会見で「敵」を追い詰めるのは快感になる…迷惑系YouTuber化する記者たちに元記者の研究者が伝えたいこと
プレジデントオンライン / 2023年10月16日 15時15分
■称賛を浴びたイノッチと、彼への違和感
「こういう会見の場は全国に生放送で伝わっておりまして、小さな子どもたち、自分にも子どもがいます。(中略)ルールを守っていく大人たちの姿をこの会見では見せていきたいと僕は思っています」。
ほとんど罵倒の応酬になっていたジャニーズ事務所の会見で、新会社の副社長・井ノ原快彦氏が発した言葉が褒められた。
この言い方には2つの点で違和感を覚えざるを得ない。
まず加害者側の事務所が、たしなめている点。2つめは、よりにもよって子どもに対する性加害問題を釈明する場で「子ども」を持ち出している点である。
もとより、今回の会見は設定が問題だらけだった。
4時間あまりに及び、ほぼエンドレスだった前回とは逆に、2時間という厳しいタイムリミットがあり、1人1問で追加質問(更問)なし、という制限をつけた。
制限つきを発案したのがPR会社なのか、事務所なのか。
どちらだとしても、ジャニーズ事務所が受け入れたのは確かであり、設定にあたっての責任がある。にもかかわらず、井ノ原氏が讃えられ、会場で指名しない記者をまとめた「NGリスト」入りが噂される記者たちが批判された。
リストを作ったPR会社は問題だが、同時に、そこに入れられる側にも非がある、というわけである。
■「NGリスト」で井ノ原氏にも飛ぶ火の粉
事態が明らかになるにつれ、結果的に井ノ原氏も「NGリスト」を受け入れていたのではないかとヤリ玉にあげられている。
いまやジャニーズ事務所は、(昔の)子どもの遊びことばで言えば「エンガチョ」=「(不浄なものとの)縁をチョン(切る)」、その対象である。汚く、誰もがいくらでも叩いてよい、と見られているのではないか。
この2回の記者会見を通じて冷静な対応が評価されている井ノ原氏ですら、もはや「エンガチョ」のひとつである。
ここまでジャニーズ事務所がバッシングされる要因は、いくつか挙げられよう。
会社を続けるのか、被害者に補償する原資(お金)を残せるのか、エージェント会社とは何か、もうメディアに圧力をかけるつもりはないのか……。
不透明な点が多いから、世間が納得しない。
「NGリスト」に象徴されるように、社会が沸騰させている怒りの火に油を注ぎつづけている、それも袋叩きの理由に違いない。
■会見は「吊し上げの場」ではない
それ以上に、記者たちによる糾弾が、世の中のボルテージを上げているのではないか。
ここであらためて井ノ原氏を持ち上げて、記者たちを貶める、そんなことをしたいわけではない。井ノ原氏の対応は、先述のように褒められるべきではないし、記者についても、特定の誰かを責めたいわけではない。
集団としての記者たちが、ジャニーズを問答無用でエンガチョの的=万人の「敵」に仕立て上げている、そう指摘したいだけである。
かつてテレビ局の記者だった我が身を振り返ったときに、会見で「敵」を問い詰めた快感を思い出すからである。
今回のジャニーズ事務所のような「大物」ではないものの、17~8年ほど前、大阪府下の市長が、演説の原稿を他人から盗用した、という事案だったと記憶している。
犯罪ではないし、「政治とカネ」にまつわるものでもない。セコいというか、みっともないとはいえ、声高に質問する筋合いでもない。
それなのに当時20代半ばの私は、自分の親と同世代の市長に向かって、ほとんどタメ口で何度も追及していた。
いや、正確に言えば、追及したつもりになっていた、だけなのだろう。
記者会見は、たとえ権力を持っている人物に対している時であっても、晒し者にしてはならないし、ましてや罵詈(ばり)雑言をぶつけてもならない。知りたい、と思う点を、いつもの言葉遣いで、へりくだりすぎもせず、上から目線にもならず、聞くしかない。
言い訳を並べる市長を黙らせて、権力の監視人になったつもりの私は、いい気になっていたし、調子に乗っていた。記事を書く上でも、VTRの取材の面でも、必要以上の論難は、まったく不要だったにもかかわらず。
今回の記者会見に限らず、とりわけここ最近の会見では、かつての私のように、英雄気取りでのぼせているタイプの記者が多いのではないか。
■「迷惑系YouTuber」化する記者たち
乱暴に言えば、記者たちが「迷惑系YouTuber化」しているのである。
以前は、記者会見がフルに中継されることも、見られることもなかった。
いまは、すべて生中継されるだけでなく、その映像がYouTubeにアーカイブされ、いつまでも見られる。動画には、途切れ途切れではあるものの、コメントがつく。誹謗(ひぼう)中傷もあるとはいえ、記者の姿勢を讃える声も少なくない。
個人の名をあげたい、そんな野心と自己顕示欲にあふれた記者たちにとって、うってつけの舞台と化す。
あえて、なのか、結果として、なのかはわからない。
悪目立ちする記者たちは、咎められるだけではなく一部から称揚のまなざしを向けられており、良くも悪くも彼らや彼女たちの知名度は上がっていく。
「迷惑系YouTuber」がアクセス数を稼ぐ回路と同じと言えよう。
■「NGリスト」が持ち上げられる風潮
今回の「NGリスト」に入れられた記者たちが、誰だったのか、私には関心がない。
それが作られたこと、そこに入れられたとされる人たちが、一部からかもしれないものの英雄視されていること、そういった事実のほうが興味深い。
「NGリスト」には、ジャニーズ事務所に対して厳しかったり、都合が悪かったりする人たち、だけが載っているわけではないだろう。
リストの中には、記者会見という場を壊しかねない、と判断された人や、言葉のキャッチボールが成り立たない、司会の制御が及ばない、と見られた人物も含まれているのではないだろうか。
そんな人たちが持ち上げられる風潮は、誰にとって利益になるのか。
会見をする側である。
なぜなら、記者たちがイキリ立てば立つほど、会見をする側は、まともなやりとりから逃げる言い訳を得られるからである。興奮している人たちには何を言っても無駄であり、論点をズラしても構わない、そんな風に、見ている側に思わせられるからである。
■「ゲートキーパー機能」を取り戻せ
メディア論の古くからある概念として、ゲートキーパー(門番)機能がある。不要なニュースを伝えない、捨てる眼力がマスメディアには求められてきた。業界用語で「ボツにする」、すなわち、「情報を過剰に伝えない」作業こそ、このゲートキーパー機能の主なものだった(*1)。
これまでの記者会見のほとんどは、記事を書く上で必要な情報を確かめる任務に集中していれば事足りた。つまり、「ボツ」になっていたため、かつての記者たちは、会見で自分が誰かから見られているという意識を持っていなかったのである。
少し前には、橋下徹氏や菅義偉氏が、それぞれ大阪市長と内閣官房長官を務めていた時の記者会見が話題を集めた。その頃は、橋下氏が記者に説教をしたり、菅氏が質問に答えなかったりしたために、彼らだけを威丈高に見ていた人が多かったに違いない(*2)。
時代は瞬く間に変わり、いまや記者会見そのものが見世物であり、記者たちの承認欲求を満たすステージのようになってしまった。このまま、ネット世論という、つかみどころも実態もない、幽霊のような空気に左右され、メディアはゲートキーパー機能を捨ててしまうのか。
個人や組織を指弾する記者会見ではなく、本当に知りたい質問、聞きたい事柄を、素直に聞く。記者の原点=好奇心に向き合うところからしか、ゲートキーパー機能は取り戻せない。
(*1)佐藤卓己『メディア社会 現代を読み解く視点』岩波新書、2006年、166ページ
(*2)本稿を書くにあたって、ノンフィクションライターの松本創氏による「饒舌だった『橋下劇場』会見を検証 個人攻撃を許した事なかれ主義」をはじめとする、『Journalism』(朝日新聞出版)2019年7月号の特集「記者会見 権力とメディア、何が求められているのか?」を参考にした。記して感謝したい。
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神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
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