「関ジャニ∞」の名前を変える必要はあるのか…アメリカのZ世代が「ジャニーズ問題」に違和感を覚える理由
プレジデントオンライン / 2023年10月12日 11時15分
■「#Metoo」を主導した若者はどう受け止めているか
10月2日の会見でジャニーズ問題が新たな展開を見せた。事務所は解体・廃業。被害者救済を目的とする会社「スマイルアップ」と、タレントを抱えるエージェント会社(名称未定)に分割されるという。
ジャニーズ問題は、アメリカで2017年に起きたハーヴェイ・ワインスタイン事件とよく比較される。
アメリカではこの犯罪事件をきっかけに、#Metoo運動の炎が燃え上がった。
同時に企業の対応も大きく変化した。今や人権問題に関するリスク管理ができない企業の生き残りは難しい。
#Metoo運動を燃え上がらせたのはアメリカのミレニアル世代とZ世代だ。その彼らは、今ジャニーズ問題をどう見ているのだろうか。
ニューヨークのZ世代と座談会形式で、昨今のトレンドや社会問題を掘り下げるラジオ番組&ポッドキャスト、「NY Future Labミレニアル・Z世代研究所」では、9月の会見以降、この問題について話し合ってきた。
今日は20歳から25歳の彼らの言葉を借りながら、日本のジャニーズ問題がこれからどこへ向かっていくのか、そしてアメリカの#Metoo運動のように大きな動きに発展するのかを考えてみたい。
■ハリウッドでも子供が犠牲になることは珍しくない
「被害を申告した人が400人以上って多すぎる! クレイジーだ!」と番組のZ世代メンバーは全員驚きを隠せない。
「とても悲しい。エンターテインメント業界は、才能あるタレントを使って収益を上げているのに、彼らを守ることができなかった」とコメントしたのはミクアだ。彼女はこう続ける。
「多くの被害者がいて、誰かが声を上げたかもしれないのに、誰もそれを真剣に受け止めなかった。日本国外のメディアが介入した時には喜多川氏はすでに亡くなっていて、遅かったと思う」
彼らは何よりも、犠牲になった子供や若者たちに対する同情や共感などの思いがとても強い。その理由のひとつは、アメリカでもこうした性犯罪が常に起こっているからだ。逆に、彼らを搾取したり、犯罪を見過ごしたりする業界の責任は厳しく追及する。
ケンジュはこう語る。
「アメリカは最悪だと思う。若い子供のスターが虐待されたり、利用されたりする例がたくさんある。アメリカのエンターテインメント業界の文化みたいなものだ」
メアリーも「有名なのはワインスタインだけど、他にも権力を、性的な利益を得るために利用している人たちが少なくない」と同調する。
ここでハーヴェイ・ワインスタイン事件を振り返ってみよう。
■「#Metoo運動」から生まれたキャンセルカルチャー
2017年、ハリウッドの帝王だった映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが、性暴力とその隠蔽(いんぺい)工作の疑いで逮捕された。彼はその後有罪判決を受け39年の刑期を服役中だ。役と引き換えにセックスを強要する彼の行為は映画業界では長年知られていた。名乗り出ただけでも80人以上の犠牲者を巻き込んでいるが、業界ぐるみの隠蔽にはジャニーズ事件と共通点がある。
ワインスタインは疑惑発覚後に、自身のプロダクション会社「ワインスタイン・カンパニー」から追放された。その直後、アップル、アマゾンなどの大企業が次々にワインスタイン・カンパニーとの取引を中止。会社自体も倒産した。
この犯罪事件をきっかけに沸き起こった#Metoo運動はエンターテインメント界を超えて政財界にも広がり、400人以上の芸能人、業界人、政治家が、セクハラや性暴力の責任を問われ姿を消した。
この#Metoo運動をきっかけに、アメリカではキャンセルカルチャーという言葉が頻繁に聞かれるようになる。
キャンセルカルチャーは社会的に容認できない行動や発言をしたとみなされた人々が告発され、排斥されたり商品がボイコットされたりする動きのことを指す。
ターゲットになるのは、主に人種・ジェンダー差別などの人権侵害や、環境破壊など社会正義に反する行為を行った個人や企業だ。排斥の対象になると「キャンセルされた」と言われ、社会的信用を著しく傷つけられる。時には不買運動に発展したり、株価が下落することで、経済的なダメージを受けたりすることもある。
■Z世代にとって「消費は投票」
このキャンセルカルチャーの中心にいるのが、アメリカZ世代だ。彼らにとって「消費は投票」とされる。これはどういう意味なのか?
キャンセルカルチャーの中には時に「やりすぎでは?」と感じられるほど過剰なケースもあるが、彼らの行動には理由がある。自らの購買力を駆使して企業に影響を与えることで、人権を守ろうとしているのだ。
彼らの多くは、自分の価値観に反する企業やブランドから物を買わない。例えば、人種差別的な商品をボイコットし、マイノリティに配慮した企業を支持する。人権に関するメッセージを積極的に発信する企業から物を買う。さらには、働くなら多様性ある雇用を推進する企業がいいと考えている。
こうなると企業は売り上げ減や株価下落などの危機に直面し、彼らの要求に応えるしかない。こうした動きが繰り返され、アメリカの若者と企業は人権や社会正義のメッセージを共に出すことで、社会の潮流を作っている。
これが「Z世代にとって消費は投票だ」と言われるゆえんである。アメリカの企業がこうした動きに敏感なのは、企業の存続に関わる重要な問題だからだ。
■セクハラ告発で360億円の損失が出るほど
ここで#Metoo運動によってキャンセルされた米企業の例を見てみよう。
「Guess(ゲス)」は80年代から90年代にかけて一世を風靡(ふうび)した超人気ファッションブランドだ。しかし、#Metoo運動の嵐が吹き荒れた2018年、共同創立者でデザイナーのポール・マルシアーノが、スーパーモデルのケイト・アプトンからツイッター上でセクハラの告発を受けた。情報は瞬く間に広がり、数時間後には株価が17.7%も下落、1日で2億5000万ドル(日本円で360億円)もの損失を被る事態となった。マルシアーノは解雇され、ブランド価値は大きく低下した。
同様に、ナイキ、人気ヨガウェアのルルレモン、高級ホテルグループのウィン・リゾーツ、大手書店チェーンのバーンズ&ノーブルなどで、トップレベルの重役が解任されている。
もうひとつ、たった一言で地位を失った出来事がつい最近起きた。音楽誌『ローリングストーン』と「ロックの殿堂」の創始者で音楽界の頂点に君臨していたヤン・ウェナーは、差別的なコメントをしたために衝撃的な早さで失脚した。
■解任されるまでわずか20分だった
彼はニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「自著『ザ・マスターズ』ではなぜ女性や黒人を取り上げていないのか」と聞かれ、「彼らは知的レベルが十分でなかったから」と答えた。
記事が出た直後から、彼の発言に対し「女性差別、人種差別」という激しい批判がネット上を駆けめぐり、翌日にロックの殿堂は緊急の取締役会を招集する。彼の取締役からの解任を決断するまで、わずか20分だった。
日本でよく聞かれる、「差別する意図はなかった。私の発言で不快な思いをした方々におわびします」ではもう逃げられないのだ。
では、そうしてキャンセルされた企業や個人は存在を完全に抹消され、名前すら忘れ去られてしまうのかといえばそうではない。
ここで、ジャニーズ問題に対する社会の対応と、ワインスタイン事件とを比べてみたい。
10月2日のジャニーズ事務所の記者会見では、解体・社名変更以外にも、「ジャニー喜多川の痕跡をこの世から一切なくしたい」(藤島ジュリー氏)として、「関ジャニ∞」や「ジャニーズWEST」「ジャニーズJr.」などのグループ名や屋号を変更することが決定したと伝えられた。
■ワインスタイン作品はなぜ消されないのか
一方、ワインスタイン事件では、当事者であるワインスタインは、疑惑発覚後に自身のプロダクション会社から解任された。その後会社も倒産したが、ワインスタインがプロデュースし、彼の名前がクレジットされた作品は今でも普通に見られている。
『イングリッシュ・ペイシェント』(1997年)
『グッド・ウィル・ハンティング』(1998年)
『恋におちたシェイクスピア』(1999年)
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002年)
『シカゴ』(2003年)
『キル・ビル』(2003年)
などなど、まさに世界の映画史に残る名作、ヒット作は枚挙にいとまがない。
犯罪者のプロデュース作品となれば、日本だったら即座に放映禁止、配信削除になったりしそうだ。しかし、アメリカではそうはならない。こうした作品が名作であること以上に「作品に関わった俳優からスタッフまで多くの人々が、ワインスタインという1人の犯罪者のために犠牲になるのはフェアではない」という考え方があるからだ。
■この事件で「罰を受けるのは誰?」
ワインスタイン映画が見られているもうひとつの理由は、「性暴力犯罪」という明確な結論が出され、責任の所在が明らかになって、社会が一応納得したからだ。
前述した通り、ワインスタインは有罪判決を受けて39年という刑期で服役し、社会的な制裁も受けている。約40人の犠牲者に対しては、民事訴訟で総額1700万ドル(25億円)の賠償金が支払われる事が決定している。事件発覚から4年かかっているが、その間に司法とメディアが徹底的に事件を掘り下げたことで、この問題はひとつのけじめをつけた。
しかしジャニーズ問題は違う。
「ミレニアル・Z世代研究所」のシャンシャンはこう指摘する。
「被害者のために正義はどう果たされるの? 罰を受けるのは誰?この事件に間接的に関与した人たち? それは難しいでしょう。誰かが虐待の手助けをしたという確かな証拠を、裁判所が押さえることができるとは思えないもの」
当事者はすでに亡くなり、(今のところ)誰も罰せられず法的責任を問われないため、「性犯罪」に対する正義が果たされる可能性は低い。シャンシャンはそれを懸念しているのだ。
賠償のあり方も裁判所の管理下ではない。外部に監視機関があるとはいえ、その役割は不透明と批判されても仕方ないだろう。
■名称変更は臭いものに蓋をしただけ
また社名を変更するとはいえ、エージェントとしての機能を残すことは、事実上の存続を意味すると考えられる。グループ名の変更も同じ。でも少なくともジャニーズの名前を残すよりはベターという評価にはなるのだろう。
名称等をどうするかの前に、まず犠牲者への償いが果たされるべきではないのか。そう考えるアメリカZ世代には、今回の決定はある意味、臭いものに蓋をしたように見えている。
また今後は、ジャニーズと契約を結んでいた日本企業の対応も難しくならざるを得ないだろう。しかし、ジャニーズを切るかどうかだけを考えても、おそらく答えは出ない。なぜなら今起きていることは、より広い課題を含んでいるからだ。
シャンシャンはこう言う。
「問題は、日本のボーイズアイドルの中には、まだ会社との契約に縛られている人がたくさんいることだよね。芸能界の若手アイドルの中には、所属会社への借金がチャラになるまで給料をもらえないって聞いたことがある」
ジャニーズ以外でも、エンタメ業界で同じような搾取や人権問題が起きていると指摘しているのだ。
ではどうすればいいのか? ここでもアメリカZ世代の考え方がヒントになるかもしれない。
■一過性のもので終わらせてはいけない
Z世代はキャンセルカルチャーによって、正しくないと感じた個人や企業を激しく糾弾し、時には引きずり降ろそうとする。しかし彼らがそれを正し、人権や社会正義を守るための新たな道を選び、社会に向けてメッセージを発信しはじめた時には、納得して受け止めるのだ。
ジャニーズ問題にとどまらず、人権を守るためのメッセージを積極的に発信する努力は、企業としての責任でもある。その責任ある姿勢を見せ続けることは、これからの若者の支持を得るための大きなチャンスでもある。
最後にシャンシャンの一言で締めくくりたい。
「心配なのは、このスキャンダルが一過性のものになり、1~2年で忘れられてしまうこと」
前述したように、アメリカのハーヴェイ・ワインスタイン事件は、#Metoo運動を燃え上がらせ、その連鎖により企業の人権に対する責任感を飛躍的に高め、社会に大変革をもたらした。
日本社会がこの事件をジャニーズだけの問題で終わらせてしまったら、起こるべき変化は起こらず、国際社会に遅れをとることにもなりかねない。
そうならないためには、メディアも企業も共に論議をつくし、行動しなければならない。
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ、NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所)
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