メスに目配せした後、オスは子グマを食べた…ツキノワグマに装着したカメラがとらえた衝撃的な映像
プレジデントオンライン / 2023年10月10日 17時15分
※本稿は、小池伸介『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。
■電波発信機からカメラ付き首輪に進化した調査方法
科学技術の発展とともに、クマの調査方法もどんどん進化している。私が学生のころは誤差が大きい割には追跡に手間暇がかかる電波発信機しか使えなかったが、そのうちGPS首輪が登場して人工衛星が格段に正確で時間のかからない調査を実現してくれた。そして、今ではカメラを搭載した首輪を装着できるようになったのである。
もともと、生き物にカメラを取り付けて、その生物の行動を探る調査は、「バイオロギング」と呼ばれている。カメラには加速度センサーも付けることができるので、映像だけでなく、移動するスピードから深さや高さまで記録できる。
バイオロギングは、最初はウミガメやアザラシなど、海の生き物を対象にすることが多かった。水中であれば、大きくて重いカメラが浮力で軽くなるので動物に負担がかからず、調査しやすいのである。また、ウミガメやアザラシは四肢が短くヒレ状なので、カメラを不快に思っても取ることができず、自力で外される心配がほとんどない。
■高価な最新機器がすぐおしゃかに…クマの破壊神ぶり
技術革新によって小型化されると陸の動物にもカメラを付けることができるようになった。
海外ではペットのネコに装着することが多いようだ。完全室内飼育が主流になりつつある日本とは違い、海外では放し飼いが多くてネコが行方不明になることがよくある。そこでカメラを搭載して行動パターンやよく行く場所を把握すれば、いなくなっても格段に見つけやすくなるというわけだ。
野生動物では、前脚でカメラを外せないのでシカによく使われている。では、クマはどうだろう。そう思い、バイオロギング用のカメラのメーカーに問い合わせてみた。
「シカ用のカメラってクマにも使えませんか?」
「いや〜、クマはシカと違って凶暴ですからね。しかも、前脚で外そうとするんじゃないですか? もちろん装着はできますけど、壊れることが多いんじゃないかな。故障や破損があっても保証はできませんが、それでよければお使いください」
まあそうだろう。トラップ、GPS首輪、ビデオカメラ、心拍数の記録用機械……。クマの破壊神ぶりには今までも散々泣かされてきたし、最新の高価な機械を投入するたびお星様にされてきた。
■首輪を回収しなければカメラのデータは見られない
しかし、やってみないことにはどうなるかはわからないし、問題点の洗い出しもできない。そこで、メーカーでは保証はしないという条件で購入し、クマに装着することにしたのである。これが2014年のことだ。
最初に購入したモデルは、まだハイビジョン撮影もできず、録画可能時間も4〜5時間だった。買った首輪は、まず奥多摩のクマに装着した。首輪はタイマーを設定して自動的に外すことができる。しかし、クマはしょっちゅう崖を上ったり木に登ったりするので、勝手に外れる設定だとどこに落とされるかわからない。カメラが録画したデータは内蔵メモリに記録される。つまり、首輪を回収しなければ見ることができないのだ。
「リアルタイムで録画データを転送したりできないの?」
そう思った人もいるだろう。ただ、データ転送は電力消費が激しいので、すぐに電池が切れてしまう。
だから、GPSでクマの位置を確認し、「ここで落とせば拾えるぞ!」というタイミングでリモコンを使って落とすことにした。
それでも、首輪は思わぬところに落ちてしまう。例えば学生がリモコンで落としたところ、首輪が崖を転がってしまい、滝の踊り場のようなところに落ちてしまったことがあった。
季節は6月の梅雨時。滝は水量が多くてとても手が出せなかった。こうなると回収作業は水量が減る梅雨明けである。問題は現場だ。どうやら沢登りやロープワークの経験がある私にも歯が立たない難所らしい。
■高度な機械があっても使いこなすには結局体力がいる
そこで私は助っ人を呼んだ。研究室の後輩の後藤優介君である。彼はクライミングのスキルがあって運動神経が抜群のスパイダーマンのような男だ。大学を離れてしばらくは富山県の立山カルデラ砂防博物館に勤めていたが、茨城県自然博物館の学芸員として関東に戻ってきた。それからはお助けキャラのごとく学生をサポートし、たびたび研究室のピンチを救ってくれている。
このときも梅雨明けを待って首輪を落としたと思われる場所まで案内すると、ザイルを使ってスルスルと滝を登り、危なげもなく首輪を回収してくれたのだった。
器用な学生が蔓を伝って木を登り、上のほうの枝に引っかかった首輪を回収したこともあった。
GPSと小型カメラを搭載した高度な機械を使っているのに、上手に使いこなすには体力やクライミングのような生身の技術が要求される。そういうところもフィールドワークの面白さかもしれない。
■クマは起きている時間の大部分はひたすらボーっとしている
ところで、首輪はいつの間にか外れてしまうこともある。最初に取り付けた最も古いカメラ付きタイプの首輪は、故障したのか電波を発することもなくなり、どこにあるのかわからなくなってしまったことがある。結局、調布飛行場から小型飛行機を飛ばして探し回る羽目になったのだが、見つからずじまいだった。
すっかり諦めていたころ、奥多摩でシカの調査をしている調査員から、首輪を拾ったという連絡をもらった。最初の調査から2年が過ぎたころである。時間は経っていたがデータは無事に取り出すことができた。
このように、回収するのがひと苦労のカメラ付き首輪だが、回収できてもがっかりすることが多い。取り付けた直後にレンズに泥が付いたり、落ち葉が貼りついたり、水滴が付いたりすると、ずっとブラックアウト状態で何を撮っているのかわからないのだ。
まともに撮影できていても半分ぐらいの動画は真っ暗だったりもする。穴に入っているからではない。どうやら地面に突っ伏して寝ているらしい。
「おや? 急に明るくなって画面が青くなったぞ」
そんなときはたぶん寝返りを打ったのだろう。あおむけで寝ているのか、空が見えることもある。
とにかく、クマがゴロゴロダラダラしてばかりいることだけはよくわかった。起きている時間の大部分はひたすらボーッとしていて、さっぱり何をしているのか見当がつかない。
■機械が故障する原因はオス同士のケンカ
ハイビジョンカメラで撮影できるのは十数時間。ほとんどが寝てばかりなのは、取り付けて回収する手間を考えると実にもったいない。というわけで、最近ではこの撮影できる尺をうまく有効利用できるように工夫している。例えば、30分に1回、15秒ずつ撮影するとか、朝の6時から夕方の6時の間の、00分と30分に15秒ずつ撮るなどの設定をして、尺を無駄にしないようにするわけだ。
また、クマを捕獲しやすい時期は6〜7月だが、秋の行動を見たい場合はカメラを止めておいて9月から撮影できるように設定することもある。
しかし、1回の撮影時間が短すぎると、それはそれでもどかしいこともある。ちょうど撮影しているときにほかのクマとケンカを始めて、「おおっ」と手に汗握ったところで映像が途切れて、次の録画にはもう相手がいないということもしょっちゅうだ。
もっと長時間撮影できればいいのにと思うが、そこは今後の技術革新に期待したい。
ちなみに、「クマに付けても故障しやすいのではないか」というメーカーの忠告は今のところはずれている。特にオスはケンカをするので、相手に機械を咬まれて故障することが多いのだが、奇跡的に私たちが使うカメラ付き首輪は故障知らずだ。
カメラ付き首輪を用いた調査のノウハウはずいぶん蓄積できてきた。回収率も6割から7割でGPS首輪が出始めたころを考えれば驚異的な数字になってきている。そして、この映像によって新発見が相次ぐのであった。
■クマが登山道を使って移動することが初めてわかった
回収できたカメラの中には、未知の光景を撮影していたものもあった。初期のころのカメラで撮った動画は、今見るととても粗いのだが、移動するのに登山道を使い、山小屋や標識の横を通っていることなどが初めてわかった。
また、これまで木の幹についた爪痕やクマ棚から、クマが木に登ることはわかっていたが、実際にその様子も映像で確認できた。あのずんぐりむっくりした体形からは想像がつかないくらい、ヒョイヒョイヒョイッと軽やかに登るのである。
■食べることすら忘れてメスを見張るオス
2018年ごろからはハイビジョンカメラ付きの首輪も登場し、足尾や奥多摩のクマに装着して繁殖行動を観察することになった。
普段はオスもメスも単独行動をするのだが、繁殖期になると10〜20m先にメスの姿が見えるようになり、距離がだんだん近付いてきて、そのうちメスのすぐそばにオスが寄り添うようになる。
そしてメスが木の上でリラックスして木の実を食べているのを、オスは木の下で何も食べずに待っている。メスに逃げられないように食べ終わるまで見張っているのだ。
つまり、オスは食べることすら忘れてメスと一緒にいることを優先している。食欲よりも性欲が勝っているのである。
以前から繁殖期の6〜7月にクマを捕獲すると、オスが傷だらけだったり、ガリガリに痩せていたりするのには気づいていた。メスをめぐってのオス同士の戦いが熾烈(しれつ)なのだろうし、きっと寝食を忘れてメスを追いかけていたのだろうとは思っていた。
カメラのおかげでそれがはっきりとわかったのは大きな収穫だった。
■オスが子グマを食べている衝撃的な映像も撮れた
ほかにもカメラは衝撃的な映像をとらえていた。共食いである。オスに装着されたカメラがメスを映し出したあと、子グマがオスによって食べられているさまが映し出されていたのだ。
これは、子連れの母グマと交尾するため、オスが子グマを殺しているのだ。メスが子グマを生むのは1月か2月の冬眠中で、5月の上旬の冬眠穴から出てくる時期になると子グマは2〜3kgにまで成長する。そして8〜9月ごろまではメスは授乳をしているのだが、6〜7月の繁殖期にオスに遭遇すると、オスはメスと交尾をしたいがために子グマを殺し、メスの発情を促すことがあるのだ。
海外では0歳の子グマの死亡は8割から9割が繁殖期に発生し、その多くがオスによる子殺しだろうと推定されている。
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ツキノワグマ研究者
1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における植物―動物間の生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(共著・文一総合出版)など。
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(ツキノワグマ研究者 小池 伸介)
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