「なんなんだ、これは」の連続…あのダイヤモンド・プリンセス号は大海原を行く"高級老人ホーム"だった
プレジデントオンライン / 2023年10月16日 11時15分
■あのダイヤモンド・プリンセス号は今
「クルーズへ行きましょうよ」
10年ほど前から、50代半ば(当時)のマダムに何度も誘われていた。その頃40代半ばだった私は、仕事も家族も置いて一週間以上、海の上なんて考えられなかった。心の中では、“クルーズは年寄りのもの、私にはまだ早い”と思っていた。だから、「そのうちにね」。そんなやりとりを何度かしているうちにコロナがやってきて、そして去っていった。
「ねえ、クルーズへ行きましょうよ」
懲りずに、またそのマダムはお誘いくださった。国内で最初のコロナ患者が出たあのダイヤモンド・プリンセス(DP)号だ。「(船籍が)イギリスの船だから上品なのよ」。マダム65歳、私は58歳になっていた。
そろそろいいか。行けるうちに行っておいた方がいいのかも。コロナを経て、そんな気持ちになり、ハードルが高い気がしていたクルーズに足を踏み入れる決意をした。ちょうど結婚25年の銀婚式でもあったので、それを口実にしよう。よく考えたら、もう私もいい歳だ。夫も誘ってみることにした。以前、「僕はクルーズなんて絶対行かない」と言っていた夫だったが、ふたつ返事で「行く」と言う。私といい、夫といい、コロナは人々を行動的に変えたらしい。
というわけで、「横浜発着 シルバーウィーク 九州と韓国ショートクルーズ 6日間」である。
誘ってくださったマダムは、クルーズ初心者の友達も連れていくとのことで、「リーズナブルにね」と窓なしで船の端のほうにある部屋を選んでいたが、われわれは、せっかくだからと船の中央窓側デッキつきの部屋を希望したので部屋の階は分かれることになった。
また、船内で少し仕事もしたいという夫の希望で無制限高速Wi-Fi 4デバイス付きのプリンセスプレミアというカテゴリーで、極上サービスを受けられるとのことだったが、本当だった。
スペシャリティレストランは2回無料、アルコール類が1日15杯(1杯20ドル)まで無料で朝から飲んでも飲みきれない。プロカメラマンによる撮影と写真付き、チップ含む、などなど、さすがは“極上サービス付き”だけはあり、朝からシャンパン(スパークリングは15ドル、シャンパンは20ドル)で乾杯の朝シャン生活が始まった。ちなみに、私たちの航海の料金は、提供されるサービスが税金や手数料など込みで1人約22万円。一番リーズナブルな部屋なら約9万円だ。
■1000日以上乗っているという人もいる
出航してすぐ気づいたことがある。それは、クルーズは飛行機よりずっと階層がはっきりしているこということだ。
DP号の場合は、いつも身に着けていないとならない「メダリオン」というメダル型端末の色で、しっかりと階級が分かれていた。ネックレスやウオッチ型ベルト、バッジ型など、身に着けられるウェアラブル・デバイス。すべては非接触で、チェックインから始まり、船内の飲食物のオーダーや客室のドアの解錠などさまざまなサービスを利用することが可能だ。GPS搭載なので迷子になってもすぐ居場所はわかる。実際メダリオンを落とした夫は、位置情報ですぐに見つけることができた。
メダルの色が白の私たちは初心者クラス。2~3回乗ればゴールドメンバー……最後はエリートメンバーと呼ばれ、16回以上もしくは151泊以上乗船したものがブラックのバッジを身につける人になる。
サウナで会った老婆は、「何回乗ったかって? 数えきれないわね」と静かに言い、「あら、1000日以上乗っているという人も今回乗っていたわよね」と親しげに別の老婆に話しかけた。どうやら、船の中で船友ができるようだ。一度顔見知りになれば、自然と「次回ご一緒に」となる。クルーズの主のような存在のマダムがあちこちに潜んでいる。
下船することなく4クルーズ続けて乗っている人、「孫の誕生日には降りないとね」というマダム、「1カ月犬を置いてきちゃったからそろそろ戻らないと」と言っていたマダム、などなど。なんなんだここは。
プールで会ったシカゴから来たという70代の台湾人夫婦も、何クルーズか続けて乗っていて、来月もまた乗るとのこと。「船に乗っていると夫婦喧嘩がないからいいのよ」と奥様。掃除も洗濯もご飯も作らなくていいから、というのが最大のポイントだ。夫は元レストラン経営者で、今は余生をのんびり楽しんでいるようだった。
今回乗ったDP号の航海時期がシルバーウィークということもあり、日本人が多く、ほぼ満室で約2700人も乗っていた(日本2073人、アメリカ203人、フィリピン188人、台湾81人、オーストラリア63人、クルー1100人)。若い世代も家族連れもいれば外国人も多くみかけた。
日本ではまだあまり知られていないが、外国船の中には18歳未満の子どもは、無料というクルーズもあるという。DPは無料ではないけれど、早割や家族割などがあってうまく予約すればすごくリーズナブルだ。
われわれは、春頃予約して、説明会にも夫婦で参加して、知人からクルーズで着てほしいと譲り受けたドレスを船内で着用するためにダイエットにも励み、身も心も準備を進めてきたが、あっという間にクルーズの日はやってきた。待ちに待った遠足、心を駆り立てるように旅行会社からは、乗船の手続きや、トランクにつけるタグ、船の中でどう過ごすかなど、お知らせが届く。携帯にダウンロードしたアプリからも、出航まであと○日と○時間○分とカウントダウンが始まる。
■日本酒で鏡開き、シャンパンタワーのセレモニー…
それにしても、クルーズなんて正直歩けなくなったジジババが行くものと思っていた私の考えは乗船後、180度変わることとなる。巨大な街のような客船をあちこち周り満喫するには、身も心も胃も頭も若くないと100%楽しめない。
もちろんのんびりと部屋から出ずに海を眺め読書をし、港についても船から降りないで過ごすこともできるけれど、アクティブに、全部楽しもうとなると、年を取ってからなんていう考えは捨ててまずは行ってみることを勧める。上級者はきっとジタバタしないのだろうけれど。
若いうちに行くべしと言うのは、10年前とは違い、アプリでレストランや、参加するアクティビティの予約などをしなければならず、初めてのシニアたちにはやや苦労だと感じるだろうからだ。
お客様を楽しませるために、さまざまなイベントが時間刻みで、いろんなところで開催されているので、とりあえず予約してみる。でも、シャンパンを飲んでいたら、あっという間に、時間は過ぎていってしまった。ウェルカムパーティに始まり、日本酒で鏡開き、シャンパンタワーのセレモニー、ダンスパーティ……とにかく盛りだくさんだ。夜遅くまでイベントが続き、まるで眠らない街のよう。
それにしても朝からみんなよく飲む、食べる。ずっと飲んでいる。誘ってくれたマダムは、帰国後体重計に乗ったら、驚くことに4キロ増えていたそうだ。夫は1.5キロ増。ちなみに私は、ドレスを素敵に着るために必死に5.5キロダイエットしてから参加したが、0.5キロ増にとどめることができた。ふう。
年齢層は、10年前はシニアが多かったそうだが、若年齢化してきているような気もする。若いカップルや家族も見かけた。
そういえば、航海2日目にコロナ禍にあのDP号に乗っていた70代男性に遭遇した。その日の朝早く、デッキを歩いていたら、その杖をついた男性に声をかけられたのだ。聞けば70半ばだという。
「もう20回は乗っていて、あのコロナ発症の時も乗っていたんです。同室の友達はコロナになって地方の隔離へ移送され大変でした」
濃厚接触者になった男性は25日間くらい船に閉じこめれらたそうだ。まだ船の中で規制がされていなかった時に、船内で知り合った人がその後、コロナになって亡くなったとも言っていた。
「私はダブル濃厚接触者になったけれど、幸いコロナには罹患(りかん)しなかったんですよ。ただ、船内には、もう生きていけないと海へ身投げしようとした女性もいたのですが、クルーにギリギリ止められてね」
下船後は、今度は埼玉まで連れて行かれてそこで20日以上滞在。その後、自宅待機を余儀なくされたという。「当時はコロナの正体がよくわからなかったので、まるで犯罪者扱いでしたよ」。
孫は保育園に登園禁止。同居していた息子も出勤停止。妻の元に友達から電話がかかり、夫がコロナの濃厚接触者だとわかると、電話を無言で切られたという。「おかげで本当の友達が誰かわかってよかったわ」と後で妻に言われたという。
次に、この男性が船に戻った時はクルーズ仲間6人のうち、自分以外は全員引っ越しをしたと聞いたそうだ。風評被害はあまりにもひどかったと振り返る。そんなコロナ発症のDP号だが、今は何事もなかったように、大海原をゆく。それでも「今回も、誰にも言わないで来ているんですよ」と話す男性はこんな裏話も教えてくれた。
「長く乗っているとね、窓のない部屋を申し込んでいても、自然と部屋のアップグレードをされることがあるんです。冷蔵庫にドリンクがたくさん入っていたり、扱いが難しい服でもクリーニング無料になることも。今年はDP号日本就航10周年だったということで、6月くらいまでは船内で半額セールもやっていて、それで今回来ている人も多い。中には、5万円以下で乗っている人もたくさんいますよ」
今後もそのような特典がつくかどうかは不明だが、常連客になればいいことは多そうだ。
■高級老人ホーム化する豪華客船
船内のツアーデスクでも「何クルーズも乗り継いでいるシニアは多い」と聞いた。何でも、下船するのは孫のバースデーくらいであとは船で過ごしていた方が、老人ホームに入るより、優雅に楽しく余生を過ごせる、と。
確かに、バリアフリーの部屋もあるし、車椅子で乗り込んでも大丈夫、何かあれば客船スタッフは素早く飛んできてにこやかに対応してくれる。都会の喧騒から離れ、大海原で朝日と夕陽と星空も見ることができて、寄港した場所では気が向いたら降りればいい。3食ついて、長く乗っていればクリーニングなどのさまざまな特典があり、同じ階級の友達もできる。さまざまなアクティビティがあるから、リクリエーションにも事欠かない。遊びは用意されている。
カジノでも、一人で賭けにくるシニア女子を見かけた。この70代女性とはルーレットで仲良くなった。「ダイヤモンドはもう飽きてきたから、次は飛鳥に乗るのよ。おひとり様プランっていうのがあってね、そんなに高くないのよ。120くらいかな」。
ブラックジャックのテーブルで同席した80歳近いシニア女子は、“21”なんて数えられないけれど、周りのサポート付きで連日通っていた。これは頭の体操にもいいかもしれない。21を数えて賭けていれば、100から7を引いていく認知症のテストも楽々クリアできそうだ。
医療もついて、住まいもついて、お風呂(有料)もあって、周りの目もあって、静寂と賑やかさも求めればあって、仲間もいて、どこかのホームに入るよりずっとリーズナブルで楽しいかもしれないと、私もこの先の余生について思いを馳せた。
乗った人は、「また乗りたい」と声をそろえる。乗ってしまえば移動もなく、3食ついて、豪華エンターテインメント付きのクルーズは、老いも若きもこれから、日本で大流行しそうな予感だ。
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女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト
静岡県出身。聖心女子大学卒業後、1988年博報堂入社。コピーライターを経て、1994年~2009年まで博報堂生活総合研究所上席研究員。その後、博報堂研究開発局上席研究員。2009年より「女の欲望ラボ」代表(https://www.onnanoyokuboulab.com/)。専門は、女性の意識行動研究。著書に『女子と出産』(日本経済新聞出版社)、『晩嬢という生き方』(プレジデント社)、『ノンパラ』(マガジンハウス)、『探犬しわパグ』(NHK出版)。共著に『黒リッチってなんですか?』(集英社)『団塊サードウェーブ』(弘文堂)など多数。
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(女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト 山本 貴代)
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