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「先生、早く切ってください」そう懇願する患者に膵臓がんの名医が「じっくり時間をかけましょう」と返す理由

プレジデントオンライン / 2023年10月18日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Panuwat Dangsungnoen

膵臓がんは早期発見が難しく、見つかったときにはステージが進んでいることが多い。東京女子医科大学消化器・一般外科の本田五郎教授は「急いで取りたがる人は多いが、ステージ1以上の膵臓がんは早く手術すればよいというものではない。焦って手術をすると抗がん剤治療が十分できず、治るはずのものが治らないこともある」という――。

※本稿は、本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか 早期発見から診断、最新治療まで』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■「膵臓がんは手術だけが唯一の根治的治療」は本当か

よく膵臓(すいぞう)がんの専門医療機関のホームページを開くと「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」といった案内が書いてあります。膵臓がんに関する一般向けの本やサイトにも、しばしば同じようなことが書いてあります。外科医である私が言うと少々違和感があるかもしれませんが、このフレーズを鵜吞みにしてはいけません。巧妙に言葉のトリックが仕組まれています。

「膵臓がんを根治するために、何とかして手術ができる状況にこぎつけて、とにかく手術をしましょう。そうすれば助かります」という意味に解釈する人も結構いるのではないでしょうか。

ステージ1以上の膵臓がんの多くが、手術だけでは治せません。2012年に集計された日本膵臓学会の過去27年間の全国調査データでは、ステージ1の5年生存率がだいたい60〜70%、そして、ステージ2だと15〜30%くらいに一気に下がります。この全国調査データに登録されたステージ1や2の患者さんのほとんどが手術を受けていますので、これは手術でどのくらい治ったのかを示したデータと理解してよいと思います。

■「手術さえすれば根治できる」ではない

このデータをもう一度よく見てみましょう。裏を返すと手術で膵臓がんを切除できてもステージ1では30〜40%、ステージ2では70〜85%の患者さんが根治できていない、つまり手術後に膵臓がんが「再発」して、膵臓がんが原因で亡くなっていることになります。

最近は膵臓がんに有効な抗がん剤が複数使えるようになり、膵臓がんの5年生存率はもう少しよくなっていると思います。しかし、抗がん剤だけで膵臓がんを根治するところまで行けることは、いまでもほとんどありません。放射線治療と抗がん剤を合わせた治療も有効ではありますが、やはり根治するところまで行けることはめったにありません。

なので、たしかに「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」というのは間違いではありません。しかし、これは決して「手術さえすれば膵臓がんは根治できる」という意味ではなく、「手術ができた人の中にだけ根治できる人がいる」というのが正しい意味なのです。どうでしょう、言葉の「トリック」に気づかれたでしょうか。

■根治できるはずのものができなくなることも

手術をして根治できる膵臓がんと手術をしても根治できない膵臓がんがあって、しかも現時点では後者のほうがかなり多いのですが、「膵臓がんは手術療法だけが根治のための唯一の道です」という言葉で魔法をかけられた患者さんは、とにかく手術を受けて、膵臓がんを克服することを願ってしまう。時には、神の手と呼ばれる外科医のもとに出向いて、無理やりにでも取ってもらおうとします。

ステージ0の膵臓がんは別として、ステージ1以上であれば、「手術可能な膵臓がん」であっても、その多くが手術だけでは治らないのです。焦って手術をするとむしろ抗がん剤治療が十分にできないために、本来根治できるはずだったものさえ根治できなかったり、根治できない場合でも、抗がん剤の効果で長く元気でいられたはずの時間が短くなったりします。

膵臓がんの治療は決して手術ありきではないことを強調しておきたいと思います。

もっとも、みなさんの中には納得できずに妙な顔をされている方もいらっしゃるかもしれませんね。無理もありません。一般の方からすれば、「がんがあるんだから、早く取らなきゃ」と考えるのが普通でしょうし、「手術を先延ばしにしているうちに、がんがどんどん大きくなってしまったらどうするんだ」と不安になるのも当然でしょう。

■他の治療法を組み合わせながら見極める必要がある

われわれ外科医は、外科医である前に医師であり、医師である前に人である以上、それぞれの患者さんにベストの治療を提示して提供するのが人の道、「大義」です。しかし外科医に限らずいえることですが、世の中に常に大義を通して生きている人はどれほどいるでしょうか。

外科医も人間ですから、腕を振るいたいという下心から、どうしても手術を優先して提示することがあるのも事実です。だからトリックを使っているのだとは言いませんが、外科医自身も自分のやっているトリックに気づきにくいのだと、私は思います。

手術室の外科用機器のトレイ
写真=iStock.com/shapecharge
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shapecharge

繰り返しになりますが、ステージ1以上の膵臓がんは早く取ればよいというものではありません。他の治療法を組み合わせながら、じっくり時間をかけて、そして相手がどういう態度を示すのか見極めながら治していくことで、根治できる可能性、長く元気でいられる可能性を上げるのが賢明なのです。

■ステージ1でも遠隔転移の多い膵臓がんでは化学療法が必須

では、いったい手術以外にどんな方法を組み合わせていくのか。

それは、「抗がん剤を用いた化学療法」や「放射線療法」です。とくに抗がん剤を用いた化学療法は、ステージ1でも遠隔転移が潜んでいることの多い膵臓がんにおいては絶対に欠かせません。

手術や放射線治療は膵臓がんの本体とその周辺(局所)のみに限定して手を下す治療法であるため、「局所治療」に分類されます。放射線治療も、体全体に放射線をあてるわけではなく、患部とその周辺の一部を含む程度の限定した範囲にあてるのが基本ですので局所治療です。

一方、抗がん剤は点滴で投与すると血液内に入り、血液の循環に乗って全身のすみずみまで流れていきますし、内服薬も胃腸で吸収されるとやはり血液内に入って全身に流れていきます。そのためこちらは「全身治療」に分類されます。

上皮内がんや、ステージ1の浸潤がんでもまだ小さくて遠隔転移のないものなら、局所治療(切除もしくは放射線照射)だけで治せる可能性があります。しかし、遠隔転移がある場合は局所治療よりも全身治療のほうが優先されます。

■局所治療では拾いきれないから全身治療が必要

不良細胞にたとえて話をいたしますと、教室の壁や窓を壊さないちょい悪の不良や本物の不良はもちろんですが、教室の壁や窓を壊しても校舎の外には出て行っていないチンピラくらいまでなら、校舎ごと撤去するか焼き払うことで完全に退治できます。ここでは校舎ごと撤去するか焼き払うまでが「局所治療」ということになります。

ところが、膵臓がんはいったんチンピラになると早々にやくざになって、さらに広域暴力団や国際マフィアになっていきます。いったん広域に活動し始めて、各地で新たに組事務所を構えればすぐに見つかりますが、閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにしていると、一人ずつ見つけてつかまえるのは至難の業ですし、見つけたとしても、ひとつひとつをしらみつぶしに撤去して「局所治療」を繰り返すのは非常に困難です。

そこで、チンピラややくざが好んで食べる毒物を日本中、世界中に大量にばらまく方法で対抗することになります。つまり「全身治療」です。ここでたとえた「チンピラややくざが好んで食べる毒物」というのが「抗がん剤」のことになります。抗がん剤について、もう少し説明しましょう。

■膵臓がんに有効な抗がん剤が複数生まれ、5年生存率は上昇

がん細胞の、特徴的でもっとも厄介な行動は次々にクローンをつくること、すなわち「細胞分裂」です。細胞分裂の際にはいろんな工具や原料が必要となるのですが、その工具や原料を壊したり偽物として紛れ込んだりして細胞分裂の邪魔をするのが抗がん剤です。

ちなみに、正常な細胞も日々細胞分裂を行なっています。そのため、細胞分裂の盛んな組織や臓器ほど抗がん剤の影響を受けて副作用が起きやすくなります。典型的なのは白血球や皮膚、粘膜などです。

2000年代に入って、ようやく膵臓がんに有効な複数の抗がん剤が開発されて使用できるようになってきました。副作用が比較的軽く済むものもあり、患者さんが通常の生活を維持しながら、長期間にわたって抗がん剤治療を受けることも可能になってきました。

そのため、全体の5年生存率も徐々に高くなってきています。

■術前に抗がん剤治療を行なうほうが生存率が上がる

実は、切除可能な膵臓がんに対しても、先に抗がん剤治療を行なってから手術をするほうが予後がよくなることが分かっています。日本全国の膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関が共同で行なった臨床研究によって、「術前に抗がん剤治療を行なうほうが手術後の生存率が上がる」ということが証明されています。そのため今、日本では膵臓がん治療を専門的に行なう医療機関のほとんどが、術前化学療法(手術をする前に行なう抗がん剤治療)を取り入れています。

それにしても、いったいなぜ、術前化学療法が有効なのでしょうか。その答えはいくつかあります。

本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか 早期発見から診断、最新治療まで』(幻冬舎新書)
本田五郎『膵臓がんの何が怖いのか 早期発見から診断、最新治療まで』(幻冬舎新書)

ひとつ目の答えは、「抗がん剤の力で転移・再発を防ぐ効果をより高く得られる」ことです。がん細胞が、本拠地を離れて閑静な住宅地の一軒家にひっそりと住んでいたり、スラム街の中で屋根裏部屋をアジトにして暮らしたりしている状況で、急いで本拠地を撤去しても、かくれ潜んでいたがん細胞が生き残って、いずれはそれらがクローンを増やして各地で徒党を組みます。つまり転移・再発が起きるわけです。

そこで手術をする前に、これらの目に見えない、あるいは検査画像に映らないような小さな転移を全身治療でやっつけておくのです。

膵臓の切除手術をすると、通常は最低でも1カ月間くらいは抗がん剤治療ができなくなりますが、手術後に体調がなかなかよくならず、2〜3カ月間抗がん剤治療ができない場合もあります。

抗がん剤治療ができない間、目に見えないあるいは検査画像に映らないような小さな転移は野放し状態になります。手術の影響で体力が落ちる前に、抗がん剤をしっかりと使ってこれらを叩いておくことで、野放し状態を回避しようというわけです。

■一度浸潤してしまった場所はがん細胞を切除しても戻らない

いやいや、「抗がん剤がよく効くと膵臓がんの本体が小さくなって取りやすくなるんじゃないのか?」と、思う人もおられるでしょう。たしかに、がんの塊が小さくなったり、時にはがん細胞がほとんど消え去ってしまうこともあります。

しかし、浸潤してきた膵臓がんにいったん占領された場所では、通常は正常な組織が破壊されます。そして、ほとんどの部位で線維化が起きるため、セメントで塗り固められたような状態になっていて、正常な構造には戻りません。

そのため、一度膵臓がんの浸潤を受けた場所は、がん細胞が残っていようといまいと、結局はがんの本体と一緒に切除してしまわなければ収拾がつかないことが多く、術前化学療法で膵臓がんが小さくなったとしても、手術で取りやすくなるとは限らないのです。

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本田 五郎(ほんだ・ごろう)
東京女子医科大学消化器・一般外科教授
1967年生まれ。県立熊本高校、熊本大学医学部を卒業後、京都大学医学部附属病院外科(研修医)、市立宇和島病院外科、京都大学消化器外科、済生会熊本病院外科、社会保険小倉記念病院外科、東京都立駒込病院外科、誠馨会新東京病院消化器外科などを経て、2020年10月、東京女子医科大学消化器・一般外科准教授に着任。2021年7月より現職。肝臓・膵臓の手術件数は2500件を超え、肝胆膵疾患の腹腔鏡下手術における高い技術力は世界的に知られており、海外での手術経験も豊富。

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(東京女子医科大学消化器・一般外科教授 本田 五郎)

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