1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「半世紀後、ロシアはそもそも国自体があるのか…」プーチンを戦争へと突き動かす"恐怖心"の正体

プレジデントオンライン / 2023年10月19日 9時15分

2023年9月29日、ウクライナ東・南部4州「併合記念日」にテレビ演説するロシアのプーチン大統領=国営メディアが30日配信 - 写真=AFP/時事通信フォト

ロシアのプーチン大統領はどんな思想を持っているのか。世界史を専門とする予備校講師の茂木誠さんは「ロシアにおける強権政治と拡張主義の根底にあるのは『恐怖心』だと思う」という。オンライン講師でYouTube「ゆめラジオ」主宰の松本誠一郎さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

■「半世紀後は、そもそも国自体があるのか」ロシア人が持つ恐怖心

【松本】先行き不透明なウクライナ紛争が続いていますが、その原因を考察するうえで、茂木先生と私でプーチンの思想と彼が影響を受けたであろうドイツ哲学についてお話ししていきたいと思います。

まず、プーチンの政策はロシアの風土と何かしらの関係があるのではないか。茂木先生、これまでのロシア史から見て、ロシア人は強力な指導者が好きなのでしょうか?

【茂木】ロシアにおける強権政治と拡張主義の根底にあるのは、「恐怖心」だと思います。歴史上、どれだけの侵略をロシアが受けてきたか。例えば、モンゴル人から、ポーランド人から、ドイツ人から……。まるで虐待されて育った子供のように「強くなりたい!」という、駆り立てる気持ちがロシア人の内面にあると思うのです。

【松本】実際、プーチンの演説を聞いていると、強気な発言をしているかと思いきや、「ロシアの人口は実はそれほど多くない」とか「決して多くない人口で広大な国土を守らなくてはならない」とか、あるいは「軍事力には限界がある」とか、弱気ともとれるようなことを吐露しています。それらの発言は、ロシアのリアリズムなのかもしれませんね。

【茂木】例えば、「日本は少子高齢化で、半世紀後にどうなってしまうのか」――という心配をしている人たちがいますが、それを言ったら「半世紀後のロシアは、そもそも国自体があるのか」――。「今、何か手を打たないと、この国がなくなってしまう」という恐怖心が、プーチンの心の奥底にはあるはずです。

【松本】なるほど。「恐怖心」がプーチンを突き動かしている大本であるということですね。

■プーチンは時代遅れなのかもしれない

【松本】近代哲学の中で「国家論」といえば、ドイツの哲学者フリードリヒ・ヘーゲルです。ヘーゲルは国家について、「国家とは精神を体現したものであり、個人よりも上位概念であり、たとえ個人が踏みつぶされることがあっても、国家が自らにとって善と思うことは成し遂げられねばならない」としました。このような、個人の実存に重きを置かない哲学を見た場合、現在のプーチンが行っている政策も、実はそれほど違和感がないようにも見えます。

ただしヘーゲルが活躍したのは主に19世紀前半であり、その哲学に則って19世紀後半から帝国主義が始まったということを考えれば、プーチンは時代遅れなのかもしれません。

このようなヘーゲル哲学、これを体現したかのようなプーチンを見た場合、「戦争は善悪を語るものではない」とよく言われますが、茂木先生はどのようにお考えでしょうか?

■ヘーゲルの頃のドイツは弱小国家だった

【茂木】ヘーゲル前後の19世紀のドイツ思想は、ドイツが置かれていた歴史的な段階を踏まえたものだと思います。当時のドイツは本当に弱小国家で、小さな国の寄せ集めでした。何十という小国があり、その中で大きめな国がプロイセンでした。隣にフランスという大国があり、向こうにイギリスがあった。そのフランスで革命(「フランス革命」1789~99年)が起きます。隣国の混乱を収めようとプロイセン+オーストリアが出兵しますが、ボコボコにやられてしまいます。反対に、ナポレオン・ボナパルトに攻め込まれてしまい、全ドイツの国々がフランス軍に蹂躙されます。

それからもう1つは、海の向こうのイギリスで起こっていた「産業革命」です。これにより、経済において圧倒的にイギリスが優勢となり、まともに貿易をしたらドイツ国内の産業が育たない、という事態になりました。

このフランス革命とイギリスの産業革命という衝撃にドイツが立ち向かうときに、「バラバラではダメだから、ひとつにまとまろう」という機運が高まります。そして、まずは経済的にまとまろうとなった。フリードリッヒ・リストが唱えた「ドイツ関税同盟」です。次に、政治的にまとめたのがオットー・フォン・ビスマルクです。

今風に言うと、当時のドイツは、グローバリズムにさらされていたのです。思想的にはフランス革命、経済的にはイギリスの産業革命ですが、それに対抗するためには「ドイツ国家」という防波堤をつくるしかなかった。だから当時のドイツ哲学は、非常に国家主義的になっていったのです。

地図
写真=iStock.com/PeskyMonkey
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeskyMonkey

■ドイツが19世紀にやっていたようなことをしている

【松本】私も、なぜヘーゲルは個人をないがしろにして、国家を重んじるのだろうと疑問でした。ヘーゲル哲学は、後の19世紀後半の帝国主義、20世紀の全体主義へとつながる思想になってしまうのですが、「当時のドイツが弱小国だった」という補助線を引くと理解できます。

【茂木】もっとはっきり言うと、当時のドイツは途上国でした。ビスマルクがやったことは、開発独裁の先がけです。その意味では、同じ途上国であるロシアにとって、ドイツ哲学は非常に親和性が高い。

【松本】ドイツが19世紀にやっていたようなことを、ロシアは20世紀、21世紀と遅ればせながらやっている……。

【茂木】「ロシア革命」(1917年にロシア帝国で起きた2度の革命)も、グローバリズムに対抗するという意味があったと思います。外資の規制をやり、国営化をやり、と。ところが大失敗に終わってしまい、約1世紀という時間を、ロシアは無駄にしてしまいます。

■ニーチェの背景にはドイツの後進性がある

【松本】ヘーゲルの後輩にアルトゥール・ショーペンハウアーという、人間嫌いの変わった哲学者がいます。彼はベルリン大学で哲学の講義を持つときに、ヘーゲル先輩と同じ時間に自分の授業をぶち込んで、学生を奪おうと思ったらボロ負けしたという、残念なエピソードもある人物です。そのショーペンハウアーが「生物はそもそも意志である」という考え方を、『意志と表象としての世界』の中で提案します。その「意志」に大感激したのが、19世紀後半のフリードリヒ・ニーチェだったという、哲学の流れがあります。そして、「力への意志」というニーチェの言葉も、やはり当時のドイツの後進性から捉えたほうがいいのでしょうか?

【茂木】そう思います。「力への意志」という思想は、隣国のフランスからは出てこないでしょう。

【松本】はい、フランス人と話をしていると、「ニーチェ」という名前が出たとたんに、「野蛮だね」「遅れているね」という感想しか出てきません。先ほどのヘーゲル哲学といい、ニーチェ哲学といい、個人の思想という側面に当時のドイツという国が置かれていた状況を反映していた、と見たほうがよさそうですね。

【茂木】「野蛮」という言葉を学問的に言い換えると、「生物学的」になる。つまり、ドイツ人は生存そのものが脅かされていたから、そこに立脚した哲学が出てきたのだと思います。

■プーチンとドイツ哲学者には共通する面がある

【松本】茂木先生の言葉を借りれば、19世紀の観念論からニーチェへと移っていくドイツ哲学の流れは、ドイツ人の「恐怖心」の現れであった、と。そういった視点から現在のプーチンを見てみると、1世紀以上前の独哲学者たちと共通する面があります。

【茂木】今回のウクライナへの侵攻というロシアの行動に対して、西側が制裁を呼びかけたのですが、実は途上国のほとんどが賛同していません。それはやはり、途上国がロシアに共感してしまう部分があるからでしょう。西側のいう綺麗事をやっていたら自分たちがやられてしまう、と。

茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)
茂木誠・松本誠一郎『“いまの世界”がわかる哲学&近現代史 プーチン、全体主義、保守主義』(マガジンハウス新書)

【松本】その意味でいえば、ヘーゲル哲学はナショナリズムであり、ニーチェ哲学も捉えにくいところはあるけれどグローバリズムでないことは確かです。そう考えると、今回のウクライナ紛争というのは、新しい南北問題ではないか――。

【茂木】グローバリズムに立ち向かうときに、個人では負けてしまう。グローバリズムから守ってくれるのは国家しかない、ということをロシアや途上国はやっている。それは私たち日本人も、明治維新以降にやってきたことです。

強い人は個人主義でもいい。強い人はグローバリズムの世界でも生き残れますから。でも、ほとんどの人は弱い。その弱き人たちを守るためには、国家の枠組みが必要である、と僕は思うのです。

----------

茂木 誠(もぎ・まこと)
予備校講師
東京都出身。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で大学入試世界史を担当。東京大学など国公立系の講座を主に担当。世界史の受験参考書のほかに、一般書として、『超日本史』(KADOKAWA)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC出版)、『バトルマンガで歴史が超わかる本』(飛鳥新社)、『「保守」って何?』(祥伝社)、『グローバリストの近現代史』(共著、ビジネス社)『ジオ・ヒストリア』(笠間書院)、『政治思想マトリックス』『日本思想史マトリックス』(PHP研究所)ほか多数。YouTube「もぎせかチャンネル」でも発信中。

----------

----------

松本 誠一郎(まつもと・せいいちろう)
オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰
兵庫県出身。東京外国語大学フランス語科卒業。同大学院修了。Z会東大進学教室の英語講師として教壇に立ち、多くの塾生を有名大学に進学させる。現在は独立し、オンライン講師として中高生だけでなく、社会人をも対象とした授業を展開。分野も受験指導から英検対策、論文作成、企業プレゼン文書作成など多岐に亘る。2016年からYouTubeで「ゆめラジオ」チャンネルを主宰。政治や経済はもちろん哲学、宗教、文学、歴史、そして社会学を扱う。2023年9月現在、チャンネル登録者数1万6000人。Twitter、Instagramなどさまざまな媒体で発信中。

----------

(予備校講師 茂木 誠、オンライン講師、YouTube「ゆめラジオ」チャンネル主宰 松本 誠一郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください