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「荷物ひとつでも届けなければ…」ドライバーの労働環境改善と言いながら空気を運ぶ率が上がっているワケ

プレジデントオンライン / 2023年10月17日 11時15分

コンテナ埠頭や貨物ターミナルが集まる地区を走るトラック=2023年7月25日、東京都品川区 - 写真=時事通信フォト

■最も過酷な労働環境に晒されてきたドライバー

「荷物の3割が運べなくなる」と試算されている「2024年問題」の発生まで残り半年を切った。きっかけは、2024年4月1日から「自動車運転業務」の年間時間外労働時間の上限が960時間に制限されること。長時間労働が慢性化しているトラックドライバーなどが、労働時間の短縮を余儀なくされる。そうでなくてもドライバー不足に悩んでいる運輸・物流業界にとって、死活問題になるのではないかと見られている。果たして、この「難局」を物流企業だけでなく、社会全体としてどう乗り越えていくか。

トラックドライバーが最も過酷な労働環境に晒されてきたことは統計にはっきりと表れている。「過労死等の労災補償状況」という厚生労働省の統計によると、2022年度に「脳・心臓疾患」で労災が支給決定された業種で最も多かったのが「道路貨物運送業」の50件。2位の「総合建設業」の18件を大きく上回り、最も人数が多い業種だった。50件のうち、19件が死亡している。

労災は業務との因果関係の立証などでなかなか認定されないとされる。実際、「道路貨物運送業」の労災申請は133件に達している。

■「ともかく速く」運ぶという業界慣行

働き方改革が進められてきた中で、トラックドライバーの労災がなかなか減らない背景には、「自動車運転業務」だけが「例外扱い」になってきたことが大きい。2019年から始まった働き方改革関連法の施行で、時間外労働の上限は年720時間と決まり、同年4月から実施されている。中小企業は1年遅れの2020年から始まった。ところが、「自動車運転業務」については、上限が960時間に設定され、しかも施行日が2024年4月からと、5年も先送りされてきたのだ。

理由は、労働実態が法律の上限規制からかけ離れていたこと。長距離トラックなどでは、サービスエリアで仮眠を取って走り続けるのが当たり前で、しかも早朝に市場などに荷物を届けるために深夜走り続けている。それに規制をかければ、物流が止まり、経済活動がストップしかねないということで、5年間にわたって適用されずにきたのだ。この間、「業界慣行」を見直すなど、業務全般を変えていく動きも見られたが、現実には状況はほとんど変わらなかった。

最大の業界慣行は、「ともかく速く」運ぶという仕組み。注文を受けたらその日のうちに集荷して翌日には届ける。これは私たち消費者にも責任があって、電子取引で注文して翌日届く「便利な生活」が当たり前になっている。

■「空気を運ぶ率がどんどん高まっているんです」

「ドライバーの労働環境を改善しようと言いながら、空気を運ぶ率がどんどん高まっているんです」と大手運輸会社のトップは語る。トラックがどれだけ荷物を積んで走っているかを示す指数を「積載率」と言う。行きは満載でも帰りにカラで走れば50%ということになる。国土交通省の調査では1990年に積載率は55%だったが、2009年には40%に低下、今もほとんど上昇していないと見られる。

「極端な話、荷物ひとつでも届けなければならないケースがある」と中小運輸会社の社長は言う。荷物を依頼する「荷主」の力が圧倒的に強いことが背景にある。輸送を受注しているのが大手運輸会社でも、実際に運んでいるのは下請けや孫請けの中小零細運輸会社であることも少なくない。「荷物の量がまとまってから運びますなんて到底言えない」と社長氏はため息をつく。

大手運輸会社では、ITシステムを使って、荷物の行き先を管理し、荷物を組み合わせることで積載率を上げる取り組みが始まっている。大手どうしで荷物をやりくりして、効率を上げる試みも進む。だが、結局、荷主の協力がなければ効率化は難しい。荷主の後ろにいる消費者のマインドを根本から変えないと、状況は改善しないわけだ。

配達員が荷物を手渡し
写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

■本格的なドライバー不足時代の入り口

現在84万人ほどの人がトラックドライバーとして働いていると見られる。過去10年間は微増から横ばいだった。2024年問題で労働時間が減った場合、これまで通りの報酬が得られなくなることから、今後、ドライバーを辞める人が増えるのではないか、と見られている。ひと昔前、体力のある若者が手っ取り早く稼ぐにはトラックドライバーが選ばれた。長時間労働を厭わずにモノをたくさん運べばそれだけ稼ぎが増える。価格競争の中で収入を増やすには運ぶ回数を増やすしかない。これが、過労死を生む業界慣行だった。これが中小規模の運送会社を乱立させ、過当競争を生む要因にもなってきた。

最近は若者よりも高齢のトラックドライバーが目立つ。4割が50歳以上と言われて久しい。今後、労働時間が減って所得も減るということになれば、若者がますます入って来ない業種になる可能性はある。そうなると、本格的なドライバー不足時代になる。2024年問題はその入り口にすぎないとも言える。

来年以降、こうした業界慣行は変わるのだろうか。運ぶ速さを選ぶなら料金は割高になっても仕方がない、と企業も消費者も割り切ることができるのか。

■中小運輸会社の破綻は1年で1.5倍に増加

一方で、エネルギー価格が上昇し、トラックの燃料代が上昇する中で、運送料金を引き上げられない中小運輸会社の破綻が相次いでいる。東京商工リサーチの調査によると、道路貨物運送業の2022年の倒産件数は248件と、2021年の169件から1.5倍に増加した。これに来年4月以降、人手を確保するために人件費が増えてくれば、さらに倒産が起きる可能性は高い。倒産によって弱い企業が淘汰(とうた)され、値上げと共に賃上げができる企業だけが生き残っていく、という見方もある。だが、それまでの間、サービスの質が大きく下がる一方で、料金が上がるという事態に直面するのではないか。

物流は国の重要なインフラだ。自由化によって宅配便が生まれたことで、新しいビジネスが育ってきた。宅配便がなければ電子商取引がここまで広がることはなかっただろう。製造業が部品在庫をほとんど持たなくても製造が続けられるジャスト・イン・タイムも物流インフラがなければ実現不可能だった。世界に冠たる物流ネットワークを作り上げた日本は世界からの驚嘆の的になった。一方で、そのネットワークがトラックドライバーの過重労働によって支えられてきたことも事実だ。今、日本はその負の側面をどう解決するかが問われているわけだ。

複層構造の高速道路
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

■危機の時こそ、新しい工夫と柔軟なルールが必要だ

DX(デジタル・トランスフォーメーション)がこれまでのデジタル化と違うのは、デジタル化する過程で仕事のやり方を根本から見直そうという点にある。実は、長年の慣行が残っている運輸業界には仕事のやり方を大きく見直す「余地」があるとも言える。

物流DXのベンチャー企業「HACOBU」(本社東京都港区、佐々木太郎社長)は、トラックが荷物を運び入れる「バース」をスマホから予約できるシステム「MOVO Berth」を開発、荷物搬入の待機時間を大きく削減することにつなげた。同社の調査では削減できた待機時間は平均63.3分に達する。すでに事業所の1万拠点に導入され、42万人のドライバーが登録している。DXで仕事の仕方が変わり、大幅な効率化につながることを証明した一例だろう。

単に今まで通りのやり方を続けるために、価格を引き上げていけば、新しいビジネスは生まれない。運送コストが上昇すれば、様々なビジネスに影響する。宅配便の値上げで地域の産地直送ビジネスも苦境に立たされている。そんな危機の時だからこそ、新しい工夫でビジネスが生まれてくることになるのかもしれない。ピンチをチャンスに変える工夫と、新しい取り組みを規制しない柔軟なルールが必要になるだろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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