽しいかもしれませんね。

※冒頭の入試問題の解答 ア 3 イ 2 ウ 4

吹き出しに書かれた「いまいまお時間はございますか?」の文字
イラスト=iStock.com/calvindexter
※イラストはイメージです - イラスト=iStock.com/calvindexter

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矢野 耕平(やの・こうへい)
中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。

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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)

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