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2500万円のトヨタ「新型センチュリー」のライバルが、4000万円のロールス・ロイスではない価格以外の理由

プレジデントオンライン / 2023年10月5日 11時15分

9月6日に発表された、新しい「センチュリー」 - 画像提供=トヨタ自動車

2023年9月6日、トヨタは最高級車「センチュリー」の新型車を発表した。自動車ライターの小沢コージさんは「車高が高くなり、見た目がSUV化したことで、『海外富裕層にセンチュリーを売り込むつもりではないか』という見方もある。だが、トヨタの狙いはそこではないだろう」という――。

■なぜトヨタは「SUVと呼ばないで」と言ったのか

取材陣が「SUVタイプということですが」と尋ねた時のことです。カコミ取材に対応していたトヨタの中嶋裕樹副社長は答えました。

「われわれは一言もSUVとは言ってないんですね。今日(発表会)も誰も言ってないですね。ですからぜひともSUVではなく、新しいセンチュリーと呼んでください!」

突如、衝撃的かつナゾ多き新車がデビューしました。一部マスコミが「センチュリーSUV」と事前報道していたトヨタの挑戦的新高級車です。全長×全幅×全高は約5.2m×約2m×約1.8mと破格。クラウンはおろか大抵のミニバンよりもデカく、最低地上高も185mmと確かにSUVと言われてもおかしくないスペック。

しかしそれでいてランクルのような武骨なワイルドデザインではなく、フォーマルなショーファードリブン(運転手付き)のムード。ボディパネルの優雅な曲線美は、1967年から続く皇族御用達の別格セダン、センチュリーそのもの。威圧感というより威厳を感じる大型グリルや、トヨタが「几帳面」と呼ぶ精緻なプレスラインはセンチュリーセダン譲りですがフォルムは似ても似つきません。

■ライバルはロールス・ロイスではない

今回トヨタ側は一言も「SUV」と言っていませんし、車名にもSUVとは付きません。おそらく「センチュリーSUV」として作ったつもりがないからでしょう。

ただし、クルマに詳しくない人からすれば「SUV」と名付けられたほうが分かりやすいですし、既存センチュリーセダンとの見分けもしやすい。今後、両車は併売されるわけですがボディタイプは全く違うのに車名は一緒。この当たり正直ユーザーは困惑するでしょう。

よく4000万円級の高級SUV、ロールス・ロイス カリナンと似ていることも指摘されますがそれも致し方ないと思います。

ロールス・ロイスブランドとして初のSUV「カリナン」。車両価格は4258万円
画像提供=ロールス・ロイス
ロールス・ロイスブランドとして初のSUV「カリナン」。車両価格は4258万円。横に立つのはトルステン・ミュラー・エトヴェシュCEO - 画像提供=ロールス・ロイス

クルマに詳しい人に言わせると既存センチュリーセダンの美しさやたおやかさを移植した新基軸のセンチュリーであり、SUVではありません。ただし、一般の人から見ると他の超高級SUV、ランボルギーニ・ウルスやフェラーリ・プロサングエよりよほどロールス・ロイスSUVに似ているし、存在感も近いのです。

ところがトヨタ側は決して「SUV」と言いたがらないし、カリナンのライバルとも言いません。このあたりがこのクルマ最大の謎であり、面白いところなのです。

■トヨタにとって聖域と呼べる特別なクルマ

なぜトヨタは新型にSUVと付けないのか? なぜ背高フォルムなのか? 価格はセダンよりも高い2500万円なのか? なぜ月販目標台数がわずか30台に過ぎないのか。

今回はいろんな不思議がありますが、その前にはセンチュリーの特殊性を知っておく必要があります。

そもそもセンチュリーは単にクラウンやレクサスを超えた高級車ではありません。ある種トヨタにとって聖域とも呼べる特別なクルマなのです。

生まれはトヨタの世界的代名詞、カローラ誕生翌年の1967年。以来現行モデルに至るまで作られたのはわずか3世代のみ。初代は約30年間、2代目は約20年間作られ、現行3代目もおそらく長く作り続けられる予定でしょう。

しかも2018年の現行誕生時のリリースでは月販目標わずか50台と少なく、要するにより多く売って稼ぐための存在ではありません。

言わばトヨタのプライドであり、日本の物作りを象徴する純国産セダン。ユーザー対象は官庁、政治家、大企業トップ、そして皇室の方々。日本の限られたVIP向けであり、海外輸出も前提とはしておりません。

事実3代目発表時に、小沢は開発責任者の田部正人さんに何度もお聞きしました。ホントにこれで利益が出るのですか? と。

すると「赤字でいいということはありません」同時に「沢山儲けようともしておりません」という答えに終始されました。まさに日本の物作り技術の集大成としての高級車なのです。

3代目のセンチュリーセダン
画像提供=トヨタ自動車
3代目のセンチュリーセダン - 画像提供=トヨタ自動車

■国産最後のVIP用高級車

驚くべきは圧倒的クオリティで、塗装はレクサスの5層を超えた7層コート。手間の掛かる水研ぎが3回もあり、1台ほぼ40時間もかけています。美しい鳳凰エンブレムも手彫りの型を使ったもの。ある意味効率度外視。一部、手工業的な行程で作られています。

そこには創業者、豊田喜一郎氏の「世界に認められる国産車の完成」という願いが込められています。1960年代当時クラウンに続き、センチュリーを担当した伝説のチーフエンジニア、中村健也氏はこう言ったそうです。

「今までにない新しい高級車を作ろう」

その思いで作られたセンチュリーは、その後56年間も作られ、揺るぎない品質で日本のVIPを喜ばせ続けました。そこには理屈やビジネス効率を超えたトヨタのプライドが詰まっているのです。

かつて日産にはプレジデント、三菱にはデボネアというVIP用の高級車がありましたがどちらも消え去りました。しかしセンチュリーは現存していますし、まだまだ残り続けなければならないのです。

■これまでのセンチュリーとの大きな違い

そうして出来上がった新型センチュリーですが、フォルムがSUVっぽくなったと同時に大きな変更があります。

今までセンチュリーは例外なく高級車用後輪駆動プラットフォームを使っていましたが、今回は海外向けSUVのグランドハイランダーに使われているFF系のTNGA GA-Kプラットフォームの大容量版を使用。

パワートレインもV8ハイブリッドやV12エンジンなど古典的なマルチシリンダータイプが使われていましたが、新型は既存3.5リッターV6エンジンをメインとしたトヨタ流ハイブリッドを新開発。駆動方式もリアに電動モーターを配したほぼ電動フルタイム4WD。最新のモダンな量産技術がそのまま使われているのです。

3代目センチュリーセダンが信頼性も考え、一世代前のレクサス用FRプラットフォームを改良して使っていたことを考えると時代の変化を感じます。同時に本当にセンチュリークオリティが保てるのかという心配もあります。

ただ面白いのはかつての7層コートの塗装技術やエンブレムなどの職人技術はしっかり移植されていること。そこには変わらぬプライドを覗かせるのです。

センチュリーの象徴である「鳳凰」エンブレムは、工匠が金型を約1カ月半かけて手で彫り込む
画像提供=トヨタ自動車
センチュリーの象徴である「鳳凰」エンブレムは、工匠が金型を約1カ月半かけて手で彫り込む - 画像提供=トヨタ自動車

■センチュリーセダンが直面していた2つの危機

しかしこれらの改革もこのシビアな事実を知ると納得できるかもしれません。センチュリーセダンの直近の販売台数です。

2023年 69台(7月まで)
2022年 160台
2021年 65台

既知マスコミから入手したデータですが驚きました。小沢が思っていたより少なかったからです。かつて現行型が出た時に「センチュリーはいたずらに利益は追わない」と言われていたのと同時に「マイナスも許されない」と聞きました。

この販売成績には去年一昨年はコロナの影響もあったはずですが、それにしても月10台以下は少なすぎます。ぶっちゃけ、センチュリーセダンはここ数年存続の危機に立たされていたのでしょう。だからこその新世代センチュリーではないでしょうか。

もう一つの脅威は同じトヨタの大型ミニバン、アルファード&ヴェルファイアです。2001年、初代が生まれた時は高級車の新ジャンルの1つに過ぎませんでしたがあれから20年、今や高級車カテゴリーを席巻しました。

日本の高級セダンは高級ミニバンに置き換わったのです。クラウンはもちろんセンチュリーも例外ではなかったということでしょう。

そんな中、果たしてセンチュリーの延命を図るにはどうすればよいのか。さすがにミニバン化にするわけにもいかず、あるべき姿を模索。

その結果、効率良く作るためにFF系4WDプラットフォーム化し、大容量ミニバンに負けないように背高ノッポにして車内を広くし、大きなリクライニングシートなどを導入した。それが新型センチュリーの姿なのではないのでしょうか。

■センチュリーとしての最適解

なぜSUVと付けなかったのか? 月販30台なのか? 2500万円なのか? それはセンチュリーという特別な存在を考えればわかります。

おそらく変わらず台数を追わなくてよいのです。まずはセンチュリーとして、日本のVIPにしっかりとした品質をお届けする。そのために最低限の生産台数を確保したい。

イラズラにセンチュリーSUVと名付け、世界に打って出る新ジャンルの高級車のようなイメージは付けたくない。世論をオオゲサに誘導したくない。そのような狙いがあったのかもしれません。

もちろん新型から世界マーケットには出るようですが、だからといってグローバル月販数百台とか数千台などの目標は掲げていませんし、大風呂敷は決して広げない。

あくまでも「新世代センチュリーとして現代化」するのが最重要項目で、グローバル化は二の次。そのような背景が見えてきます。

その感覚こそがマスコミとの温度差なのかもしれません。

世界初の「フルフラットモード(リア両席)」を搭載し、後席シートをフルリクライニングすることで、ほぼフラットな状態で寝ることができる
画像提供=トヨタ自動車
世界初の「フルフラットモード(リア両席)」を搭載し、後席シートをフルリクライニングすることで、ほぼフラットな状態で寝ることができる - 画像提供=トヨタ自動車

■決して世界に打って出るわけではない

トヨタがセンチュリーを進化させる、SUV化させると聞くとマスコミは勝手にトヨタが新富裕層ビジネスに着手する、センチュリーSUVで世界に打って出る、と考えがちです。そのほうが驚きますし、面白いからです。

しかし、本気で新富裕層ビジネスに討って出るためにはディーラー網を整備しなければなりませんし、右ハンドル車以外にも左ハンドル車を作り、各国の安全規制や排ガス規制にマッチさせなければなりません。

ましてや特別な高級車ですから、プレミアムな演出はもちろん、セールス教育からサービス体制まで絶対に失敗しないチャレンジをしなければなりません。既存プレミアム、レクサスとの関係も考えなければいけないでしょう。

 というか本当に新型でロールス・ロイス カリナンと対決するのならば、既存プレミアムのレクサスブランドを当然使うべきで、となると車名もレクサスLZ600hだったり特別なレクサス・センチュリーになったりはずです。

しかし今回はそこまで踏み込む気は無く、あくまでも歴史あるトヨタ・センチュリーを永続させようという目的。そのための存在がいまの新型センチュリーの姿なのではないでしょうか。

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小沢 コージ(おざわ・こーじ)
バラエティ自動車評論家
1966(昭和41)年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。退社後「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。主な著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)、『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はホンダN-BOX、キャンピングカーナッツRVなど。現在YouTube「KozziTV」も週3~4本配信中。

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(バラエティ自動車評論家 小沢 コージ)

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