ジャニーズ性加害を批判しながら、キャスターはジャニタレ…「二枚舌」を続ける日本のテレビ報道の最大問題
プレジデントオンライン / 2023年10月13日 13時15分
■TBS「報道特集」の検証で欠けていた視点
TBSが10月7日、ジャニーズ事務所とTBSの関係について検証し、「報道特集」で取り上げた。OBも含めて80人以上に取材し、日下部正樹キャスターが「ジャニーズという巨大な帝国を育てたのは、間違いなくテレビ局です」などと言及したことが大きな反響を呼んだ。民放テレビ局としてはしっかりやったと評価してもいい。
ただし大切な視点が一つ欠けていた。報道とエンターテインメント(エンタメ)の分離である。
「報道特集」でTBSは故ジャニーズ喜多川氏の性加害問題をスルーしてきたことについて何度も自戒していた。
番組の締めくくりに村瀬健介キャスターは真剣な面持ちで「取材力の足らなさ」と「人権感覚の鈍さ」を認め、「TBSと利害関係がある有力な人物や組織の不正に直面することが必ずある。そのときにしっかりと役割を果たせるよう取材力を磨いていく」と宣言した。
報道マンとしては立派な覚悟といえる。
しかし精神論を語っているだけではどうにもならない。仕組み自体を変えない限り根本的な問題解決につながらない。不正を起こした企業が「今後は問題が起きないよう努力します」と宣言するだけでは世間の納得を得られないように。
■日本のテレビ局は「報道もやっているエンタメ企業」
どうすれば納得を得られるのか。「チェック・アンド・バランス」を基軸とするガバナンス(統治)体制の見直しである。ガバナンス改革があってこそ永続性が担保される。
日本のテレビ局は報道とエンタメの両輪で成り立っている。報道番組キャスターにジャニーズタレントが採用されている状況を考えれば、「報道もやっているエンタメ企業」と表現したほうが正確だ。収益的にも圧倒的にエンタメが優位なのだろう。
それでも報道機関を名乗りたいのならば、ファイアウォール(業務の壁)を設けて報道部門の独立性を担保しなければならない。そのために最も有効なのはガバナンス改革だ。
■エンタメ部門を分離した米大手テレビ局
アメリカの民放テレビ局には歴史的に高い評価を受けている報道番組がある。3大テレビネットワーク(3大ネット)の一つであるCBSの看板報道番組「60ミニッツ」が代表例。権力に屈しない調査報道で有名だ。
「60ミニッツ」のチームは経験豊富なジャーナリストで構成されている。エンタメとは一切縁がない。アイドルやコメディアンがキャスターを務める案が持ち込まれたら、「そんなことしたら評判がガタ落ちになる」として一蹴するのは間違いない。
ここで注目すべきなのは、3大ネット(CBS、ABC、NBC)のガバナンス体制だ。表面的には日本と同じ民放テレビ局なのだが、実態は異なる。
アメリカでは3大ネットは基本的に自社でエンタメ部門を持っていない。歴史的にドラマやバラエティなどの番組制作をハリウッドへアウトソース(業務委託)してきたという経緯があるからだ。
■社員は「報道機関に勤めている」という意識を持つ
今からおよそ半世紀前に米連邦通信委員会(FCC)が3大ネットの独占的影響力を懸念し、「フィンシン・ルール」といった規制を導入したことが背景にある。
この結果、3大ネットは番組制作を禁じられ、外部の制作会社から必要なコンテンツを調達する仕組みが出来上がった。番組の著作権は3大ネットではなく、外部の制作会社に帰属することになったのだ(フィンシン・ルールは1993年に廃止)。
例えば、CBSから米バイアコム(現パラマウント・グローバル、大手映画スタジオ)が分離。テレビ局が自社で手掛けるコンテンツは、ざっくりと言えば報道とスポーツだけになった。
そんなことから、アメリカの3大ネット社員は「報道機関に勤めている」という意識を持っている。「ドラマをやりたい」と思って3大ネットに入社する人はいない。自然とファイアウォールが築かれたわけだ。
■日本のアナウンサーは報道とバラエティを“両立”
日本の民放テレビ局は全然違う。募集要項を見てみると、総合職の仕事内容は報道のほかドラマやバラエティなど多岐にわたる。アナウンサーは同時並行で報道番組もバラエティ番組も担当する。報道とエンタメがごっちゃになっているわけだ。
「報道もエンタメも同じ番組制作」という発想なのだろう。報道とエンタメとでは求められるスキルがまったく異なるというのに……。
そんなことからジャニーズタレントを報道番組に起用することに何の違和感もないのだろう。本来ならば禁じ手であるはずなのに。
■巨大権力の人間を報道キャスターにしてはいけない
禁じ手である理由は単純。独立性が維持できなくなるからだ。独立性がなければ報道倫理もないに等しい。
トヨタ自動車の社員や財務省の官僚が報道キャスターを務めていたらどうなるだろうか。明らかに問題だ。トヨタも財務省も巨大権力なのだから。ジャニーズ事務所も巨大権力の一つであり、ジャニーズタレントが報道キャスターに抜擢されれば独立性が揺らぐ。
補足しておくと、取材対象と雇用関係にないからといって独立性を保てるわけではない。報道キャスターが権力側とゴルフをしたり麻雀をしたりする仲であれば、やはり独立性を失って報道倫理上の問題が出てくる。
数年前には週刊文春のスクープで、検察ナンバーツーと新聞記者が賭けマージャンをしていたということが暴露され、「報道機関が取材対象と癒着している」と大問題になった。
ジャニーズタレントが報道キャスターを務めているという現状は癒着どころの話ではない。報道キャスターが取材対象と一体化しているのだから。
■報道局からバラエティ部門へ異動させられて退社
個人的にも日本のテレビ業界とはそれなりにつながりがあり、報道とエンタメの一体化についての懸念や不満を耳にしたことが何度かある。
民放テレビ局報道局で新人教育を担当するベテラン記者は、「エンタメ希望なのに報道局に配属されて戸惑う新入社員がいる。困ったものだ」と嘆いていた。別の民放テレビ局では報道局の若手記者がバラエティ部門へ異動させられ、それを不本意に思って退社している。
ガバナンス改革とはいっても、エンタメ部門の分離は簡単にはできないだろう。それでもやれることはある。とりあえず報道とエンタメ両部門の人事異動を禁止し、採用も別枠にするのだ。
■NHKはエンタメから全面撤退したほうがいい
ちなみにNHKでは歴史的に報道とエンタメは分離されてきた。とはいってもエンタメ部門のウエートが非常に大きいという点では民放と同じである。
そんなことからジャニーズ事務所との癒着が指摘されるのだろう。NHKは広告主を気にしないで済むのだから、本来ならば民放テレビ局とは違う対応をできたはずなのに。
NHKは視聴者から徴収する受信料で成り立つ公共放送だ。ならば「紅白歌合戦」をはじめエンタメから撤退してもいい。エンタメは民放テレビ局でも十分に担えるのであって、公共放送が手掛ける必要はない。常に民業圧迫の懸念もある。
当たり前なのだが、民放テレビ局がやりたくてもやれないことをやるのが公共放送の使命だ。「やりたくてもやれないこと」の筆頭格が調査報道。コストが掛かるうえ、広告主も含め権力と対峙(たいじ)する「番犬ジャーナリズム」が求められるからだ。
NHKがエンタメから撤退し、浮いた資金を「番犬ジャーナリズム」に集中投下する未来を想像してほしい。NHKには豊富な資金力と強力な取材力があるのだから、日本のジャーナリズムに計り知れない利益をもたらすのではないか。
ジャニーズ性加害のような問題が再び起きても、権力に忖度(そんたく)せず――言い換えれば弱者に寄り添って――に真っ先に総力取材を始めるはずだ。
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ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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