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クマの冬眠穴をこっそり覗いたら…クマ研究者が「思い出すたびにゾッとする」という軽率すぎた行動

プレジデントオンライン / 2023年10月12日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BirdImages

野生動物の研究には危険がついてまわる。ツキノワグマ研究者の小池伸介さんは、冬眠中のクマを調査していて何度も間一髪の目に遭ってきたという。「思い出すたびゾッとする」というそのエピソードをお届けする――。

※本稿は、小池伸介『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。

■冬眠中のクマの動向はほとんどわかっていなかった

クマの研究を始めたときは、周囲から「クマは冬眠するからクマ研究は季節労働者だね」といわれたものだった。でも、私は探検部で雪山登山の経験があったので、冬眠中のクマの調査も行ってみようと思ったのである。

冬眠穴の研究は、私の前には1人しかやっている人がいなかった。海外では何十年も前からわかっていたのに、日本ではほとんどわかっていない。

そりゃそうだろう。クマが生息しているような山奥を真冬に探索するのは、それなりの技術と経験が必要だ。冬山に入る装備も必要になるし、一式揃えると結構お金がかかる。私のような気軽さでやってみようと思った人はまずいなかっただろう。

初めて冬眠穴の調査に出かけたのは、修士1年生のときで、調査場所は山梨だった。山梨の会社の社員の人で興味のある人と連れ立って、ワカン(「輪かんじき」の略称で、雪の上を歩くときに足が埋まりにくくするために靴に取り付ける道具)を付けて雪山に入った。

冬眠中なのでクマは動いていないはず。ということは、発信機を付けた個体ならば簡単に探せるだろうと期待していたのだが、甘かった。

■思い出すたびにゾッとする、軽率すぎた行動

クマが岩穴や谷の奥深くに入ってしまって電波が拾えないのだ。電波をキャッチできても「そこは人間には無理」と探検部で鍛えた私ですら血の気が引くような場所ばかりだった。1年目は空振りに終わった。

しかし、2年目の春、行動範囲が狭いメスの電波をキャッチした。そこは集落の近くで比較的アクセスしやすい場所だったが、険しく切り立った尾根だった。そこに木が生えていて、その根っこの下に空いた大きな空間に冬眠していたらしい。尾根をよじ登って冬眠穴に着くと、興奮のあまり私は穴に顔を突っ込んでしまった。

「やった。ついに見つけましたよ!」

目の前に大きな黒い穴が2つ現れた。それは寝ているクマの鼻の孔だった。

このときのことは思い出すたびにゾッとする。初めてクマの冬眠場所を発見できたのはとても嬉しかったのだが、あれは私があまりにも軽率で死んでいてもおかしくないほど危ない状況だった。

あとでわかったのだが、このメスは穴の中で出産して子育ての最中だったのだ。招かれざる客から我が子を守ろうとすれば攻撃的にもなるだろう。一歩間違えば冬眠の邪魔をされたクマを激怒させて襲われていたかもしれない。

■普段のクマはそこらへんの地面に転がって寝ている

近くにビデオカメラを設置して、さあ観察するぞと意気込んだものの、ほどなく子どもを連れて引っ越しをしてしまった。この冬眠穴には2つ出口があって、母子は裏口から出ていったらしい。やかましい人間に見られながら子どもを育てる気になれなかったのだろう。このときの反省から、冬眠穴を見つけたときは少し離れて観察するようにしている。

山梨の場合、クマの冬眠場所は、人がやすやすと近寄れない急峻(きゅうしゅん)な場所が多かった。やはり崖の上の木の根元の空間とか、濃い藪に囲まれた崖の上とか、尾根の真下にある沢の源流の近くとか、恐ろしくアクセスが悪いところばかりだった。

おそらく山梨では特に冬眠の時期が狩猟のシーズンに当たるため、人間を恐れていたのだろう。

その後も現在にいたるまでたびたび冬眠穴の調査は行ってきた。ときには命の危険を感じるようなハプニングもあった。それはあとでお話ししたい。

ちなみに冬眠以外の場合、クマは意外なほどその辺に転がって寝ている。どうやら寝心地重視で場所を選んでいるようだ。大きな木の根元の少しフラットになったところに寝ていることがある。

針葉樹の上も森のクマたちの間で人気である。枝が横に伸びて安定した寝床になるだけでなく、夏場は下から風が吹いて涼しいのでなかなか寝心地がいいらしい。地面に寝るときは平坦な場所を選んでいる。藪がちな場所では、ツルなどでベッドを編んで寝ているクマもいた。

■真っ黒な筋骨隆々のケモノが一直線に駆けてくる

2012年の2月、共同研究者の山﨑晃司さん(現・東京農業大学教授)や学生とともに奥多摩へ向かった。

あらかじめGPS首輪を付けていたクマの冬眠穴に入って、麻酔をかけて首輪を回収することにしたのである。

山に入ると、ちょうどターゲットのツキノワグマが、木の根の間に頭を突っ込んで、「頭隠して尻隠さず」のポーズで寝ていた。

そのクマを前に、興奮のあまり、

「これ、イケるぞ!」
「いっちゃうか」

なんてしゃべっていたのがいけなかったのだろうか。あろうことかクマは目を覚まし、クルっと振り返った。次の瞬間、真っ黒な筋骨隆々のケモノはダーッとすごい勢いでこちらに向かってきたのだった。

カメラに向かって歩く黒い熊
写真=iStock.com/John Morrison
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/John Morrison

■撃退スプレーを使わなければ顔面をえぐられていた

一緒にいた学生の1人は腰を抜かして動けなくなり、ほかの2人は一目散に走って逃げ出す。クマは山﨑さんとちょうど至近距離で向き合う形となった。これはまずい。

命が危ない!

私はとっさに持っていたクマ撃退用スプレーをクマの顔にかけた。山中に入るとき、万が一クマに遭遇した場合の備えとして、クマ撃退用スプレーは必携アイテムだ。スプレーにはトウガラシの粉が大量に含まれている。クマは悶絶して斜面を転げ落ち、逃げていった。

このときクマ撃退用スプレーはクマだけでなく、山﨑さんの顔にもかかった。

トウガラシまみれのスプレーが目に入るのだ。人間にとっても悶絶ものである。

山﨑さんいわく、「特上のすりわさびに激痛というおまけを付けて、のどや目に放り込まれた感じ」だったという。

しばらくは息が詰まり、目も開けられず、頭や顔の皮膚にしみこんだ唐辛子成分もじくじくと傷んで、散々な思いをしたようだ。

山﨑さんには申し訳ないことをしたと思っている。それでも、もしスプレーをかけていなかったら、きっと顔面をクマの鋭い爪にえぐられ、山﨑さんの命はなかっただろう。迷っている暇も選択の余地もなかった。

■ツキノワグマはアメリカクロクマより気性が荒い

この経験でつくづく思い知ったのだが、アメリカクロクマとツキノワグマでは性質が全然違うということだった。やっぱり、ツキノワグマは気性が荒い。そういえば、ミネソタにアメリカクロクマの調査で行ったとき、森林研究所の研究者デイヴさんもいってたなあ。

小池伸介『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)
小池伸介『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』(辰巳出版)

「中国で同じことを何回かやってきたけど、やっぱりあっちのクマは穴から出ちゃうよね!」

日本でも2度の成功例がある。アメリカで30頭も捕獲できたという自信もあった。

武者修行を積んだ自分ならば成功するだろうと思っていたのだが、そこまで甘くはなかったのだ。

しかし、そんな散々な目に遭っても、私は冬眠中のクマを捕獲したいのである。このクマ返り討ち事件のあと、足尾でも同じように捕獲を試みた。しかし、そこでもやっぱり成功には至らなかった。足尾のケースでは冬眠穴が岩穴でかなり奥が深かったのが敗因だった。穴の構造も捕獲の成否を分けるカギになる。土の穴だと出口がいくつあるかわからないのでちょっと怖い。奥にクマが逃げて行ったと思ったら、横からバアッと出てきて襲われるかもしれないからだ。

やはり、奥多摩のときのような、木の根の冬眠穴がベストなのだ。

■韓国では冬眠穴に突入してツキノワグマを捕獲する

死ぬかと思ったし、まだまだどうすればうまくいくのかわからない。後年、韓国ではツキノワグマの冬眠穴に突入して捕獲をしていると聞いて、現場を見せてもらったことがあった。まるで機動隊のような全身防備で冬眠中のクマに向かっていく勇ましい様子をまじまじと見て、正直、ちょっとひるんでしまった。

それでも「いつか必ずやってやる!」とたぎる熱情を胸に秘め、条件の良い冬眠穴を探しながら、今もチャンスを狙っている。

そしてこの熱き思い、「まだ懲りてねえのかよ!」と叱られそうで、山﨑さんにも学生たちにも伝えられずにいるのであった。

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小池 伸介(こいけ・しんすけ)
ツキノワグマ研究者
1979年、名古屋市生まれ。東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授。博士(農学)。専門は生態学。主な研究対象は、森林生態系における植物―動物間の生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『クマが樹に登ると』(東海大学出版部)、『わたしのクマ研究』(さ・え・ら書房)、『ツキノワグマのすべて』(共著・文一総合出版)など。

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(ツキノワグマ研究者 小池 伸介)

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